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天露の神  作者: ライトさん
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宇気田神社一

筆者の住まうところの近所に、小さな小さな社があります。本当に小さなところなのですがきちんと人の手が入り、きっと神様も喜んでいるのだろうなあ、そんな事を思いながら時折参っています

 電車に乗り何駅かを過ごしていく。加速しては停まり、加速しては停まる。そして合間に乗客が大勢乗り降りをする。その全てが雨子様にとって興味深かったようだ。


 また、車窓から見える景色も大いに雨子様の好奇心を刺激しているらしい。


「のう、祐二よ、細かいことはよう分からぬが、山の位置からすると何故か海が遠うなっているような気がするのじゃが、気のせいかの?」


「気のせいじゃ無いですよ、僕たちの市は随分海を埋め立てて町を広げましたからね」


「む?そうせぬ事には人の住まう場所を確保出来なかったのかや?」


「人の住む所もそうですが、色々な商業活動をしたり、産業を呼び寄せるためには必要だったのかも知れません」


「成る程のう、これほど人が多くなればそれも致し方の無いことなのかも知れぬの。しかし海をか…魚が獲れなくはなりはせぬのかの?」


「やっぱり昔ほどは獲れないようですね」


「やはりそうなのか…ところで」


そう言うと雨子様は声を低くした。


「先ほどから何と言うか時折あちこちから視線を感じるのじゃが、どうしたことなのであろうな?」


 確かに僕もそれを感じていた。ただそれでも不快感を感じさせるほどでは無かったし、失礼に値するような物でも無かったので放って置いたのだが、雨子様にしてみたら結構気になるらしい。


 でもこれはちょっとどうしようも無いし、仕方ないのじゃないのかな?雨子様の容姿だとどう有ったとしても人の視線を引き寄せてしまう。


「あのう雨子様、怒らないで聞いて下さいね」


「はて、何故我が怒らねばならぬのじゃ?」


「思うに今の雨子様の容姿は人の基準からするととても美しいというか、可愛いというか…。だから衆目を集めて、皆の視線を一身に集めているんだと思いますよ」


きょとんとする雨子様。


「はて、そうなのか?」


「そうですねえ、多分にそうですね」


「その、もしかしての話なのじゃが、それは祐二の目からしてもそうなのかえ?」


「ええ」


僕がそう言うと顔を赤くした。


「ええ?どうして顔を赤くするんですか?」


すると雨子様は憤慨するように言う。


「当たり前であろう?意識もせぬ有象無象からどう思われようともらちの外にある。しかし、知り合いと言うか身内のような者からいかに思われるかというのは、誰にとっても大切なものであろ?」


 まあ、確かにそう言われてみたらそうなのかも知れないが、顔を赤らめつつ憤慨する雨子様はちょっと反則なくらいに可愛かった。


 プリプリしている雨子様の怒りは放っておくしかないとして、僕たちは目的の駅について電車から降りることにした。


「ここが最寄りの駅なのかえ?」


そう問いかけてくる雨子様、切り替えがあっと言う間なのは流石か?


「そうです、宇木田神社は駅から歩いて十分ちょっとくらいかな?」


僕が先に立ってスタスタと歩いていると、雨子様は慌てて歩き始め脇に立つとぐいっと手を掴んだ。


「雨子様?」


「さっさと行くでない。我は斯様な人混みの中を歩くのは慣れぬのじゃ」


「はぁ」


 仕方なしに掴まれたまま歩くのだけれども、今度は僕自身視線が痛かった。しかも何だか刺すよう。その意味はもう考えないようにした。


 まあ確かにここは市の中心部でもあるから人が多い。しかも日曜とも有れば多くの繁華街も抱えるこの場所は、普段の数倍以上の人を集める所である。

雨子様が戸惑い、しがみ付いてくる気持ちは分からないでも無かった。


 でも雨子様、もう少し頑張って歩いてくれる?雨子様は僕の手にしがみついているのを良いことに、視線をあちらへこちらへと向け、まさに物見遊山。

お陰ですっかり歩きが疎かになっているのだった。


「祐二よ、何やら美味そうな匂いがしてくるの?」


 あちこちに食べ物屋が有るせいか、それはもう腹の虫が反乱を起こすかと言うくらいに良い香りが、あたりに色々漂っている。


「雨子様、お腹すかれました?」


 雨子様は通りすがりにそんな店々に目をやりながら言う。


「出がけに食べてきたばかりじゃから、然程でも無いのじゃが、この匂いは何とも訴えかけるものがあるの」


「じゃあ帰りにでもどこかに入って食べていきましょうか?」


僕がそう言うと雨子様の足取りが何だか急に軽くなった。


「おおっ!本当かえ?では早う行って早う帰って来ようぞ」


とは言うものの、雨子様は道を知らない。そこで僕を早う早うと急かしながら歩みを早めるのだった。


「ほら雨子様、鳥居が見えてきましたよ」


 ここいらの地域ではもっとも大きな神社だったので、その鳥居もなかなかに大きい。

朱塗りのとても綺麗な鳥居だった。


 僕がその鳥居に見とれていると、雨子様はそれまで握っていた手を放して、つと狛犬の所に行った。


「これ、和香はおるかえ?」


 すると狛犬がゴソゴソと動き出し、何やら返事をし始めたのには驚いた。まさかと思って周りを見るが誰も気が付く風が無い。おそらく僕たち以外には見えていないのだろう。


「はて、どちらの御方かは存じませぬが、和香様は今ご不在でございます。本殿の方には今分霊の小和香様がいらっしゃいますが如何様に致しましょうか?」


「では小和香で良い、会えるように段取りを付けてくれぬかの?」


「分かりました、では本殿裏にお出で頂き、暫しお待ち下さいませ」


「うむ、分かった」


 そう言うと雨子様は狛犬に別れを告げ、参道を本殿に向けてスタスタと歩き始めた。

街中を歩いている時と比べ、どこか見知った感がある。置いて行かれまいと僕は慌てて後を追う。


 さて、参道も半ば辺りに来たところだろうか、一人の老婦人とすれ違ったのだが、彼女が振り返ると雨子様に声がけをしてきた。


「お嬢さん、参道の真ん中は神様がお歩きになる道。少し端によって歩かなくてはなりませんよ?」


 背筋のピンとした女性で、見かけの年齢の割に通る声をしている。

その声がけに雨子様はにっこり笑みを浮かべながら返答した。


「うむ、知っておる」


そう言うと雨子様はその婦人に軽く会釈した後、またスタスタと真ん中の部分を歩いていった。


「あらあら」


 そういう風に言いながらも雨子様を見送る老婦人。

彼女ははたと目を見開くと小さな声で呟いた。


「もしかするとあのお嬢さんも神様なのかしら?」


僕はその婦人に黙って丁寧に会釈すると雨子様の後を追った。


 途中から脇道に入り、巨木に守られたようなところを歩く。緑のお陰か空気がひんやりとして心地よい。


 程なくして僕たちは本殿裏に到着した。狛犬が待つようにと言った場所だった。




時折ご感想を頂く方々におかれましては、心より感謝申し上げます

何分にも日々執筆することでカツカツな状況故、なかなかそちらに参ってと言う活動が出来ません事お許し下さい。

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