「なれの果ての行く末」
お待たせしました
家事があるからとその場を去る節子の後ろ姿を見送りながら、雨子様は手の平の上の蛟を優しく撫で回している。
その上から無尽がそっと覗き込んで心配そうにしているのだが、不思議な物で、龍族の顔の作りや表情筋は、人間のそれとは全く異なるにも拘わらず、なんとなくではあるが自然に伝わってくるのだった。
「某の過ちです」
ぼそりとした声でそう言いながら悄げ返っている無尽。
その尾羽打ち枯らした様が、何とも気の毒に思えて仕方の無かった祐二は、もし無尽に肩があるとしたら多分此処だろうと思えるところを、軽く手で叩いて慰めるのだった。
そんな二人の様子を見ながら雨子様が苦笑する。
「別に無尽は何も悪くないと思うがの?其方としては、こんにちはと言うくらいのつもりであったのであろ?」
「はい…」
慰められてなお沈みがちな無尽を見ながら、雨子様が優しく言う。
「ある意味そのように優しいところのある無尽故、我は安心してこやつを託すことが出来るのじゃ、胸を張るが良いぞ?」
さすがに雨子様のその言葉が効いたのか、無尽は嬉しそうに頭をもたげ、胸を反らすのだった。
その様子を目を細めてみていた雨子様、手の平の上に居る蛟を優しく静かに撫で続けている。
「しかしこやつの臆病にもちと困った物じゃの…」
そう零す雨子様に、まあまあとなだめながら祐二が言う。
「それはそうなんだけれども、でも雨子さん、臆病というのは弱者の生存戦術でもあるんだから、ある意味仕方ないよ?」
「む?」
雨子様はそう言って祐二の言葉を受け取ると、少しの間思いを巡らせた後、静かに口を開く。
「成るほどの、そう言う考えも確かに有りえるの。我らの見地ではなかなか及ばぬところが在る、どう言えば良いのかの?負うた子に教えられたような…、何とも面映ゆいの…」
そう言ってくくくと笑う雨子様の表情が一瞬固まる。
何か有ったのかなと思って見ると、雨子様はそのまま視線を手の平の上に戻していた。
「おっ!」
とは祐二の声。その目の前で蛟がもぞもぞと、再び活動を開始しているのだった。
「目が覚めたかや?」
優しい口調でそう声がけをする雨子様。
「此処は?」
それを聞いた雨子様は静かに目を瞑る。
「はぁ…もしかして我はまたそこから説明し直さねばならんのかや?」
雨子様にしては珍しく、心底うんざりとした表情をしているのが何ともおかしく、笑い声が出る前に慌てて口元を押さえる祐二。
が、時既に遅し、しっかりと睨まれてしまう。
だがそれ以上何かされるでも無く、ただ雨子様はひょいっと肩を竦めるのだった。
「まあ良いのじゃ祐二。其方にも色々苦労を掛けて居るでの…」
そう言い終えるとじろりと蛟のことを睨む雨子様。
「蛟よ、目はしっかりと覚めたかや?我のことが誰か分かるかや?」
すると蛟はおずおずと言った感じで口を開く。
「はい、雨子…様で御座いますな」
その言葉を聞いた雨子様の頬が僅かに緩む。
「うむ、どうやらちゃんと記憶を維持して居るようじゃな?ちょっとほっとしてしもうた」
そう言うと雨子様はくるりと無尽に視線を向ける。
「無尽よ、今度はゆうるりと顔を見せてやってはもらえぬか?」
雨子様にそう言われた無尽は、先ほどのことに少し懲りていたのか、おずおずとそっと蛟の元に顔を見せるのだった。
そして幸いなことに、蛟が恐れを見せること無く、顔合わせを終えることが出来ると、穏やかな口調で話しかけるのだった
「某は無尽という。これ成る雨子様の僕だ」
無尽のその挨拶に対して、蛟は今度は気を失うこと無く、ちょこっと頭を下げてみせるのだった。
「おんの名は…済まん、まだ思い出せぬ。しかしあんしの名、無尽とは何とも良い名じゃな?」
すると無尽は、名を褒められたことが嬉しかったのか、くねくねと身体をくねらせる。
だがそれも直ぐに止め、雨子様に向かって言う。
「して雨子様、この後、某は如何致しますれば?」
自らの仕事を忘れない無尽に、目元に笑みを浮かべた雨子様が言う。
「うむ、それなのじゃが、しばらくの間その蛟を、其方の首回りに巻き付かせてやってはもらえぬか?」
「承りまして御座います」
低く頭を下げて雨子様の望みを受けることを誓う無尽。
更に雨子様は蛟にも言葉を掛ける。
「して蛟よ、其方はこれより無尽の首回りに巻き付いた後、暫し同化して其方が壊れぬ程度に龍気を分けて貰うが良い。尤もその間、無尽の仕事に差し障りがあってもならんので、さてどうするかの…」
こてんと首を傾げて思い悩む雨子様。
そんな雨子様の様子を見て思わず可愛いと思ってしまったのは、祐二だけの内緒の思いなのだった。
「では雨子様、受容器のみ立ち上げ、おん自体は意識を再び眠らせておきましょうぞ」
蛟の提案に、雨子様はうむと頷きながら答える。
「それが良さそうじゃの?」
だがそんな雨子様に蛟が少し不安そうに言う。
「ただ一つ気がかりなことが御座います」
「なんじゃ?言うて見るが良いよ」
すると恐る恐るといった感じで蛟が話し始めるのだった。
「おんのこと、自身で分からないなりに少し探ってみたのであるが、もしかすると力を失う前、それなりに大きな龍で有ったやも知れん。そのようなおんが無尽殿からお力を頂くとして、もしや際限無しにでも力を吸うようなことが、万が一にも起こったりはせぬのじゃろうか?」
おそらくは蛟なりの気遣いだったのだろう。だがそのような自体は全く想像の埒外だった雨子様は、一瞬きょとんとしたかと思うと、腹を抱えて笑い始めるのだった。
「くははははは、いや済まぬ蛟よ、其方のことを笑うたのでは無い。むしろそのことに気がつき、気遣う辺り見上げた物じゃと褒めたいものじゃ。じゃが蛟よ、其方の心配は全くあたわぬことぞ。のう無尽?」
雨子様にそう呼びかけられた無尽は嬉しそうに身を揺らす。
「仰るとおりで御座います、雨子様。某、雨子様より宝珠を頂くこと十余り。そのいずれ一つでも並の龍の持つ力を大きく上回りまする。よって蛟よ、大いに力を得るが良いぞ」
どうやら蛟は無尽のその言葉に心底安心したらしい。小さな頭をぶんぶんと音がしそうな程に上下に振り立てているのだった。
「では付くが良い」
事ここに至って、雨子様の言葉に従い、その手の平からするりと飛び立つと、無尽の首回りに首輪のように巻き付く蛟。そしてみるみるうちに同化して、真っ青の無尽の首元に、少し違った系統の蒼の模様がすっと入るのだった。
「どうじゃ無尽、問題は無いか?」
「はい、問題なく同化したようです。そして既に勢いよく力を我が物としつつ有ります」
「おう、そうか、ではしばらくの間頼むの?」
「はい、雨子様」
慇懃に頷く無尽。
「おそらくその調子で有れば腕輪に戻し、節子の守護に付けても問題なさそうじゃの?」
すると無尽は大きな動きではっきりと肯定の意思を示してみせるのだった。
「はい、当初は些か心配もありましたが、現在の様子で有れば全く問題ないかと…」
無尽の返事を嬉しそうに聞くと雨子様は言う。
「あい分かった、では戻れ!」
再び腕輪の形に戻った無尽を手に持つ雨子様。よく見れば一部に髪の毛ほどの別色が差している。おそらくそれが蛟であることは間違いないだろう。
その腕輪を手に嬉しそうに微笑む雨子様。そして視線をくいっとキッチンの方へ向けると小走りにそちらに向かうのだった。
おそらくなのであるが、雨子様としては節子の守護の空白が避けられたこと、それが何よりも嬉しくてたまらないのだろう。
「お母さん!お母さん!」
声を弾ませながら節子のところへ向かっていく。
「なあに雨子ちゃん、そんなに大きな声を出して…」
言葉だけを捉えれば、何かとがめるようにすら見えるかも知れない。だが実際の節子の笑みを浮かべた姿を見れば、幼子の駆けるを迎える母、正にその姿そのものなのだった。
あかんたれの蛟でしたw
いいね大歓迎!
この下にある☆による評価も一杯下さいませ
ブックマークもどうかよろしくお願いします
そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き
楽しんでもらえたらなと思っております
そう願っています^^




