閑話「観蛍」
お待たせしました。
そう言えば最近永らく蛍、見ていないなあ。
さて、ディスプレィは来たのですが、パソコンは未だ暫く届かない。
はてさて、それまで持つのかなあ?
さて一方、蛍を見に出かけた雨子様達、村長宅を出て門の外に出るや否や、あっと言う間にしめやかな闇に包まれる。この時期であればもう少し明るさが残るはずなのだが、山間の土地というのは、どうしても闇が訪れるのが早くなってしまうのだ。
十六夜とあって昨夜より月の出が遅く、この時刻だと南東から南に掛けて横たわる天ノ川が実に美しく見える。
そんな空を見上げながら、雨子様は祐二の腕に手を掛け、のんびりとした足取りで坂を下り、教えられた畦道へと向かうのだった。
「綺麗な空だね?」
その息を飲むような美しさに、ほうっと小さく息を吐きながら祐二が言う。
都会の夜ならば常に聞こえる暗騒音のようなものが、この地では全く聞こえることが無い。
しかしその代わりにそこかしこから、蛙の鳴く声が聞こえてくる。更にそれだけで無く時折空から「キョッキョッキョッ」と言う声が聞こえてくる。
なんだろうと思って祐二が携帯で調べると、どうやらそれは夜鷹の鳴く声らしかった。
そのことを聞いた雨子様はなんだか嬉しそうに言う。
「この様な夜であっても、色々な生き物が活動して居るのじゃな。今をして思えば嘗ての我の村もそうで有ったの…」
そう、呟くように言った雨子様は、少しだけ力を入れて祐二の腕を掴むのだった。
「ところで祐二よ」
そう問いかける雨子様に、静かに返事をする祐二。
「なあに、雨子さん?」
「今度ばかりは蚊に悩まされては居るまいの?」
雨子様のその言葉に、祐二は空いている方の手で頭を掻きながら言う。
「そりゃあね、避ける方法を習っておいて、それを使わないってことは無いよ。何せ相手は蚊だからなあ」
その口調から聞くに、祐二は田舎の蚊に余程懲りたのだろう。
特に緑多き土地柄だけ有って、ヤブ蚊の類いが多く、それに群れなして襲われたのだからその思いはいかばかりかと思われる。
だが今の祐二は、雨子様から習った気による疑似結界のお陰で、嬉しくも一回も刺されずに居るのだから、おそらく当人は快哉を叫びたく成るくらいの思いだろう。
「くふふ、噛まれなくなって良かったの?」
置かしそうに言う雨子様に、祐二は大いに同意した。
「本当だよ、適うことならもう少し早く教えておいて欲しかった…」
聞きようによっては、若干ながら恨めしそうに聞こえるその口調。故に雨子様が申し訳なさそうに言う。
「そうは言うても、其方がその様な目に逢て居ったとは知らなかったのじゃから、致し方なかろう?」
祐二としては、別に雨子様のことを責めるために言った言葉ではないので、ただ苦笑しながら言う。
「それは勿論分かって居るよ。ただね、こっちの蚊、噛まれると強烈に痒いんだよ。家の方で噛まれる比じゃ無いな」
「そ、そうなのかえ?」
元が神様だけあって、実を言うと雨子様は蚊に喰われたことが一度も無い。逆にそのせいもあって妙な好奇心がむくむくと湧いてきてしまう。
で、止せば良いのに腕の一部だけ気の結界を解いて、試すという愚行に走ってしまったのだった。
「うわ!これはたまらん!」
雨子様は矢庭にそう言うと祐二の腕を放し、急ぎ反対の腕を必死になって掻きむしってしまう。
「え?どうしたの?」
驚いた祐二がそう尋ねると、呻くようにして応える雨子様。
「祐二が痒い痒いと何度も言うから、その痒みとやらがどれだけのものかと思って試してみたのじゃ」
「え?まさか結界を解いたの?」
「そのまさかなのじゃ」
「あっちゃ~~、止せば良いのに…」
祐二がそう言うも時既に遅しである。
「どれ見せて…」
祐二はそう言うと携帯のライトを灯して、雨子様の噛まれたところを照らしてみると、案の定、まあるく赤くぷっくりと腫れ上がっている。
「これはたまんないだろうなあ」
そう言うと祐二は、親指の爪を使ってその膨らみに十字の形を付ける。
それを見た雨子様が不思議そうに問う。
「これは一体何をして居るのじゃ?」
そう聞かれた祐二は、極めて真面目に答えるのだった。
「それはね、痒みを止めるお呪いなんだ」
返すは怪訝そうな雨子様。
「呪いじゃと?それで効くのかや?」
「さぁ?」
祐二の返答を訊いてがっくりとくる雨子様。
「さぁとはなんじゃ、さぁとは?」
呆れたようにそう言う雨子様に、苦笑しながら祐二が言う。
「でもね、子供の頃、母さんにこうして貰ったら、その時は効いたような気がしたんだよ」
すると雨子様は何処と無しに納得したかのように言うのだった。
「成るほどの、それはそれである意味呪いの一つかも知れんの…」
特にそれが節子であれば余計にと思う雨子様なのだった。
と、その時である。
「雨子さん見て!」
そう言って祐二が指し示す方向を見ると、濃くなりつつ有る闇の中を、ほわりと小さく光る物が筋を引きながら飛んでいく。
「蛍!」
のんびりゆっくり畦道を進んでいたのだが、どうやら蛍の居る領域にさしかかってきたようだ。
その蛍を皮切りに、あちらでもこちらでもどんどん蛍が姿を現し出す。
「これは凄いの!」
雨子様が感動して思わず声を上げる。
無理も無い、いつの間にか辺り一面全て覆うように、信じられないような数の蛍が乱舞しているのだった。
余りの数の多さに立ち尽くし、その様を見ていた雨子様。ふと祐二が何も言わないのでどうしたのかと思いながら見ると、何やら手の甲で顔を擦っている。
一体何事と思って祐二の顔を覗き込むのだが、暗くてよく見えない。だか辛うじて蛍の光で目の隅が光るのが見えた。
「どうしたのじゃ祐二?」
心配そうに祐二に言葉を掛ける雨子様。
すると祐二は、微かに声を震わせながら静かな声で言うのだった。
「なんかね、余りに凄いものだから、言葉も無くただもうじっと見ていたら、なんだかすっかり感動しちゃってさ、気がついたら涙が出ていたんだよ」
そう言うと多分笑って見せたのだろう、口元で歯の白さが微かに見えるのだった。
そんな風に、正直に自分の内にある思いを明かしてくれる祐二、雨子様には彼のそう言った心の在り様そのものが、何よりも嬉しいものと感じられるのだった。
「祐二…」
そう言いながら雨子様は、自分の顔が上気しつつあるのを感じる。
けれどもこの暗さ、その思いは雨子様だけのものとなる。
「なあに、雨子さん?」
優しく問いかけてくれる祐二。
雨子様は思う。自分の経てきた時間に比べてこの少年の命の何と短きこと。にも拘わらず、どうして此所まで大きく、彼女の心の内を占めるのだろう?
雨子様は自分の心の中に湧き上がる思いをそっと言葉に代え、今目の前に居る祐二に向かって優しく解き放つ。
「大好きじゃ、祐二」
すると身体を揺らし始める祐二、多分、笑っている。
「うん、知ってる。僕もだよ、雨子さん」
自身の中に湧き上がった有象無象、有形無形の思い、それらを集約して一つの形にし、心を込め、勇気を出して言ったのに、知っているだって?
思わず雨子様は柳眉を逆立てて言う。
「馬鹿祐二…」
美しく幻想的に舞う蛍の光の中、二つの影が一つと重なり、ゆったりと流れる束の間の時を、思いを一つに静かに楽しむのだった。
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