「恋と闇」
大変お待たせしました
「それで次郎太と笹姫が恋仲になったまでは良かったのですが…」
そう言うと暫し口を濁すニノ。
そんなニノに思わずお茶の入った湯飲みを渡しかけてはっとする小和香様。
「むう、例えメイドロイドと言う身体に、本来飲食を行う機能が有ったとしても、今のニノには口が無いからのう…」
そう言いながらぽりぽりと頭を掻く雨子様。
だがそうやって小和香様に湯飲みを渡され掛けたニノは実に嬉しそうだった。
「ありがとう御座います、小和香様。お気持ちだけでも大変嬉しく思います」
そんなニノのことを見ていた瀬織姫様、何だか少し気の毒になったのか和香様に話しかける。
「和香様和香様…」
「ん、なんやのん?瀬織姫ちゃん?」
優しい言葉で直ぐにそう聞いてくれる和香様に、瀬織姫は嬉しさを隠しきれないと言った様子で言葉を続ける。
「ニノさんが飲食出来るようには出来ないのですか?お口を付けて上げることは出来ないのですか?」
真剣な表情でそう聞いてくる瀬織姫様に、一瞬祐二のことを見た和香様が分かりやすい言葉で答えて上げる。
「そうやな瀬織姫ちゃん、その優しい思いはめっちゃええと思うで?そやけどな、ニノの役割は何やと言うことを良く考えへんとあかんねん。そもそもニノみたいなメイドロイドは、うちらみたいな神様や一部人間の為に仕えることを目的として作られとるんや。そしてその目的を考えたら人形であることが最も都合がええ訳やねんけど、ただな、丸っきり人間と同じにしてしもうたら、神様ならともかく、普通の人間にとってはどこか不安に感じるものが生まれてくるねん」
そこまで話を聞いていた瀬織姫様は、目を祐二に向けると質問する。
「そうなんですか、祐二さん?」
いきなり話題を振ってこられた祐二は、少し慌てながらも、直ぐに調子を取り戻して説明する。
「はい、人間という生き物は、実に様々なことを許容出来る様に見えるのですけれども、本当のところ全くそうでも無いというか…。特に人間そっくりな存在にはとても敏感ですね」
すると瀬織姫様が驚いた顔をしながら言う。
「ええ?そうなのですか?でも祐二さんを見ていると、全くそんな風に感じられ無いのですが…」
すると雨子様が吹き出す。
「くふふ…、こやつは特別よ。小さな童の時から、平然と我を受け入れ居ったからの」
そうやってにやにやする雨子様に、少し膨れっ面をした祐二が言う。
「だってあの時の雨子さんは、丸で日本人形みたいに綺麗で可愛かったじゃないですか?」
祐二の思わぬ暴露に雨子様は顔を真っ赤にする。
「そ、其方そのようなこと一言も言っておらなかったでは無いか?」
「だってあの頃は怖いもののことで頭がいっぱいで、それどころじゃ無かったんだよ」
言われてみれば成るほどと思う雨子様なのだが、顔は赤いままなのだった。
そんな雨子様に脇腹を肘で突かれながら祐二が更に語る。
「特になまじ人間に近しいもの、そう言ったものに最も不安を感じるようなんです」
「もしかすると、昔から人間にとっての一番の敵は、人間じゃったと言うことなのかもしれんの…」
尚も祐二とわちゃわちゃやりながら、ぼそっとそんなことを言う雨子様。
それを見ていた和香様、呆れたような口調で言う。
「あのなあ君ら、いちゃつくのはその辺にして置いてくれへん?こっちはもうたまらんで、目に毒やで、猛毒や!」
「いちゃつくって…」
「いちゃつくじゃと…」
二人揃って異議を申し立てるのだが、そのシンクロ具合が全く逆の効果を与えるのだった。
顔を赤くしながら更にあーだこうだと言い立てる二人のことを、手で制止しながら苦笑する和香様。はいはいと適当にあしらいながら更に瀬織姫様に告げる。
「それでやな、人間そっくりで有りながら、明らかに人間では無いことが分かるようにすると言うことで、あの目だけの顔にしたのは祐二君の発案なんやで?」
和香様にそう言われた瀬織姫様は、目を丸くしながら祐二のことを見つめる。
「それにな、加えて言うなら、飲食をしたり、食物を味わうような機能を付けること自体、めっちゃ大変なことって言うこともあるねんで?まあ主にコストの問題になって来るんやけどな…」
だめ押しのように瀬織姫様に説明する和香様なのだった。
だがそれでも矢張りなんとかして上げたいなと思う瀬織姫なのだったが、当のニノから礼を言われた上で、やんわりと断られてしまうのだった。
「ありがとう御座います瀬織姫様、けれども今の私には、知識としてそう言った感覚についてのデータはありますが、ただそれだけなのです。欲求という形では持っていないのです。だから無くて困っている訳では無いですし、不自由と感じている訳でも無いのですよ?」
そう語るニノの目は溶けるように優しく、暖かく瀬織姫の心を包み込むのだった。
そしてそのニノ自身の説明によってようやっと瀬織姫様は、心のささくれのような物が融けて去って行くのを感じるのだった。
「さてそれでや、えらい話が脱線してしもうたけど、続きや続き。ニノ、話してくれるか?」
仕切り直しを宣言した和香様によって、話しの続きを語ることを促されたニノは、別に必要なことでは無いのだが、「こほん」と咳払いをしてから話し始めるのだった。
「さて、次郎太と笹姫の二柱が、人の様に恋をしたところまでお話しした訳なのですが、問題はそこから先なので御座います」
ニノはそう話すと、自分の言葉が皆の心に落ち着くのをほんの少しだけ待ち、更に語を継ぐのだった。
「その問題なのですが、笹姫のことを好いていたのが次郎太だけでは無く、十郎太もまた同様で有ったと言うことなのです。結果それが悲劇を招きました。勿論笹姫の心は次郎太の上にあった訳なのですが、恋は盲目と言いましょうか、十郎太の思いは留まること無く、既に笹姫の思いは決まっているにも係わらず、何度も何度も自身の思いをぶつけ、その度に拒絶されてしまった様です。恐らくそれが発端となって十郎太の心に闇を生んだのでは無いでしょうか?」
「むぅ、その思いが深ければ深いほどに闇もまた濃くなるのであろうな…」
眉を顰めた雨子様が、暗い雰囲気に成りながら静かにそう言う。
焦がれるほどに誰かを好きになると言うことを知っているだけに、余計に十郎太の思いを理解出来るのかも知れない。
「はい、仰るとおりなのだと思います」
そう言うニノの目もまた暗い影を湛えるのだった。
「そこから先伝承として残るのは、田笹湖に居た次郎太と笹姫の所に十郎太が討ち入り、次郎太が討ち取られることになった後、笹姫が結界を以て田笹湖に閉じこもってしまった…。と言う話になっております」
「成るほどの、もしその伝承が正しいとすれば、瀬織姫よ、其方が申し述べていた騒々しい?じゃったかの?」
問われた瀬織姫様はこくりと頷いて見せる。
「それはもしかすると先程の話しの龍神達に係わることかもしれんの?」
すると雨子様の言葉を追いかけるようにして和香様も言う。
「有り得る話しかも知れへんね。それに聞こえて来だしたんは最近なんやろ?」
「はい」
小さく頷く瀬織姫様。
「そやったらもしかすると、雨子ちゃんの雨乞いの影響もあるかも知れへんな?」
「確かにの、特に無尽を召喚したりもしたから、大いに可能性がありそうじゃ」
「成る程、そう言われたらそうかも知れへんね。そや、一度その無尽とか言う龍にも何か知らんか話し聞いてみようか?もしかすると龍にしか感じ取れへんことを何か感じ取るかも知れへんで?」
「正しくそうじゃの」
「さてそうなると…」
そう言うと和香様は少し物思わしげな目で祐二のことを見る。
「何でしょう和香様?」
和香様の視線を捉えて素直にそう問う祐二。
「無尽言うたら、節子さんの守護龍やっとるんよね?」
「はい…」
「むぅ~~~」
そう言いながら頭を抱える和香様。
「はて?一体何を言うておるのじゃ和香は?」
そう問う雨子様に和香様は何とも言いにくそうに言う。
「問題の早期解決を願うなら、今すぐにでも節子さんとこに伺いたいところやねんけど、いやいや、いくら何でも毎度毎度ご飯時に伺う訳には行かへんやん。そやからどうしたものかなと…」
「何じゃと?和香、其方でもそのようなことを悩んだりするのかや?」
びっくり眼で和香様のことを見つめる雨子様。
「うぇ~~?いくら何でもその言い様は酷いんちゃうの雨子ちゃん?」
これ以上無いと思える位に頬を膨らませる和香様。
黙っていれば実に端正で美しい顔をしている和香様が、そんな膨れっ面を急にするものだから、皆思わず笑いそうに成り下を向いてしまう。
その中でただ一人真面目な顔を維持することが出来た小和香様がそっと手を上げる。
皆の挙動にむっとしている和香様ではあるが、文句を言っても始まらないと思ったのか、何も言わずに小和香様に喋ることを許す。
「あのう和香様、幸いなことに本日は金曜日で御座います」
「そやから何やのん?」
怪訝な表情をする和香様に更に小和香様は言葉を継いだ。
「急なことで申し訳ないのは同じなのですが、いっそ吉村家の皆さんをこちらにお招きしては如何でしょうか?」
「それや!」
そう言うと和香様は祐二に飛びつくというのだった。
「祐二君祐二君…」
「瀬織姫かや?」とは雨子様。しかし和香様はそんな雨子様の言葉を無視して祐二に言うのだった。
「祐二君、緊急で節子さんに連絡とって、今からでも温泉入りに来てと言ってくれへん?」
その和香様の慌て様を目にした祐二は、目を白黒させながら時計を見、納得しつつ急ぎ節子に連絡を取るのだった。
「あ、母さん?急なことで悪いのだけど、和香様が温泉入りに来て下さいって!」
「………。」
「ああ勿論父さんや令子さんも一緒にだよ?ん、そうそう、じゃあ頼んだね?」
そう言っている横から通話が途切れる前にと慌てて和香様が口を挟む。
「節子さん、一時間後に迎えやるから待っとって」
すると祐二がスピーカーに切り替えたお陰で、節子の陽気な返事が聞こえてくる。
「はぁ~~い、それじゃあ伺いますね和香様ぁ~!」
その後通話の途切れる音がするのだが、何故だか瀬織姫様がわくわくしている。
そのことを見ていた小和香様がはっと気が付くのだった。
「もしかして瀬織姫様、令子さんがいらっしゃるのを心待ちに?」
嬉しそうに頷く瀬織姫様、どうやら此処にも切れぬ縁を紡いだ者が居るのだった。
睡眠不足は執筆の敵だなあ(^^ゞ
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