「金曜日」
お待たせしました
神名を天露雨子様と言い、人の身としては天宮雨子と言う。仲の良い者にはただ雨子と呼ばれたり、もしかするとさん付けになったりちゃん付けにもなる。そんな雨子様、今のその身分は高校生と言うことになっている。
だから毎日足繁く祐二と共に学校に通い、一応熱心に勉学に励んでいることになっている。
尤も、今は天気を司ることを権能として維持している雨子様なのだが、大本を辿れば知識を司る神。だから高校で教える程度の内容、何ほどのものでも無い。
けれども同じクラスの者達と、一緒に机を並べて学ぶと言うこと、それ自体が何よりも嬉しく、毎日にこにこしながら通学しているのだった。
さて、そんな雨子様であるが、日々学校に通っていると、いつの間にやら週末の休みを楽しみにするようになっていた。
別に何か特別なことをするから楽しい訳では無い。
けれども何と言えば良いのだろう?例え神で在ったとしても普段時間に縛られた状態から、解放されるその一時は、何とも言えず楽しい、どうやらそう感じて居るようだった。
五日間の学校生活を終え、祐二と共に帰宅するこの時、普段なら丸一日学校で過ごした後、疲労感から足取りも重くなる。けれども金曜日の夕方に限って言うなら、いつになく軽く、それが雨子様の実感となっている。
「くふふふ…」
帰路を辿りながら小さく笑いを漏らす雨子様へ、祐二がからかうように言う。
「雨子さん、何がそんなに嬉しいの?」
すると雨子様、何だか意外そうな顔をしながら祐二に言うのだった。
「何じゃ祐二、其方は腹が空いては居らぬのかや?」
「勿論空いているけど…」
問われた祐二、何を当然なことを聞くのかと言った表情で応える。
そんな祐二の目の奥を覗き込むようにしながら、雨子様が言葉を重ねる。
「今日は金曜日じゃぞ?」
「そりゃあ分かっているけど?」
一体雨子様が何を言いたいのか分からない、そんな顔つきで答える祐二。
祐二の表情を見た雨子様は、やれやれと言った感じで肩を竦めながら言う。
「金曜の夜は、お母さんがいつも普段より豪華な夕餉にしてくれるでは無いか?それが楽しみなのでは無いのか?」
ああそう言うことかと納得する祐二。
尤も雨子様の言い様は少し大げさで、豪華と言うが本当のところおかずを一品か二品増やしてくれているだけなのだが、しかしそれは節子なりの一週間お疲れ様という意が籠もっており、嬉しいと言えば嬉しいものなのだった。
だがそれにしても…。
「食いしん坊だな…」
ぼそりと小さな声でそう言う祐二。
しかし雨子様はその言葉を全く意に介することは無い。
「当然じゃ、我はお母さんの料理を食べる幸せを、毎度毎度心の底より噛みしめて居るからの?」
そう言いながらにこにこしている雨子様のことを、柔らかな視線で包み込む祐二。
生まれたときからずっと節子の料理を食べ続けている祐二よりも、人の身を手にして間もない雨子様の方が、よりその有り難みを理解しやすいのかも知れない。
そんなことを考えながら、わくわくしながら嬉しそうに期待感に胸を膨らませる雨子様、そんな彼女を見ていられることの方が、今の祐二には幸せを作り出すのだった。
かといって夕食が楽しみで無い訳では無い。
先程からぐうぐうと鳴るお腹が、否が応でもその思いを押し上げていく。
相変わらずにこにこしている雨子様のことを見つめながら、ふと心に悪戯心が湧いてくる祐二。
「お先!」
と言うと家に向かって軽やかに駆け出す祐二。
それを見た雨子様、置いて行かれては成るものかと、慌てて自らも走り出すのだった。
人の身としてすっかりと調整され、当たり前の女の子としてはかなり足の速い方となった雨子様。
けれども神様になることを目的に、日々厳しい鍛錬を続けている祐二には、さすがの雨子様も適うこと無く、徐々に間が開いていく。
「待て待つのじゃ祐二…待って…」
そうやって呼びかけるのだが、ずんずん駆けて行ってしまう祐二。少し行ったところで四つ辻を右へと曲がるのだが、あっと言う間に角の向こうへと駆け抜けていくのだった。
「酷いのじゃ祐二…」
そう言いながら少しむくれつつ走り続ける雨子様。
けれども息を荒げながら角を曲がると、目の前に祐二が笑みを浮かべて待っているのだった。
「鞄持つよ!」
そう言うと息の上がり掛けている雨子様の手から、ひょいっと鞄を奪い取り、何も無いかのように持って行く祐二。
一瞬前までは、どんな文句を言ってくれようかと考えていた雨子様なのだが、そんな祐二の行動に何も言えず、気が付けば何時しか笑みを浮かべているのだった。
だがそんな雨子様なのであったが、やはり何か一言言わずには居られない。
だから小さく息を整えながら、祐二には聞こえないようにと、囁く様に言うのだった。
「馬鹿祐二…」
そう言い終えると満足したのか、雨子様はととと小走りで祐二の下に走り寄ると、その腕にきゅうっと縋り付くのだった。
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