「過去の思い出」
大変お待たせしました
無事全ての膳を整えたところで、改めてメイドロイド達は皆の前に跪き、既に彼女らのことを見知っている者達にも、同様に自らのことを紹介するのだった。
二人共、綿サテンの様な布地の、割と一般的なタイプのメイド服を着ており、きびきびとした所作は実に気持ちの良い物だった。
まずはニノ、丸顔で美しく整った眉と、表情豊かな丸い黒目がちな目が特徴的。髪は絹のようで、黒く艶やかで肩より少し下くらいの長さか。
アルトの声が丸で耳に染み込むかのようで、聞いて居て何とも気持ちが良い。
「改めて自己紹介させて頂きます、私はニノ、私達メイドロイド部隊の一応ではありますが長をさせて頂いております。和香様、そして小和香様の担当を主に、仕事を熟しております。皆様におかれましては今後ともよろしくお願いいたします」
そう言うとニノは、半歩引いたところで跪いていた、もう一人のメイドロイドを前に進ませた。
「引き続き自己紹介させて頂きます。私はニノのサポート役として動くことが多い、ジニと申します」
ジニと称するそのメイドロイドは、体形的にはとても似通っていて、百六十センチくらいの上背ですらりとしている。ニノに比べると顔の輪郭がややほっそりとしていて、見合った感じで切れ長の涼やかな目をしてる。
そしてその髪は同様に美しく艶やかなのだが、後ろ頭の高いところでまとめられており、俗に言うポニーテールか?
ニノ同様口は無いのだが、発せられるその声は僅かに高く、意志の強さを感じさせられるような物だった。
「私の場合、どちらかというとニノの影として動くことが多く、余り皆様の前に出ることが無いかと思いますが、どうかよろしくお願いいたします」
ニノもジニも、鼻や口の部分を除けば殆ど人間と言っても差し支えないレベルで、その動きなどは、下手をすると当たり前の人の所作を、遙かに上回る位に洗練されているのだった。
改めて二人、敢えて二人と言いたい。皆の目から見て二体と言うには余りに人間らしい、そう言う存在なのだった。
そんな彼女らは今一度丁寧な礼をすると、ニノは部屋の隅で控え、ジニはそのニノに向かって微かに黙礼をすると、部屋から退出していくのだった。
さてそうやって全ての膳が配置され、皆が席に着いたのを見渡した和香様が口を開く。
「皆揃ったね?早速頂きましょうか?」
そう言うと和香様は拓也の方に視線を移す。
「拓也さん、沙喜さん、今日はお酒も用意したから存分召し上がってな?えっと、節子さんも飲んで貰いたいねんけど、食事の後に少し相談事があるから、申し訳ないけど、ほどほどにな?そしたら改めて頂きます!」
その言葉の直後に上がる歓声。吉村家の者達はもう慣れたもので、全く緊張する様なこと無くわいわいと盛り上がっている。
一方沙喜さんは、本来であれば遙か雲の上の存在のような、和香様や小和香様が側に居るとあって、かちんこちんに緊張してしまっているのだが、それも和香様と節子が両側に来るまでだった。
プライベートの和香様が語るふにゃふにゃした語り口と、丸で他人とは感じられないような節子の存在に、あっと言う間に懐柔されて、楽しそうな笑い声を上げるのだった。
さて瀬織姫様はと言うと、雨子様の隣にべったりで、あ~~んなどとやっている。
こういった人の動きを考えると、神社側が用意した箱膳というのは実は最適解だったかも知れない。
一際大きな笑い声が上がったかと思うと、それは令子だった。
傍らでは小和香様が顔を真っ赤にして俯いている。はてさて一体何を言われてああなったのだろうか?
部屋の隅に座って、時折追加のお酒を用意したり、ご飯をよそって上げたりしていたニノは、そんな皆の様子を、目を細くしながら見ていたのだった。
雑多な会話が耳元を過ぎていくのだが、そこはメイドロイドならではの能力を発揮して、全ての会話の意味を把握している。
だがそれは別に盗み聞きするためでは無く、唯単純にそう言った皆の会話を聞いているのが、ニノにとって楽しい物で有ると言うことに他ならなかった。
彼女たちメイドロイド達は、たまたまではあるが祐二の提案によって、細かい感情の表現を可能とする手段を手に入れ、それを有効化するためにも、必要十分なだけ心の構造を複雑化させることになった。
只そう言う手段は与えられたとしても、だからといって全ての機能を果たしうるかというと、そういう訳には行かない。
だからこそ人という存在を通じて、それぞれが己が存在と言う物を、確立していかなくては成らないのだが、そうは言っても相手が誰でも良いという訳には行かない。
そこでメイドロイド達は和香様にその旨を伝え、一体どうしたら良い物だろうかと教えを請うたのだった、
すると和香様は何も示唆すること無く、好きにしたら良いと言うばかり。
困り果てたメイドロイド達は小和香様にも問うてみるのだが、彼女もまた好きにしなさいと言う。
ニーを通じて少なからない計算能力と、想像を絶する量の情報を受け取ったメイドロイド達も、さすがにこれには大いに困惑するのだった。
だがそんな最中、和香様から一言だけアドバイスを貰うことに成功する。
「慌てる乞食は貰いが少ない…」
たったその一言。さすがのメイドロイド達も途方に暮れかけるのだが、そこで思い直す。何故なら彼らの命の長さに規定は無いのだ。ならばこそ慌てることは無いのでは無いか?じっくりと自身を作り上げていけば良いのでは無いか?そう考えたのだった。
それから彼女らメイドロイド達はじっと温和しく、命じられた仕事を黙々と熟して行く、影の存在で居ることに甘んじていた。
そして現在、彼女たちは生まれ変わる切っ掛けをくれた祐二だけで無く、その家族という存在に巡り会うことになる。
僅かな時間では有るものの、そこから得られる膨大な情報を取捨選択、組み上げた後、一つの決断を下すのだった。
勿論、全てをそこから学び尽くすことは無理かも知れない、しかし少なくとも彼女達を十分なレベルで、メイドロイドたらしめるだけの物は得られるに違いない、そう確信するのだった。
そして決断する。
その瞬間ふと気がつく、傍らの和香様の存在。
「和香様…」
思わずそう言うだけにとどまるニノ。
そのニノに、少し申し訳なさそうに頭を掻きながら言う和香様。
「あのなニノ、一応君らはニーにとっても極めて目新しい新機軸やねん。ニーの元、生まれた極めて新しい形態の、疑似生命体と言えるかも知れへん。これはうちらが生み出しとるような分霊とはまた一線を画しとる。だからこそうちらは、実は君らのことを君らが思っている以上によう見とるつもりやねん」
そこまで言うと和香様はほんの少し間を置いた。
「それで今、ニノのことを見とったら、なんや知らんけど、大切なことを決断したように思てん。それはなんでとかそう言うことは聞かんといてな?それが出来るのがうちらの能力で有り権能や」
和香様のそう言った言葉に、目を硬くしたニノが静かに言う。
「和香様、ご慧眼恐れ入りまする」
「それで何を決めたんかな?」
感情を殺した感じで、あくまでビジネスライクにそう聞く和香様。
多分彼女は、その方がニノにとって話易いのではと考えたのだろう。
珍しく話しにくそうにするニノ。そのことに気がついた和香様はじっとそのニノの目を見つめる。すると諦めたかのように一旦そっと目を閉じたニノは、やがて大きく見開くと和香様の目の奥を覗き込むのだった。
「お願いが御座います和香様」
平坦な口調ではあるが、意外なほどの真剣さを感じた和香様は頷きながら言う。
「言うてみてみ」
そう言われたニノは、微かに溜息をついて和香様を驚かせながら言う。
「私をメイドロイドとして、吉村家に派遣しては頂けないでしょうか?」
さすがの和香様も驚きの余り目を丸くする。
「はっ?一体何がどうなってそんな言葉が出てくるんや?」
そう言いながら和香様は、瀬織姫様のことを甘やかし尽くしている雨子様と、その様子を楽しそうに見ている祐二のことを手招いた。
「何用じゃ和香?」
やってくるなりそう口を開く雨子様。
隣で祐二が黙ってその話を聞いている。
「それがやな雨子ちゃん、聞いてくれるか?このニノなんやけど、吉村家にメイドロイドとして派遣してくれ言うんやで?」
「はぁ?」
とは祐二。先ほどの和香様以上に目をまん丸にしている。
一方雨子様はと言うと、眉根に皺を寄せて何事か考えている様子だった。そしてやがてに口を開く。
「尋ねるがニノ、それは学びのためかや?」
さすがと言うべきか、雨子様はたったこれだけの会話で、ニノの望んでいることを推察するのだった。
「はい、仰るとおりで御座います雨子様」
そこで雨子様は傍らを見る。そこには既に節子がやって来ていて、続いて令子と拓也もやって来ていた。
「なんとはなしに節子は分かる、分かるのじゃが、令子や拓也まで来て居るとは如何に?」
驚き呆れ果てながら言う雨子様。
すると拓也が口を尖らせながら言う。
「そりゃあなあ、祐二や節子までが此処に集まっていたら、多分だけどうちの家に関することじゃないのかなって思うよなあ、令子ちゃん?」
そう振られた令子は、拓也の言い様が妙に可愛らしいものだから、思わず吹き出してしまう。
「…ああ、はい。そうですよね?」
「それで問題はなぁに?雨子ちゃん?」
そう言う節子に、和香様の方を見ながらぼやく雨子様。
「こうじゃよ和香、話の早さを良きことと思うか、脅威と思うか…」
「あははは、雨子ちゃんでもかなわへんか…」
そう言うと和香様は、この話題のおそらくキーパーソンになるであろう節子に、真っ正直に言うのであった。
「あのな節子さん、此処に居るニノなんやけど、節子さんとこの家でメイドロイドっちゅうか、メイドさせて欲しい言うてんねん」
「「「「はぁ?」」」」
雨子様を含め、大概のことには慣れてるはずの吉村家の面々が揃って声を上げる。
その様子が余程おかしかったのか、小和香様と瀬織姫様、それに沙喜が一群れになって大笑いしている。
だが只一人真面目な顔をしている節子は、全く別の思いを口にしているのだった。
「あら、客間はもう令子ちゃんが使っているし、リビングに住ませるのもどうかしら?」
「「「「「そこ?」」」」」
カギ括弧が一つ増えていることから推測できるが、和香様も含めての驚きの声だった。
「ふぅ~~」等と言いながら天を仰ぎ見る雨子様。尤も雨子様が天を仰ぎ見たからと言って、そこに誰か居る訳では無いのだが。
そして一番立ち直りの早かったのは、誰有ろう令子なのだった。
「ねえねえお母さん、だったら私と一緒に暮らして貰ったら?私の部屋、元客間だったから一番広いし…」
「あらそうね令子ちゃん、構わない?」
「うん、ちっとも。だってニノさんとっても良い方そうだし…」
その言葉を聞きながら頭をふりふり雨子様が言う。
「ではこの問題については解決したと言うことで良いのかや?」
幾分投げやりな口調の感があったのは否めない。
だが思わぬ処から反対の言葉が発せられるのだった。
「あの…」
それはつい先ほど受け入れの意思を示していた節子なのだった。
その節子に目を点にした雨子様が問う。
「なんじゃお母さん、賛成の思いを述べて居ったのでは無いのかの?」
するとにこやかに笑みを浮かべながら話し始める節子。
「あら、勿論話自体は賛成なのよ、でも問題はそこから先なの。一応期間限定でニノちゃんのことを受け入れると言うことで、多分親戚の子を暫く預かるみたいな流れになるのだと思うよね?でもいくら何でも今のままでは預かれないわ?」
「「「「「「?」」」」」」
更にカギ括弧が増える、これはニノのものだった。
「だってね、預かっている親戚のお嬢さんに、口や鼻が無い訳には行かないでしょう?」
「「「「「「「「「ああっ!」」」」」」」」」
いやもう面倒だ、誰のカギ括弧が増えたのか?知りたい人が指折ると良い。
「確かに言われるとその通りじゃの?どうしたものかの和香?」
雨子様の問いかけに頭を抱える和香様。
「そんなん決まってるやん、令子ちゃんの時のこと思い出してしもうたは」
「ああ、あの時のことかや…」
思わずげっそりとした表情で下を向く和香様、雨子様、そして小和香様なのだった。
やっとこ書き上げました。
書いている間はさほど眠くならないのですが、これがこと校正するとなると
一体何なのでしょうね?あっと言う間に眠くなっていく・・・
困った物であります
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ブックマークもどうかよろしくお願いします
そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き
楽しんでもらえたらなと思っております
そう願っています^^




