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天露の神  作者: ライトさん
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雨子様電車に乗る?

生まれて初めて電車に乗った時は、本当にわくわくした物でした。皆さんはどうでしたでしょう?

 さて歩き始めると暑くはあるが、湿度がそれほど無かったことも有って然程苦には成らなかった。

雨子様は出がけに葉子ねえに渡された日傘を置いてきてしまい、今更ながら後悔していた。


「残暑と言うべきなのだろうが、盛夏と変わらぬぐらいの熱があるの」


じんわりと浮かぶ汗をハンカチで抑えながら雨子様が言う。


「何でも昔に比べて最高気温とかが随分上がってきているそうですよ」


「むう、そう言われてみたらそうなのかも知れんが、我がこうやって受肉したのは先達てのこと故、そこの所は良く分からんの」


「受肉していないとこう言った気温や天候の影響は受けないのですか?」


「そうじゃな、周りに有る諸々、たとえばそなたのような人の様子を見るとか、そう言ったものからは推し量ることは出来るのじゃが、今この身で感じるようなものは何も感じておらなんだの」


「じゃあ結構大変なんじゃ無いのですか?」


「うむ、まあそうは言っても余りに耐えがたい部分は適度にコントロールしておるがの?」


「え?コントロール?」


そう聞くと雨子様はにっと笑った。


「すまぬの祐二、ほんの少しだけずるさせて貰っておる」


「ずるって?」


「今は葉子の為もあってミサンガを外したままであろ?じゃから限度はあるが比較的自由に力が使える。なので僅かで有るが周りの温度を下げておるのじゃ。でないと我にはとても辛抱ならん」


「でも葉子ねえの為に力を使うまでは、別にどうのと言っていなかったじゃないですか?」


「確かにの、そうせねば仕方が無かったからじゃ、じゃが何とか出来るとなるとなれば辛抱たまらんかった。じゃからずるをしたとゆうておる訳じゃ」


そう言うと雨子様はぺこんと頭を下げた。


「それにの」


そこまで言うと雨子様は急に声を落とした。


「葉子に着せられたこのニットシャツとスカートはまだ良いのじゃが、足が綺麗に見えるからと履かされたストッキング、これが暑いとなんとものう…」


そう言いながら雨子様がスカートをパタパタさせ始めたので、慌てて有らぬ方を向いた。


「あ、雨子様?」


「何じゃ祐二?」


「その、何です、スカートをそんな風にするのはよした方が良いと思いますが…」


すると雨子様ははっとした表情になりながら所作を正した。


「むう、些かはしたなかったかの?」


「まあ、確かに…そうですね」


 僕がそう言うと雨子様は自分のスカートの裾と僕を見比べていた。その後つと僕に近寄ってくると小さな声で聞いてきた。


「もしかしたら中味が見えていたのかや?」


僕は全力で首を横に振った。それはもう犬が水から上がった時のように!


「まあ良い、祐二なら赤子のようなものじゃ」


雨子様、その台詞は台詞で傷つくのですが?と腹の中では思ったが言わずが花だった。


 そんな感じでなんだかんだと話しながら、ふたりが歩いたのは住宅地の中を行く道だった。まだまだ午前の時間でこの暑さだったから、日中は推して知るべしか?


 僕たち以外に歩いている人はそんなに多くなかったが、それも駅に近づくに連れて増えてきた。


「結構な人が居るものじゃの、この暑さというのに皆物好きなものじゃ」


「まあその物好きの中に僕たちも入っているのですがね」


そう言うと雨子様はくくっと笑った。


「ところで雨子様、電車に乗るのは初めてな訳なんですが、ご自分で切符を買われますか?」


「切符とな?」


キラリと雨子様の目が輝いた。これは、もう何が何でも買われるつもりに間違い無い。


「是非も無い、左様なこともあろうかと母御からは既に小遣いをもろうて居る」


 そう言いながら雨子様はスカートのポケットから小さな小銭入れを取り出してきた。

そして中から小さく折りたたんだ札を引っ張り出してきたのだけれども、あ?これ券売機を通るかな?


「雨子様、次出かける時は必ず鞄か何か持って出ましょうね」


「はて?何故じゃ?」


 何事も経験と思った僕は、駅に着くなり券売機の所まで雨子様を誘った。


「この機械にお金を投じて電車に乗るための券、つまり切符を買います。今日の行き先は宇気田神社ですからその最寄り駅までとなると二百八十円かな?ここは小銭を淹れる所、ここはお札を淹れる所なので買ってみて下さいます?」


 そう説明すると雨子様は、それこそもう子供みたいにわくわくが押さえきれないと言った感じで券売機に歩み寄った。


 ところがさて千円札を券売機のスリットに入れようとしても直ぐに吐き出されてしまう。何度入れようとしても吐き出すを繰り返し、その度に雨子様の眉が下がっていく。


「祐二よ?我はこの機械の機嫌を損ねるようなことを何かしたのかえ?」


 数度の失敗を繰り返した後、雨子様は悲しそうな顔をしながら問うてきた。

そこで僕は自分の財布から皺の無い綺麗な札を出してきた。


「じゃあこの札を使ってみて下さいます?」


 雨子様は言われるままに僕の札を受け取り、機械のスリットに入れるとさっと吸い込まれた。


「おおお?」


「色々な金額の載ったボタンが点灯しましたでしょう?」


「うむ」


「ならさっき言った二百八十円の所のボタンを押してみて下さい」


「心得た」


そう言った雨子様が当該のボタンを押すと、しゅんという音と共に切符が出てき、僅かに遅れてじゃらじゃらと小銭が払い戻されてきた。


「成る程、余り汚い札だと機械が受け付けんのじゃな?」


「仰るとおりです」


僕の返事を聞くと雨子様は自分の小さいけれどもとても可愛らしい小銭入れと、僕の札入れを交互に見比べていた。


「成る程のう、斯様に小さな物に無理矢理札を入れていては、上手く使えぬ事があるという訳なのじゃな」


「その通りです雨子様」


「じゃがそれと鞄とどう言う関係があるのじゃ?」


そこで僕は雨子様に自分の札入れを渡して見せた。


「この札入れを雨子様のポケットに入れてみて下さい」


 ゴソゴソと札入れを自分のスカートのポケットに入れようとする雨子様。しかし入らないことは無いがギリギリで、しかもポケットが膨らんで不細工なことになる。

そのことを確認した雨子様は僕のことを見る。


「なるほどそう言うことか、女子が着て居るものは札入れをしまうようになっておらんのじゃな?型も崩れることじゃしの」


「そこで鞄なんですよ」


「うむ、納得した」


「葉子ねえは持たせてくれなかったのですか?」


僕がそう言うと雨子様はペロリと舌を出した。


「え?舌?」


僕が驚いていると雨子様は少しだけ不安な顔をした。


「確か葉子が斯様な時に舌を出しておらなんだかや?」


「はぁ~~」


流石と言うべきか何と言うべきか、雨子様の学習能力にはまさに舌を巻く。


「まあ大体それで使い方正しいです」


僕がそう言うと雨子様はニコニコしている。


「で、鞄の件なんですが?」


「そうであったな、葉子は出がけに小さな鞄を持たせてくれようとしておったのじゃが、我が邪魔じゃと持つことを拒んだのじゃ」


「あ~納得です」


 どうやら葉子ねえの算段に死角は無かったようだ。

ともあれ切符購入のための講習はここで終わり。出てきた小銭で僕の切符を買うととりあえず皺くちゃの札の方は雨子様に返した。


「むぅ、この札はどうしたものじゃろうの?」


「家に帰ってからアイロンでも掛けると良いですよ。もしくはどこか券売機のような機械で無い所で使うか」


 そんな事をふたりでワイワイ言いながら僕たちは改札機へと向かう。先に立って改札機のスリットへ切符を入れ、通り抜けてみせると、雨子様も同様にしながら無事後を付いてきた。


 改札を抜け階段を上がると、折良くそこへ快速電車がやって来た。


「雨子様、乗りますよ?」


 そう言った僕が開いた扉の前に行き、降りる客が途切れた後乗り込むと、雨子様はホームと列車の間を、ぴょんと跳び越えるようにして入ってきた。


「別に跳び越えなくとも…」


僕が苦笑しながらそう言うと、雨子様もまた苦笑しながら言う。


「いやの、我もそう思うたのじゃが、隣の乗降口で童がそうやっておるのを見てしまったものじゃから、ついの、ぴょんとな」


 言っている間に扉が閉じ、列車が加速し始める。

幸いなことに席が空いていたので二人で並んで腰掛ける。


 色々あったが何とか何とか無事電車に乗ることは出来た。そのまま座っていようと思ったが、雨子様が外の流れる景色を見たがっていたので席を替わる。


 時にとてつもなく老成した所を見せる雨子様なのだけれども、こういう所は小さな子供と変わらないなあ。

 僕はそんな事を思いながら、雨子様が外の景色を目を輝かせながら見ているのを眺めていた。




次回はいよいよ他社の神様との出会いに…なるのかなあ?

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