「吐息」
お待ち遠様でした
そんな和気藹々とした雰囲気であったが、次の瞬間流れが変わる
「さてそれでは早速、瀬織姫の報告を聞くとするかの?」
と急な真面目な表情になった雨子様。
それに応じてあっさりとした顔で言うのは和香様だった。
「せやね」
二柱のあっと言う間も無く、正にすんとばかりの調子で真面目な表情に成り、言葉を語り出す様子に、沙喜や祐二、瀬織姫様と言った者達は何だか呆気に取られてしまう。
大騒ぎでばたばたした挙げ句、涙まで浮かべていたのは一体何だったのだろう?
三人が何だか呆然とした表情で見つめていると、傍らで事の成り行きを見ていた小和香様がくすくすと笑い声を上げる
「皆様、そのように驚かれずとも、本来神とはあのようなもので御座いますよ」
そう言う小和香様に、瀬織姫様が自分も神ですよねと小声で聞いて居るところ辺り、ちょっと可愛らしい。
対して小和香様。
「もちろんですとも、ただ瀬織姫は、まだ人化に慣れて居らず、人としての有り様に流されておいでなのです。もう少しお慣れに成れば、今少し感情の宥めようも分かってこられることでしょう」
「そうなのですか?」
小和香様のことを尊敬する様がありありと分かるような、そんな瀬織姫様の問いかけなのだった。
「はい。ただ…」
困ったようにそう言う小和香様、それを不思議そうに見つめる瀬織姫様は、何の躊躇いも無くその先を聞くのだった。
「ただ、何なのでしょうか?」
すると小和香様はそっと瀬織姫様の処に向かうと、その耳元で囁くように言うのだった。
「恋心だけは別なのです」
「恋心?」
まだ幼神の域を抜けない瀬織姫様は、こてんと首を傾げながら聞く。
「そう、恋心。人の身になり好ましい異性と一緒に居ると、その影響を受けて…」
そこまで言うと小和香様はちらりと、本当に誰にも分からないようにちらりと、祐二のことを見るのだった。
「人の身の感覚の上で、人のことを好きに成っていく、そう言う状態のことですね」
「それがどうして別なのですか?」
純粋な思いでそう聞く瀬織姫様に、いつの間にかその場に居る全ての者の視線が集まっていた。
小和香様がその先どう語った物かと迷っていると、彼女と、そして和香様の思いを察したのか、雨子様がそっと祐二の手を引き、部屋の外へと誘うのだった。
「え?なんで?」
と、問う祐二。対して雨子様は、苦笑しながら乙女の秘密じゃと言いつつ、そっと唇に人差し指を押し当てるのだった。
一方、祐二と雨子様の居なくなった部屋の中では、束の間の沈黙の後、再び説明が続けられる。
「私達神は、神の身である間は好ましいとは思っても、恋には至らぬのです。それは人の身には見えたとしても顕現では変わりません。けれども真なる人の身を纏い、暫しの時間を経て、その身に馴染んできた辺りから、異性を好ましいと思ってしまうと、この人の身より…」
そう言うと小和香様は、堅く目を瞑りながら我が身をぎゅうっと抱きしめる。
「私達の論理体系では扱いきれぬ形の情報の塊、流れを受け取り始めるのですね。其れがまた何とも狂おしいほどに甘美と言いましょうか…」
「怖い…」
瀬織姫様がぽつりとそう漏らす。
「はい確かに、理解しきれぬものは怖おうございます。しかしそれを塗りつぶして余り有るほど、深き感情を呼び起こすもので御座います。ただ…」
「ただ、何でしょう?小和香様」
真剣な眼差しで小和香様のことを見つめる瀬織姫様。
「時にその思いが、我ら神の進むべき道を邪魔することが御座います。そのような時我らは…」
「神化なさるので御座いますね…?」
静かな口調でそう言う瀬織姫様にこくりと頷く小和香様。
「ああ、だから雨子様は、神化を嫌われておられたのですね?」
「はい、その通りで御座います…」
少し呆然としたように小和香様のことを見つめる瀬織姫様、そこではっと気が付いたかのような表情に成ったかと思うと問うのだった。
「小和香様はその経験がおありなのですか?」
それに応える小和香様は、普段の笑みを浮かべた顔からは、想像出来ないほど切なそうな表情をしながら言うのだった。
「はい…幾度か」
「うちも有るで…」
急に掛かった声の主を探すと、それは和香様だった。
「和香様も?」
驚く瀬織姫様。
「にもかかわらず人の身でいらっしゃる?」
不思議そうな顔をしてそう尋ねる瀬織姫様。
その瀬織姫様に、優しい笑みを浮かべながら静かに話しかける和香様。
「そうやな、そう言う思いを抱えて神化する時は、それはもう辛い、神の身なれど泣き叫びたくなるほどにな。そやけどそれでも為さへんかったらあかん時があるねん」
そう言う和香様のことを目を潤ませ、ともすれば叫んでしまいそうに成るのを、必死に成って押さえながら瀬織姫様が言う。
「どうして、どうしてそうまでしてまた人の身に成られるのですか?」
その問いに和香様はふっと笑みを浮かべながら言う。
「瀬織姫ちゃん、そんなん自分かて分かってるやろ?人間達が心を込めて作り上げた新米のご飯を頂いた時に、自分、どない感じた?」
和香様のその問いかけに息を飲む瀬織姫様。
「美味しゅう御座いました。それはもうとてもとても。そうですね、それは言葉に尽くせるものでは御座いませんでした。美味しいご飯の向こうに、そのほかほかと立つ湯気の向こうに、この者達の笑顔が見え」
そう言うとちらりと沙喜のことを見る瀬織姫様。
「多くの苦労を乗り越えて得た喜びも共に味わい、ああ、最初の一口はもう胸が張り裂けそうでした」
瀬織姫様のその言葉に、大粒の涙をほろりと零す沙喜。
新たに出来た新米のご飯、その最初の一口を食す時の瀬織姫様の表情を、彼女だけが確りとその目にとどめ、胸の奥底に焼き付けて居たのだった。
「せやろ…」
「はい…」
「うちら神は本来殆どが論理で生きている。もちろんその中にかて感情があらへん訳やあらへん。しかしな、人の身に成って思うんやけど、それって本当に希薄なんよな。真なる感情を知ってしもうたらもう、ある意味すかみたいなものやな?」
そう言うと和香様は力なく笑った。
「だから、だからうちらはもう、なんぼ苦しいことがあったとしても、泣きわめきながら神化したとしても、また…、人の身を纏うてしまうんや」
「はぁ~~」
静かに溜息をつきながら、その小さな胸を抱きしめる瀬織姫様。
「正直、和香様達からそのようなお話を聞いてしまうと、人の身で居ることが怖くなってしまいます。でも、私の場合は恋心では無いのでしょうが、でも、でも、沙喜の温もりを感じることが出来ないと言うのなら、私は、私は神で居たくない」
そう言うと瀬織姫様は一気に大粒の涙を溢れさせる。
そんな瀬織姫様のことを見た沙喜は、心より先に身体が動くのだった。
「姫神様…!」
駆けるように沙喜は瀬織姫様の所に向かい、その沙喜に瀬織姫は飛びつきそして抱きしめ合った。
そんな瀬織姫様と沙喜のことを温かな目で見つめる和香様と小和香様。
静かに和香様は口を開く。
「小和香…、もしかしたらうちら神は、新たなるフェーズに移行している最中なのかもしれへんな?」
その言葉にゆっくりと頷く小和香様。
「全てはあの子ら…」
そう言うと和香様は部屋の外を見つめる。
「あの子らが始まりなんや。そしておそらく鍵は祐二君なんやろうなあ…」
その言葉の後二柱の神が吐く吐息は、熱く切なく、けれどもどこか希望に満ちた物なのだった。
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