「母と子と」
久々定時?
さて一方、雨子様を抱えるように部屋まで連れて行った節子、雨子様をベッドに座らせると、その傍らに座ってただ黙って抱きしめ、静かに落ち着くのを待つのだった。
互いに何も語ることなく、穏やかに過ぎていく時間。節子の抱きしめる腕の中で、ゆっくりと雨子様の呼吸が落ち着きを取り戻していく。
「もう大丈夫じゃ、お母さん」
そう言うと節子の腕の中から、ゆっくりと身体を解き放す雨子様。
未だ少し泣き濡れているその目を、傍らのティッシュを手に取って丁寧に拭う雨子様。
「済まぬの、皆で楽しく食事を楽しんでいた最中だと言うのに」
そう言う雨子様に、節子が静かに首を振る。
「何言っているの?そんなこといくらでもなんとか成ることよ。今はあなた自身、それが何よりも大切なことなのよ?」
温かい言葉でそう言って、雨子様のことを包んでくれる節子。
思わず雨子様は今一度きゅうっと節子にしがみついてしまう。
「くふふ、何と言うか、節子は本当にお母さんなのじゃな?」
雨子様のその笑いに、合わせるかのように笑みを浮かべると節子は言うのだった。
「うふふ、当たり前のことじゃないの?私、自分からあなたのお母さんに立候補したのよ?」
節子のその言葉に、雨子様はゆっくりとその身を離すと、彼女の顔を見つめながら言うのだった。
「確かにそうじゃったな。そして正しく其方は我のお母さんじゃ。いつもいつも助けられてばかり居る…」
雨子様はそこまで言うと静かに長い溜息を吐いた。
「それでお母さんは何故に聞かぬのじゃ?」
「何故にって?」
「我がこうなった理由じゃ」
雨子様のその言葉を聞くと、節子は少し下加減から、斜めに見上げるようにして問うのだった。
「聞いて欲しい?」
そんな節子に苦笑しながら言う雨子様。
「うむ、お母さんにならの…。寧ろ話すべきなのかもしれん」
少し悩んだ様子でそう言う雨子様に、今一度確認するように言う節子。
「誰だって心の内に、人に話せないことの一つや二つ有るものよ?ましてや雨子ちゃんの場合神様なんだから、無理しなくても良いのよ?」
そう言う節子に、雨子様は口を尖らせながら言う。
「もう、お母さんは本当に優しいのじゃな?其方にこうやって甘やかされ続けると、我は腑抜けになってしまいそうじゃ」
「あらそう?」
「うむ…」
雨子様のその一言を最後に、僅かな間ではあったが、沈黙の時が流れる。
そして今一度の吐息がふっと漏れた後、再び雨子様が口を開くのだった。
「実を言うとの、爺様に褒められたのじゃ…」
目をぱちくりとさせた節子、即座には雨子様の言っている言葉を、理解することが出来なかった。なので改めて問い直す。
「一体何を褒められたの?」
そう言いながら節子は、自身が今、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔しているのだろうと思い、思わず苦笑してしまう。
雨子様はそんな節子のことを見つつ、柔らかに笑いながら言う。
「正確にその言葉を再現するとな『其方本当に祐二に相応しき女子に変容しつつ在るの』こう言われたのじゃ」
再び目を丸くしながら短く言う節子
「あらまぁ」
雨子様は、恥ずかしそうに顔を僅かに赤らめながら言う。
「以前少し話したことが有ると思うのじゃが、我はいずれ祐二と夫婦になる為、真に番と成れるべく、この身を普通に子を産める身体へと、時間を掛けてゆっくりと変容させて居る。どうやら爺様は、一目見てそのことに気がついた様じゃ」
「なるほどそう言うことだったのね…。そりゃあ雨子さんが感極まって泣いてしまう訳よねぇ。しかも雨子ちゃんにしか聞こえないように伝えてきたのでしょう?」
「うむ、その通りじゃ」
「考えるに、あの人付き合いに不慣れなお爺様としては、まあまあの合格点なのかしら?」
そうやって爺様のことを人知れず採点してしまう節子に、思わず雨子様は目を剥く。
だが直ぐに、それが節子の母目線なのではないかと考え込むのだった。
色々なことに思いを馳せていそうな雨子様のことを見つめながら、節子はふと悩む。
この後一体どうやって彼女をダイニングに連れ戻そうかと。
だが案ずるよりも産むが易、節子は自身の直感を信じることにするのだった。
「それでもう大丈夫?」
この問いばかりは確信が無いのか、少し不安そうに問う節子。
恐らく自分の想像以上に、色々なことを考えてくれて居るであろう節子に、丁寧に頭を下げながら雨子様は言う。
「うむ、もう大丈夫じゃ。色々と心配を掛けて済まぬの。そしてお母さん…、ありがとう」
今の雨子様には理解出来ていた、自分が泣き伏した直後、どれだけ素早く節子がやって来て、自身を守ろうとしてくれたかを。
思うに、自分や和香であったとしても、あれほどに早く動けるかどうか。
嬉しそうに礼を言ってくる雨子様に、内心ほっと胸を撫で下ろしながら、今一度雨子様のことを抱きしめる。
すると雨子様は、その抱擁の中からくぐもった声で言うのだった。
「もう…、お母さんは我を駄目人間にしてしまうつもりかえ?」
節子はそっと抱擁を解き、嬉しそうに笑いながら答えを返す。
「ええ、今だけはいくらでも駄目人間になりなさいな」
その言葉に雨子様は声を上げて笑い、合わせるように節子もまた楽しそうに声を上げるのだった。
そして確りと笑ったお陰で、固まっていた顔の筋肉がほぐれ、いつもの雨子様らしさを取り戻すのだった。
だがそれでも僅かに影が差す。
「どうしたの雨子ちゃん?」
敏感にそれを感じ取った節子が尋ねると、自嘲気味に笑みを浮かべながら雨子様が言う。
「いやの、そろそろ戻ろうと思うのじゃが、どういった顔をして戻れば良いのかなと…」
そんな雨子様に即座に答えを返す節子。
「別にあなたが何か説明しなくても良いわよ」
そう言ってくれる節子に、尚も不安そうに言う雨子様。
「じゃが…」
だが節子はきっぱりと言うのだった。
「私に任せなさい!」
その有無を言わせぬ様子に、少し感動しながら静かに頷く雨子様。
その雨子様の乱れた髪を見て、ブラシを手に取り、丁寧に梳る節子。
「じゃ、そろそろ行こうか?」
そう言う節子に軽やかに返事をする雨子様。
「うむ」
すっかりと落ち着きを取り戻した雨子様を従え、足取りも軽く階段を降りていく節子。
ダイニングの前に立つと、ぱんっ!と軽く顔を叩いてから笑顔で扉を開くのだった。
と、そこでは異常事態?が発生していた。
何とそこでは、例の一件以来カラオケにすっかりと嵌まってしまっていた和香様が、今人気の歌手達の物まねをしながら、アカペラで歌を歌いまくっていたのだった。
その様に呆気に取られてしまう節子と雨子様。
皆その和香様の歌に夢中で、部屋に入ってきた雨子様達のことは、ちらりと一瞥するだけなのだった。
呆れたような顔をしながら、雨子様だけに聞こえる小さな声でぼそりと言う節子。
「案ずるよりは産むが易とは本当にこのことね?」
何だか毒気を抜かれたような表情をしている節子に、雨子様が聞く。
「それでお母さんは、皆に何か聞かれた時に、何と答えるつもりだったのじゃ?」
すると節子は悪戯っぽそうな笑みを浮かべると、口元に人差し指を押し当て、
「それは乙女の秘密よ」
と言うのだった。
さて、以前も書いたことかと思うが、神様方は同じ場に居る限り、それがどんなに小さな音で有っても聞く能力がある。(勿論それも限界が有るには有る)
なので節子が声を落としていたにもかかわらず、彼女らの会話は確りと聞かれて居た。だがあくまでエチケットとして、聞いてない振りをして居るだけなのだった。
けれどもうっかり節子の、そのとんでもなく茶目っ気たっぷりな言葉を聞いてしまったものだからさあ大変。
マイクに見立てたスプーンを手に、朗々ととある歌手の歌を歌い上げていた和香様、その言葉を耳にするや否や、余程動揺したのか思わずそのスプーンを落としてしまう。
一方隣でその和香様の歌を聴いていた小和香様、その言葉が耳に飛び込んで来たかと思うと、テーブルに突っ伏して肩を揺らし起き上がってくる気配がない。
お仕舞いの爺様に至っては、急に顔を真っ赤にしたかと思うと、所構わずビールを吹き出すのだった。
幸いなことにとっさに爺様が横を向いたお陰で、テーブルの食べ物には被害がなかったのだが、割を食ったのがそこに居た令子なのだった。
「お爺様、ひっど~~い!」
お陰で爺様、令子に向かって謝る謝る、それこそコメツキバッタも斯くや。
「何なのじゃこれは?」
呆気に取られたように言う雨子様。
それはもう雨子様の泣いたことなど誰も思い出す暇が無いような、そんなとんでも無く賑やかな場となっていたのだった。
いつもながら賑やかな吉村家です
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