母の憂鬱と杞憂
世の中の神様もこんな神様ばっかりだと、人の世でも争いごとが起こらなかったりしそうなのですがねえ
宇気田神社に行ってくるという雨子様と祐二を送り出した後、洗濯だ掃除だとハウスキーピングの諸事の忙殺されていた母は、息子の祐二からのレインにへなへなと座り込んでしまった。
「どうしたの母さん?」
大きなお腹故、出来ることもさしてなかったものの、それでもと細々としたことを手伝っていた葉子が問うた。
「あのね、神様がお見えになるんだって」
「神様って?雨子さんじゃ無くって?」
「そ、そうなのよ」
葉子は苦笑した。
「雨子さんが神様なのはもう良く分かったんだけれども、また別の神様をお連れするの?」
「何だかそうみたいよ。何でも宇気田神社の御祭神様なんだって」
「ちょっと待って!宇気田神社って大きいところよ?確かあそこの御祭神と言ったら何本かの指に入るのじゃ無かったかしら?」
「え?そうなの?どうしたら良いのかしら?」
「取り敢えず我が家に出来る範囲で失礼の無いようにするしか無いわよ」
「え~~~~」
母は何とも言い難い表情をしながら、今終わったばかりの掃除をもう一周することに決めた。
そして何とか一通りの掃除を終え、やれやれと母娘でお茶を飲み始めた頃に祐二たちが帰ってきた。
「ただいまぁ~」
色々と緊張することが多かったせいか、僕はすっかりお腹を空かせていた。
「母さんお腹空いた」
奥から出てきた母さんは僕の手を取るや否や、奥に引き込んだ。
「お腹空いたじゃ無いわよ、また神様ですって?しかも大所って言うじゃ無いの?大丈夫なのそんな偉いところの神様をお連れして?」
母さんは何だか神経質そうな表情で僕にそう言う。
幸いなことに、僕は家に帰るまでの間に和香様とだいぶ打ち解けることが出来たように?思う。だから心配要らなさそうとは言ったのだけれども、母さんの頬が微かに引きつっているのは見逃せなかった。
さておき道中のことだが、和香様もどうやら電車に乗ったのは初めてみたいで、行きの時の雨子様と大差なかった。
もっとも一つだけ違ったのは、帰りは普通電車に乗ったものだから、シートの上で子供みたいに正座して窓の外の景色を眺めていたこと。
大きな大人の女性の姿をしている和香様がそれをすると、目立つ目立つ。
だからと言ってそれをするなとも言えなかったし、電車が空いていたのがせめても救いだった。
和香様によると神社の外に出たのは本当に久方ぶりで、普通の人を装って出たのはもう覚えが無いくらい昔のことだとのこと。
だから雨子様以上に何を見ても珍しいようだった。
普段ならあれこれ物見遊山でどこに行くか分からない雨子様を僕が引き留めているのだけれども、今日に限っては雨子様がその役を担っている。
「これ和香、勝手にあちこち行くでない」
と、雨子様が何度注意したことだろう。
お陰で駅からこっち、家にたどり着くまでの途次でも、雨子様は気を抜く暇が無かったと思う。特に車道と歩道が分かれていないところなど、端で見ている僕も気が気でなかった。
お陰で僕が家に帰り着いて暫く時間が経ってからの神様コンビの帰宅となった。
「お帰りなさい雨子様」
二人の神様を出迎える為に外に出ていた母さんは、姿を認めるや否や深々と頭を下げる。
けれども…
「あー、お母さん、気にせんとってえな。いきなり押しかけとんやからもの凄い迷惑かけとるやろ?そんなとこに礼儀も何もいらんで?適当にやったってな」
いきなりの和香様ショックの到来である。雨子様がその横で天を仰いでいる。
「???」
母さんその驚き無理ないと思う。
「あの、宇気田神社のご祭神様で?」
「そやで、あそこで神さんやらして貰ってます」
物凄い緊張したと見える母さんの肩の力が、へなへなへなと抜けていく。何だかその音が聞こえてきそうだ。
「随分長いこと中に籠もっとってん。そやから外のことなんも分からへん様になってしもてんけど、聞いたら雨子ちゃんが普通の人の家でご厄介になっている言うやん、それならうちもって思もたんよ。面倒かけるけどよろしゅうな」
「はぁ」
「ほな中入ろ中入ろ」
そう言いながら和香様は母さんの肩を抱いて家の中に入っていった。
「雨子様?」
思わず僕は雨子様に問う。すると雨子様はうんざりした感じで目を閉じて頭を横に振った。
「我に問うな、あれがこの様になって居るなど、我も知らなんだこと。我にもいかんともし難いぞ」
そう言うと雨子様は特大のため息をついた。
同輩の神様の変貌に呆れ返っている雨子様の肩にそっと手をやり、僕達は足取りも重く家の中に入ることにした。
「あ~~~」
そこには目を点にしている葉子ねえが居た。
「あ~ごめんねぇ、驚かしてもうて。ん?」
急に目を眇めると和香様はしっかと葉子ねえのことを見た。
「なあ雨子ちゃん、これって雨子ちゃんがつけて上げた呪なんよね?」
「うむ、そうじゃ」
「雨子ちゃん本当に力なかってんな、いくら何でも弱弱やん。これでもまあ使えることは使えるけど、うちがもちょっと強うしておくな?」
そう言うと和香様は葉子ねえの頭にぽんと手を乗せる。
「はい、いっちょ上がり!」
そのあまりのさりげなさに僕だけで無く、母さんや葉子ねえまでもが吹き出した。
すると和香様はそんな僕達の笑い声を聞いて実に嬉しそうにする。
「ええなええな、人の笑い声は本当にええな。それ聞くだけでうちは幸せな気分になるで」
そう言う和香様の台詞を聞いていた雨子様もまた相好を崩す。
「うむ、それについては我も同意じゃ。和香よ、この家族は良く笑うぞ。じゃから我も始終幸せを感じて居る」
僕は神様と暮らし始めて少しばかり経つ、けれども人の笑い声が神様を幸せにするという話は初めて聞いた。
おっと、その呵々大笑の渦の中に父さん登場。皆が大口を開けて笑い合っている中に見知らぬ顔を見かけて状況を不思議がっている。
そんな父さんの横に行った母さんは、その耳元に口を寄せて何事か話している。
きっとこれまでの経緯を教えているのだろう。
僅かに目を見開いた父さんは、和香様の前に行くと丁寧に頭を下げた後言った。
「いらっしゃいませ和香様。娘に雨子様のご加護を頂いただけでもこの上なくありがたいこと。更に和香様にまでご加護を頂いたとのこと、深く感謝申し上げます」
すると和香様はきょとんとしながら言葉を返す。
「なんや祐二の父ちゃんはえろう慇懃なお人やなあ、あんまり堅とうなっとったら肩凝るで?もっとふんわり、ふんわりな?」
その和香様の言葉に目を剥く父さん。その目のまま僕の方を向くんだけれども、僕としては肩をすくめるしか出来なかったよ。
物語の核心の一つに少しずつ近づいているの?かな?




