大神和香
新たな神様が出てきたけれども、筆者が見ていても何だか笑える?
「ところで外に出ることが適わなかったとのことじゃが、一体どう言うことなのじゃ?」
雨子様がまず疑問を口にした。
「そやねん雨子ちゃん、それが不思議やねん。普通結界こしらえたら外からは操作でけへんけど、内からは簡単なんよね?それが気がついたら内からも操作を受け付けんようになっとってん」
「それはまた面妖な」
「どう言うたらええのん?内と外とをつなぐ隘路があるやろ?そこを起点に位相がもう一回ぐるりんてひっくり返ったような、そんな感じやってん」
「なんと?結界が裏表逆になったというのかや?」
「そうやねん、中に居ったうちの感覚からゆうたらまるでそんな感じやってん」
「むぅ、自然現象からは考えられんことじゃな」
「そやろ?うちもそう思うねんけど、小和香?なんか外で変わったことでもあった?」
和香様がそう小和香様に聞くと涙でぐじょぐじょの小和香様が顔を上げた。
「あああ、あかんな小和香、チーンしチーン」
和香様がいずこからか出してきた布で小和香様の顔を拭う。そして洟をかませる。…って神様も洟をかむのか?もちろん雨子様はちゃんと受肉しているから別だけれども。
そんなことを考えて僕が目を剥いていると、雨子様が僕の頭を捕らえてそっと後ろを向かせた。
「武士の、この場合は武士では無くて神のなのじゃが、情けじゃ見てやるな」
「はい…」
けれども背後からはしっかり洟をかむ音がしてきていた。
しばらくして落ち着いたのか、小和香様の声がしてきたので元の方を向いた。
「すいません、お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」
そう言いながら小和香様は僕の方をちらりと向いて顔を赤くした。
僕はそれに対して何も言葉を形作ることが出来ず、ただ目の前で手を左右に振ることくらいしか出来なかった。
「和香様よりおたずねの事柄でございますが、残念なことでございますが、私では関知することすら出来ず、全て雨子様にお願いした次第でございます。さすればどうか雨子様よりご説明頂けませぬか?」
「仕方ないの。小和香の言う通り、こやつでは関知できなかった故我が話そう」
そう言うと雨子様は再び天に右手を差し上げた。
すると先ほど起こった現象とは真逆のプロセスが始まった。天球より淡い虹色の膜が凝縮し玉になり、更には目映く虹色に光る小さな塊となって雨子様の手に戻り、そして消えた。
「和香よ、見るが良い」
そう言った雨子様は宙の一転を指で指し示す。
するとその方向を和香様がじっと見、微かに目を顰める。
「あれほんまやなあ、なんか波が妙な具合になってるねえ。もしかしてあれが結界に悪さしとったん?」
「おそらくはそうだと思われるな」
「ふ~ん、なんやろなあれ?」
そう言うと暫しその方向を睨んでいた和香様。かと思うとパンと手を叩いた。
と、一瞬上空で雷鳴が響き、晴天だというのに稲光が走った。
「ん、これで消えたは」
それを見た雨子様が少し慌てた。
「和香、大丈夫なのかえ?あれは祐二の言うに人の営みに起因する物ゆえ、下手に手を出すと突発事が起こりかねんぞ?」
だが和香様は平然として返事をしてきた。
「大丈夫大丈夫、ちゃんとその行く末も見てきたから」
「むう、そうか、さすが和香じゃの」
「そんなんただちょっと余分に力が有るからやんか。雨子ちゃんかてちゃんと力持ったら凄いて知ってるで?」
「凄いんだ雨子様…」
僕がそう言って振り返ると雨子様は少し顔を赤らめた。
「からかうでない」
「時に祐二君ゆうたかね?」
思わぬタイミングで和香様から話しかけられた。
和香様が座布団の上に鎮座ましましておられる手前、慌てて僕は正座して頭を下げた。
「はい、吉村祐二と申します」
「うん、ええ子やね、雨子ちゃんが贔屓するのも分かるわ」
僕は黙って頭を垂れた。
「君が雨子ちゃんに助言してくれたんやてね、ありがとう、助かるわ」
そこまで言うと和香様は再び雨子様に向かった。
「さて、さっきの話の続きやねんけど、あの波は調べてみたら祐二ら人間が通話なる物に利用する為の機械の大本みたいなもんや。あないなもんがこの国の上空には幾本も張り巡らされとる。そしてそれは大方無害やねんけど…」
「けどとな?」
「そやねん、ほとんど皆無害やねん。でもな、うちんとこに向こうてた三本だけなんか妙やねん」
「妙とな?」
「うん、その三本は通話とかにはなんも関係あらへん、そやのにうちの方へ向けて力送ってきとってん」
「なんじゃそれは?まさしくなんらかの意図を感じるの?」
「そうなんよ、うちもそう思たから少しばかり力の根源追うてみてん。そしたら途中で気がつかれたんかね?ぷつんと切られてしもてん」
「むぅ」
そう言うなり雨子様はいきなりぺたんと座り込んで胡座をかき、なにやら考え込み始めたようだ。じっと目をつぶり何事かを深く沈思黙考しているようだ。
ただ、スカートが微妙な位置まで捲れて大変なことになる寸前だったのだが、僕にはなんの手の施しようも無い。
そんなことを思っていたら、小和香様がやって来て雨子様の背を軽く叩いた。
一瞬雨子様の体が光ったかと思うとそれまでの衣服が消え、巫女装束の袴姿となった。
「これで安心でございますね」
そう言うと小和香様はにっこりと笑って見せた。うん、本当に安心した。
そうやって衣装を変化させてから暫しの時間が過ぎた。
雨子様が洋々にして目を開き小和香様に語りかけた。
「どうにも此度のこと、なにやら我らに対する悪意のようなものを感じるの?」
「雨子ちゃんもそう思う?」
「うむ、間違いの無いことかと思う。がしかしそれが何なのか、どこから来るものなのかは分からぬ」
「そうなんよね、うちも分からへんかった」
「暫くの間懸案事項にせざるを得んな」
「そやね」
「小和香」
「何でございますでしょうか雨子様」
「暫しの間この神社、強いては和香の身を守るべく体制を整えよ」
「なんと、左様なことははて、何百年ぶりかのことでございますね」
「まさしくの」
「小和香、近所の神社の神さん連中にもこのこと伝えとき」
すると小和香様が微かに眉を顰めて困り顔になった。
「和香様、それがこの辺りの方々は、皆和香様と同じように結界に入ってしまわれ、分霊たちしか残っておりません」
「なんじゃと?」
これには雨子様が目を剥いた。
「一体全体どうしてそのような事態になって居るのじゃ?」
「皆様同じように飽いたとか面倒になったとか仰いまして、現世を離れておられまする」
「和香よ、そなたは何故に結界に入ることにしたのかえ?」
「そうやね、人の子らの願い事が、なんや妙に細こうになったり、姑息になったり、みみっちいものになったりしとったんよ。なんや聞いとったら阿呆らしぃなって、もう勝手にしいやってなってな、それで結界に入って寝とったんよ」
「のう和香よ、じゃからと言ってそなたが居らぬようになってしもうたお陰で、小和香がどれだけ苦労したと思って居る?任せるならもそっと融通のとれる権限を与えずしてどうする?」
「ほんまやね、雨子ちゃんの言う通りやわ。なんかもう何もかも面倒くそうなって勢いで結界に入ってしもうたんやけど、えらい迷惑掛けたな小和香」
「滅相もございません和香様。されど妙な人の念が溢れつつ有りますれば、どうか和香様のお力を持って払って頂きとうございます」
「そやね、それはやらんとあかんね。そやけどうちがここでそれをやってもこの辺りだけのことになってしまうで?それでええんかな?」
「確かにの、一時鎬にしかならぬ恐れがあるのはその通りじゃの。これは暫し考えて見ねばならぬ事項じゃの」
そこまで言うと雨子様は僕の方を見た。
「祐二よ、今回のことについては直ぐには結論が出せぬ。このままここで時間の経つのを座視して居っても仕方なきこと、一端は家に帰るかや」
僕としては雨子様の考えに否応なく、ただもう素直に頷いた。
「ところで和香よ、そなた何故そのようなしゃべり方になって居るのじゃ?前に逢うた時には我と同じような話し方をしておらなんだか?」
すると和香様はふっと雨子様から視線をそらした。
「さてなあ、うちは昔からこんなんやったで?雨子ちゃんの勘違いとちゃうん?」
そんな和香様をじろりと睨む雨子様。
「和香様は人間の作るドラマとやらをご覧になってこの言葉を…」
「あ、こら!小和香!」
しかし時既に遅しである。
「なるほど道理でのう」
雨子様にそう言われて急にあたふたとし始める和香様。
「あのな、ちゃうねん、雨子ちゃん聞いてぇな」
「うむ、ちゃんと聞いて居るぞ?」
「この喋り方しとったらめっちゃ楽やねん、肩凝らへんねん、分かる?」
「あーあー分かった、もう良い、追求するだけ馬鹿らしゅうなる。真面目に聞く分時間を無駄にしてしもうた」
あー、雨子様完全に匙を投げている感じだ。
「ともあれ祐二、帰るぞ」
そう言って雨子様はすたすたと社の外に向かう。するとその雨子様の手に和香様が縋ってきた。
「何じゃ和香、そなたまだ用があるのかえ?」
「用言うほどの用ちゃうねんけど、なな、雨子ちゃんの居候してるとこ行ってみたいねん」
「はい?」
雨子様の口がパカッと開いた。その雨子様の腕に和香様がなお縋る。
「なあなあええやろう?」
雨子様は大きくため息をついた。
「ここで否と言えぬのが辛いところなのじゃが…」
そう言いながら雨子様は僕の方を見た。
「母御に大変な迷惑を掛けることになるかもしれんが、大丈夫かの?」
急激な展開に僕自身目を点にしながら暫し時が流れ、ふと気が付いて慌てて家にレインする。
直ぐに母さんが出て了解はもらえたのだけれども、宇気田神社の祭神様だと言うとその後何の返答も返ってこなくなった。
とにかく一応の了解はもらえたのでその旨雨子様に伝えた。
「家は良いそうです…」
僕の答えにうなずきはしたものの、雨子様自身少しばかり不安そうな表情だ。
「和香よ、祐二の家の者には了解をもらえたとのことじゃ。じゃが約束せよ。ただの人として訪れることを。でなければそなたをあの家に呼ぶことは出来ん」
すると和香様はその場できちんと正座した後、静かに頭を下げた。
「雨子ちゃん、ちゃんと言うこと聞くからよろしくね?」
何だか台無しである。
「そうじゃ小和香」
「何でございますでしょう雨子様?」
「そなたにこの神社で集められた精を一月分ばかり貰うた、しかし実際に使ったのはその十分の一程じゃ。返す故受け取れ」
だがそれは小和香様に丁重に断られることとなった。
「雨子様、それは雨子様に差し上げるために用立てたもの、心配されずとも我が社には十二分に蓄えがございます。どうぞそちらにて存分にお使い下さい」
「和香、小和香がああ言うて居るが良いのかえ?」
「当たり前やん、小和香ちゃんにはそれくらいの権限持たせてあんねんで」
「では有りがたく頂戴する」
そう言うと雨子様は再び出口へと向かう。その姿はいつの間にか元の姿に戻っている。
慌てて僕もその後を追いかける。出口に来ると先ほどの小者達が僕たちの靴を持ってきている。
雨子様はそのまま靴を履き、すたすたと外に出て行くが、僕は何となく気が引けて彼らに会釈し
「ありがとう」
と言葉を掛けた。
「優しいねんなあ、祐二君は?」
ふと見ると隣に和香様?が居る?顔かたちは同じなんだけれども、ラフなTシャツに洗いざらしのジーンズ?何だかびっくりだ。
「これ和香、余り祐二を揶揄うでない!」
「はぁ~~~い」
何だかすっかり毒気が抜かれた気がする。ともあれ僕たちは神社を後にして駅に向かい、僕の家へと向かうのだった。
小和香がかいがいしいなあ




