「神様と呼ばれるために」
お待たせしました
一連の騒動が終わり…、果たして本当に終わったのかはまた別の話として、その場の面々は皆それぞれの席に戻り、中断していた食事を再開して、大いに舌鼓を打つのだった。
そんな中、節子は隣にニノを座らせて何やら頻りと話をするのだった。
それを見ていた和香様、直ぐにでも隣に行って、何を話しているのか知りたいと思うのだが、その気配を見せた途端に雨子様に止められてしまう。
雨子様曰く、「今は節子に任しておけ」とのこと。
渋々和香様はその助言に従い、節子達の側に行くのを諦めるのだが、その興味はまもなく令子と小和香様の会話に移っていくことになる。
いそいそとそちらの方へ移動していく和香様のことを見ながら、雨子様が苦笑する。
漏れ聞こえてくる言葉から話の中身を推察するに、それはどうやら小和香様の巫女友達の恋愛話らしい。ふと見ると令子の横には瀬織姫様も居て、目をきらきらとさせている。
「雨子さんは聞きに行かないの?」
少し興味深げに雨子様にそう言うのは祐二。
だが雨子様は小さく笑いながら、そんな祐二に答えを返す。
「恋に関することであるというなら、我には既に其方が居るからの?もう十分じゃて…」
そう言うとほんの少しだけ身体の重みを預けて、祐二にしなだれかかる雨子様。
そんな彼らの様子を見守りながら。密かに酒杯を重ねる拓也、そして沙喜の二人。
「雨子様、本当に何だか初々しいですね?」
そう言う沙喜に頷きながら拓也が言う。
「全く仰るとおりですよ。普段から「じゃ」とか「のじゃ」とか、耳で聞いているだけならどこのお婆ちゃんと思うのですが、こと祐二の側に居るとなんかもう甘酸っぱくて…」
拓也の余りの言いように思わず吹き出してしまう沙喜。
沙喜の脳裏には、あの雨降の儀の時の雨子様の姿が、焼き付いていて離れないのだ。
それだけに今目の前に居る雨子様の姿が同じ人物、いいや、神様だとは、何度目をこすっても信じられないのだった。
「拓也さん」
そう話しかけてくる沙喜に、拓也は笑顔で返事を返す。
「なんでしょうか沙喜さん?」
「雨子様、今でこそあのように穏やかにされておりますが、雨降の時は本当に神々しくて、溢れる神威で私どもなど、簡単には頭を上げられないくらいで御座いましたよ?」
その言葉に驚く拓也。残念ながら拓也は、雨子様の神様らしいところを見る機会を、殆ど持てずに居るのだった。
かと言って信じていない訳では無い。実際嘗てうさぎの姿だった者が、今は娘の立場で暮らしを共にしているのだ。その力は疑いようも無いだろう。
「それがああやってふにゃってしているのを見ていると、只もう恋している当たり前の女の子としか見えないのですからねえ…」
拓也の言葉に沙喜は穏やかに笑みを浮かべながら頷く。
「神様であることを疑うことは全くないのですが、でも…。神様って一体何なのですかねえ?」
そう独り言のように言う沙喜に、束の間物思う拓也、暫し時を置いた後にゆっくりと口を開く。
「祐二から、又聞きで雨子さん達神様のことを聞いたことがあるのですが、元々は宇宙の趨勢を決めるような、強大な力と科学力を持った、とある宇宙人なんだそうですよ?その隆盛を極めた科学技術力を以て、ある時肉体を捨て純粋知性体になったのだとか…」
そんな拓也の言葉を聞きながら目を殆ど点にしている沙喜。
苦笑しながら思わずそんな沙喜に問いかける拓也。
「こういう話はしない方が良かったかな?」
だが沙喜は、ゆっくりと頭を横に振りながら言う。
「いいえ、例えどのような話があろうとも、私にとって姫神様は姫神様で有り、雨子様は雨子様ですので…。ただ、これから伺う話、もしかすると私は誰にも話さないかも知れません…」
「そうですね、おそらく多くの人は信じることが出来ないだろうし、今、神様方を信じる人たちにとって、別に必要の無いものかも知れませんしね?敢えて波風を立てることも無いのでしょうね」
「はい、そうですね…」
沙喜は静かにそう言うと、穏やかな目で拓也に話を続けることを求める。
「さて、先ほどの話の続きなのですが、純粋知性体になった当時、あの方達は別に自分達のことを神だ等と思っていなかったようです。ただ、その力ある立場から、自分達より弱き存在を守らなくてはと言う思いは有ったとか」
どんどん明かされていく神様の正体に、沙喜は目を細めて聞き入っていた。
「けれどもそんな存在達であったとしても、埋められない考えの違いがあったのだとか」
「考えの違い?」
「うん、何でも大きな二つの考え方に集約された様で、彼らの与り知る年若き者達、その者達をどうするかと言うことらしいのだけれども、一つは自然のままに置いて成長を見守り、必要な時だけ援助の手を差し伸べるというもの。今一つは初めっからとことん導きまくるというものだったとか…」
「うわぁ…」
沙喜のその言葉に拓也は笑いながら言う。
「確かに僕たちの立場からしたら、うわぁ…ですよね?ただ、一つ彼らのために言い分けるとしたら、彼らの持つ知識の量は、それはもう全く我らの比では無かった、と言うことかなあ?」
「でも、だとしても…」
沙喜は自分の胸の奥にわき上がる想いを、そう口にせずにはいられなかった。
おそらく拓也もその想いのことは、よくよく理解してくれているのだろう、笑みを浮かべながら言うのだった。
「ええ、私もそう思います、一体何様と?」
そこで沙喜はふと思い、吹き出してしまう。
「「神様!」」
二人は異口同音に同じ言葉を口にし、大きく声を出して笑う。
「ともあれ僕たちは感覚的にそのことを、強く否定してしまうのですが、彼らは違う。おそらくありとあらゆる言葉と理論を手に、果てしなく意見を戦わせたのでしょうね」
沙喜と拓也の目は、令子と一緒に楽しそうに笑いさざめいて居る、和香様、小和香様、そして瀬織姫様のことを見つめた。
「あの…。あの方達はどちらの派閥だったのでしょうね?」
恐る恐るといった感じでそのことを聞く沙喜。
拓也は、安心させるかのような笑みで暖かく包み込みながら言う。
「傍観手助け派だったみたいですよ?」
それを聞いた沙喜はすとんと肩を落として息を吐く。
「それを聞いて何だか安心しました」
うんうんと頷く拓也、「僕もです」と言うと晴れやかに笑う。
「それでなんですが、結局彼らは二大派閥に別れて戦いを始めてしまったそうです。それだけの力を持った者達のことですから、それはもうその宙域自体が滅んでしまうような、凄まじいものだったらしいです」
「そんな、それじゃあ本末転倒じゃ無いですか?」
「ええ、全く。それぞれの派閥に従う多くの従属種族を巻き込み、滅んだ者達も数え切れないほどだったらしいですよ?」
「なんてこと…」
そう言うと沙喜は恐ろしそうに自らの身を抱きしめる。
そしてなおも拓也の話は続く。
「ただその争いも長くは続かなかったそうです」
「それは?」
期待を込めた目で沙喜は拓也のことを見つめる。
「彼らが純粋知性体に成った折り、つまり彼らは肉体を捨てた時点で食べることを止めた訳なのですが…」
「まぁ…」
「そのため彼らは、自分達の存在を維持するために、それまでとは全く別のエネルギー源を手に入れたというか、それがあったからこそそう成れたというか。さすがにその辺は私も良く分からず、憶測を含めての話になるのですが、よろしいですか?」
沙喜はにっこり笑みを浮かべて言う、ここまで来て否やはあるまいと思うのだった。
「はい」
沙喜の答えに安心した拓也は、少しほっとしながら話を進めるのだった。
「大変な科学技術力を持った彼らなのでありますが、その中でも抜きんじた個体、存在が居ました。彼らの間での呼び方は知りませんが、地球での呼ばれ方は存じ上げています」
「…」
「彼は我が家の庭の裏手に住んでいるのですが…」
沙喜の目が点になり、反比例して口が大きく開かれた。
「彼のことを神様方は文殊の爺様と呼んで居られます。そして彼こそが一族全体にエネルギーをもたらす大宝珠を作り上げた存在なんだそうです。彼は常々二大派閥に属すること無く、中立の立場を貫いてきたらしいのですが、余りに凄まじい荒廃を作り出した戦いに、すっかりと嫌気がさし、こともあろうにその彼らの力の源、大宝珠を持ってどこかにとんずらしてしまったんだとか」
「あらまぁ」
そう言う沙喜の目は、笑い出す直前の光を湛えて、悪戯っぽそうにきらきらしていた。
「お陰でこの二つの派閥は争いを続けられなくなったばかりか、彼らの命の元を失ったことでその生存すら危うくなってしまったんだそうです」
「まぁ大変!」
宇宙の行く末さえ決めかねない至高種族の一大事を「まぁ大変!」の一言で表すこの女性のことを、心底感心しながら見る拓也。そう言えば誰かに似ていると思って見渡すと、節子が彼の方を見てにっと笑っている。
「げふん」
拓也は何とも妙な咳払い?をすると更に語を注ぐのだった。
「お陰でそれ以上争いを続けることは出来なくなったものの、それなりのストックはあったようで、そうそう直ぐに滅びる可能性は低かったみたいです。いや、実際には滅びた者達も居たのかも知れないな?ともあれ生存のための代替エネルギーを見つけ出さないことには、遠くない未来、全ての者達が滅びてしまう。そう言うとんでもない事実が皆の目前に突きつけられることになった、と思うのです…」
そこまで話したところで彼の目の前に、小和香様が茶の入った湯飲みをことりと置いた。
気がつくと彼の周りに、その場に居た全ての者達が寄り集まっているのだった。
そんな小和香様に頭を下げて礼を言った拓也は、皆を見回しながら言う。
「え、あ、その?良かったら雨子さん、ここから先の説明、お任せしても良いですか?」
だが雨子様は鷹揚に頭を横に振りながら言う。
「いいや拓也…お父さん、その必要は無いと思うがの?聞くに其方の説明の方が、おそらく人には遙かに分かり易いと思うでの」
「そんなぁ~」
まさか当事者達を前に、この話をすることになるかと思うと、何とも情けなさそうな表情になる拓也なのだった。
だがそんな拓也だったが、沙喜の期待に満ちた目を見ていると、そのまま捨て置く訳にも行かず、当事者を目の前にして語るという、とてつもなく恥ずかしい思いをしながら、敢えて自分を抑えて話し始めるのだった。
「あくまでこれは祐二を通して聞いたことを、自分なりに肉付けして考えたことなので、もし異なるところがあったらどうか修正して下さいね?」
そう言いながら和香様のことを見ると、「まかしとき!」とか何とか景気よく言っている。
仕方なく拓也は、小和香様に頂いたお茶で口を湿すと、静かに語り始めるのだった。
「大切なエネルギー源を無くした神様方は、おそらく代替エネルギーを求めるか、行方不明になった文殊の爺様を、捜し求めることになったと思うのですが、その場合、一塊になって探すのでは無く、いくつかに分かれることを選択したと思われます」
その言葉を聞いていた和香様は、静かに頷いて見せるのだった。
「だが残念なことに、長い期間そのいずれも見つけることが出来なかった。そこでいくつかに分かれていた集団は更にちりぢりに別れ、おそらくその内の一つが和香様の物なんだと思いますが、違いますか?」
問いかける拓也ににっこりと笑みで返す和香様。
「違ってへんで?」
満足げにその返事を聞くと自身も頷く拓也。
「で、そこからが肝要なのですが、って、和香様、こんな大切なこと、僕なんかが軽々に語っていて良いのですが?」
それに対する答えは雨子様から返ってくるのだった。
「和香はの、ここに居る者は既に身内認定して居るのじゃ。であるからこそ、そう、主に沙喜に聞かせるためにも其方の言葉を借りる、そう言うことなのじゃ」
確かに、拓也は思う。沙喜以外、此処に集う者達は皆多かれ少なかれ、既に事の真相を知る立場にあった者なのだ。と言うかもうその渦中に居ると言っても差し支えないだろう。
そこまで考えて苦笑する。皆彼の家族なのだ。
「それで和香様達のグループは、本当に偶然地球にやってくることになったのだけれども、そこで実は思いも掛けないことを発見する」
沙喜は自分のために説明していると言うことを自覚した結果、これまで以上に真剣に聞き、理解しようとしていた。だからこそその思いも掛けないことは何なのだろうと、強い興味を持つのだった。
「僕たち人類は、和香様達神様方が必要とする、特別なエネルギーを生み出すことが出来る」
そう言いながら拓也は沙喜のことを見た。それが自身への問いでは無いかと思った沙喜は、必死になって考えを巡らせ、神様と人間の間にあることに色々と思いを巡らせた挙げ句、一つの結論に到達するのだった。
「もしかして祈り?」
その言葉に破顔する拓也。
「正解です。そしてどうやらそれはこの地球の人類に限られた、真に希有な能力らしいです」
「そんなことが…」
沙喜の視線が瀬織姫様の上に止まると、彼女は無邪気で明るい笑顔をすっと返してくるのだった。
「そしてこっから先、本当に僕の推測でしか無いのだけれども、見守り派で有る和香様達は、僕たち人類に無理矢理介入すること無く、おそらく進化の方向づけ程度の干渉で、僕たちの有り様を導いていったのだと思う。多分そうすることで少しでも強いエネルギーを僕たちから得ることが出来るようにした、そう言うことじゃ無いかな?」
問われた和香様は沙喜に視線を向けながら、ゆっくりと頭を振るのだった。
それを見ながら拓也は更に言葉を続ける。
「でも僕たちの神様は実に律儀だった。力関係だけで見るならば、僕たちからそのエネルギーを搾り取るだけでも良かったのに、貰ったエネルギーの量に比例する形で、人々の様々な願いを実現すべく、精一杯応えて下さったのだよね」
その説明を受けた沙喜は息を飲む。
「私、神様が私達の願いを聞いて下さること、それ自体が当たり前だって思っていたところがあります。でも、でもでも、全ては神様方の善意から出たことなので御座いますね?」
目を見開いて神様方に問う沙喜の姿に、神様方は皆目配せを仕合、照れくさそうにしながら、やがてに沙喜に向かって小さく頷くのだった。
「まあ言うてもお互い様やからね…」
珍しく恥ずかしそうにそう語る和香様。
その言葉を聞いた沙喜は改めてきちんと正座し直す。そして丁寧に頭を下げると心よりの礼を述べるのだった。
「お互い様も何も、私たちの絶対に手の届かないところでお助け頂きました。これは私達村の者全ての生き死ににも繋がることで御座いました。改めて、改めて此処に御礼申し上げます」
勿論直接事を為したのは雨子様である。だがそれもこれも皆嘗て和香様が下した決断の末にあるのだった。
「なあ小和香、こんな風に言われるんやったら、神様言われても、胸張って「はい」って言えるな?」
その言葉に、少し涙ぐんだ小和香様が静かに応える。
「本当にそうで御座いますね…」
そう言った姉妹神の会話を聞きながら、雨子様は瀬織姫様の頭にそっと手を置いて言う。
「のう瀬織姫、神であることの矜持、少しは悟ることが出来たかや?」
するとその瀬織姫様もまた、居住まいを正した上で言うのだった。
「はい、雨子様、私も良き神様でありたいと思います。そしてそうあれるように精進いたします」
「うむ、善哉」
そう言うと雨子様は、瀬織姫様の髪がくしゃくしゃになるまで、いつまでもいつまでも撫で続けるのだった。
やはり長いと時間が掛かってしまって、申し訳ないです
後、良いね、ありがとう御座います
大変大変励みになります^^
いいね大歓迎!
この下にある☆による評価も一杯下さいませ
ブックマークもどうかよろしくお願いします
そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き
楽しんでもらえたらなと思っております
そう願っています^^




