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天露の神  作者: ライトさん
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宇気田神社二

新たな神様の登場です

 都会のど真ん中にある神社だというのに、そこは周りの音も入らずに静謐に満たされている。残暑が残る都市の熱気もここまでは届かず、僅かではあるがひんやりとした冷気のようなものを感じる。


 雨子様がぽつりと言う。


「善きところよの」


 僕は黙って頷いて雨子様の言葉に同意した。

雨子様が僕の傍らを離れ数歩前に進み、木漏れ日の合間にすっくと立ち目を瞑る。

渡る風の起こす木々のざわめきの中に、一瞬雨子様の存在が混ざり、溶け、消えたかのような錯覚を感じる。


「あ…」

 

何故か言い知れぬ不安を感じて声を掛けようとした瞬間、雨子様の目が見開かれた。


「来おったようじゃ」


そう言う雨子様の直ぐ側に淡い緑の光りの渦が現れ、ゆっくりと人の形を成していった。


「お久しぶりでございます、雨子様」


ようよう完全な人形になったその姿は、まるで和歌の世界から抜け出てきたかのような十二単を纏った女人の姿だった。

 ただし…小さい!雨子様の半分くらいの大きさだろうか?ふわりと宙に浮かんでいる。


「久しいのう、小和香よ」


そう言うと雨子様は相好を崩した。


「はい、かれこれ二百数十年ぶりかと存じます」


「そんなに経っておったか」


「はい、余りにお出でにならないので手下の者と安否を気遣っておりました」


「むう、危うい所で儚くなるところであった」


「何と?左様なことがありますれば主人が如何様に嘆かれますことか…」


「すまぬの、些か不義理をしておる」


雨子様のその言葉に対して小和香と言われたその神霊は?黙って会釈をして返した。


「して我は、これなる祐二の力を持って存えておる」


「これはこれは…」


そう言うと小和香様は丁寧な辞儀を寄越してくる、即座に僕もしっかりと頭を下げ返礼する。


「しかしながら何故雨子様がそのような目に?」


雨子様は苦笑しながら言う。


「我の寂れた社のこと、参る人も絶えて精が尽きたのよ」


「なんとそのようなことが!とんでもないことでございますよ雨子様。次なる時、次なる時など有って良い物ではありませぬが、その時は是非とも我が社においで下さいませ。私どもの集めた精をお分けいたしますが故」


小和香と呼ばれているその分霊の言葉に、雨子様は優しい笑顔で応えた。


「すまぬの、そなたの優しき心遣い深く感謝する。じゃが今は先のことは考えん、当面こやつの生とより沿うて生きてみるつもりじゃ」


 雨子様のその言葉を聞いた小和香様は、僕のことをじっと見据えた。

小和香様の双眸から何かが放たれ、僕の目を通じてその内に入ってくるのを感じる。


 不快では無い、何だろう?暖かで何かの香り、とても甘く、丸で花の香りのような物で満たされていく。


「なるほど…雨子様の仰られることが分かるような気がします」


「であろ?」


「はい、実に素直な善き魂でありますね」


「うむ、自慢の愛し子よ。こやつのお陰で我は存え(ながらえ)、もそっとこの世を楽しんでみようかと思えたのじゃ」


 雨子様のその言葉を聞いた小和香様の周りに、薄い紅の色をした淡い花びらが現れ、緩やかに舞いそして消えていった。


「それは誠に重畳、千に一つ万に一つも無き出会いでございますね。願わくは私も斯様な出会いを知りとうございます」


 そう言うと小和香様は僕にゆっくりと視線を振り、まるで花が咲いたかのように微笑んで見せた。その余りの美しさ、華やかさに何だか頭がくらくらする思いだ。


「これ、小和香!この者を揶揄うでない」


 雨子様がそう諫めると、小和香様は袖口で口元を隠し、ころころと笑うのだった。


「して雨子様、何かご用があって参られたのではございませぬか?」


「うむ、そうなのじゃが、和香はどうしておる」


「主様は飽いたと言われて眠りにつかれ、久しい時が流れております」


「飽いたとな?」


「はい」


「あやつは昔からそう言うところがあったのじゃが、何とも困ったものじゃな」


「はい、仰るとおりでございます。然れど雨子様、実を言うとそのように眠りにつかれる力ある方々が最近多いのでございます」


「何じゃと?」


「ただその方々は皆様主のように飽いたという訳では無く、五月蝿いというか、面倒というか、そのようなことを言われて、雑事から回避するかのように眠られることが多いようです」


「面妖な、それは真か?」


「何でも人の願いが最近異様に多岐に渡ったり、微に入り細に入ることが多かったり、はたまた小さな己の願い事ばかりに走る輩が多く、付き合いきれぬとのこと」


「むう、分からぬでも無いが、それもまた困ったことよのう」


そこまで言うと雨子様は腕を組んで物思いに沈んだ。


「もしかするとそのせいかもしれんの」


「はて、何のことでございましょう?」


小和香様が小首を傾げて雨子様に問う。


「世に人の雑念が溢れて蓄積し、消えるのが間に合わず、中には人に仇なす呪い(まじない)に変貌するものまで生まれておるのじゃ」


雨子様のその言葉に小和香は顔色を暗くした。


「そのことでございましたか」


「そなたも既に知っておったか」


「はい、私ども分霊は主より権限を与えられ、訪れる人々より精を受け、願いを聞き届けるという仕事を代行しております。加えて神札やお守りを下賜することで、そう言った雑念の類いを消し去ることを行っております。ですが昨今、その雑念の消去に滞りが出て居るのです」


「それは何故の事なのじゃ?」


「おそらくは、最近生まれつつ有る雑念と、我らの与えられた権限との間に微妙な齟齬が生じているが為かと考えております」


「はて?そなたらに与えられておる権限はかなり広範なものかと思うたのじゃが?」


「はい、通常で有れば十分に事足りるものなのでありますが、何分にも生まれ来るものが多く、しかもそれぞれに個性豊かなもので、対応し切れていないというのが実情でございます」


「それは困ったものじゃの」


「はい、しかも態々の雨子様のお越しを考えると、どうやら既に捨て置けぬレベルに達しておるようでございます」


「むう、我も左様に思う。ところで和香は起こせぬのかや?」


「はぁ、実を言いますと我らも何度かお起こししようとはして居るのですが、何故か連絡が取れぬのでございます」


「何?そなたら分霊に連絡が取れないじゃと?いくら何でもそれは妙であるの?」


「はい、仰るとおりでございます。私ども分霊は、しかも私などは直接和香様の御身より生まれいでしもの、連絡が取れなくなることなど、有るはずがございません」


「そうじゃの」


「そこで雨子様にお願いがございます。どうか我らにお力を貸して下さいませぬか?」


 小和香様という分霊、小さくは有るが見るからにとても神々しい神様だったが、深々と雨子様に頭を下げるのだった。


「それは吝かでは無い。しかしの、今の我は極めて非力であるからして、はたしてそなたの期待に添えるものであるかの…」


「つきましては雨子様、此度は我らの預かっておりまする精をお分けいたします」


「何?良いのかえ?」


「ある意味非常事態かと思いまするに、和香様におかれましても否やは無いかと思われます」


「確かにの」


そう言うと雨子様は僕と向き合った。


「祐二よ、様子を見るに今の話、そなたにも然りと聞こえて居ったのであろ?」


「はい、何故か僕にも神様同士の会話が聞こえていました。でも良いんですか?」


するとその答えは小和香様から帰ってきた。


「構いませぬ、元より祐二様におかれましては、雨子様のお身内と考えております。故に最初から私も姿を現し、言葉も伝わる様ご配慮申し上げております」


僕はこの新たな神様にいきなり思いも掛けないほど丁寧に話しかけられて、がちがちに恐縮しまくってしまった。


「は、ははい。お気遣いありがとうございます」


そう言いながらあたふたしていると、雨子様がくすりと笑う。


「雨子さまぁ」


「いつぞやの我の立場に近しいものがあるの」


 まさか雨子様は、朝の食卓で皆に拝まれたことを根に持っているのか?あれは僕のせいじゃないのだけれどもなあ。


「それでじゃ祐二、我はこれより小和香に少しばかり力を貸そうと思う。なので暫し時間がかかりそうなのじゃが、遅くなっても大丈夫かの?」


「それは大丈夫だと思いますけれども、どれくらい遅くなるかですよね?」


雨子様は暫し思案の後答えた。


「もしかすると夕飯の時間に遅れるかも知れぬ」


「なら僕の方から母さんに連絡を入れておきますよ」


「何と言うたかの、あのレインとか言う奴か?」


「そうです、だから少々遅くなっても心配入りませんよ」


そう言う話を雨子様としていると何やら小和香様が目を剥いている。


「どうかなされました小和香様?」


すると小和香様はほっと小さなため息を一つ吐くと言った。


「雨子様が連絡を入れねばと心配されるとは、そなたの母御は何者ぞ?」


今度は僕が目を剥く番だった。はたして母さんのことをどう言えばいいんだ?


 などと妙な方向に思考を飛ばしていると、小和香様が言う。


「では皆様方を和香様の居られる奥の院にお連れいたします」


そう言いつつ小和香様は先に立って、…実際には宙に浮いているのだが…更に奥に向かう緑深き道へ誘う(いざなう)のだった。

その名も小和香様。威厳と可愛らしさが両立されたような、そんな神様です。

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