「神様の納得」
お待たせしました
しかし結局この後、爺様もまたしっかりと美味しいケーキに舌鼓を打つことになる。
うまうましとケーキを頂きながら幸せそうに紅茶を飲む爺様なのだが、いきなり眉根に皺を寄せ始める。
「普段物を食うと言うこと自体縁遠く、たまに節子のところで馳走して貰う位を楽しみにして居るのじゃが、色々と美味い物を食わせてもろうとるうちに、段々と常に何か口にせずにはおられんようになりつつある…」
爺様はそう言って節子のことを恨めしそうに見ながら、かつもの凄く美味しそうにケーキを平らげているのだった。
「全くこれには困ったものじゃ…。しかもじゃ?」
そう言いながら爺様は目を剥きながら和香様達に語る。
「儂が渾身の力を込めて、原子の一つに至るまで同じものとして再現したはずの食い物が、此処で食う物に比べて常に劣るのじゃ…。何故じゃ?何故なのじゃ!」
爺様のこの台詞の後半、それは雨子様に向けられている。
その雨子様、何とはなしに爺様の言うこと自体は理解出来るのであるが、残念ながらそれ以上のことは何も言えない。こと分析能力について、爺様に勝ろうはずが無い故、仕方の無いことなのだろうか?
考えあぐねた結果、雨子様は節子に言うのだった。
「爺様があのように言っておるのじゃが、お母さんの方で何かアドバイスしてやれることは無いのかの?」
だが節子、ちょっと渋い顔をしながら雨子様に言う。
「なあに雨子ちゃん、あなたはもう一体どれだけ、私達と一緒に暮らしていると思うの?もうすっかり家族になっていたと思うのになんてことかしら…」
よもや節子にそのような言い方をされるとは、全く想像もしていなかった雨子様、相当な衝撃があった様で、殆どべそをかきそうな顔をしながら祐二に向かって言う。
「祐二ぃ…」
その表情があまりに情けなさそうだったので、思わず祐二は笑いを漏らしそうになる。しかし笑って良い時と行けない時くらいは、ちゃんと心得ているのだった。
かろうじて口の中で笑いをかみ殺しながら、出来るだけ真面目な顔を装いつつ口を開く。
だがそんな祐二に令子からダメ出しが出る。
「祐二さん、それじゃあ笑いが抑えられていないです」
同調して和香様までもが口を挟んでくる。
「ほんまやで祐二君、なんや知らんけどめっちゃおもろい顔になっとるで?」
そう言いながら実に楽しそうな表情をしている和香様のことを、小声で必死になって諫めている小和香様。
さすがに彼女が何を言っているのか迄は聞こえないのであるが、目が合うとぺこぺこと頭を下げる小和香様。
もうどうしようも無いなと頭を抱える祐二なのだが、大きく溜息をつくと爺様に向かって口を開くのだった。
「爺様、あくまで僕の意見なんですが、それでも良いですか?」
爺様は皆の様子を見回して小さく笑いながら頷いて見せる。
「ああ、構わぬぞ。儂としては答えさえ知れれば良いのじゃからして」
爺様にそう許しを貰った祐二は、また一つ小さな溜息をついた後、語り始めるのだった。
「爺様が全く同じものを作って食べられたにも拘わらず、此処で食べた時ほど美味しくなかった…。それって気心の知れた者と一緒に、しかも楽しいと感じながら食べなかったからですよ」
そう説明する祐二のことを、爺様は至極真面目な顔をしながら見つめる。
「一体全体、たったそれだけのことで変わったりするのじゃろうか?」
そう不思議そうに問う爺様に、逆に祐二も問い返す。
「爺様が今そうやって顕現しておられる人間の身体、ごく普通の身体なんですよね?」
「うむ、その通りじゃ」
「なら間違いないと思います」
祐二はそう言いながら、記憶の奥底に沈み込んでいる、とある言葉を思い出そうとしていた。
「そうそう、ようやっと思い出した…。確か『料理は目で見て、舌で味わい、心で楽しむ』って言う言葉だったよな…。これは美味しい料理は味だけで無く見た目の美しさも必要で、更には食べる時のその場の雰囲気や、その食べ物に連なる様々な思いやなんかも影響する、ってことなんだと思うのですが、今、この場でのことを考えてみたら、爺様にもお分かりに成られるのでは無いですか?」
にっこりと笑みを浮かべながらそう語った祐二のことを、恐ろしいほどに真剣に見つめていた爺様が、やがてにゆっくりと口を開く。
「全く、負うた子に教えられとはまさしくこのことじゃな…」
ともすれば不満を述べることにも繋がりそうなこの言葉、しかし爺様の口からは実に満足そうな思いを込めて語られるのだった。
「それで和香よ、其方らはこのことを理解しておったのか?」
すると和香様、ちらりと節子の方を向いた後、少し申し訳なさそうな顔をしながら言う。
「正直言うたらその辺のこと、きちんとは分かってへんかったと思う。殆ど爺様とおんなじ状況や」
そう言う和香様の傍らで、ほんの少し小さくなった小和香様もうんうんと頷いている。
「成るほどの、我らはこの人の身のことを何とも粗雑な出来じゃと、どこか軽んじて居ったのかも知れぬの。一見素朴に見えるかもしれんこの感覚網が、実際には互いに影響し合って、実に複雑で多彩な感覚を生み出して居るようじゃな」
そこまで語った爺様は、その視線をふっとニノに向ける。
「ニノとやら、これはお前の身体を制作する前に知って良かったことじゃと思う。元より手抜きして作るつもりなどさらさら無かったのじゃが、今学んだことを十分に吟味して、より人として満足できる様な身体を作ってみせようぞ」
そう言われたニノは、嬉しそうに笑みを浮かべながら、爺様に丁寧に頭を下げるのだった。
さて一方雨子様、何やら妙にしゅんとして節子のことを見つめている。
そんな雨子様のことを見た節子が、苦笑しながら慰めるのだった。
「良いのよ雨子ちゃん、人間の感覚には上手く言葉として説明できないことも沢山あるのだから…」
そう言う節子に、雨子様はなおしょんぼりとしながら言う。
「しかし祐二は爺様の問いに見事答えて見せ居った」
そう言う雨子様に笑いながら節子は言う。
「何言っているの雨子ちゃん、あなたと祐二じゃ人間の年季が違うじゃない?」
「は?年季?」
まだ訳が分からないという雨子様に、節子は指折り数えて見せながら言う。
「祐二はもう十何年も人間やっているけれど、雨子ちゃん自身は二年にも成らないじゃ無い?」
それを聞いた途端に雨子様の顔色がぱあっと明るくなる。
「成るほど、そう言うことなのかや」
二人の会話を聞いていた神様方もまた、大いに納得して頷くことなのだった。
「それとね雨子ちゃん」
節子の言葉はなおも続く。
「先ほどの私の言葉…『すっかり家族になっていたと思うの』って言うの、あくまで冗談として言ったつもりだったのだけれども、冗談に成っていなかった、ごめんなさい」
そう言うと素直に雨子様に向かって頭を下げる節子。
節子のその言葉、もう殆ど意識の外に押しやりつつ有った雨子様、だが今、そうやって節子の謝罪を受けたことで新たに成り、深く心の奥に浸み通る。
「あなたは既に家族以外の何物でも無いの、大好きよ雨子ちゃん?」
これだけ多くの神様や人間がいるにも拘わらず、真正面から自らの思いをはっきりと語る節子。
ここに居る者達の全てが、雨子様が節子の家族であることの事実を、深く深く知ることに成るのだった。
いつもいつも思うのですが、物語を書く時、最初の数行書くのが本当に大変
一番時間が掛かる様に思います・・・
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そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き
楽しんでもらえたらなと思っております
そう願っています^^




