雨子様拝まれる
大きな話立ては作者が作っていくのですが、細かい話になるとキャラ達が自分たちでワイワイと作っていく、そんな気がすることがありますね
さて翌朝、三々五々と起きてきて食卓に向かい、そろそろ皆で食事を摂ろうかと言うことになってようやく葉子ねえが起きてきた。
やはり今の葉子ねえはどうしても疲れやすいのだろう、大きなお腹を抱えてゆっくりと食卓までやってくると、ふと雨子様の姿に目をとめた。
するとすっくと居住まいを正したかと思うと、矢庭に二礼した後、柏手を打ち始めた。
「な?何をして居るのかや?」
何だか妙な顔をしながら問う雨子様。
「祐二に聞いたところに寄ると神様と人の関係って、祈りを通じて精を融通することで願いを聞いて貰う、ある種の契約になるって言うじゃ無いですか?なら私もちゃんと雨子さんと契約?しておいた方が良いかなって?」
「うううう、勘弁してくれぬか葉子?」
雨子様の眉が下がり、への字眉になる。
「あらどうして?」
「なんと言うかその、そなたとは共に風呂も入るような仲では無いか?そんな葉子に目の前で拝まれるというのは何とも…」
そう言うと雨子様は身悶えている。
「でもその方が私の精も雨子さんの力に出来るのでしょう?」
「そうなのか?」
「そうなの?」
と僕に問うてくる父さんと母さん。間違いでは無いので僕は頷いてみせる。
更にダブルで響く柏手の音。拝み始める二人。
「ゆうじぃ…」
何とも情けなさそうな雨子様、何なんだろう?こればっかりは雨子様のその有り様を理解しようが無いのだが、ともあれ苦手なようなので家族に向かって言った。
「ぷっ…、何だか苦手みたいだから止めて上げてよね」
「苦手って、しかも最初笑い居ったな?」
雨子様はまん丸に膨れている。だがその不機嫌さは長くは続かなかった。
「ごめんなさい雨子さん、別に嫌がらせじゃ無いのよ?」
そう言いながら葉子ねえは食卓に座っている雨子様の後ろに回り、きゅうっとその体を抱きしめる。
「むむむ、もう良い、良いから葉子、勘弁してくれぬか?」
何だか知らないが雨子様はもう息も絶え絶えと言った感じだった。
「小さく粗末な社にて、人に拝まれることも絶えて無かったしの、況んやかように身近な者に拝まれるというのは何とも居心地の悪い物じゃ、はぁ…」
まだ朝だというのに雨子様は、既に一日の力を使い果たした様な所があった。
「じゃが皆に礼は言わんといかんな…感謝する。確かに皆に祈りを貰ったお陰で僅かではあるが力が増しておる。適うなら出来ればこの力は葉子を守ることに使いたいと思うが、良いかの?」
そう問いかける雨子様に皆、特に母さんが一番嬉しそうだ。
「ありがとうございます雨子様、子を産み育てたことの有るこの身としては、そうやってお守り頂けると言うことが実感出来るなど、この上ない幸せでございます」
そう言うと母さんは本当に深々と頭を下げた。更にはその横で父さんもまた然り。
やはりいくら医学が進んだとは言っても、人が腹の中に一つの命を宿し、育み、産むと言うことは本当に一大作業なのだ。
まだまだ未知数の部分を多く抱えた所があって、何一つとして絶対ではない。
そこに本人が非力とは言っているものの、一柱の神様が力を貸そうかと言ってくれるのだ、これほど有りがたいことは無いだろう。
当の本人で有る葉子ねえは感極まっているのか鼻をグスグスと鳴らしている。
雨子様はそんな葉子ねえの傍らに行くと優しくその体を抱きしめるのだった。
そんなこんなで我が家の朝ご飯は実に賑やかに始まった。
「雨子さん蜂蜜とって?」
「む?これじゃな?」
「そうそうそれ」
「母さん珈琲はまだ?」
「あらそれは祐二が淹れてくれるって」
「手元の豆が無くなったからストック取ってくる」
「じゃあ先にお湯を沸かすようにしておくわね?」
「すまぬ葉子、ドレッシングとはどれかの?」
「にんじんのとタマネギの、どれが良い?」
「むぅ、今日はにんじんかの?」
「はぁーい、トースト焼けたわよ」
「卵は半熟が良いって言ったのにぃ」
「葉子、そこの新聞取ってくれないか?」
「はいこれ」
五人が入り乱れる本当に賑やかな食卓である。ここに七瀬がたまに混じるのだけれど、そこまで来ると何だか大家族の体を成す。
でも僕はそんな賑やかさが何とも言えず好きだった。
僕が淹れ始めた珈琲の香りが濃く食卓の上を漂い始める。
「何とも格調高い香りじゃの?」
雨子様がスンスンと鼻を鳴らしながら珈琲の香りを嗅いでいる。
「雨子様も飲まれます?」
僕がそう聞くと雨子様は寸時思案した。
「じゃが我は余り苦いのは苦手じゃからの」
「なら余り苦みが出ないように少しだけ抽出時間を短くして濃度も下げますね」
「むぅすまぬの、気をつこうてもろうて」
だがそうして入れて上げた珈琲だったのだけれども、それでも雨子様には苦かったようだ。
「む、むむむ」
「雨子様貸して」
そう言って珈琲の入ったカップを受け取るとミルクと砂糖を入れた。
「これできっと…」
軽くスプーンで混ぜて雨子様に手渡す。
「おぅ?」
一口飲んだ雨子様は嬉しそうな声を上げる、どうやら気に入ったようだ。
「ところで祐二よ、今日は時間が有るかや?」
「ええ、雨子様。確か宇気田神社の件ですね?」
「うむ、今日を逃すとまた来週まで待たねばならぬ故、適うなら行っておきたいのじゃ」
「分かりました、なら食べ終わったら直ぐに準備始めますね」
「うむ、よしなにの」
僕たちはそう話し合うと、後はせっせと口に食べ物を運ぶことに専念した。
葉子ねえが何となくでは有るが思わしげな視線で見てくる。けれども、今の葉子ねえを連れ歩くのは遠慮したい。いくら雨子様の加護があったとしてもだ。
食事を終え、後片付けも手伝った後、出かけるための衣類に着替えた頃には結構時間も経っていた。
「雨子様?」
着替えのために葉子ねえの部屋に行ってもう結構時間が経つのだが、まだ姿が見えない。
「ガチャリ」
おっと、ようやく出てきたようだ。と思ったら、雨子様すっかり疲れ切っている。
「雨子様?」
問いかけると雨子様はげっそりとした顔で返事をしてきた。
「のう、祐二よ。葉子はいつもああなのかえ?」
「いつもと言うと?」
何のことか分からず問い返す。
「葉子ときたら、我の服を選ぶのに七度も着替えさせおった、七度もじゃぞ?」
雨子様は信じられないと言った感じで目を見開いている。
「そなたの母御に服を用立てて貰うときも結構着替えさせられたものじゃが、あの比では無いぞ?」
雨子様の置かれた状況に同情しつつ僕はぽつり言う。
「雨子様、母さんと葉子ねえが二人揃ったら、そんなものではすまないですよ…」
よろよろとよろける雨子様。
そんな雨子様のことを部屋の中から見守る一対の目。その口元はにんまりと笑みを浮かべている。
「葉子ねえ…、大概にしないと雨子様トラウマになっちゃうよ?」
ため息をつきながらそう言うと、葉子ねえは苦笑しながら部屋から出てきた。
「だって今は私自身がこれでしょう?着飾るとか出来ないからストレスが溜まっちゃって…」
「だからって雨子様でそれを発散させるのは…」
「でも雨子さんだって女の子なんだから、ちゃんと着飾ること覚えないと将来困るわよ?」
「だそうですよ?雨子様」
げんなりした雨子様は口から何か出てはいけないものが出てきそうな、そんな雰囲気だ。
「のう祐二よ、人の女子は皆あのように手間暇を掛けて着飾るのかえ?」
「ええ、そうですね。今回は幸いにも着替えだけでしたが、本当はここからお化粧もあるはずですよ?」
「化粧とな?」
雨子様の顔が引きつっている。
その様を見ながら葉子ねえが苦笑する。
「今日はしないわよ。祐二と二人で出かけるみたいだし、いくら何でもそこまでしちゃうと過剰だと思うもの。それに雨子さん、素材がもの凄く良いからほとんどお化粧しなくても良いくらい」
それを聞いた雨子様は見るからにほっと安堵し、胸を撫で下ろしていた。
「のう祐二よ、我はこの身を女子として選んだこと、今ほど後悔したことは無いぞ。今からでも…」
「だめ~~~!」
葉子ねえの悲鳴のような声が響いた。
「雨子さんは絶対に女性なの、男の子だなんてとんでもないわ」
「だそうですよ?」
僕は吹き出しそうになりながら雨子様にそう言った。
「だそうです、だそうですとそなたは我を助ける気持ちがあるのかや?」
ぷんすか怒り始める雨子様。
「いずれにせよ我がこの性を選んだのは大昔のこと、もう今更変えられぬし、変えた所なぞ想像しとうも無いは」
なんだかんだですっかり燃焼し尽くした感だった雨子様だったが、実際、葉子ねえの見立てはなかなかのもので、元々凜として相当な美少女だった雨子様が、輪を掛けて綺麗に可愛く見えていた。
「でも雨子様、今の雨子様ってモデルか女優かって言うくらい綺麗ですよ?」
「む?むむむむ?」
頭から湯気を出すように赤くなり黙り込む雨子様。
「でしょ?でしょでしょ?」
と自慢げなのは葉子ねえ。ダメだこの人、余り反省していない。
「まあ少しは葉子について見習うのも良いのかもしれんの…」
小さな小さな声で雨子様はそう呟いたのだけれども、はたしてその呟きは誰の耳にも届かなかった。
「ともあれそろそろ出かけましょうか」
少し遅くなった時間を気にしながら僕はそう言った。
「うむ、参ろうか」
なんだかんだと大騒ぎにはなったものの、何とか無事出立。天気も良いしちょっとわくわくしてしまう。
「雨子様、今日は電車に乗りますよ」
「何?電車とな?」
雨子様にとって今日が初電車となる。早速わくわくいそいそし始める雨子様を伴って、僕は最寄りの駅へと向かうのだった。
流石の雨子様も七度の着替えは相当堪えたようですね^^




