「鉄砲」
お待たせしました
昨夜寝そびれたせいで、超ねむねむです
「でで~~ん!」
「和香よ、それは一体何を言っているつもりなのかや?」
現在吉村家のダイニングテーブルの周りには、三柱の神様と三人の人間が集っている。
そして祐二の手により煮え立った鍋が、テーブル中央のコンロに置かれるのだった。
先の会話はその時の物なのだ。
「なんのって雨子ちゃん、あの大きな鍋見てみいな。ちょっとそこいらにはあらへん言うか、ああ言う登場音を付けるに値すると思わへん?」
「まあ確かにの、あの大きさの鍋はなかなか見かける物では無いかもしれんの?」
そう言って二柱揃って鍋の大きさに感心しているのだが、一方節子は実に嬉しそう。
暫く前に近所で開かれた陶器市で見つけ、何が何でも手に入れると張り切って持ち帰ってきた鍋なのだった。
「なあなあ節子さん、もしかしてこの鍋使うためにうちら呼んでくれたんと違う?」
そう言う和香様に節子が苦笑しながら言う。
「いえ別にそういう訳では無いのですが、結果としてそうなった?」
そう言う節子に対して雨子様が、鼻をひくひくと動かしながら聞く。
「ところでお母さん、今日の鍋は何なのじゃ?出汁の香りが何と言うか、腹にこの上なくしみるの」
「今日は鶏の寄せ鍋、たっぷり具材を用意したから沢山食べてね」
こういった会話の様子から、節子が料理好きであろう事が見て取れるのだが、なべてそう言った人間は、作った料理を美味しそうに食べてもらえるのが何よりも嬉しい。
「さあ、そろそろかしら?」
鍋から盛大に湯気が吹き上がるのを見た節子が、そう言うなりよっこらしょとその鍋蓋を持ち上げる
クツクツと沢山の具材が煮えて動いている様に、周りから期待の声が上がる。
その最中に和香様がぽつり言う。
「うちらも最近人化していることが多いから、食事を頂くことが増えたなあ。けど鍋料理はいっつも一人分か、多くても二人分のサイズで持ってこられるから、なんや寂しい思いして食べてるんや。そやからこうやって皆でつつけるのは嬉しいわあ」
そんなことを言いながら最初だけはと、山盛りに具を節子に入れて貰い、満面の笑みを浮かべている和香様だった。
「海外の方の中には、こうやって一つの鍋を、それぞれの手前箸でつつくのを嫌がられる方も居られると聞くのですが、皆様方はどうなのでしょう?」
そう節子に問われた三柱の神々は、互いに顔を見合わせると皆ゆっくりと頭を横に振る。
「さてなあ、こないに熱い鍋つっつくんやから、それぞれの箸が入ったとしてもなんかある訳やあらへんからなあ。あと、汚れについてうちらはよう言われることあるけれども、ほんまもんの汚れなんかそうそうあらへんし、有ったらそれこそえいや!で浄化するで?」
そう語る和香様に、うんうんと頷きながら雨子様が言葉を引き継ぐ。
「ただの、我ら自身はそう思って居ったとしても、我らを神として崇めることを良しとして居る者達にとっては、そうはいかんのであろうな。で有ればこそじゃ、このように皆でつつけることは我らにとって特別で有り、この上なく嬉しいこととなろうの」
そう語っている二柱の横で、上背の足りない令子のために、小和香様が鍋の具材を取り分けて上げている。
そんな彼女らのことを和香様は、実に満ち足りた優しい目で見ているのだった。
「うふふふ、ほんま。この家はうちらにとってのオアシスやと思うで」
そう言うと和香様は、ほかほかと湯気の立っている立派な白ネギを口の中に放り込んだ。
と、突然に目を見開いて叫ぶように言うのだった。
「あっつぅ~~~」
噛もうとした途端に熱々のネギの中心部が、喉の奥めがけて飛び込んでいったらしい。
「和香様水水、水水!」
祐二が慌てて冷たい水をグラスに注ぎ、和香様に手渡す。渡された和香様は目を白黒させながら、その水を一気に喉の奥へと流し込むのだった。
「あ~~~、びっくりした。一体全体今の何なん?ネギ噛んだら熱いのがぴゅって喉の奥に飛び込んできたんやけど…」
慌てふためく和香様のことを見た小和香様はおたおたし、一方令子は笑い転げているのだった。
「あはははは、あ~おかし。ネギ鉄砲ですよ…」
「ネギ鉄砲?いやま、何とはなしに言うてる意味わからんでもないけど…」
そう言う和香様に令子は、その名の由来らしき事を伝えるのだった。
「熱々のネギを食べた時に、その中心部が喉に飛び込んでくるのを称して、確か江戸時代の人だったかしら?まるで鉄砲よろしくと言うことで、それでネギ鉄砲って言うらしいですよ」
それを聞いていた雨子様、そんな令子の頭をくりくりと撫でながら言う。
「なかなかに博学じゃな、令子は?」
天候を司る神である前に、本来知を司る神である雨子様に、そのような形で褒められたことが何とも嬉しいらしく、令子はにまにまと笑みを浮かべるのだった。
そうやって皆でわいわいと騒いで食べる鍋は更に美味しく、あっと言う間に食べ尽くして仕舞い、後には汁が残るばかりとなってきた。
「お母さん、今日はお鍋の締めどうするの?」
令子がそうやって尋ねると、節子はちょっと自慢げな顔をする。
「何だと思う?」
そう問われて令子は一生懸命になって考える。
いつもであれば大体おじやにするか、時にうどんを投じてうどんすきとすることもあるのだが、ああやって節子が尋ねるところを見るに、どうも今日ばかりは異なっているようにも思えるのだった。
「お母さん、降参!」
両の手を万歳のように掲げてそう宣する令子に、ふふと笑いながら答えを教える節子なのだった。
「今日はね、お蕎麦にしたのよ?」
そう言うとキッチンに引き上げていき、やがてに山盛りの蕎麦を掲げて戻ってくる節子。
その量を見て、こんなに食べることが出来るのだろうかと首を傾げる祐二と令子。
ところが美味き鍋をたらふく食べられた上に、更にこのような形で蕎麦を頂けるとあって大喜びの神様方、食べるは食べるは…、驚いたことに綺麗さっぱりと食べ尽くしてしまうのだった。
そして大きく膨れたお腹をさすりながら、節子の入れたほうじ茶を頂きつつほっと幸せな食後の一時を過ごすのだった。
「それでな、雨子ちゃん…」
お腹が膨れたことで、どうやら和香様は本来の話をするつもりらしい。
そんな和香様の話を聞きながら、雨子様は皆の顔を見回した。
「のう和香、此処で話しても良いのかえ?」
その言葉をにこやかに聞きながら和香様は言う。
「今更何を言うてるん雨子ちゃん?うち、此処の人は皆身内と思うとる。相手先のことがあったり、特に機密事項に当て填まったりせん限り、何も問題あらへんと思うとるよ?」
そうやって自分の家族のことを信用されていることが嬉しいと思ったのか、雨子様は口角を上げながら言うのだった。
「うむ、分かったのじゃ。それで一体何が起こったというのじゃ?」
「それがやね、瀬織姫ちゃんからの話なんやけど、何でも田笹湖の方で何やら異変が起こっている気配が有るんやて…」
「瀬織姫からじゃと?異変じゃと?」
瀬織姫という言葉に反応していた祐二は、一気に場の雰囲気が緊張に包まれていくのを感じる。いたいけな少女のことを思い出した祐二は、彼女の身の上に不幸なことが起こらないようにと、切に願ってしまうのだった。
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