「女性達の会話」
またもやお待たせしてしまいました
どんなに楽しい事柄でも、必ず終わりを迎える時と言うのはやってくる。
神と人という境すら感じること無く、皆で揃って節子達の作った料理に舌鼓を打ち、楽しく喋り、笑い、同じ世界と時の流れを共有して心を満たしていく。
そんな心豊かな時間もやがて終わりを迎え、招待を受けた者達は皆口々に礼を述べながら、吉村の家から引き上げていく。
後に残されたのはがらんとしたもの寂しい空虚感と、安堵感。かちゃかちゃという食器を片付ける音を背景に、静かに言葉を掛ける節子。
「後片付けありがとうね祐ちゃん」
料理を作る時は手伝えなかったからと言って、片付けを一手に引き受けている祐二は、問題無ないとばかりに軽く手を振ってみせる。
「楽しかったわね?」
節子がそう声を掛けると、共にお茶を口にしていた雨子様と令子が、静かに頷いて見せる。
「本来であれば今頃、和香や小和香とニノの新しい身体について、必死になって打ち合わせて居ったところなのじゃが、思わぬ展開で爺様に任せることになったの」
そう語る雨子様は、少し嬉しそうに口角を上げていた。
「まさか爺様が令子のおねだりに対して、あのような形で答えてくれるとは…」
「尤も少し小和香さんには迷惑を掛けてしまったけれどもね…」
ちょっぴり申し訳無さそうに言う令子に、雨子様はゆっくりと頭を横に振りながら言う。
「あれくらいは仕方あるまいてよ。実のところ我が作るのであれば、爺様の補助をする場合よりも、遙かに大きな負担を掛けたことであろうの」
しかし自身の身体も作って貰っておきながら、ニノの身体を作ると言うことの意味が、今一まだ良く理解出来ていない令子、首を傾げる様にして言う。
「そうなんだ…」
「それにの…」
笑いをかみ殺しながら、そんな令子のことを見る雨子様に、不思議そうに尋ねる令子。
「なあに?何を笑っているのよ雨子さん?」
「仮にじゃ令子、爺様に全く妙な気が無いとは分かっておっても、今の其方の身体の隅々までもを、爺様が作り上げたとなったらどう思う?」
ここに来て、まだ何を言われているのか理解出来ていなかった令子は、その後直ぐに気が付いて顔を真っ赤にする。
「ああっ!お爺さまと和香様の会話ってそう言うことだったのね?私分かってなかった…、わぁ~!」
今更身を捩って恥ずかしがる令子。
「まあ、今のニノにはそう言った感覚はまだ無いと思われるのじゃが、いずれ知った時に、恥ずかしい思いをせずに済む様にしてやらんとな?」
しみじみと言った感じでそう言う雨子様に節子が笑いながら言う。
「今考えたらあのお爺さまが、良くその辺りのことにまで気を遣ってくれたわよね?」
節子の言葉に、当時のやりとりを思い起こした雨子様が頷く。
「そう言えばそうであったの、その辺のこと小和香様に頼ると自ら言う辺り、今までの爺様で有れば考えられぬことじゃと思うの?」
そう言って不思議そうに首を捻る雨子様に、節子が苦笑しながら言う。
「それは多分雨子ちゃん、あなたという存在が、先例として存在しているからじゃ無いかしら?」
節子の言葉に、全く腑に落ちないといった表情の雨子様が応える。
「わ、我がなのかえ?」
そんな雨子様に呆れた様に言う節子。
「あら、私にはお爺さまが、雨子ちゃんのことをちゃんと一人の女性として認めておられる様に思うわよ?なればこそのお褒めを貰い、そしてそれが嬉しかったのでしょう?」
再び顔を赤らめた雨子様、何も言わずに静かに頷く。
するとその二人の会話に興味を持った令子が口を挟んでくる。
「え?何々雨子さん、お爺さまに何か褒められたの?」
雨子様と節子、二人の間にひょいと頭を挟み込んでくると、それぞれの顔を見上げる様にして令子が言う。
そんな令子のことを見ながら、令子ならば今更隠すことも無いかと、事の次第を話すことを決める雨子様。
「言うまでも無いことなのじゃが、令子は我が神であることを知って居るし、いずれ将来祐二と夫婦になることも知って居るよの?」
苦笑しながら令子がその問いに答える。
「本当に何を今更って言う感じよね?」
全くもって当然とした顔の令子に更に問う雨子様。
「普通人間達が、夫婦となった時にすることと言うかその、あの、なんじゃ…」
話が先に進むほどに顔を赤らめ、言葉に詰まる雨子様。
その様子を見ていた節子、これでは話が進みそうに無いと思ったのか、助け船を出すことにした。
「要はね令子ちゃん、いずれ祐二と雨子ちゃん、ちゃんと子供を持ちたいと考えているの」
途端に合点の言った令子、彼女もまたほんのり顔を赤らめる。
「あ、なるほど、そう言うことなのね?」
何とか微妙な部分の山を越えたと感じた雨子様は、ほっとした表情をする。
「ただの、我はこうして外見こそ完全に女の見かけをして居るが、女性としての仕組みは当初殆ど持っておらなんだのよ」
「え?そうだったの?」
まさかそんなこととは知らなかった令子は、驚きを露わにするのだった。
「じゃが人として暮らすうちに、女としての見かけを持つ以上、きちんと女でありたいと、少しずつその仕組みを整えて居った。あくまでざっと言うことなのじゃがな…。しかしそうやって整えていくと、それに沿う様にして、何と言うか心もまた自然に変化していき居った」
そうやって語る雨子様のことを、目をうるうるとさせながら令子が見つめる。
そして小さく何度も頷いて見せるのだった。
「うむ、それでその、我は次第に祐二に惹かれていった。更にはあやつの覚悟を聞き、いずれ夫婦になろうと思った。そしての、妻になるからには、いつかあやつの子を持ちたいと思うたのじゃ」
そこまで言うと雨子様は、口を潤そうと湯飲みを持つ。
するとそこには丁度入れ立ての芳しい香りのお茶が、ほんわり優しく湯気を立てている。
一口啜り、二口啜った後に、にっこり笑みを浮かべた雨子様が節子に向かう。
「くふふ、相変わらずお母さんのお茶は、タイミングも味も天下一品じゃの?初めて出会うた時に馳走になった、お茶の味が今も思い出されるの」
そう言う雨子様の言葉に、嬉しそうに笑みを浮かべる節子。
「ちゃんと覚えていてくれるんだ?」
節子の言葉にくいっと胸を張る雨子様。
「当然じゃ、あの時馳走になった茶の味は、当時の我にとって新鮮な驚きであったからの」
ただの、何気ない感想で有ったはずの雨子様の言葉に、何故だか節子は胸の奥がぎゅうっとする感覚を覚える。そしてその思いを胸に席を立つと雨子様の元に向かい、彼女の頭をきゅっと抱きしめるのだった。
「お母さん…」
そうやって抱き抱かれる母娘は、思いを伝えるのが何も言葉だけで無いことを、今更ながら胸に染み込ませるのだった。
と、そんな二人の元に、令子もまた遠慮がちにやってくる。
それを見た節子、まだ今少し距離が有る内にずいと手を伸ばし、その令子もまた雨子様と共に胸の内に抱きしめるのだった。
「お母さん…」
令子には実のところ、まだ実母が存命しているかも知れなかった。しかし様々な影響を考えた雨子様との約束により、実母と会うことは禁止されていた。
酷なことかと考えられるかも知れない。けれども令子自身は既にそのことについて十分納得していて、今の彼女の口から漏れるお母さんと言う言葉は、正に節子のことに他ならないのだった。
そして節子もまた、今の彼女を実の娘として愛しているのだった。
三人の女性が互いに相手を抱きしめ、その温もりがゆっくりと染み込み合っていく。
そして十分に互いの温もりを理解し合った後、彼女らはゆっくりとその腕を解き、互いに顔を見合わせて嬉しそうに微笑むのだった。
「さて、では続きを令子に話さねばの…」
そう言うと更にお茶を啜る雨子様。節子と令子はそれぞれ自分の席に戻ると、黙って雨子様の話し始めるのを待つのだった。
「それでじゃ令子、そう言う決心をしたものの、我のこの身体には未だあやつを受け止め、子を為す機能までは無かったのじゃ。勿論そう言う機能だけを模すのであれば、そう難しくは無い。じゃがの…」
そう言うと雨子様は節子のことを見つめる。
「祐二はこの節子の紛うことなき息子。そんな存在の子を為すのに、適当にと言うのはあり得ぬのじゃ。よって我は少しずつ時間を掛けて、相応しい存在になれるようにと変容して居った」
令子は雨子様の言葉を反芻する様に飲み込むと、思ったことを口にする。
「それってもしかしてその、遺伝とかそう言うことを考えていたの?」
令子の問いににこやかに微笑む雨子様。
「うむ、そうじゃな…」
「そっかあ」
何事かを思う様なそぶりを見せながらそう言う令子、雨子様は更に言葉を続ける。
「それでの、なんと爺様はそんな我のことを見抜きおってな、更には祐二に相応しき女子に成りつつあると褒めてくれおったのじゃ」
それを聞いて納得のそぶりを見せる令子。
「ああそれで雨子さん、思わず感極まっちゃったのね?それなら分かる…。良かったわね雨子さん」
令子にそう言われたのが余程嬉しかったのか、はにかみつつも極上の笑みを浮かべる雨子様なのだった。
そしてそんな雨子様のことを見ながらふと物思わしげに言う令子。
「ねえ雨子さん」
そう言うと令子は自らの身体を見下ろす。
「私の場合はどうなっているの?」
すると雨子様、真剣な眼差しをしながら頷いて見せると、しっかりと説明してくれるのだった。
「令子の身体については、我の場合とはまた意味が異なるが故、和香や小和香と少なからず議論をした上で作り上げて居るから、殆ど普通の人間の身体と言って差し支えないであろうの。ただ子を持つとなると少し話が違うので、その時は我に相談してくれぬか?よくよく話し合って最適解を見つけた上で対応する故、安心してくれても良いぞ?」
雨子様のその説明に、どことなくほっとした表情に成りながら礼を言う令子。
「そっかあ、雨子さん達色々と考えてくれてたんだね?ありがとう!」
さてそうやって話に一段落付いたところで節子が言う。
「じゃあきりの良いところでお風呂に入ってらっしゃいな」
そう言って二人を風呂に向かわそうとするのだが、雨子様と令子、ふと目を見合わせると、意気投合しながら節子の手を持つ。
「今日はお母さんも一緒に入ろう?」
代表してそう言う令子、隣で雨子様がうんうんと頷いている。
「そうね、たまには家で一緒って言うのも良いかもね?」
そう言って顔を綻ばせる節子を、二人でぐいぐいと手を引っ張って風呂に向かう雨子様と令子。浴室から明るい笑い声が漏れてくるまでに、そう長くは掛からないのだった。
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