宇気田神社三
いよいよ大神登場
「こちらでございます」
と小和香様が言って立ち止まったのは、当該神社の深奥部だった。
先ほど居た場所より更に静かで何と言えばいいのだろう?神聖さを感じる場のようなものがあるとでも言えばいいのだろうか?
本殿を少し小さくしたような瀟洒な社が建っているのだが、辺りには誰も居ない。
「ここにてお下足をお預かりいたします。そのままで私に付いて来て下さいますか?」
言われるままに靴を脱ぐと、物陰から小物が出てきてそっと靴を運んでいく。
ぎょっとして見ていると雨子様が小声で言う。
「あれはこの神社にて使役して居る付喪神であろ、言いつけに従い長く仕えることで、おそらくは分霊の地位に上げて貰えるのでは無いかえ?」
「ご慧眼恐れ入ります」
その後僕達は小和香様の後につきしたがって建物の奥に入っていった。
奥の奥、そこにはおそらくご神体では無いのかと思われる鏡が安置されていた。
「ここなのかえ?」
雨子様が少しばかり首を傾げならが言う・
「はい、間違いなくこちらでございます」
小和香様がそう言うのであるが雨子様がなおも首を傾げる。
「不思議じゃの、和香の気配が感じられぬ」
「やはりでございますか?」
「なんじゃ、そなたもそう思って居ったのじゃな?」
「はい、しかし和香様がここより他に行かれるはずも無く、ただただもう戸惑うております」
「むぅ、調べてみるか…」
「是非ともお願い致しまする。つきましては雨子様、どうぞこれを」
そう言うと小和香様は手から渦巻くような光の塊をそっと放ち雨子様に引き渡した。
「むう、これは大層な量じゃの」
「およそこの神社に集まる精の一月分でございます」
「そのように大量の物を我に渡して良いのかえ?」
「はい、今は和香様のご安否を確認することが何よりの大事、どうかよしなに」
「あいわかった」
そう言うと雨子様は床にぺたんと座り、胡座をかき始めてはたと止まった。
スカートの裾をちょこっと摘まむ。うん、胡座をかくには些か短すぎると思う。
併せて雨子様は僕の方をじろりと見る、僕は明後日の方向を向いて最初から見なかったことにする。
「まあ、良いわ」
雨子様は一人そう呟くとその場で正座をし、小和香様から貰った光の渦をついっと胸の奥へと押し込んだ。
そこから先は誰も喋らなかった。僕は目顔で小和香様の許しを得て、雨子様から少し離れたところへそっと座った。
「…」
雨子様はその場で目を閉じたままじっとしている。端から見ていても何をしているのか全く分からない。
そうやってかれこれ二十分ばかりだっただろうか?
雨子様がゆっくりと目を見開いて小和香様を招き寄せた。
「小和香の言う通りじゃの、和香の気配は微塵も感じられん。ただここには妙なところがある」
「妙なところでございますか?」
「うむ、我が小和香の気配を感じようとしてもそれを感じさせまいとするような何か、我の読みを阻害するような何かが、周囲のあちこちから流されてきて居るような、そのように感じるのじゃ」
「阻害、ですか?」
「そうじゃ、そも結界とは、自らの周りの位相を変化させた空間を作ることじゃ。和香はその中に閉じこもって居る訳なのじゃが、仮に結界を作ったとしてもそこには外界と通じる隘路を必ず設ける。小和香が和香と通づる時はその隘路を使うて行うのじゃが、それが何かの干渉によって上手く固定出来ぬようになって居る。これは一筋縄ではいかぬの」
「ではどうすればよろしいのでしょう?」
「そこなのじゃ、我らの結界は内からこそ操作を受け付けるが、外からはまず不可能となる。もちろん十分に見合った強力な力を掛ければその限りでは無いが、下手をすればこの神社ごと吹き飛びかねん」
小和香様は苦笑しながら言った。
「いくら何でもそれは困ります。和香様をお起ししたは良いが、住まわる社が無いのでは申し訳のしようがございません」
「じゃろうな、はてさてどうしたものか」
雨子様はそう言いながら僕のことをじっと見る。
「えっと、雨子様?」
だが雨子様はどこか上の空だ。そしてそのままじっと僕のことを見つめている。居心地が悪いことこの上ない。
「雨子様?」
もう一度声を掛けると、はっとしたように僕のことを見た。
「おお、祐二か。どうかしたのかや?」
「どうかしたでは無いですよ、どうかしているのは雨子様です」
「はて?我が一体どうしたというのじゃ?」
雨子様本人はこれまでのことに一向に気が付いていないのだった。
「どうしたもこうしたもさっきからずっと僕のことを見ているから、僕が何かやってしまったのかなって思うじゃ無いですか?」
僕がそう言うと雨子様はくくと笑った。
「すまぬすまぬ、そなたに直接関わり合いの有ることでは無いのじゃ。ほれ祐二、なんと言うたかの、そうじゃ携帯じゃ携帯。その携帯が通信に使うて居る電波というたかの?」
「ええ、光りと同じ電磁波の一種ですが、僕たちは電波と呼んでいますね」
「むう、その電波とやらが、この地の上空でいくつか交おうて居るのじゃ」
「電波が?でもおそらくそう言う電波なら町中に溢れかえっていますよ?」
「確かにの、我らの所持する携帯が発するような物は、それこそそこいら中に有る。じゃが今問題になって居るものはそれとはちと異なりおる」
「異なるというと?」
「そうじゃな、遙かに強く、より収束されて居る。それに妙に波がおうて居って互いに干渉し、定在して居るな」
「はて?それは一体如何様な働きをしておるのでございましょうか?」
小和香様が雨子様に問うてきた。
「分からぬ、じゃがこの波の変化が…どうやら隘路の変容の周期とどうも同じゅうして居るの」
「何とも妙なことでございますね」
「そうであるな、どうじゃ、一端この干渉し合って居る電波とやらを遮断してみるかの?」
僕にはこの雨子様の提案が些か乱暴に思えた。
「雨子様、いくら何でも簡単にその電波を遮断などしてしまったら、どこかで何かの大きな被害が出てしまうかも知れませんよ?」
「むう、それは確かに祐二の言う通りかも知れぬの。ならばここの上空に新たな結界を設けて、行き来して居る電波そのものの通路を変えてみるかの」
「そうするとどう成ります?」
「どうにもならぬ。電波の通る経路が僅かに延びるが、その伝播する速度を考えれば無視出来る範囲じゃろう」
「成るほど…」
僕が納得している様を見て小和香様が言う。
「それではお願い出来ますか雨子様」
「うむ、あいわかった」
そう言うと雨子様はその場で立ち上がり、右手を天に向かって差し上げた。
その手の平から七色の小さな光りの玉が浮かび、ゆるりと宙に舞い上がっていきながら徐々に大きくなっていく。
天高くなるに連れ更に大きさを増し、ここからの見た目では天を覆わんばかりに広がっていく。そしてともに色合いが薄まり空気に融けるようにして消えていった。
「ほれ終わったぞえ?隘路は既に固定されて居る、和香に話しかけてみるが良い」
雨子様がそう言うと小和香はハラハラと涙を流し、深々と礼をして寄越した。
そして静かに礼を終えると鏡の方へ向き、居住まいを正して三拝九拝する。
「…?」
どう成っているのか良く分からずに雨子様の方を見やると、雨子様が説明してくれた。
「今小和香は、我らだけに通じる言葉を以て和香に話しかけて居るのじゃ。うむ、返答があったようじゃぞ?」
雨子様がそう言い終えたが同時に、鏡の前に大きな光りの渦が生じ、眩しい光輝を発しながら徐々に収縮していく。
収縮していきながらそれはゆっくり人の形を取り、やがて現れたのはまさに小和香をそのまま大きくしたような姿、だが圧倒的な存在感で、まさに大神と言うに相応しいような畏怖を伴っていた。
それはもう見ているだけで背筋に電流が流れるようで、足の力が抜けて立っていられなくなりそうだった。
危うく倒れそうになったところで急に体に力が戻る。見ると雨子様が僕の手を握ってくれていた。
「すまぬの祐二、そなたが居ることをちと忘れて居った」
そう言うと雨子様はペロリと舌を出した。だがそれは本当に一瞬のこと、つと和香様の方へ振り返ると、大音声で呼ばわった。
「これ和香!そのように威を誇るでない。ここに居るか弱き者どもが萎縮してしまでは無いか?」
「ごめんごめん、雨子ちゃんごめんしてや」
「は?」
たった今までの大地も震えるような存在感は一体何?僕はあんぐりと開いた口が閉じなかった。
「うちはずっと外に出ようと思っとったんやけど、ちっとも出られへんのよ。ええ加減腹立ってしもうてな、出られへん所に八つ当たりしとってん」
「分かった分かった、事情はよう分かった故、まず座れ」
そう言われた和香様は雨子様の前にちょこなんと座った。いつの間に引っ張り出したのか大きな座布団の上に。
その和香様のところに小和香様がすがりついて大泣きをしている。きっと相当に心細かったのだろう。
ともあれこれが僕と大神、和香様の初の出会いになったのだった。
ま、そんなことも有りますって




