「和香様の愚痴」
神社の温泉、私も入ってみたいなあ
のんびり風呂に入り、皆心地の良い時間を過ごした後、多くの者達は静かに眠りの世界へと旅立っていった。
だがそのうちの一人だけ、眠れないのか寝床を離れ、そっと濡れ縁へと場所を移動する。
見上げれば天頂を少し過ぎた辺りに月が笑っている。
床に直接座ってぼぉーっと見上げていると、背後に人の気配がする。振り返る前に馴染んだ声を掛けられた。
「お母さん、眠れんのかや?」
そう言うと節子の傍らに、そっと身を寄せるように腰を下ろす雨子様。
「なんかね、目が冴えちゃって?」
なにげにそう言う節子の腕に、そっと手を掛けると雨子様が言う。
「何でも簡単に引き請け負って、もしやそのことを後悔でもして居るのではあるまいの?」
節子はそんな雨子様に、僅かにもたれ掛かりながら言う。
「重荷とかそんなのは無いのよ?ただね…」
「ただ何なのじゃ?」
節子のことを見つめる雨子様の目は、真に肉親のことを思う優しい目なのだった。
「ただ私がね、あの子達の…ニノちゃん達のことね?人生と言って良いのか分からないのだけれども、深く関わることになって良かったのかなって…」
「くふふ」
雨子様は節子の言葉を聞くなり小さくそう笑う。
「それを理解した上で引き受けたのでは無いのかえ?」
「それはもちろんそうよ、それは絶対なの。それにね、ニノちゃん、あの子が一瞬見せた、縋るような目つき。あれを見たら応えたく成っちゃうじゃ無い?」
「成るほど、そんなもん見てしもうたんやね?」
二人の背後から突然声を掛けるのは和香様だった。
「なんじゃ和香、其方まだ仕事をするとか言うて、小和香と共に引き上げたのでは無かったのかえ?」
「なんや面倒くそうなってな」
すると更にその背後から別の声が聞こえてくる。
「嘘で御座いますよ。皆さんが居られるのに「こないなとこで仕事してるのなんか嫌や」とか言って仕事を放り出してこられたんです。節子さん、御存知ですか?和香様って寂しがりなんです」
そう言いながら小和香様はお酒と当てが載った盆を、節子の前にそっと置く。
だが和香様にとってはそれどころでは無い。
「え?何言うてんの小和香?誰が寂しがりって?」
節子と雨子様が興味深げに様子を見守っていると、小和香様が小さく吹き出す。
「だって和香様、吉村の皆様がいらっしゃる時はそうではありませんか?まだかまだかといつも腰を浮かせて」
これはもう対処のしようが無いといった感じで、頭を抱えながらその場に突っ伏す和香様。
「あのな小和香、うちにも体面ちゅうもんがあってな…」
くぐもった声でそう言う和香様に、更に畳みかける小和香様。
「和香様、吉村の家の方がお相手なら、別に構わないではありませんか?」
ところがそう言う小和香様の背後から更に声が。
「ごめんなさい、声がするものですからつい来てしまいました」
と申し訳なさそうに顔を出したのは沙喜だった。
「あ~~ええ、も~~かまへん」
投げやりにそう言うと、がばりと顔を上げるなり小和香様に頼む和香様。
「小和香、沙喜さんの分のお酒と当ても持ってきたって」
「畏まりました」
そう言うとくすくすと笑いながらその場を去って行く小和香様。
「まあなんじゃ、沙喜よ。此処に居る限りは我らと吉村家の者の間はかようなものじゃ」
そう言いながらくっくと笑う雨子様。
そんな雨子様を捉えると、その頬を引っ張りながら言う和香様。
「まあ言うても巡り巡った縁で、うちらは祐二君らに救われたようなとこが有るからしゃああらへんわ」
和香様のその話を受けて、まじまじと言った感じで節子の顔を見る沙喜。
「そうなの?節子さん?」
沙喜にそう問われて思わず破顔してしまう節子。
「そうなのと言われてもね。私も良く分かっていないのよ沙喜さん。大本はこの雨子ちゃんが家に来たことから始まったのだけれども…」
そう言う節子の言葉に、沙喜は雨子様の方へと振り返る。
「何だか良く分かって居ないのですけれども、雨子様はどうして節子さんの所に行かれたのです?」
問われた雨子様は、少し懐かしそうな表情をしながら口を開く。
「事の発端は、あやつが悪夢に苛まれて居ったことなのじゃがな」
そう言いながら雨子様は、和香様が御酒を美味しそうに口にするのを見る。
視線に気がついた和香様、杯を開けた後、それを指さして飲むかと無言で問いかけるも、雨子様は黙って首を横に振るのだった。
「お待たせしました」
小和香様が戻ってくると、沙喜に酒杯を渡し、慣れた手つきでそっと酒を注ぐ。
沙喜はと言うと、まさか小和香様自ら酒を注がれるなどとは思ってもいず、縮こまりながら受けているのだった。
そんな様子を見ながら、可笑しそうに笑みを浮かべつつ話を進める雨子様。
「我が社に来た時のあやつはの、それはもう気の毒なほどに痩せて、がりがりの童じゃった」
和香様と交互に御酒を注ぎ合っている節子が、雨子様の言葉にしみじみと言う。
「本当にあの時はどうなるかと思いました。葉子が持っていた(祐二の姉で、既に嫁いでおります)ホラー漫画を読んでしまったせいで、祐二があそこまで心に傷を受けてしまうとは、想像も出来ませんでした」
「今ならR指定とか、フィルタリングとか色々ありますけれどもね…」
「もしかして沙喜さんのところでも何かご経験が?」
「うちの長男が子供の頃に、やっぱり何かのホラー漫画を読んで、夜、火が付いたように泣いていた時がありました」
「どちらのお宅でもあり得る話なのねえ」
そうしみじみと言う節子に、うんうんと頷く沙喜。
それを見ていた雨子様、小さな声で和香様に言う。
「のう和香、沙喜とお母さん。本当にどこか似ているというか、同じような雰囲気を纏って居るであろう?」
「言われてみたらほんまやねえ」
「我も一時不思議に思うて、血でも繋がっとるのかと思うたのじゃが、そうでも無い。まあ何と言うか不思議なものじゃよ」
雨子様はそう呟くように言うと、なおも話し合う節子と沙喜を眺めるのだった。
「…それで祐二がどこかで神頼みって言う言葉を知ったらしくってね、本当に偶然なんだけれども、我が家に一番近い神社、それが雨子ちゃんのところだったのよ。祐二はそこで思い立ったら直ぐにと、助けを求めに言ったらしいのよ」
「でもそれってある意味最高の一手だった訳で、祐二さん持ってるんじゃ無いかしら?」
「ほんと、それは思うわ。考えてみたらそうやって応えて下さる神様が、どこにでもいる訳じゃ無いんですもの、そうですよね和香様?」
「そうやね節子さん。中には起きとる神も居るけど、大抵の連中は力の節約っちゅうことで、奥に閉じこもって寝とるやろからなあ」
「まああの頃の我は、氏子も全く居らん様になって居ったし、何だかもう生きることに飽きかけて居ったというのも有るかも知れんの」
「神様でもそんなことが有るのですか?」
驚いたように言う沙喜。
「うむ、長らく祈りを捧げてくれる者達も居らず、何と言うかの?心が平坦になって、生きていることと居ないことの境目が、余り分からん様になって居ったのかもしれんの」
「そう遠くないところにうちが居るのに、うちの知らん間に儚うなってしまおうとするなんて、後でそれ知った時、うちほんま泣きとうなったで?」
「そう言いながら、丸でひょっとこのように口を尖らせる和香様なのだった。
雨子様も本来ではお酒を口に出来るのですが、高校生でもあるので飲みません
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