「思い」
遅なりました
祐二が全ての後片付けを終えた頃には、夜も大分更けた時間になっていた。
大急ぎで着替えを用意すると風呂へと向かう。
もう結構眠いのでパスしたいなとも思ったのだが、結構汗をかいたことを思うとどうにもその選択は取れないのだった。
現金なもので、眠かったり結構疲れたとは思って居ても、風呂に入ればリフレッシュされる。ぽかぽかと火照る身体を抱えて、これでは直ぐには寝れないなと苦笑しながら、パジャマを着ると軽くなった足取りで部屋に戻るのだった。
さて、部屋に戻り扉を開けて中に入ると、そこには雨子様がぽつんと言った感じでベッドに腰掛けていた。
「どうしたの雨子さん、何か有った?」
そう声を掛けると小さく頷く雨子様。
わざわざこんな時間にこうやって訪問してくるからには、それなりの理由が有るのだろう。
そう考えた祐二は、雨子様に声を掛けると一旦部屋を出るのだった。
「ちょっと待っててね」
そう言った祐二は階下に降りると、ホットミルクを一つと、自分用に冷たいままのミルクを用意して部屋に戻る。
「どうぞ」
そう言ってホットミルクを手渡すと、小さな声で「ありがとうなのじゃ」と言うなり、ふうと息を吹きかけながら少しずつ啜る雨子様。
一方祐二は勉強机の前の椅子に座ると、火照った身体を冷やすべく冷たいミルクを一気に呷るのだった。
「それで何があったんだい?」
静かに祐二が問うと、ミルクの入ったカップの向こうから、小さな溜息と共に口を開く雨子様なのだった。
「ちゃんと説明しておかなければと思うたのでの…」
なんだかとても言いにくそうにしているその様子に、祐二は苦笑しながら言うのだった。
「あのさ、雨子さん。言いにくい事なんて誰でもあるんだから、時には話さないって言う選択をしても良いと思うのだけれども…」
祐二のその言葉を聞きながら、雨子様はそっとその目を伏せる。
そんな雨子様の顔をじっと見つめながら、長い睫だななんてことをふと思う祐二。
じっと見つめる祐二の視線に気が付いたのか、再び目を上げる雨子様。
「人が思い悩んで居るときに、そのように凝視するでない…」
そう言うと雨子様は僅かに唇を尖らせる。
「だから、そんなに悩むくらいなら言わなくても良いよって言っているのに…」
そう言う祐二に、雨子様はゆっくりと頭を横に振るのだった。
そんな雨子様を見ながら祐二は思い当たることを口にした。
「もしかして言おうと思って悩んでいるのは、今日泣いてしまった時のこと?」
祐二の問いに、雨子様は何も言わずにこくりと頷く。
暫くの沈黙の後、やがて思い切ったかのように口を開く雨子様。
「実をいうとお母さんや令子には話して居るのじゃ」
そう言う雨子様の言葉に、祐二はうんうんと頷いて見せる。
「後片付けしている時に、三人でなんか真剣に話しているなって思って居たのだけれども、それだったんだね?」
「うむ」
雨子様はそう答えると、大きく二三度深呼吸をした。そして更に言葉を繋げていくのだった。
「我はの、いずれ其方と夫婦になるに当たって、二人の子供が欲しいと思うて居ったのじゃ…」
「うん…」
雨子様の語る内容が思った以上に繊細な為、敢えてことさらに語ること無く最小限の言葉で返事をする祐二。
雨子様はその返事の意味をゆっくりと噛みしめながらゆっくりと話を続ける。
「じゃが、愛しい人との子を作るのに、いい加減に組み上げたような遺伝子など使いとうは無かったし、我らの子と分かるような特徴を持てるようであって欲しいとも思うて居った」
「うん」
「じゃからもし我が本当に人として生まれて居ったなら、どう言う遺伝子を背負って居ったかというのを、事細かに計算しながらこの身に適応しつつあったのよ」
祐二は明かされる雨子様の企ての、彼への思いの深さに胸を熱くしながら言うのだった。
「以前さ、僕に時間をくれみたいなことを言って居たことがあったよね?つまりはそんなことを考えていたんだ…」
「むぅ…」
雨子様は恥ずかしそうにそう返事をすると、また目を伏せ顔を赤らめるのだった。
そしてその肩が微かに震えている。
ここまで話してくれて、更に何を不安に思うことが有るのだろう?
雨子様の胸の奥底に有る思いを、未だ計りきることが出来ない祐二は、今少し言葉を続ける。
「でもそれが何故あの時に雨子さんに繋がるの?どうしてあんなに泣いていたの?」
問われた言葉に応える為に、雨子様はまたゆっくりと顔を上げる。
「あれはの、爺様に我の今の努力を見抜かれ、その…、祐二に相応しい女になってきていると褒められたのじゃ」
そう言うと雨子様はこれ以上無いと言うくらいに顔を赤らめ、居たたまれなくなったのか祐二に背を向ける。
祐二はことここに至って初めて、雨子様が何故あの時、号泣していたのかと言うことを理解したのだった。そしてそれは即ち彼女の、祐二への思いの深さを表現しているのだった。
大好きな女の子の此処までの思い、嬉しく無い訳が無いのだった。
でもその思いをどう表現すれば良い?今だ不安に思っている雨子様にどう言えば良いのだろう?
僅かな時間であるが逡巡する祐二、だが結局彼はそっと席を立つと、雨子様の傍らに座り、後ろからその身を優しく抱きしめるのだった。
強ばっていた身体がゆっくりと解れるのを感じる。
雨子様の腕が、その身を抱きしめている祐二の腕に重なり、きゅうっと力を込める。
そのままじっと抱きしめ続け、互いの温もりがゆっくりと合一した時、祐二はその耳元で小さく囁く。
「ありがとう、雨子さん…」
その瞬間、小さな身震いが雨子様の身体に走る。
その後、抱きしめている祐二の腕に熱い滴が落ちる。
小さく、くぐもった声で雨子様は言うのだった。
「どうしてなんじゃろうな?どうして嬉しいのに、こんなに涙が溢れるのであろうな?」
そう言い終えた雨子様はゆっくりと身を捩り、祐二のことを泣き濡れた瞳で見つめる。
「ありがとう祐二、我は幸せじゃ…」
二人は熱い思いに心を震わせ、けれどもそれを互いにぶつけ合うのを畏れるかのように、そっと唇を合わす。
適うなら今もうこの場で混じり合いたい、そんな思いも湧き上がってくる。
だが相手を思う深さを、今知り合ったばかり。その思いをこそ大切にしたい。
そう思う二人は、今は只その熱情をそっと脇に逸らし、柔らかな甘さだけを唇に、暫し幸せな時を過ごすのだった。
雨子様、ほんといじらしいなあ
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そう願っています^^




