神様の秘密
これから雨子様と祐二の関わりがどんどん深くなっていきます
「それはそうと雨子様」
「なんじゃ?」
僕は前に雨子様と会った時のことを思い出しながら聞いた。
「前に雨子様に会った時、雨子様の話す言葉が少し違っていたような気がするんだけれども、あれは何か意味が有ったの?」
「なっ…」
僕は雨子様が慌てたり赤くなったりする姿を初めて見た。
「そなたあれを覚えておったと言うのか?」
「聞いちゃいけないことだったのかな?」
心配になった僕がそう言うと、雨子様は首を横に振った。
「いや、そう言うわけではないが…我にも気恥ずかしく思うことは有っての、あれはその一つじゃ」
残念ながらその雨子様の説明では何一つ分からず、僕は首を傾げるばかりだった。
「むぅ、どう言えば良いのかの…。祐二は聞きたいのか?」
「そりゃあまあ、聞いてみたいのはみたいですが、でも雨子様が嫌なのだったらいいですよ?」
その後雨子様はしばらく何事か考え込んでいる風だった。
「祐二、これから話すことはかなうなら他言無用に願いたいのじゃが、約束できるかや?」
僕は素直にうなずいて見せた。
「うむ、では話してやるとするかの」
そう言うと雨子様はソファーの上にひょいと上がり、湯呑みを手にとって美味そうにお茶をすすった。
「遠い遠い昔、我ら神もそなたら人と何ら変わらぬ様な一種族であった」
雨子様の目が遠く彼方を見つめる。台所の方からは母が食事の支度をするのが聞こえてくる。しかしそんなものとは一線を画する様な静寂が辺りを支配していった。
「我らもそのころは病を得たり、老いによって死を迎えると言うことが当たり前であった。まあそうは言ってもそなたらに比べて遙かに長命ではあったがの。それでも肉体の定めに従い死ぬことがごく普通のことじゃった」
そう言うと雨子様はそっと湯呑みをテーブルの上に置いた。
「じゃがそんな死すべき運命もやがて打ち破られる時が来たのじゃ。我らの種族の有能な科学者達が、肉体に頼らずに生きることを可能にする方法を考えたのじゃ、それがこれじゃな」
そう言うと雨子様は一端姿を消し、光の玉のような存在になった。だがそれも一瞬のことで再び人の姿を取った。
「この姿になると周りの環境の影響をほとんど受けなくなるのじゃ。それに色々なエネルギーに対して直接的に働きかけることが出来るようになる。まあその力故にそなたらの種族の様な者に、神として崇められることにもなる」
雨子様はしばし宙を見つめた後再び話し始めた。
「じゃがな、この姿を基に命を維持するには特別な種類ののエネルギーが必要になるのじゃ。もちろん科学者達はそれについての解決策もちゃんと見い出しておった。それは恒星のエネルギーを直接吸収し、我らの必要とする高次のエネルギーに変換して供給するという方法での、機能を果たすときの光様から、我らはそれを宝玉と呼んで居った。それがどのようにして作られ、どのようにしてその働きをなすかなど聞くでないぞ、詳しいことは我にも分からぬ。我らの内でも第一級の者にのみ理解されるような深遠なものであったが故」
僕は雨子様の口から話される世にも不思議な話を無我夢中になって聞いていた。そして次から次へと沸き起こる様々な疑問。中でも何故雨子様達神様が地球に来るようになったのか?そのことがもっとも気がかりなものとなっていた。
おそらくその時の僕の顔には、それら数多くの質問が大文字になって焼き付いていたに違いない。
雨子様は口を閉じるとまじまじと僕の顔を見た。
「何じゃその顔は?好奇心の塊になりおって、質問したくてむずむずしておりそうじゃの?」
心中を言い当てられて僕は何とも居心地の悪い思いをした。だがそれとは別に気がついたことが有ってその疑問を口にした。
「雨子様、先ほどからお話を伺っていて妙だなと思ったことがあるのですが」
雨子様はすっと目を細めた。
「なんじゃ?気になることが有るのなら言うてみるが良い」
その言葉を聞いた僕はうんうんと頷きながら口を開いた。
「さっきから雨子様は色々と詳しく説明して下さるけれども、どうしてそんなに人間の言葉にお詳しいのですか?少なくとも雨子様は余り人とは関わりを持たれなかったのでしょう?」
「うむ、じゃから精…つまりは我らが必要とするある種のエネルギーじゃな…の蓄えが減って遠からず消滅するような憂き目にあっておった」
僕は首を傾げながら言った。
「それそれそこなんですよ」
「そことは?」
今度は雨子様が首を傾げている。
「人とは没交渉だった雨子様がどうして今説明されているような最近の言葉を知っていて、科学用語をも巧みに使われているのか?それが不思議で仕方ないのです」
僕の話を聞いていた雨子様は一瞬ぽかんと口を開けていた。その後楽しそうに笑いだした。
「くっくっく、面白いのお祐二は」
「いきなり面白いと言われても…」
僕には返す言葉がなかった。
「そう言う様々な言葉や知識はそなたの中に居った時にそなたから吸収したのじゃ」
「僕の?」
「うむ、人の世のことを知るのは人から学ぶのが一番じゃからな」
「と言うことは僕の心を読んだと言うこと?」
僕は顔が赤らむのを押さえることが出来なかった。別になにがと言うことでそうなった訳でも無いけれど、それでもいきなり心を読まれたと知るのはショックなことだ。
人の心の中には様々な取り繕ってしかるべき事柄が満載されている。だからのその反応もごく普通のものだと思う。
だが雨子様はそんな僕の思いには全く無頓着だった。
「うむ、そなたの頭の中は面白いの。全く見ていて飽きると言うことがなかった」
僕は儚げに消えようとする雨子様のことを不憫に思い、何とか消えずに済めばと思って許すとは言った。けれども頭の中を覗き見される為にそうしたのではなかった。
腹が立つと言うほどの物ではないが、何となくもやもやした物が胸の中に鎮座する。
僕から離れてしまった雨子様には、僕の複雑な心中までは思い図ることは出来なかったものの、機嫌の良い悪い位は良く分かるらしかった。
「どうしたのじゃ急に口をへの字に曲げたりしおって」
当人にはそんなつもりはなかったのだけれど、いつの間にか唇は不満を表現していたらしい。
雨子様が不安げな表情で僕の顔を下からそっとのぞき込む。
「祐二?我は何かそなたの気に障ることでもしたのかの?」
僕は意外な気がした。痩せても枯れても神様である雨子様が、どうして僕のこんな感情ごときに不安な顔つきをするのだろう?
ただ雨子様のその問いに答えるのは、簡単そうで結構難しいものがあった。
第一何故人がこうもプライバシーを守ろうとするのか?意味のある言葉で頭の中で整理してあるわけではないのだ。ただ漠然と感じる、そうとでも言えば良いのだろうか?
雨子様はなおも僕の顔をのぞき込んでくる。自分の中でも巧く説明の付かないことをどう雨子様に話せば良いのだろう?ええい、ままよ。
「そのことについては余り気にしないでください雨子様」
「気にしないでくださいと言われてもな」
そう言うと雨子様はまた少し首を傾げた。しかし僕の様子を見て雨子様も話題を変えることにしたらしい。
「まあ良いとするかの。さて、先ほどの説明に戻るとするか」
そういうと雨子様はまたお茶を一啜りした。
「して我らの存在を維持するのに精が必要なことは先ほど説明したとおりじゃ。そしてその精というのが不思議なことに人の心の力にきわめて近似して居る。ほとんど完全な代替品と言って良いじゃろう」
「例の宝玉はどうなったのです?」
「失われた」
「失われた?」
僕は思わずオウム返しに問い返してしまった。
「うむ」
「そんなまた何で…雨子様みたいな力があったら失うなんて信じられない」
僕がそう言うと雨子様はきゅっと唇をかみしめた。一体なにを思ってあんな表情をしているのだろう。しばしの沈黙の後、雨子様は実に話しにくそうにしながら話始めた。
「我らの間で戦いがあったのじゃ。実に嘆かわしいことじゃがな」
「何でまた一体…」
僕は唖然として口が塞がらなかった。雨子様達のように神とも称されるような人達が、何でまたそんな戦いのようなものに手を染めたのだろう。戦争って言うのは、僕ら人のような未成熟な心の持ち主で有ればこそのことなのではないのだろうか?
雨子様は頭の中であれやこれやと考えている僕のことをじっと見守っていた。そしてゆっくりと口を開いた。
「それぞれの階梯にいるものにはそれぞれの階梯の理由があり、それが故に戦いになることがあるのじゃ、残念ながらな」
「それで決着はついたのですか?」
「それがな、戦いの中で宝玉が失われてしまったせいで、それどころでなくなってしまい、結局うやむやのまま皆散り散りになってしもうた」
「どうして散り散りに?」
「それもまた生きるための精を求めてのことじゃ。皆それぞれに代替になる精を求めて広い宇宙に散っていったのじゃ」
「また宝玉を作ろうとはしなかったのですか?」
「うむ、その考えも無いではなかった。しかしそのためには数多くの者達の力が必要だっただけでなく、要になる科学者の知識が必要じゃった。しかしながらその要の者は戦いに嫌気をなして、何処かに身を隠してしもうた」
僕は丸で日本神話の天の岩戸のようだなと思ってしまった。
「幸いなことに、我と我の属する者達はこの星に辿り着き、祐二ら人の種族から精をもらうことが可能になった」
言うに易く行うに難し。雨子様はさらりと言ってのけていたけれども、この星に辿り着くまでにいったいどれだけの時間を費やしているのだろう?僕には想像もつかなかった。
「じゃがな、祐二ら人の種族からもらえる精はそれほど多くはない。故に我らは余剰となるような多くの精を蓄えるわけにはいかず、お陰でこの星を出ていくことができなくなってしまった。それどころかこの星の人間達を保護して滅びることの無いよう、それこそ何度もその行く末に手を貸す羽目になったものよ」
そういうと雨子様はふと宙の一点に視線を集中させた。その視線の向こうには一体どんな事柄が展開されているのだろう。
「雨子様達がこの星に来られたのは一体どれくらい前のことなのです?」
「むぅ、そうじゃな、最初の頃はそなたらの時間尺度にあまり注意を払っていなかったので詳しいことは分からぬ。しかしおおよそ百万年よりも前のことになるかの」
「ひゃ…百万年…」
僕には語る言葉がなかった。
「そうじゃ、そのころから現在に至るまでの間に人と言う種族は、一体何度滅びそうになったかの。一度は隕石の襲来、数度は強力な伝染病、後、巨大火山の噴火による気象変動等も有ったかの」
丸で昨日の天気のようにこともなげに話す雨子様のことを僕はまじまじと見つめてしまった。雨子様達にとって僕達人類は、エネルギー源という利用価値があるからこそのもので、そうでなかったら路傍の石と何ら変わるものでは無いのではないか?ふとそんな考えが頭をかすめてしまった。
雨子様はそんな僕の様子をじっと見つめながら、妙に感慨深げな顔をしている。一体なにを考えながらそんな表情をしているのだろう?
「我らと出会って間もない頃のそなたら人はの、何とも粗野でワーワーと騒ぐしか能がない猿も同然の者達じゃった。しかしそれでもの、親が子に示す愛情や思いやりなどはそうかわるものではなく、見ていて微笑ましいものがあったの」
雨子様の視線がふっと緩み優しい笑みを浮かべた。きっと当時有った何かを思い出しているのだろう。
「そうじゃ、そう言った心のとても柔らかな部分がいつしか我らの心をも動かし、次第に深く互いに関わり合うようになっていった。そして人の子らは、顕現した我らを神としてあがめ、我らはそんな彼らの願いを色々と聞き届けてやったものじゃ」
そう言うと雨子様は再び湯呑みを手にとって口に付けた。しかしどうやらすでに茶はなかったらしい。湯呑みの中をのぞき込むと微かに口元をゆがめ、諦めたかのように首を振るとテーブルの上に置いた。
僕は黙ってポットから急須に湯を注ぎ、ゆうるりゆうるりと回した後、そっとその湯呑みに茶を注いだ。
コポコポと茶のたてる音が耳に優しく、その白い湯気が目に暖かい。雨子様はにっこりと笑むと微かに頭を下げた。そしていとおしそうに湯呑みを両の手で抱えるとゆっくりと茶をすすった。
「じゃがの、人が我らに願うことは時代とともに変化していきおった。」
そう言う雨子様はどこと無く寂しそうだった。
「かつては豊作を祈り、大漁を祈り、無病息災を祈った。しかし時が流れ、人が変化しそれらの願いは少しずつその形を変えていった。やがて彼らは金を求め、権力を求め、力を求めていきおった。そんな人々のことが我らの目にどのように映ったと思う?」
僕にはすぐにその問いに答えることはできなかった。しかし神様達が何故人々の前から姿を消していったか、その原因の一端を伺い知ることができたように思った。
「我らの内の多くの者にとって人の関わりが次第に疎遠なものとなり、それらの者はやがて未来に期待することを止めるようになっていった。故に我らはゆるゆるとした眠りにつき、やがてには残された力を失いつつ、結果として眠るように消えていくことを選択したのじゃった。そして我もその一人であった」
雨子様はそう言うとはぁっと言う深いため息をついた。
「じゃがな、不覚にも我はそなたの心に深く触れることになってしまった」
そう言うと雨子様は僕の目をじっと見た。いや更にその奥にある僕の心まで見通していた。
「祐二よ、おまえの心は実に若く瑞々しい。故にただ静かに消えていくことを選んだ我の心に、何とも忌々しいほどの生命の波動を刻んで行きおった…」
そう言うと静かに目をつぶった雨子様の表情をなんと言えばよいのだろう。僕の心に迂闊に触れてしまったことへの後悔?自責の念?その苦い味わいの中に、切ないほどの渇望と喜びをない交ぜにしたような複雑な表情。
「我はあの時、もう消えても良いと思っておった。じゃがな、幼子のお前は…お前の心は、泣きじゃくりながら我に救いを求めてきよった。そんなそなたを我がどうして捨ておくことが出来よう。故に我はそなたの心に我が心を重ね、繕い、癒し、平穏を与えた」
そう話す雨子様の目からきらりと光る涙が一筋流れた。
「その一方でそなたの心は我の心に生々しいまでの命の香りを植え付けて行きおった。が、それでも我はおのが選択を守ろうとした。時の流れるままに消え行く生を放置しようと思っておった。じゃがな…」
雨子様は両の手を涙の止まらぬ目に覆い被せた。
「お前の残した心が我に生きよと言うのじゃ。長い長い時間をかけてようやっとのこと死すべき運命を受け入れたというのに、また生きよと言うのじゃ。その言葉のなんと甘美なこと、残酷なまでに深く焼き付きしこと」
小さな子供のように手の甲で必死になって涙を拭う雨子様。雨子様はその真っ赤に泣きはらした目で僕のことをかっと見ながら言葉を継いだ。
「じゃがそれでも我は諦めたのじゃぞ、なのに、なのにそなたは、我がいよいよ消えようかと言う時になって、再び我の前に姿を現しおった。一体どうしてくれよう?我は長き時に渡って苦労に苦労を重ねて自らの意志で死を選んだ。にもかかわらず、そなたはその選択肢を無理矢理力尽くで我から奪ってしまったのじゃ…」
小さな幼子のように泣きじゃくる雨子様。そんな姿を見て誰が彼女のことを神様などと思えよう。
僕にはそんな雨子様にかける言葉をなに一つとして思いつくことが出来なかった。何かしたくてもどうして良いかすらも思いつくことが出来なかった。
ただ、ただ自然と前に手が出、いつしか気がついたら雨子様を抱きしめていた。
僕はそれまで女性とつきあったことは一度も無く幼子を育てたと言うこともなかった。まして況や雨子様は神様だった。後から考えるとどうかしていたとしか思えなかった。しかしその時にはそれがもっとも自然なこと、正しいことなのだと思えたのだった。
抱きしめた雨子様はとっても小さかった。そして柔らかくて暖かくてほんのり良い香りがしていた。
体が小刻みに震えている。神様は声を殺して泣くんだな。僕はそんなことをふと思いながら、雨子様の心の震えに共鳴している自分の心を感じていた。
腕の中の雨子様から小さな声が聞こえてくる。
「馬鹿者…馬鹿者…人の癖に神を泣かせおって…馬鹿者…馬鹿者…」
一体僕は何度馬鹿者と言われたことだろう?いつしか震えの収まったのを感じてふと見ると、腕の中から雨子様が見上げていた。目を真っ赤にしながら雨子様は恥ずかしそうに笑うと言った。
「なんだかえらい醜態を見せてしもうたの」
雨子様の気持ちが分からないでもない僕は、そっと彼女を腕から解き放った。
僕の腕からするりと抜け出た雨子様は、少し離れたところに立ってちょっと居心地悪そうにしていた。
そんな彼女に対して僕はどう答えればよいのだろう?ある意味雨子様よりも僕の方が居心地が悪かった。
「まあ良い、既に成ってしまったことを嘆いても仕方がない。二度も死ぬ意志を奪われた我は生きることにした。少なくとも祐二」
そう言うと雨子様しっかと僕のことを見据えた。
「そなたが生きておる限り我はもう死のうとは思わぬ。じゃからせいぜい我を長生きさせたもう」
そう言うと雨子様は照れくさそうに笑った。その暖かな笑みが僕の心をも優しく包み込んでいく。自然僕も笑った。
「そう言えば雨子様」
僕はふと思いついたことがあってそのことを彼女に聞こうとした。
「何じゃ祐二、言ってみるが良いぞ」
僕は当時のことを思い出しながらゆっくりと話した。
「また最初の話しに戻りますが、雨子様に二回目に会った時、どう言うわけか雨子様の話し方が幼い女の子のように見えたのは何故だったのですか?」
雨子様はほんの少し困ったような顔をした。かと思うとくぃっと僕に背を向けた。
「祐二、そなたはぼんやりしておるように見えても油断のならぬ奴じゃの?その質問のことはもう忘れて居るかと思っておった」
「油断のってそんな…」
なにをどう捉えてそんなことを言われるのか、僕には皆目見当がつかなかった。
「あの時、我はもう消える寸前じゃった」
「うん…」
雨子様から受けた説明でそのことは理解できているつもりだった。
「それはもうぎりぎりの時じゃった。既に己自身の自我を保つことすら難しい、そんな状態じゃ」
雨子様は相変わらず僕に背を向けたまましゃべり続けていた。
「我もそんな状態になったのは初めてのこと故、余り詳しいことは分からぬ。じゃが推測するにおそらく退行していたのであろう」
「退行?」
聞きなれぬ言葉に僕は思わず聞き返した。果たして雨子様はそんな言葉を僕の中から見いだしたのだろうか?
「祐二はしばらく前に、老人医療の新聞記事を読んでいたであろ?その中で年老いた者達が老いるにつれ再び子供のように成っていくと言う記事を読まなかったかえ?」
雨子様はそう話しながら振り返り、僕が答えるのを待った。
僕は興味のある記事以外は流し読みしてしまう質なので、余り記憶には残っていない。だがそれでも大凡のことは思い出せた。
「うん、そう言えばあったね。個人差はあるけれども、ある程度年を取ることによって脳の機能が衰えるって話だね?」
「うむ、その結果成長して行くにつれて修得していった様々なものを再び失うと言うことじゃった」
僕はうんうんとうなずいて見せた。
「簡単に言うとそれが退行じゃ」
「では雨子様もそうなったと言うことなの?」
雨子様はゆっくりとうなずいた。
「そうじゃ、おそらく精の蓄えを失うにつれ、徐々に己自身に対するコントロールを失っていったのじゃと思う」
逆に言うと雨子様は、本当に消えてしまう寸前だったということなのだろう。
その雨子様と僕が再びあの時あの場で巡り会ったと言うのは、正に奇跡と言えることだったのかもしれない。もしくは宿命?それとも運命?呼び方はどうあれ僕には何らかの力が働いたとしか思えなかった。
ふと見ると雨子様もなにやら考え込んでいる。
「さて、この出会いは必然なのか偶然なのか、いずれにしても面白いものじゃな」
独り言なのか僕に話しかけているのかは分からない。しかし話終えると僕のことをしっかりと見つめた。
「ともあれ当分退屈はしそうもないな?」
そう言うと雨子様はくすくすと笑い始めた。しかしそれは僕を笑うと言うよりも、自らの運命を面白がっているとでも言えばいいのだろうか?なんだか憑き物でも取れたかのように楽しそうだった。
生き物にとって長く生きると言う事は一体どう言うことになっていくのか?色々考えながら書いてみたところがあります