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天露の神  作者: ライトさん
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「夢」

お待たせしました


難産でした(^^ゞ


 とぷんと湯に手を付ければそこから波紋が広がり、映し出された月や星の煌めきを千々に鏤めていく。やわりと立ち上る湯気が、湯の温もりを見せてくれるのだが、彼女の感覚器は、暖かいとか、程良いとか言う表現でしか、その情報を伝えてくれない。


 傍らでのんびり湯に浸かる女性は、幸せそうに目を瞑り、蕩けそうな表情で楽しんで居る。明らかにそこには情報の断絶がある、どうしてもそう感じざるを得ないのだった。


 今まではそれでもなんの違和感も感じなかった。

けれど…、新たな視界を開くことを許された彼女は、外から内、内から外と、双方向に行き交う目まぐるしいばかりの情報の波に、どんどん自身が変化していくのを感じていた。


 未だ彼女の感覚器は、熱いか冷たい、快適か快適で無い、その程度しか情報を得ることが出来ない。けれども今の彼女にはそれでは全く不足であると理解される。


 今の彼女が望むのは、理解では無く実際に自ら感じることなのだった。

そしてそれは、彼女が得ることが出来る様々な情報のうちの、たった一つの領域でしか無いのだった。


 だがそれでは人の中で存在し、寄り添い、暮らして行くには余りにも不足なのだった。

 

 だから、彼女は考える。人の中に分け入って、より身近に人の存在を感じたい。人と同じ環境に身を沈め、同じ経験をしながら、感覚器の情報を正していきたい。そう考えるのだった。


 そのためには、出来るなら極限までその人の側に居たい。

でも、でも…、誰でも良いという訳では無い。適うなら細やかにその思いを、感覚をそして有り様を学べる、そんな存在から学びたい、そう思うのだった。


「なあにニノちゃん?」


 うすらと目を開くと、彼女だけに分かるような、僅かな笑みを口元に浮かべ、温かで柔らかな声音で問いかけてくる。


「私は…」


 そう言葉を口にし始めるニノのことを、節子は真剣な表情をしながら見つめ、その言葉の意を漏らすこと無く、全て受け取ろうとするのだった。


「私は、一体、何になれるのでしょうか?」


「あら?思うところがあって、それで家に来たいと言っていたのでは無くて?」


 そう言いながら可愛くふふと笑う節子。孫まで居る女性とは思えないほどに、年齢を感じさせない、そんな笑みに、つい見入ってしまうニノ。再起動に瞬き二回ほどの時が流れてしまう。


「はい、最初はそうでした。でも、此処にいらっしゃる皆さんを見ていると、だんだんと何が正解なのか分からなくなってしまって…」


 所在なげにそう口にするニノ、けれどもどこか嬉しそうなのは気のせいだろうか?

そんなニノのことを見つめながら、ゆったりとした口調で口を開く節子。


「そうね、ならねニノちゃん、何かになろうでなくて、いっそあなたはあなた自身、ニノちゃんを極めたら?」


 一体節子が何を言っているのか?丸でその意味を理解することも出来ずに、言葉も作れず、ただ彼女を見つめるニノ。


「……」


 そんな彼女のことを気にする風も無く、気持ち良さそうに伸びをする節子。


「あなたの周りには色々な存在が居るでしょう?神様に始まって人も居れば、似たような存在のAIも居るし、それ以外に小物ちゃん達や様々な自然のものたち、沢山の存在に囲まれてあなたはそこに居る。なら何もこれと限定せずとも、色々な物から取り入れて、それをあなたとして行けたら良いのじゃ無い?」


 節子の言葉を聞いたニノは、それぞれの意味を考え、それら全てが自らの中に落ち着いていくまで時を置いた。


「私は…私であれば良いのでしょうか?」


「そうね…」


 柔らかにそう言う節子に、ニノは一瞬戸惑い、眉根に皺を寄せる。


「でもそれはきっと、きっと苦しい…」


 そう言うニノの目の奥を、節子は静かに覗き込む。


「本当にあなたがあなただけの存在であろうとするなら、どうしてもそうなってしまうのよ」


 すると少し涙目になったニノが、節子のことを見つめながら言う。


「私はあなたのこと、もっと優しい方だと思っていました」


 そう言うニノに苦笑しながら節子は言う。


「あら、そんなこと無いわよ?とぉーっても優しいわよ?でも一等最初のことを決めると言うのとそれは別のことなの。だって今のあなたは、なんにでも成れる存在なのよ?今此処で妥協して成るものですか…」


「でも…」


 ニノはそう言うのだが、その言葉に続く言葉を、形作ることが出来ないで居るのだった。


「それはのニノ」


 ふと気がつくと傍らに雨子様がやって来て、少しでもニノの助けになろうとしてくれる。


「節子は其方に、出来るだけ広い選択肢を与えたくて言っておるのじゃ」


「選択肢?」


「元より其方は仕えると言うことを目的として生み出された道具であった。そんな存在が自意識を持ち、自己の拡張を望んだ時、ことさらに注意をせんと、条件付けられた目的に引っ張られてしまうことは、大いに考えられる。だからこそ節子は、其方が目を曇らせること無く成長することを、心より望んで居るのじゃ」


 ゆっくりと目を大きく見開きながら、節子のことを見るニノ。

だが当人はゆったりと柔らかに微笑んでいるだけなのだった。


「今一つ言うと、ニノ。何かに従属して生きるのは実は大変楽な生き方なのじゃ。反対に己を芯として生きると言うことはとても辛いものともなる。しかしそうでありながら、より大きな実りを手に入れられる立場でもある。節子はの、今其方に、その選択をする機会を与えようとして居るのじゃ」


 更にまじまじとニノが見つめると、節子は僅かに顔を赤くする。


「もう…、雨子ちゃんたら、あんまり勝手に持ち上げないの!」


「くふふ、普段のお返しじゃよ」


「ええっ?そんなお返し要らないわよ?」


「そうかの?しかしこんな時でも無いと返せんからの…」


 仲睦まじく二人でそんな会話をしていると、半ば呆れながらニノが言うのだった。


「あの、お二人は片方は神様で、もう片方は人間なのでらっしゃいますよね?」


「そうじゃが?」

「そうよ?」


 それぞれ別々に同じようなことを言っては、ふふふと笑い合う。

そんな彼女らに再びニノは言う。


「にもかかわらず本当に母娘のよう…。そんなことって有るのでしょうか?」


「今目の前に居るでは無いか?」


 まだ納得がいかないのか、ニノの頭は僅かに横に振れるのだが、口から生まれる言葉は肯定を意味する。


「確かに…」


 ある意味それだけ悩みが深いことを意味しているのかも知れない。


「自らこうと決めつけぬ限り、案外なんにでも成れるものなのじゃ。最もさすがの我も、節子の娘になるとは想像もせんかったがの?」


 そう言うと雨子様は「くはは」と笑い、その頭をかいぐりと撫で付けて、真っ赤にさせてしまう節子。


 畏敬の念を持ってそれを眺めつつも、羨ましいとも思ってしまう。

そしてそんな彼女たちの間に入っていけるのかと、少し怖じ気づきもするニノ。


 だがそんなニノの肩をぽんと叩く者が居る。

少し離れた所に居たのだが、ニノ達の会話が気になって仕方の無かった和香様、折を見て側に近づき、耳をそばだてていたのだった。


「ニノのような者を導くには、彼女らのような存在が最高やと思うで?安心して行ってき?まあその前に雨子ちゃんが頑張って、新しい身体こさえてくれると思うで?」


「えええええっ?」


 まさか本当に作ってもらえると思っていなかったのか、驚きの声を上げるニノ。


 妹分のメイドロイド達の作成にも立ち会った、長女足る立場のニノで有るからこそ知っている、その手間とコスト。自分達のレベルですらああなのである、ましてや人間よろしくとなると、それはもう想像も出来ないことなのだった。


「そやから予め要望があったら早めに雨子ちゃんに言っとくんやで?」


 そうやって和香様がアドバイスしてくれているにも拘わらず、既にニノの心は上の空。

さて一体どんな自分を思い描いているのかと、苦笑しながら見つめる和香様なのだった。





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そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き

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