停電騒ぎ
祐二の部屋にやってきた神様は今日起こったことを調べるためにネットの世界に行きます。
「さて、余談はここまでじゃな」
そう言うと雨子様は急に真面目な顔に戻った。
「そやね、今日のことちょっと考えんとまずいやろしね」
二柱の会話を聞くに、神様達には我が家に来るに当たって何か目的があったみたいだった。
「祐二よ、暫しネットを借りるが良いかえ?」
雨子様の願いに否応は無い。
「ええ、特に今何も用がある訳でも無いですから自由に使って貰って良いですよ?」
そう言うと雨子様はパソコンの置いてある机の所にやって来て椅子に腰を下ろした。
そこへ和香様もやって来たので、僕は階下から椅子をもう一つ持って上がってきた。
「和香様こちらをどうぞ」
「おおきに祐二君」
そう言うと和香様はふわりと椅子に腰掛ける。微かだけれども何だかとても甘い香りがする。いや目の毒だ、僕は慌て目をそらした。
すると和香様は何とも残念そうな表情をする。
「なんや祐二君、気に入って貰おう思て、この寝間着?葉子ちゃんに借りてきたのに、似あわへんか?」
「いえいえ、とってもお似合いです。似合いすぎて心臓に悪いです」
「おう?祐二君褒めてくれるんや?もっと褒めて褒めて?」
そう言うと和香様は横に立つ僕に体を押しつけてくる。焦った僕はもう硬直状態、まるで一本の電信柱よろしくだった。
「これ和香、あんまり祐二を揶揄うでない」
雨子様が小さく雷を落とす。
「ごめんやて雨子ちゃん。うちの周りにこんな男の子おらへんやろ?なんか何しても反応が面白うてついつい構いたくなるねん」
「じゃから構うなと」
「はぁ~い」
暫しそんな風にじゃれ合っていた神様方は、パソコンが起動すると早速画面をのぞき込んだ。
「これがネット言うもんなん?」
和香様が質問するがいやそれは違う。
「むう、どう説明すれば良いかの。今和香が見ているのはパソコンというからくりを構成する物の内ディスプレイと称する物じゃ。実際ネットという物はその画面を通じてその向こうに広がる情報の海…と言えば良いかの?」
「ふぅ~ん、なんやよう分からへんなあ。どないしたらええのん?」
「こやつは独特の方式で姿形を変えた様々な情報の塊じゃ。我も最初の内は戸惑うたが、それを解く鍵自体はおよそ皆この中に入って居る」
そう言うと雨子様はパソコンの筐体を指し示した。
「じゃがそれを今から読み解くのに時間を掛けるのも勿体ない話じゃし、鍵になる部分を和香に直接伝えるが故、受け取るが良い」
そう言うと雨子様は前髪を少しかき上げた後、額をぺたんと和香様のおでこにひっつけた。
「なんやこれ?人間はまたえらい妙なもんを拵えたんやなあ?」
そう言いながら和香様は目をぐるぐると回した。
「この中にもいくつか別の言葉みたいなもんがあるみたいなんやけど、ちゃ~んと連携取れとるんやね」
「そうじゃな、まだまだ隙間だらけで些か粗雑な物じゃが、これはこれでなかなかに便利なものじゃ。凡そ人の世のことを知るためには十分に役立つものじゃと思うの」
「そやね、そしたら一応間に入るもんちょこっと拵えて、この海ん中でも入ってみるはな」
「そうじゃな、我も今なら同じことが出来ると思うのじゃが、折角小和香に貰った精を余り無駄には使いとうは無いからの。和香よ良しなにの」
「まかしといてんか」
そう言うと和香様は姿勢を正して椅子に座り、静かに目を閉じた。
するとパソコンの画面がすっと固まる。
「あれ?大丈夫かなこれ?」
パソコンの調子がおかしくなったのかと思っッたのだがそうでは無かったらしい。
「心配は要らぬ、このからくりは停止状態にされて居るだけじゃ。今は和香がこのからくりの代わりにこの先に通ずる情報の海に繋がって居る。まだ腕試しと言ったところじゃが、そろそろかも知れぬの」
と、和香様がゆっくりと目を見開いた。
「んー、ここからそのまま入ると、あんまり手広う使えんね。なんや狭もうてあかんは」
「なればいかがするつもりじゃ?」
「ちょこっと分霊化してもっとどーんと太いところいってくるわ」
「あい分かった、ならばそなたの半身をこちらで守って居れば良いのじゃな?」
「よろしゅう頼むね」
そう言うなり和香様は再び目を閉じた。かと思うと微かにその姿が二重にぶれて見え、その後半分透き通った感じになっている。
そうやって十五分ほども経っただろうか?いきなり部屋の中が真っ暗になった。
「停電?」
窓を開けてみると辺り一帯が暗闇に包まれている。
携帯を見るとどうやら携帯の回線も落ちてしまっているようだ。
「あ~~ごめんしてや~」
和香様の周りにぽうっと灯りが点ったかと思うと、頭をかきかき塩っぱい顔になっていた。
「うちの神社にちょっかいかけていた奴と思われるのに接触したもんやから、あんた何もんやのん?って聞いたらなんか凄い慌てられて、その結果がこれなんよ。ごめんしてな」
「と言うと、これってその謎の相手が逃げる為に電気を止めたって言うことなんですか?」
僕は電気が止まることで受ける色々なダメージについて考えながら聞いた。
「そうなんよ、向こうはただ電気を止めただけなんやけど、こっちはその影響で問題が起こらん様に手を回すのに一杯一杯になったから、逃げられてしもうたは」
「何とも難儀な相手に巡り会ったものじゃな?」
「雨子ちゃんもそう思うよね?、自分が逃げる為やったら何してもええって思って居るんやから、これはこのままにしとったら危険やは」
そんなことを話している間にぱっと部屋の電気が点った。
早速普通にパソコンを立ち上げると、ニュースサイトに行く。
早くも今の停電についての記事が上がっている。未だ未確認ながらこの近辺二キロ四方くらいが停電の範囲となったらしい。
SNSのサイトに行くと更に細かい情報が次々と上がっている。
しかしどうやら大きなトラブルは無かったみたいだ。おそらくは和香様の努力が実を結んだと言うことなのかも知れない。
「そやけど何とかするゆうてもこれちと大変やで?」
「何?和香の力を持ってしても対応できぬと言うのかえ?」
雨子様が何だか驚いた顔をしている。
「う~~ん、なんてゆうたらええんかな?この相手っていっつも自分の土俵におるんよ。その土俵の上やと、うちらの色々な利点が何一つとして役に立たへんのよ」
「相手の土俵?」
突然土俵なんて言う言葉が出てきて不思議に思った僕は、オウム返しに聞いてしまった。
「そうなんよ、祐二君らはこのからくり使うてこの向こうに在る色々な知識と結びつくのに電気を使とるやろ?相手はその電気を使ってと言うか、その世界に直接住んどるみたいなんよ」
「え?ネットの中に居るって?なんかまるでSFに出てくるAIみたいだなあ?」
「何々それ?SFってなんやのん?AIって何なん?」
和香様は興味津々で目をきらきらさせている。でもあんまりその姿のままぐいぐい迫ってくるのは勘弁してほしい。目の遣りどころに困ってしまう。
「これ和香、あまり祐二に迫るでない、これ、離れろと言うに」
雨子様が和香様の腕をつかんで引きはがそうとする。だが和香様はなかなか離れようとしない。その瞳が何ともいたずらっぽそうに輝いている。
「あん、雨子ちゃんたらいけずやなあ、うちが祐二君にひっついとるの妬いとるんか?」
「和香!」
そう言いながら顔を赤くした雨子様が和香様を打ち据えようとする。
「きゃ~こわい~助けてーな祐二君」
和香様は僕を盾に雨子様から隠れようとする。その後は何だかもうドタバタと大騒ぎで有る。
「一体何事なの?」
あまりに騒ぐものだから母さんが様子を見にやって来た。
それを見てはっと我に返った神様達は、ただもうひたすら平謝り。なんだか見たくても見られないものを見てしまった。
もっとも母さんにしてみたら、神様二柱に平身低頭されるなんて逆に針の筵も良いところで、這々の体で逃げ帰っていった。
和香様はともかく雨子様がとても人間くさくなってきたなあ




