「温もり」
大変遅くなりました
空港を出、神社側の用意した車に乗って、宇気田神社へと無事到着した瀬織姫様と沙喜。
静かな緑の木立を抜けて、最奥にある地下駐車場へ進ませた車から降りると、小和香様の案内で和香様の執務している部屋へと案内される。
重厚な木彫の扉を静かにノックすると音も立てずにすうっと開く。
「失礼します、和香様、瀬織姫様達をご案内しました」
小和香様は部屋の扉を開けると、そう言って部屋の主へ客の来訪を告げ、二人が部屋の中に入っていくのを見届けた後、頭を下げてその場を去って行った。
そして二人は部屋の中に入るや否や、開口一番、温かい持て成しの言葉を受けるのだった。
「いらっしゃいお二人とも、遠いとこよう来てくれはったね」
大きな執務机の向こうからそう言って言葉をくれた存在は、ぱっと見、今の今まで案内して下さっていた小和香様と、見掛けそっくり、だが良く見るとどこか言いしれぬ風格のような物が備わっているのだった。
その見掛けと話し言葉に戸惑いながら、沙喜は丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「初めまして、ご用命に従い瀬織姫様をお連れ致しました。八尋田沙喜と申します」
すると机の向こうに居たその存在は、ひょいと立ち上がると回り込んで沙喜達の前にやって来た。そしてにこにこ笑みを浮かべながら静かに頷いて見せると、その手はぐりぐりと瀬織姫様の頭を撫で付ける。
「瀬織姫ちゃん、また来ないな遠くまで呼んでしもうてごめんな?瀬織姫ちゃんの話がどうにも引っかかるもんやから、申し訳ない思たんやけど来て貰うことにしたんや」
その後、今度は沙喜に向かって口を開く。
「今日は沙喜さん、電話ではちょこっと話させてもろうとったけど、うちが和香です。よろしゅうにな」
そして二人に向かってソファーに座るように言うと、自らもまたテーブルを挟んで反対側に腰掛けるのだった。
と、再び姿を現した小和香様が、慣れた手つきでお茶を淹れ始め、その茶の入った湯飲みを優雅にそれぞれの前に置いていく。
まさか神様御自らお茶を淹れてくれるなど、想像だにしない沙喜は思わず腰を浮かせてしまうのだが、和香様の「大人しゅうしとり」の一言で、もじもじしながら再び腰を下ろす。
そして勧められるままにそのお茶を頂くと、その美味しさに目を丸くするのだった。
「さて、そこでなんやけど、詳しい話しを聞くんは、雨子ちゃん達が到着してからとして、今から話すのはそれとは別の話や」
そう言いながら沙喜のことを悪戯っぽそうな目で見つめながら言葉を継ぐ和香様。
尤も、沙喜にしてみれば一体何が何やらで、ただ黙って和香様の話すのを待つしか無いのだった。
「まず最初に沙喜さん、自分とこの新米おおきにな。めっちゃ美味しゅうて、うちも小和香も恵比寿顔になってしもうたで」
実のところ、美味しいお米が出来たという自負は有った。しかし和香様のところに直接送るのは些か畏れ多く、それではと心配性の村長は、まず雨子様のところに出来た米を送っていたのだった。
すると米を受け取った節子の采配で、速攻で和香様のところにお裾分けされたとのこと。
まさかそう言う経路で米が和香様のところに届けられるなどとは、想像もしていなかった村長は大いに冷や汗をかくこととなった。
だがそれでも終わってみれば結果オーライと言うことで、和香様にはとても喜んで貰っている。沙喜は内心胸を撫で下ろしながら、このことは後に夫に連絡して上げようと思うのだった。
そして沙喜は胸中のそんな思いを何とか上手く隠しながら、返答の言葉を述べる。
「とんでも御座いません和香様。皆様方に美味しいと言って頂けるのは、私ども生産者と致しましては最高の喜びで御座います」
沙喜の言葉にうんうんとしきりに頷く和香様、そして小和香様。
「善哉善哉、さてそうしたらもう一つの話しやねんけどな」
警戒するほどでは無いのだが、ほんの少し眉を寄せる沙喜。
それを見た和香様が鷹揚に手を振りながら苦笑する。
「あ~、ちゃうちゃう。そないに緊張することや有らへんねん。これから話すのはな、沙喜さん、あんたに対するご褒美の話しやねんで?」
突然の話しにきょとんとした表情になる沙喜。
「はて?私、何か神様に褒美を頂くようなことを致しましたでしょうか?」
沙喜にそう返されたことで和香様は少し困ったような顔をする。
それを見ていた小和香様がそっと言葉を挟んで、和香様の思いを助けようとするのだった。
「褒美とまで言うと少し大げさになるのですが、一つには雨子様達がそちらに滞在している間、大変良くして下さったと言うことと…」
だが沙喜は慌てながらそれに反論する。
「あの、小和香様…」
そう言いかけてふと見ると何だか少し小和香様が寂しそうな顔をされる。
そこで慌てて言い直す沙喜なのだった。
「あのう…小和香さん…?」
にっこりと笑みを浮かべる小和香様。
「雨子様方が滞在中のことですが、あれはあくまでも私どもの祈りに応えて下さったことへの御礼と言いましょうか…」
沙喜のその言葉に対して今度は和香様が口を開く。
「そう言うけどな沙喜さん、沙喜さんらが瀬織姫に祈り、瀬織姫がその祈りに応えようとしている時点で、本来の人と神の間の契約はもうちゃんと出来上がってるねん。それで願いが叶えられるかどうかと言うことや、叶えられへんかった場合に、瀬織姫ちゃんがうちらに助けを求めるかどうかと言うことは、全く別問題なんよ。況んや幼神である瀬織姫ちゃんを助けるかどうかについては、あくまでうちらの判断やねん。そう言う意味で言うと雨子ちゃん達としては、と言うか神様側としては、ちびっとばかり貰いすぎになっとる言うことやねん」
そうやって立て板に水とばかりに和香様から説明を受けるのだが、どうにもしっくりとこない沙喜。だがだからと言ってこの場で違うと言うことも出来ないので、はあ、と言いながら頷いている。
「更に加えて言うなら瀬織姫の守り役として、ここまで来てくれたことに対する褒美でも有ると言うかその…」
「ええい、持って回った言い方をするからそうなるのじゃ!」
部屋の外からそんな言葉と共に入ってきたのは雨子様と祐二なのだった。
「瀬織姫様、沙喜さんお久しぶりです」
部屋に入るなり祐二はそう言って挨拶をする。
それを横目に行き過ぎる一陣の風。
「雨子様雨子様雨子様…」
雨子様の姿を見つける成り飛び上がるように席を立ち、風を起こしてその元に駆けつけ、ずどんとばかりみ胸元に飛び込んでいく瀬織姫様。
「ぐっはぁ!」
思わず尻餅をつき、目を白黒させる雨子様。だがそれで怒ることは全くなく、仕方の無い奴よと目を細めてそのまま抱きしめて上げるのだった。
「何やさすがにあれは見てて妬けへん?」
小さな声で祐二に向かってそう零す和香様。
そんな小和香様の袖口をつんつんと引っ張りながら、そっと諫める小和香様。
沙喜はそんな皆の様子を見ながら、この場所が実に心地好い場所となっていることに、ふと気づいてしまうのだった。
一頻り瀬織姫様を抱きしめ、確りとあやしていた雨子様が口を開く。
「久しぶりじゃの沙喜、おかげでこうやって直接米の礼が言えるというものじゃ、本当にありがとう」
そう言う雨子様の言葉に、沙喜はもう何も言わずに嬉しそうに頭を下げて見せるのだった。
「それとじゃな沙喜、和香の言おうとしておることを簡単にまとめると、色々と世話役を頑張ってくれた其方のこと、こちらに居る間だけでも持てなしてやりたいと言うことなのじゃ。じゃがそれをただ単純に言っても、おそらく其方は受けようとはせんであろ?故の方便なのじゃ」
実は沙喜も、なんとなくでは成るが、もしかするとそう言うことなのかなと思わないでも無かった。しかしそれを口にすることは出来ないと密かに弁えていたのだった。
だが今はそう言った神様達の人知れぬ優しさに触れ、心が仄かに温まるのを感じたのだった。
体調不良で遅くなってしまいました
駄目ですねえ




