「目は…」
大変お待たせしました
さて、それを待っていたかのように、再びニノが口を開いた。(尤も、そのニノには口と見える部分は存在し無いのだが…)
「お話しを続けます。当時よりこの地方には、水源となるような大きな湖が三つ存在し、それぞれ次郎湖、田笹湖、十津湖と呼ばれていました。そしてこの三つの湖は皆豊富な水量を誇り、お陰でかなり早い時期より、神が住まっておられるのではと思われてました。」
「うむ、確かにあれらの湖はそれだけの偉容を誇るの」
雨子様は脳裏にそれらの湖の存在を思い浮かべ、ニノの言葉を補完するのだった。
「はい、それらの湖は地元の民達だけで無く、遠くに住まう者達の間でも、自然に信仰の対象となりました。そして彼らはそれぞれの湖に信ずるべき対象として神像を作り、安置いたしました。それがこれら三つの湖における龍神の始まりとなります」
「正に例の龍像の時と同じようなことになっとるな」
とは和香様。
但し信奉者の数には大きな違いが有り、かつての龍像が変じた龍の方が、これら三湖の龍神よりも遙かに格上であったが、それはまた別の話となる。
「はい、それでそれぞれの湖に誂えられた神像の差違により、次郎湖と十津湖の神像は雄の龍神と成り、田笹湖の神像は雌の龍神となりました」
「ほう…そうなんや」
その傍らで沙喜は、近隣にある大きな湖に祭られている神様に、そのような由来が有ると知って大いに感心しているのだった。
一方瀬織姫様は、そう言った話を殆ど知らなかったらしく、目を丸くしながら聞いて居るのだった。
それを見ていた和香様、そのうち少し時間を取って、彼女の母神に話をする機会を設けようと心を決めるのだった。
さておき静かにニノの語りは続いていく。
「彼の神々がこの世に生まれし当初は、周辺の民達と心を合わせ、ただひたすら良き米を作るために協力し合っていたようです。因みにそれぞれの神の名は、次郎太、笹姫、十郎太と呼ばれ、足繁く行き来を持って実に仲良かったと伝えられております」
「ふむ、付喪神より成った神としては実に良き有り様じゃと思うの。通常付喪神より神に成る者は、多くの場合人の邪念に晒されることが多く、そのように美しい形に収まらぬ者が多いからの」
そう言いながら感心する雨子様に、ニノがふとその目を曇らせる。
「残念ながら雨子様、その平和な時はそう長くは続かなかったようです」
ニノのその言葉に顔を暗くする和香様。
「はぁ、なんかこっから嫌な話になるんやろなあ。なんでそのまま、すっとうまいことだけ行くようにならへんのかなぁ…」
そう言う和香様に、申し訳なさそうに目を伏せるニノ。
それを見た雨子様が気の毒そうにニノに言う。
「そのように悄げるで無いニノ。其方のせいでも有るまいに」
雨子様の言葉に嬉しそうに目を細めるニノ。目は心の窓と言うが正にこのことなのだろう。
「ありがとう御座います、雨子様。さてそれからその三龍に起こったことなので御座いますが、次郎太と笹姫が互いに惹かれ合い、やがてに相手に恋するように成ったのですが…」
「ふへ?龍共が恋仲に成ったやて?」
些か仰天した表情に成る和香様。
その和香様に静かに質問の言葉を投げかける小和香様なのだった。
「和香様、どうして龍達が恋仲になることに驚かれたのでしょうか?」
そこで和香様は小和香様だけで無く、瀬織姫様や他の人間達にも分かるようにと説明し始めるのだった。
「あのな、龍という奴は、多くの場合蛇やその類いの、人では有らざるものから変化していったものやねん。うちらのような元々顕現した時に人の形を取る者はともかく、彼らはそうでは無いが故に、基本人形を取ろうとすること自体少ない上に、況んや人の心を模倣すること自体通常は有りえへんねん。そんな龍が人と同じように恋仲言うから、そやから驚いてしもうてん」
そう言う和香様に瀬織姫様が不思議そうに問いかける。
「和香様和香様、恋という心の動きは人という存在に限られたものなのでしょうか?」
すると和香様は自身で答えること無く、ゆっくりと滑るように視線を動かし、雨子様へと送る。
すると雨子様は一瞬その視線と自身の視線を絡ませた後、やれやれと言った感じで小さく溜息を吐くと語り始める。
「和香が我に答えることを望んだのは、我が最もその核心に居るものに他ならないと言うことなのじゃろうな」
そう言う雨子様に和香様は苦笑しつつ、そっと手を合わせる。
「まあ良い。さて瀬織姫の問いについてなのじゃが、恋という人の言葉で定義したものに限れば、やはり人の形に属した特有のものと言えるじゃろうな…」
そこまで言うと雨子様は少し顔を赤くする。
「そして人の恋というものは概念としてあるものと、それ以外に感覚として感じるもの、一つは此処」
そう言うと雨子様は自らの頭を指さし、更に「此処」と言うと胸に手を当て、「加えて此処じゃ」と言いながら自身の下腹部にそっと手を当てた。
後半、今一良くその意味が分からないのか、瀬織姫様がこてんと首を傾げるのだが、苦笑しながら雨子様は諭すのだった。
「良い、これは慌てて理解するようなものでは無いのじゃから、おいおいゆっくりいずれその時が来れば理解する。そしておそらくこのような概念と感覚が複雑に絡み合う、この不可思議な仕様は、人の身ならではと思うのじゃ。更に思うに、心や概念を納める入れ物が異なれば、その先に有るものもまた異なり、狭義の意味で唱える恋とは、異なって来るのでは無いか?そのように我は思うて居る。勿論こう言った曖昧な事柄には大いに幅が有るもので有るから、例外的なものも多々有るであろう。故に広義での恋とはもう少し幅広いものになろうの。じゃが全く人の形を為さず、命の有りようそのものが異なる者達にとってのそれは、おそらくその広義の恋の範疇にも入らぬ物だと思慮して居る」
そこまで言うと雨子様は視線を使って和香様に主導権を譲り渡す。
「あ、うん、そやね。そしてその龍達の恋は、伝承を形作った人々の目によって認められたことにより、間違いなく恋やと思う訳で、本来の龍として求められる内容とは、明らかに異なっていると思うねん」
その話を聞いていた沙喜、おずおずとしながらそっと手を上げる。
「ほい、沙喜さん?」
まるで学校の教師がするように発言を許す和香様に、沙喜はくすりと笑いを漏らす。
「ありがとう御座います和香様。確かに伝承にまで残るって言うことは、当時の人々の多くが、その雌雄の龍神様の間柄を恋仲と判じたのでしょうね。でも果たして極々普通の人間に、龍という超自然的な存在の、そう言った細かい感情の動きが、読み取れたりするものなのでしょうか?」
沙喜の言葉に感心するように和香様が言う。
「なるほどね、核心ついとるように思うね沙喜さん。そこんとこどうなんニノ?」
するとニノは申し訳なさそうな雰囲気を漂わせながら言うのだった。
「はい、ご指摘の通りで御座います。言い遅れておりましたが、その者達は龍体から変じて、人の身に成っていたそうです…」
「あ?やっぱりそう言うことなんや!ならまあ分かる話やな」
「更に付け加えるなら…」
ニノがまだその先が有ることを示唆する。
「これは更に遡った伝承に基づく、あくまで推測でしか無いのですが、それぞれの湖には、様々な形の人柱伝説が残されておりまして…」
「なんやて?」
「なんじゃと?」
和香様と雨子様、二柱揃って声を上げるのだった。
それを見た祐二はその意味を尋ねるべく小和香様に向かって話しかける。
「ねえ小和香さん、和香様達はどうしてあんな風に反応されているの?」
同様に思っていたのか、傍らでは瀬織姫様と沙喜もうんうんと頷いているのだった。
すると小和香様は、自分が答えても良いのかどうかと言う思いで和香様のことを見る。そして瞬時に頷かれることで苦笑しながら言う。
「多分なのですが、和香様達は人柱と言うことで、その人達の残留思念が拘わっているのでは、と思われたので御座いましょう」
その言葉に祐二は思わず「あ!」という言葉を漏らす。
「「あって?」」
瀬織姫様と沙喜が二人同時して声を上げる。
その二人に祐二は頭を掻き掻きその意味を教えるのだった。
「いやね、沙喜さんはまだ会ったことが無いから、分からないだろうけれど、家には令子って言う女の子がいて…」
そこまで言うと瀬織姫様が嬉しそうに言う。
「令子さん?またお会いしたいです!」
瀬織姫様のその言葉にうんうんと頷く祐二。
「その令子なんだけれども、実は彼女も元は残留思念体で…」
祐二の言葉に余程驚いたのだろう、瀬織姫様は大きく口を開けたまま固まっている。
その様子を不思議そうに見つめながら沙喜が尋ねる。
「あのう、残留思念体って一体何なんです?」
その質問を予測していたのか、にこりと笑みを浮かべると説明する祐二。
「あのね沙喜さん、一般的に言われる幽霊みたいなものなんです」
「ゆ?幽霊?」
途端に青ざめる沙喜。
「あ、あのう、駄目なんですその、ホラー系は…」
すると隣で再びスイッチの入った瀬織姫様が膨れながら言う。
「沙喜さん酷いです、令子さんは可愛らしい女の子です」
「そ、そうなんですか?」
恐る恐るといった感じでそう祐二に尋ねる沙喜。
「はい、後で会う機会があると思いますが、とても可愛い女の子ですよ?尤も本当は令子さん、中身は僕よりも年上なんですがね…」
「???」
頭の上でいくつもの疑問符が渦巻いている様子の沙喜に、雨子様が腹を抱えて笑い始めてしまう。
「くはははは、沙喜よ、そう難しゅう考えんでも良いのじゃ。其方の心の中にも幼き頃の自身の心が住まって居ろう?それと似たようなものじゃよ」
「は、はぁ…」
そんな様子で理解に暇の掛かっている沙喜の横で、瀬織姫様がはぁと溜息をつきながら言う。
「祐二さん、私、令子さんのこと全く分かりませんでしたよ?」
そんな瀬織姫様に、祐二は些か当然と言ったような顔をしながら言う。
「あのね瀬織姫様、令子さんのあの身体は、此処に居られる三柱の神様方が、その総力を結集して作られた身体なんです。おそらくはそのせいだと思いますよ?」
そして祐二は更に情報を付け加える。
「そしてその令子さんは、こちらの小和香さんの大の親友でもあるんです」
すると小和香様は顔中を笑みで一杯にしながら、大きくうんうんと頷くのだった。
「しかしじゃの…」
祐二達の会話を聞きながら雨子様が和香様に言う。
「ともあれそうなると龍達の核になって居るのは、それらの残留思念かも知れんと言う推測は十分にあり得るの?」
対して和香様も頷きながら言う。
「ほんまやね、そしたら連中のなんや人間くさい動向も頷けるやん」
「まったくじゃ」
そこまで言うと雨子様はニノの方を向くと更に問いかける。
「それでニノ、まだ話の続きは有るのであろ?」
「はい!」
そう言うとにっこりと無上の笑みを浮かべるニノなのだった。正に目は口ほどにものを言いである。
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