閑話「小和香様の苦労」
お待たせしてしまいました
最近どうも持てることの多い爺様、元来、泰然自若としているところがあるのだが、どうにも女の子による抱擁だけは慣れることが出来ないらしい。
禿頭のてっぺんから指先まで真っ赤になりながら、ただ黙ってニノの喜びを受け止め、じっとしている爺様。少しばかり顔を引き攣らせつつ、ただじっと耐えているというのが今の状況なのだった。
それだけ苦手なのなら、爺様の力を以てすれば軽く払いのけることも容易いだろうに、そう思いはするのだが、全くそう言うことはしない。
仲間内の争いに対して、その命の元とも成る大宝珠を取り上げ、失踪してしまう厳しさも持てば、一方こう言ったか弱き者達への配慮も忘れない。
恐らく爺様の中では存在の軽重など全く考えず、等しく在る者として評価されているのかも知れない。そのようにふと考える小和香様なのだった。
さて喜びの余り思わず爺様に飛びついてしまったニノ。今更のようにふと自らの為したことに気が付き、恐る恐る爺様から離れると平身低頭、コメツキバッタのように頭を下げている。
そんなニノのことを笑いながら、良い良いと許しを与えている爺様。
優しい笑みが溢れ、こぼれている爺様の有り様に、胸の内でどんどん好感が膨らんでいく小和香様なのだった。
「それで小和香よ、残り六体は何時こちらに派遣することが出来る?」
早速に問うてくる爺様。しかしさすがにこれは小和香様の一存で決めることは出来ない。
「本日、和香様の所に戻り次第、打ち合わせるように致します。その結果は雨子様を通じてお知らせさせて頂くつもりですが、それでよろしいでしょうか?」
小和香様のその報告を聞きながら、爺様は未だ謝り続けているニノの頭を、優しく撫でながら言う。
「うむ、それで良い。ただしじゃ、今回と同様に、細かい作り込みは其方に任せるが良いな?」
細かい作り込み、それはつまりニノ達メイドロイドの外装一式の誂えは、全て小和香様に任すという意味なのだった。
「はい、承ります」
爺様にやれと言われれば、小和香様としてはそう答えるしか無い。
「うむ、では連絡を待って居るぞ!」
爺様はそう言うと楽しそうに鼻歌を歌いながら、その場から歩去って行く。
そして幾歩か離れると、再び周りの花を巻き込んで渦を作りながら、すっとその場から姿を消すのだった。
それを見送った小和香様、完全に姿が見えなくなったところで大きな溜息をつく。
そんな小和香様のことを心配そうに見つめるニノが聞く。
「小和香様…急にお疲れの表情。どうかなさいました?」
そこで小和香様、果たして言ったものだろうかと少しの間逡巡するのだが、いずれ知れることかと考え、その思いを口にするのだった。
「メイドロイド達は皆女性の形態をしておりますでしょう?」
この時点では小和香様が何を言いたいのか分からないニノ、ただ「はい」と言いつつ頷くばかりだった。
「そんなあなた達が形のみの女性と言った有り様から、真の女性となる訳なのです。ついてはその造作を全てお爺様に任せる訳には行かないでしょう?」
「はぁ…」
やっぱり分かっていないと肩を落とす小和香様。しかし今敢えて分からせる必要も感じなかったので、特に説明を足すことはしないのだった。
それはともかく爺様の話を聞いて、その言葉が染み込むほどにどっと疲れが湧いてくる小和香様。どうやら今までは気が張っていたせいか、その疲れが表面に現れていなかったのだ。
「小和香様、本当に大丈夫なのですか?」
ニノが顔を覗き込んで心配そうにおろおろしている。
「ええ何とか…」
そう答える小和香様、矢庭に足下がふらつき、自分でも驚いてしまう。
どうしてと思って調べてみると、保有している精が底をつきつつあることに気が付き、大いに驚いてしまうのだった。
ともあれそろそろ退去しなくてはと思い、気を張ってふらつきを抑えながら、吉村家の庭の方へと歩を進める。
その後から、心配そうにしたニノが付き従っていくのだった。
進んでいくその先には一群れの木々の壁が有り、そこを抜けると吉村家の庭に入ることが出来るのだった。
ふっと手を伸ばすと、その部分から自然に生け垣が左右に分かれていく。
そして生け垣を通り抜けると、その向こうでは祐二が庭木にホースを使って散水しているのだった。
彼は小和香様の顔を認めると、にこやかに笑みを浮かべながら挨拶してくる。
「おはよう御座います小和香さん」
祐二の言葉から外界が今朝の時間帯であることが分かる。爺様の所では日の巡りが無いので、その辺りのことが不明確になるのだった。
と、その祐二が小和香様の後ろに目をやり、少し驚いた顔をするのだった。
「ええと…ニノなのかな?」
小和香様の必死の努力のお陰で、ニノの見掛けは人の身に成る前の状態と非常に似通って居る。特に首から上の部分は、細部まで気をつけ相当慎重に形作ったつもりなのだった。
けれども目しか無い状態と、顔の造作が全て在る状態ではやはりかなり印象が異なっているらしい。そのせいか祐二にも、一目でニノとは分からなかったようだった。
祐二のその問いに、どう返事したものか戸惑って居るニノに代わって、挨拶の返答に重ねてその説明をしてみせる小和香様。
「おはよう御座います祐二さん、仰るとおりニノですよ」
そう言いながら小和香様は祐二に向かってゆっくりと歩み寄って行った。すると祐二は一瞬驚き、顔を顰めたかと思うと、物凄く心配そうな声で言うのだった。
「大丈夫なんですか小和香さん?」
小和香様としては、なんとか祐二に対して弱みを見せたくない思いも有り、笑みを浮かべて返事をしようとはしたのだが、どうにも限界が来ていたようだった。
ふらふらとよろけると、未だ少し距離のあったところから、すっ飛んできた祐二が慌てて彼女を支えるのだった。同じくそれを見ていたニノもまた、反対側から慌てて支えに入ってくれる。
見掛けにそぐわずがっしりとした祐二の腕が、ふらつく小和香様の身体に回り、丸で重さを感じさせないかのようにふわりと抱き止める。
「すいません祐二さん、さすがに精も根も尽き果ててしまいました…」
そう言って祐二に謝る小和香様。その胸の奥では申し訳なさと共に、何とも言えない切ない思いが、静かに熾火のように燃え上がっていく。
傍らではニノが軽く手を添えるようにしながら、心配そうに小和香様の顔を覗き込んでいる。本当は自身でもっと小和香様のことを支えたいのだが、遠慮しつつも力強く小和香様のことを受け止める祐二の腕に、何か意志のようなものを感じて、分を超えることを躊躇しているのだった。
そんな彼女らの思いを知ってか知らずか、祐二は小和香様を抱き止めたままずんずん家の玄関に向かう。そして着くなり間髪入れず扉を開け、上がり框にそっと小和香様を座らせると、声を張り上げるのだった。
「母さん、雨子さん、来て!」
本当に小和香様、お疲れ様でした
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