「瀬織姫様の駄々」
お待たせいたしました。
さてそれから数日後、旅支度と共に、家庭内の諸事切り盛りの算段を済ませ、沙喜と瀬織姫様は今、車上の人となっている。
「早く帰って来てくれよなあ」
とは、その車を運転している達彦。
「何言っているの、もう子供じゃ無いんだから。そんなこと言ってるから瞳さんに甘えん坊だ、って言われちゃうのよ?」
と諫めるのは沙喜。瀬織姫はと言うと、口元を押さえながら下を向いて笑っている。
そんな彼女らの様子に、まるでふて腐れるかのように言う達彦。
「何言ってんだよ母さん。甘えてるのは父さんなんだよ」
あらそうなのとばかりに驚いた顔をする沙喜。
「そうだよ、偉そうにしてるけど、前回母さんが婦人会で旅行に行った時だって、沙喜はいつ帰る。いつ帰るって五月蝿くって…」
此処で言う父さんとはあの村長のことなのだが、沙喜の前では絶対にそう言うそぶりを見せないため、彼女としては何とも信じられない思いなのだった。
普段の村長は無骨で不器用で、自分から愛情表現することなど殆ど無いだけに、そう言った普段とは異なった様子を聞けるのは何とも嬉しいものだった。
尤もかと言って沙喜がそのことを全く知らない訳では無いのだ。村長の一挙手一投足、ちょっとした身振り手振り、言葉の端々には、沙喜だけに分かる彼の愛情が沢山ちりばめられているのだった。
ただそうやって知り得ている彼の有り様以外にも、達彦が話すような別の一面を知ることが出来るというのは、やはり変えられない喜びがあるのだった。
ただそうは言っても彼の性格を鑑みるに、己の弱点を晒すことを良しとしない彼が、そのような言葉を口にすることを考えると、なるべく早く帰って上げたい物だと考える沙喜なのだった。
「…これ嫌い…」
そうやって沙喜が夫のことを思っていたところ、後ろの席からぼやくような声が聞こえてくる。見ると瀬織姫様が口をへの字に曲げているのだった。
「どうなさいました?姫神様?」
後ろを振り帰った沙喜が、急ぎそう尋ねると、ぷっくりと頬を膨らませた瀬織姫様が指さしながら言う。
「これ…」
これと言うのは彼女が座っているチャイルドシートの事だった。中でもそのシートベルトが気に入らないらしい。
「どうして私だけ、このような椅子に腰掛けねばならないのです?」
珍しく瀬織姫様が怒りの感情を隠そうとしない。
そこで沙喜は慌ててその場で頭だけ下げつつ謝るのだった。
「申し訳ありません姫神様、人の世の取り決めで、姫神様くらいの背丈の者が車に乗る時には、その椅子に座ることが決められているのです。破ればこの達彦が罰せられることになるのです」
自分の代わりに達彦が罰せられると聞いて、たちまちしゅんとしてしまう瀬織姫様。
「私のせいで達彦が罪を負い、罰せられるのは困ります」
そう言うと瀬織姫様は、不満であることには違いないものの、ぐっと我慢してそれを口にしないことにするのだった。
沙喜は今一度そんな瀬織姫様に頭を下げ、身長のこともさることながら、本来の六歳未満という縛りがあることについては、絶対に口にすまいと思うのだった。だが…。
「まあそうは言っても、瀬織姫様にしてみたら、六歳未満という制限に引っかかるなんて言うのは嫌だろうなあ…」
「達彦!」
慌てて沙喜が言うも時既に遅し。
「もしかして私は、そんな童と同じとして扱われているんのですか?」
瀬織姫様は唇をぷるぷると震わしながらお怒りだった。
それを見た沙喜は大きく肩を落としながら言うのだった。
「姫神様、確かにその席を義務づける法律は、年齢のことを謳って居るのですが、そもそもは身体の小さな者を車の事故の際に、怪我より守るために制定されているものなのです。決して蔑ろにするための物では無いのですよ?」
沙喜のその説明を聞いた瀬織姫様、急に小さく縮こまりながら言う。
「ごめんなさい沙喜。人の世にそのような、か弱き者を守るための法があるとは知りませんでした。私の不…」
だが瀬織姫様は最後まで言い切ることが出来無かった。
「とんでも御座いません姫神様。こう言った事柄を姫神様にきちんとお伝えできていないことこそ我らの不徳。本当に申し訳御座いません」
すると瀬織姫様、目に光る物を浮かべながら言う。
「私は嫌です、なんで沙喜の不徳であるものですか。この人の世に、私の知らぬ事はそれこそ星の数ほどもあるのですよ?」
「でもそうおっしゃるのでしたら姫神様も…」
一柱と一人はそう言うと、しばらくの間じっと黙って優しい視線を絡ませ、どちらとも無くふふと笑うことを始めるのだった。
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