「臭い」
遅くなりました
さて、沙喜への説明を全て終え、やれやれと肩の荷を下ろした拓也。お疲れ様とばかりに節子に肩を揉まれてご満悦なのだった。
だが事は此処で終わる訳では無かった。寧ろここからが本番なのである。
「さて、そしたら大体落ち着いたところで節子さん、ちょっとええかな?」
相も変わらず飄々とした感じのお喋りで、拓也の肩を揉む節子に問いかける和香様。
「はい、何で御座いますでしょうか和香様?」
予め節子は、和香様達から後で問うことが有ると言われていたので、極々平然として答える。
ただそれでもどうしても抜けきれない緊張はあるのだが、それはさすがの節子でもどうしようも無いことなのだった。
「あ~~、そんなに固い物言いせんでもええからね、節子さん?」
言葉の端々に堅さを感じたのか、苦笑しながら和香様はそう言って節子の緊張を和らげる。
「もう、いつも本当にお優しいのですね、和香様は」
節子にそう言われたのが嬉しいのか、妙に照れが入る和香様。
そこに雨子様から一言。
「和香、斯様にくねくねするでない、気持ち悪うて適わん」
途端にぺしょんとへしゃげた和香様が言う。
「なあ雨子ちゃん、いくら仲間内でもそれは酷いんと違う?」
そう言う和香様に雨子様は、その真意を語るのだった。
「いずれにしても早う解放してやらんことには、のんびり風呂にも入れんでは無いか?」
成る程雨子様は、少しでも皆を休ませたくて、それで和香様がくねくねしている暇など無い、そう思ったのだろう。いやそのはず?
「実際和香のくねくねは頂けん、そう思わぬか小和香?」
すると小和香様は実に申し訳なさそうに言う。
「はい、あのう…、誠に申し訳なく思うのですが、私は和香様のくねくねしているお姿、見たくないです」
小和香様にまでそう言われた和香様、唖然とした顔をしながらすっかり思考停止してしまっている。
そんな和香様を見て、「だめだこりゃ」と思った雨子様。仕方無しと思った挙げ句、和香様に代わって節子に質問するのだった。
「さて和香がこの様な為体になって居るので、代わりに我が質問するのじゃが、先達て、お母さんを守る為に身につけて貰って居る、守護龍の無尽を一時借りたのであるが、あやつの帰着時に何か違和感のような物は無かったかや?」
一体何を聞かれるのだろうと身構えて居た節子なのだったが、思いも掛けぬことだったと見えて、少し拍子抜けした顔をしながら考え込んでいる。
「違和感ねえ…」
そう呟くように言う節子の手元には、当の無尽の変じた腕輪が、紺に近い深い青色できらりと光っている。
「そう言えば…」
何かを思い出したかのような節子の腕元で、いきなりぶるぶるとその腕輪が震え出すのだった。
それを捉えた節子が不思議そうに言う。
「あら?これは一体どうしたと言うのかしら?」
そう言う節子に苦笑しながら、雨子様が言う。
「無尽よ、別に責めたりするつもりは無いのじゃ、じゃがおそらくは何か有ったのであろ?正直に言ってみるが良いよ?」
すると今一度ぶるぶると震えた腕輪から声が聞こえてくるのだった。
「某、顕現してもよろしゅう御座いますか?」
雨子様が一瞬和香様のことを見る、彼女は黙って頷いて見せるのだった。
「良い…」
そう言いかけた雨子様は慌てて言葉を追加した。
「良いが元の姿のまま顕現するのではないぞ?あくまで縮小体でじゃ」
そう言われた無尽は、凡そ一メートル半ほどの可愛らしいサイズの青龍となって、そっとその場に現れるのだった。
その姿を目にした沙喜は、雨降の儀式の時を思い出したのか、青龍に対してゆっくりと黙礼をする。
だがその青龍、恐らく今は沙喜のことは眼中に無いのだろう。ただじっと雨子様のことを見たかと思うと深く頭を下げ、そして言うのだった。
「あのう、もしかして某は罰せられるのでありましょうか?」
そう言う無尽に向かって、和香様が笑みを見せながら言う。
「罪とかなんとか何言うてるねん?お前が罪犯してるかどうかなんてうちらに分かる訳無いやんか?うちらが聞きたいのは何か有ったかって言う事やで?」
それを聞いた無尽、僅かに首を傾げる。
「では一体何故我が主、節子様にあの様な問いを?」
「何故も何も…」
そう言いながら和香様は声に出して笑う。
「無尽、お前に何か有ったら、その主たる節子さんが一番に何か感じているのと違うか?そう思ただけやで?因みに節子さん、節子さんは何を言おうとしとったん?」
和香様の問いに、屈託無く答える節子。
「私はあの時戻ってきた無尽が何だか無口な気がした、それだけのことですよ?だって出掛けて行く時ははっきり行ってきますって言ってくれたのに、戻ってきた時に何も言わないのって、少し違和感感じません?」
「確かにの、我は節子のその直感は正しいと思うの」
雨子様はそう言って節子の言葉を肯定すると、改めて無尽の方を向いて言うのだった。
「それで無尽よ、其方は一体何を隠して居るのじゃ?」
そう言う雨子様の言葉は、責めることは無いと言っては居たものの、ほんの少し詰問するような口調が混じっているのだった。
「しかしどうして、某が隠し事をしていると気が付かれたのですか?」
そう答える無尽は、隠し事を見つかった決まり悪さのような物は現していたが、決して何か悪事を働いたという感じでは無いのだった。
「実はの無尽、それ成る瀬織姫の報告により、彼の地にて何やら変事が起こって居るようなのじゃが、それにどうにも龍が係わって居るようなのじゃ。そうなると当然龍である其方が、一番良くその異変を知り得るのでは無いか?そう考え、其方の意見を聞き出そうと思うて居ったら、其方自身がどんどんとその馬脚を現し始めた、と言うのが実際のところかの?」
それを聞いた無尽はふうっと溜息をつくのだった。その溜息が小さな青い炎になったのだが、それは人間には驚きを与えても、神々の誰も動ずることは無いのだった。神様方にとって龍とはそんな物だという意識が、もしかするとあるのかも知れない。
「結局某は、自分自身で白状していた様なものだったのですね?」
「ま、そうなるかの?」
雨子様にそう言われた無尽は、がくりと頭を落とすのだった。
「それで一体何があったって言うのん?」
無尽と雨子様の話をじれったそうに聞いていた和香様が、我慢出来なくなったのか会話に割り込んできた。
すると無尽は言葉にするよりも見せた方が早いと、もしかすると思ったのかも知れない。
ぶるりと身を震わせると、その頭部を覆う鬣のような所から、何やら細い針金のような物がぽたりとその場に落ちるのだった。
「む?」
それが一体何なのかと目を凝らした挙げ句、手に取ってみる雨子様。
その肩越しに、何とばかりにその物体を覗き込んでくる和香様と小和香様。
「何やのんそれ?雨子ちゃん?」
不思議そうに問いかける和香様。
だがその問いに直ぐ答えること無く、じっと見つめたまま何事か考え込んでいる雨子様。
やがてに何か合点が行ったのか、大きく目を見開きながら言う雨子様。
「そうか無尽、これはもしかすると龍のなれの果てじゃな?」
すると無尽は頭を下げながら言う。
「ご慧眼畏れ入りまする。よもや龍族以外の方にこやつの本性を看破されるとは思ってもみませんでした」
その言葉に思わずどれどれと、雨子様の手の中の針金様の存在に、ぐいっとばかりに顔を近づける和香様。
「うわ!ほんまや、なんとは無しに龍臭い!」
その台詞を聞いていた令子と、序で瀬織姫様が吹き出すように笑い出す。
「龍臭いて何?龍臭いって!あはははは…」
傍らで小和香様もまたぎりぎり踏みとどまって笑いを抑えながら言う。
「本当に…。龍臭いなどと言う言葉、初めて聞きました」
想像してみました、龍臭いにおい
オゾン臭のような金ッ臭いような?
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