「真っ赤な耳」
大変お待たせいたしました
散々笑っている者達を横目に、雨子様は更に無尽に尋ねる。
「それで無尽、これ成るなれの果てを、一体どこで見つけてきたのじゃ?」
質問された無尽は、そうやって皆の目を集めることがどうにも居心地が悪いらしく、うねうねとうねりながら返答してくるのだった。
「それがで御座いますね、某は彼の地に於いて雨子様のご指示の元、何カ所かに龍穴を開けました」
「うむ、海上より水気を呼び寄せんが為にいくつか開くことを願ったの?」
「はい、そのうちの一つを開けた時に、開いた龍穴を目指してうねうねとうごめいて居ったのが、こやつなので御座います」
「しかし龍穴から溢れるエネルギーは雨を降らしたり嵐を呼んだりという、そう言った天候の変化にこそ役立つが、そもこやつの枯渇しかけたエネルギーを回復する物にはならんのじゃがな?」
少し物思いに耽るようにしながらそう語る雨子様に、無尽はうんうんと同意しながら自らの思いを語る。
「はい、某も同じことを思いました。ですが後で別の可能性に思い至ったのです」
無尽のその答えに雨子様は面白そうな表情をしながら言う。
「ほう…。それで一体何を思うたのじゃ?」
「某はあの時雨子様の要請に従い、龍気を以ていくつかの竜穴をば造り上げていった訳なのですが、もしかするとそやつはその残滓に引かれたのかも知れないと…」
「ほう…」
雨子様はそう言うと目を細めた。
「それで其方はその針金のような同胞らしき存在を連れ帰り、如何しようと考えて居ったのじゃ?」
そう問いかける雨子様の言葉に、なんとは無しに圧のようなものを感じたのだろう、無尽は半歩後ろにずり下がりながら言う。
「それはその、あの、この様に変わり果てたこやつが不憫で、連れ帰って少しずつ龍気を与え、復活させることが出来ないかと思った訳で御座います」
「我の許しも得ずにかや?」
雨子様の言葉が一変して固くなる。
途端に無尽は身をすくめるようにしてその場に這いつくばるのだった。
「雨子ちゃん、ほどほどにね?」
そう言って雨子様に手を合わせながら願うのは節子だった。
「しかしお母さん…」
そう言う節子に異議を唱えようとする雨子様なのだが、今一度節子に拝まれてしまう。
「だってね、無尽ちゃんには、いつも守護して貰っている恩があるしぃ…」
そうやって言いながら微妙に下目遣い?に見えないでも無い仕草をとる節子に、雨子様は大きく溜息をつく。
「むぅ、お母さんにそこまで言われてはやむを得まい。叱らぬから言うてみるが良い無尽」
節子の取りなしを受けた無尽は、彼女に向かって小さく頭を下げると、雨子様に向かって言うのだった。
「はい、正直申しまして、この様な小者故、雨子様のお手を煩わすのも申し訳ないと思うて居りました」
「むぅ…。それで連れ帰ってから今に至るまでの間どうして居ったのじゃ?この様子を見るに、恐らくほとんど何の変化も無いのでは有るまいか?」
そこで何度も大きく頭を振る無尽。
「仰るとおりで御座います、某、何度かこやつに龍気を分け与えようとしたのですが、どうにもこやつには、某の与える龍気は向かぬようでして…」
一般に龍という存在は、見るからに固い鱗に覆われているせいもあって、まずもって表情に当たる物は見ることが出来ないのが通常だった。
ところが今皆の目の前に居る無尽、どこからどう見ても困っていることが分かる、逆に言うとそれほどに今、苦境に有ると言うことなのだろう。
「やれやれ、しょうの無い奴じゃの?元より龍族は繊細な力の扱いを苦手とするものが多い。思うに無尽、其方もその類いであろう?」
「お恥ずかしい話しで御座います」
そう言いながらきゅうっと縮こまる無尽。
「そもそもそのように成り果てた存在にとって、龍気はエネルギー密度が高すぎる、毒とも成るものなのじゃ。其方が無理にそやつに与えようとしなかったこと、実に幸いなことじゃった」
そう言いながら腕を組む雨子様に、和香様が話しかける。
「それで雨子ちゃん、そのなれの果て君なんやけど、何とかなるん?」
「そこなのじゃが、これだけか細くへろへろになって居ると、当たり前に力を分け与えるだけでも大半なのじゃ。勿論我らであれば出来ないでも無いが、力を細く細く絞りつつ与え続けるなど、この上も無く面倒なことなのじゃ」
と、その話を聞いていた瀬織姫様が、ぴょこんと跳ね上がるようにして手を上げる。
「何じゃ瀬織姫、言うてみるが良い」
嬉しそうにはいはいとばかりに手を上げる瀬織姫に、相好を崩しながら言う雨子様。
「そのお役目、私がしてみたいです!]
困り果てている皆の役に立てるのが嬉しい!その思いが溢れているのが、誰からも見て取れるそんな瀬織姫様だった。
だがそれに対する雨子様の答えは、とても申し訳なさそうなものなのだった。
「瀬織姫よ、其方の申し出は嬉しい。嬉しいのじゃが残念ながら、其方の技術でこやつに力を与えようとすれば、下手をすると弾けて滅んでしまうかも知れぬ」
「ええ?そんな!」
真っ青になりながらそう言う瀬織姫様。ショックの余り震えが出てしまっている。
と、慌てた沙喜がそんな瀬織姫様の所に大急ぎで向かい、きゅうっとその身を抱きしめて上げる。お陰でその震えは直ぐに収まったのだが、瀬織姫様はそのまま沙喜にしがみついて離れないのだった。
「あのう、雨子様。それでは私が…」
おずおずと手を上げながらそう提案するのは小和香様だった。
しかし雨子様はにべもなく頭を横に振る。
「こりゃ小和香、下手をすると和香自身よりも多忙な其方が、更に仕事を背負い込んでどうするのじゃ?」
そう言われて、自らの状況を思い起こした小和香様はしょぼんとしてしまう。
「そしたら雨子ちゃんはどないするつもりなん?」
雨子様のことを誰よりも良く知っている和香様には、今の雨子様の落ち着き様こそが、答えを既に持っているからに違いないと思えるのだった。
するとその雨子様、祐二に向かって手招きをする。
「こっちに来るのじゃ祐二」
そして祐二が自分の所に来るとその手をむんずと掴み上げる。
「ふむ、良さそうじゃな」
「え?何々?祐二君にその役目をさせよう言うん?」
面白そうに目を輝かせながらそう問う和香様に、小さく頷いて見せる雨子様。
「うむ、こやつは今修行中の身で、気を扱う訓練をして居るであろ?その過程でこやつは恐らく地球上の誰よりも、多くの精を発することが出来るようになって居るのじゃ。まあそうは言うても、あくまで人としての範囲内のことでは有るがの」
「そうなんや、それやったらそのなれの果て君にも、丁度ええ塩梅で力を分けて上げられるんや?」
「うむ、適役かと思うて居る。構わぬよな、祐二?」
そう問いかける雨子様の口調、ほんの僅かだけ不安そうだったのだが、恐らくそのことが分かるのは和香様と節子、後一人、沙喜くらいのものだろう。
だが当の本人は全く気に掛けること無く返答する。
「うん、構わないよ。でも一体どうしたら良いの?」
そこで雨子様は手の中の祐二の手首のあたりに、そのなれの果てをひょいっと巻き付けると、短い呪を唱える。
するとその黒々とした感じの針金のようななれの果てが、綺麗な青い色のリングとなって祐二の腕に嵌まるのだった。
「後はその腕にいつも気を巡らせるようにして居れば良い。さすればその気を動かす為の精を勝手にそやつが吸収して行くであろう」
「それだけで良いの?」
そう言う祐二は少し肩すかしを食らったような顔をしていた。
「うむ、十分じゃ。今、そやつは余りにもエネルギーの蓄えが少なく、ほとんど休眠状態に成って居るが、恐らく二週間ほども掛ければ自然に目を覚ますであろうよ」
「そうなったらどうなるの?」
祐二は興味津々の目をしながら雨子様に問う。
「改めて無尽の元へ戻すことになるの。意識さえ戻れば積極的に力を取り入れることが出来るであろうから、元々の成体に戻るのもあっと言う間で有ろうよ」
その話を聞いていた和香様、何とも申し訳なさそうに瀬織姫様と沙喜に向かって言う。
「まあそう言う訳やから、瀬織姫ちゃんの問いに答えられるのは、少ぅし先に成りそうやね?」
だが瀬織姫様は元気よく頭を横に振って言う。
「いいえいいえ、何かが分かると言うことが分かっただけでも良いのです。でも適うなら、あの何とも言えない騒々しさが、早く収まってくれれば良いのですけれども」
「ん~~~、それについては堪忍なあ。うちらもそう簡単には動かれへんからなあ」
そう言われた瀬織姫様は、ふと雨子様の方を向くと言う。
「言ってもさほどのものでも無いのですが、適うので有れば簡単な結界等で防ぐことが出来れば良いのですが…」
そう言ってくる瀬織姫様に、おやっと言うような表情をした雨子様が問う。
「結界?張れぬのかや?」
雨子様にそう言われた瀬織姫様は、少し悔しそうに唇の隅を噛む。
「結界…、既に自身で何度か張ってはみているのです。でも何と言えば良いのでしょう?結界がどうしてもあちらの振動に合わせて動いてしまうものですから、妨げることにならないのです」
「何じゃそう言うことかや…」
まさか瀬織姫様が、結界を張ることすらも出来ないのかと、思わぬことで心配した雨子様だったが、そうで無いことを知り安堵する。
その雨子様に縋るようにして願い事を言う瀬織姫様。
「雨子様雨子様、そう仰られるからには、きっと簡単なことなので御座いますよね?どうか私にそのコツなどお教え下さいませんか?」
そう言う瀬織姫の頭に優しくそっと手を置くと、にこやかに笑いながら是を伝える雨子様。
「うむ、大したことでは無いが故、今此処で伝えるの」
そう言うと瀬織姫様に口伝し始める雨子様。
「まず一番の問題は、其方が結界の境界を、厚みや体積の無いものとして生成して居ることじゃ」
瀬織姫様は、丸で言っていることが分からないとばかりに頭をこてんと傾げる。
そこで雨子様が皆に、誰かハンカチを持っていないかと尋ねると、ほとんど同時に小和香様と節子と沙喜が名乗りを上げる。
なので雨子様は最も身近に居た小和香様から借り受けると、そのまま彼女に手伝いを願うのだった。
「済まぬが小和香、そのハンカチを手で引っ張ってぴんと張ってはくれぬかや?」
そう雨子様に言われた小和香様は早速に、手の間で垂れ幕のようにハンカチを張るのだった。
「良いか、見て居るのじゃぞ?」
そう言うと雨子様は、その張られたハンカチの中央部をそっと人差し指で押す。
すると大して力を入れていないにも係わらず、ハンカチの押された部分が、指の力で撓むのである、それもごく僅か。
「分かるかや?僅かに撓むであろ?これこそが外部の影響を阻めぬ要因よ」
瀬織姫様は目を丸くしながらその様子を見守っている。
「雨子様雨子様、ではどうすればよろしいのでしょうか?」
すると雨子様は小和香様に礼を言うとハンカチを収めて貰い、次に手近にあった座布団を拾い上げる。
「これを見るのじゃ」
そう言って座布団の表面をそっと押すのだが、その力は直ぐには裏側には伝わらない。
「おお!」
そう声を上げたのは拓也だった。
「境界部の強度を上げずとも、厚みを増し、内部損失を適度に入れることで効果的に外部の影響を遮断するのですね?」
そんな拓也に苦笑しながら雨子様が頷いて見せる。
だが一方、瀬織姫様がべそをかきそうな顔に成りながら言う。
「ええ?ええ?分かんない~!」
それを見ていた和香様、くるりと後ろを向くと口元を抑えて必死になって笑いを堪える。
「和香様!」
速攻で小和香様に窘められてしまう。
お陰ですっかりとむくれてしまっている瀬織姫様。
そんな瀬織姫様の頭を優しく何度も撫でながら、丁寧に話して聞かせる雨子様。
端から見るに一撫でごとに瀬織姫様の機嫌は直っていく。
「瀬織姫にもちゃんと分かって居るのじゃ、じゃが人間の高度に特化した言葉と、瀬織姫の持って居る情報が結びついて居らぬだけなのじゃよ。で有るから何も心配要らぬぞ?其方はイメージの中で座布団よろしくの結界を作れば良い、ただそれだけのことじゃ」
そう言いながら雨子様、自らで結果を作り出してみせる。人の目で見ても分かりやすいように綺麗な緑の色で染め上げた結界を。
「ほれ、この様に厚みを作り…」
そう言いながらそっと指で押してみせると、弾力のある結界は僅かに凹む。だが指を放すと直ぐ元通りに戻る。
「成るほどそう言うことなので御座いますね?」
納得した瀬織姫様は嬉しそうにそう言うと、自らも小さな結界を作り出してみるのだった。
無事出来上がった結界に、きゃっきゃと言って喜んでいる瀬織姫様。
そんな彼女のことを見ながら、何とも言えず幸せそうな表情をしている沙喜、そして節子。
「沙喜さんとこの娘さん、本当に可愛らしいですねえ?」
そう言う節子に即座に答える沙喜。
「ええ、自慢の娘ですから…」
此処で思い出さなくては成らない。
神の耳には、その場にあるどんな小さな音も聞こえているのである。
お陰で和香様、雨子様、小和香様は何とも微笑ましい笑みを浮かべ、肝心の瀬織姫様は頽れるように突っ伏して、真っ赤になった耳たぶだけをその場に晒すのだった。
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