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天露の神  作者: ライトさん
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閑話「帰途」

 お待たせ致しました




 食事を終え一服した後、帰り支度を整えた雨子様と祐二は玄関に向かった。

その雨子様の後を、何時までも纏わり付くようにして追う瀬織姫様。


「お世話になりました」


 祐二がそう言いながら玄関を出ると、扉の外には大勢の村人達が押し寄せていた。


「これは!」


 祐二と雨子様、その人の多さに目を丸くして居ると、その大勢の人の中から村長が進み出た。そして二人に対して丁寧に頭を下げると言うのだった。


「此度は我が村の窮状を救うべく遙々お出で下さり、本当にありがとう御座いました。雨子様、祐二さん、村人を代表して心より御礼申し上げます」


 最後に今一度村長が一礼すると、その場に居合わせた者達全員が共に礼をしながら、声を合わせて感謝の言葉を述べるのだった。


「「「「「ありがとう御座いました!」」」」」


 彼らの心からの言葉に雨子様は、にこにこしながらうんうんと頷いている。

と、突然村長が声を上げる。


「雨子様ぁ~~~万歳!万歳!万歳!」


 村長が銅鑼声を上げて雨子様の名を呼んだかと思うと、その場に居合わせた者全員での万歳三唱。


 さすがの雨子様もこれにはぎょっとしたようで、跳び上がるようにして祐二の背後に隠れる。そして三唱が終わるや否や村長に向かって声を上げる。


「こりゃ村長!やり過ぎじゃ!」


 本当のところは怒っていないのだが、怒った振りをしてそう言う雨子様。


 しかし村長にとって、そんな譴責は何ほどのものでも無かったようで、今一度手を上げて「万歳!」等と言うものだから、沙喜に頭を叩かれてしまう。


 どっと辺りを埋め尽くす笑い声。


「良い村じゃの…」


 雨子様が傍らの瀬織姫様にそう言うと、彼女は嬉しそうにしながら何度も頷くのだった。


「ではお送りします」


 そう言って前に進み出てきた達彦の肩を、ばしばしと叩くと村長は、「頼んだぞ」と言うのだった。


 その達彦に引き連れられて車の所まで移動する途中、雨子様は多くの村人達に握手を求められた。


 途中、一体幾つなのかと思うような老婆に手を握られ、「ありがたやありがたや…」と拝まれた時には、途方に暮れつつ有った雨子様だったが、ふと何事か思いついたのか、その老婆の耳元で何か言う。


 するとその老婆、ほとんど糸のようになっていた目を大きく見開いたかと思うと、再び三拝九拝と雨子様を拝むのだった。


 老婆を離れ、少し行きすぎてから祐二が尋ねる。


「あのおばあさんに何を話したの?」


 すると雨子様はほんの少しだけ自慢げに言うのだった。


「いずれ逝く時に、苦しまずに逝けるような呪を一つ、掛けてやったと言ったのじゃ」


 驚いた祐二が聞く。


「え?そんなこと出来るの?しかもそんなに簡単に?」


 心配そうにしている祐二のことを笑いながら雨子様が言う。


「何、あやつの最後の時が来た時にのみ働く小さな呪じゃ。痛みを伝える神経の働きをその時だけ阻害するのじゃ。何ほどもことも無い」


「そうなんだ…」


 すると直ぐ側に居た沙喜が心配そうな表情で聞く。


「あのう、あれは私の祖母なのですが…、後どれくらい長らえることが出来るのでしょうか?」


 すると雨子様は苦笑しながら言うのだった。


「分からん!ただ我の見る限りあの老婆は至極元気じゃ。未だ当分生きるのでは無いかの?あくまで我が施したのは終末期に痛みが無いようにと言う呪だけじゃ。それまでどうか大切にの?」


 未だ当分生きるのでは、と雨子様に言われたことでほっとしたのか、表情を和らげる沙喜。


 突然逝く時の話しをされれば、そりゃあ心配にもなるだろうなと、思わず苦笑してしまう祐二なのだった。


 雨子様達が車に乗り込むと、すかさず瀬織姫様も乗り込んできた。勿論雨子様の隣の席に自分の身体をねじ込んでいく


 それを見た雨子様は外で見送ろうとしていた沙喜のことを手招きすると、車に乗るように言うのだった。


「多分居らんと困ることになるでの…」


 そう呟くように言う雨子様。


「それでは出発します」


 全員が乗り終えたのを確認した達彦は静かに車を発車させる。


 するとそれを見送るように、その場に居る者達が皆手を振り始める。車はそれらの者達を後に残し、あっと言う間に村長宅から離れ、やがてには見えなくなってしまった。


「終わってみればあっと言う間じゃったの…」


 少ししみじみとした口調でそう言う雨子様。


「お疲れ様」


 祐二がそう言うとにへらと笑う雨子様なのだった。


 それから車を駆ること小一時間。どうやら達彦は来しなの最寄り駅では無く、新幹線の停車する駅まで送ってきてくれたらしい。


 停車し車から降りると、荷物を手渡してくれる達彦。彼とはその場でお別れすることになったので、祐二はその手を握って礼を言う。


「色々ありがとう御座いました達彦さん」


「いやあ、お礼を言うのはこちらなのだから」


 二人ともすっかりと打ち解けた様子で別れの言葉を交わすのだった。

そんな様子を見ていた雨子様、ならば自分もと達彦の手をしっかと握り、別れの言葉を伝える。


「うむ達彦。何かと良う世話になったの、感謝する」


 それまで常にある程度の距離を取り、どことなく大人な感じを出していた達彦、いきなり雨子様にむんずと手を掴まれ硬直してしまう。


 それを見ていた沙喜が、けらけらと笑いながら言うのだった。


「あらあら、達彦ったら。ごめんなさいね雨子様。この子は最初っからずっと物凄く雨子様に憧れていて、それを隠そうとばかりにずっと猫を被っていたのよ」


 いきなり内に秘めていた思いをぶちまけられて大いに焦る達彦。


「母さん…」


 情けなさそうにそう言う様子を見て、雨子様が腹を抱えて笑う。


「いずれの男の子も母親には頭が上がらぬものよの?」


 そう言いながらじろりと祐二のことを見る雨子様、慌てて視線を逸らす祐二。

そんな様子を見ながら沙喜と二人で大いに笑う雨子様なのだった。


 しかし顔を真っ赤にしつつも、満面笑みを浮かべた達彦に見送られた雨子様達一行は、やがてに改札口を通り駅の構内へと歩みを進めた。


 瀬織姫様に、せめても最後まで雨子様の側に居させてやろうという、沙喜なりの思いやりなのだった。


 切符の時間を確かめると、もう残すところを十分を切っているのだった。


 それまで笑顔で見送ろうと健気に頑張っていた瀬織姫様なのだったが、ここに来ていくら歯を食い縛ろうとも、もう涙を抑えることが出来ないのだった。


 そんな瀬織姫様のことを優しい目で見つめながら言う雨子様。


「しょうの無い奴じゃの…来りゃ瀬織姫」


 雨子様にそう言われるともう我慢出来なくなったのだろう。視線を合わせて身体を低くした雨子様の元へ、ぶつかるように飛びついていく瀬織姫様なのだった。


「…雨子様、雨子様…」


 そうやってしがみついてくる瀬織姫様に、小さな声で話しかけて上げる雨子様。


「馬鹿者、今生の別れでもあるまいに、神ともあろうものが斯様に泣き付いてどうする?」


 勿論瀬織姫もそのことは分かっているのだろう、雨子様の言葉を聞く度に一生懸命に頷いている。


「本当にしょうの無い奴よの…」


 そう言いながらも雨子様の撫でる手つきには慈しみが籠もり、ますます強くしがみつく瀬織姫様なのだった。


 しかし始まることがあれば終わることもある。

時が止まれば良いのになとまで思って居た瀬織姫様なのだが、ホームの向こう側からしずしずと新幹線が入構してくるのだった。


 雨子様が懐から一枚のハンカチを出してくると、涙でぐしゃぐしゃの瀬織姫様の顔を丁寧に拭ってやる。


 そしてそっと瀬織姫様の身体を離すと、祐二に続いて車内へと乗り込んでいく。

振り返ると瀬織姫様が沙喜に背から守られるようにして、雨子様を見つめている、そして健気に手を振っている。


 発車のベルが鳴り、扉が閉じる。沙喜が丁寧に頭を下げ、未だ手を振り続ける瀬織姫、

やがて滑らかに次第に速度を上げていく新幹線。


 雨子様が車窓に顔を押しつけるようにして見ていると、残された瀬織姫が沙喜に抱きしめられるようにして泣きじゃくっている。


 が、それも直ぐに見えなくなってしまった。はぁっと溜息をつきながら祐二の方へ振り返る雨子様。


「大丈夫?」


 そう言う祐二の言葉にくしゃりと表情を崩す雨子様。

祐二の肩にそっと額を乗せると、その身体にしがみつく。小刻みに身体が揺れているのを見ると、どうやら泣いているらしい。


「我慢していたんだね?」


 祐二がそう言うと頷く動作が感じられる。


「あやつが泣いているのに、我まで泣いたら収拾が付かぬでは無いか?」


「だから我慢?」


「うむ…」


「そっか…」


 祐二はそう言うとただ黙って静かに、雨子様の泣き止むまで優しく抱きしめているのだった。





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この下にある☆による評価も一杯下さいませ

ブックマークもどうかよろしくお願いします

そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き

楽しんでもらえたらなと思っております


そう願っています^^

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