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天露の神  作者: ライトさん
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閑話「瀬織姫様の機転」

またもや遅くなりましたが、お察し下さいませ(^^ゞ


 そうやって祐二と達彦が、男同士の波長でなんだかんだと話をしている向こうで、雨子様達は雨子様達で女同士の会話を繰り広げていた。


 いや、この場合の会話は女同士と言うよりもむしろ、神様同士?の会話と言った方が正しいのか?


 だが一頻り続いていたその会話も、そろそろ終わりを迎えたらしい。

雨子様は達彦に向かうと言う。


「済まぬ、待たせたの。そろそろまた頼めるか?」


「はい、雨子様」


 雨子様は最後に三媼達に挨拶をすると、達彦の歩みに従って歩き始めるのだった。

その後を瀬織姫様がちょこちょこと着いていく、そして追いつくと雨子様と手を繋ぎ、嬉しそうに見上げているのだった。


 さてそれから三十分ほども歩いただろうか?山頂に近づくにつれ木立が途切れ、登り着いたそこは、低い雑木の茂みに囲まれた、丸い草原のようになっているのだった。


「おお、ここは見晴らしが良いの」


 そう言いながら眼下の景色に目を走らせる雨子様。


「瀬織姫はここで雨乞いの儀を行ったのかや?」


 そう問う雨子様にうんうんと頷いてみせる瀬織姫様。

そんな瀬織姫様に目を細めながら言う雨子様。


「うむ、雨乞いを行うには実に良き所じゃな、土地の気も良い」


 この地を褒められたことが嬉しかったのか、瀬織姫様は嬉しそうにしているのだった。


「さて達彦、ちと良いか?」


 そう言うと雨子様は、少し離れたところで二柱の様子を見守っていた達彦を招き寄せる。


「何で御座いますでしょうか、雨子様」


「明日の雨乞いの儀に備えて、ここから見える土地について、いくつか先に知っておきたいのじゃ」


「はい、何なりと」


「まずこの村の田畑の範囲なのじゃが、南東と東、そして北東に広がる平野部と考えて良いのかの?」


「はい、仰るとおりで御座います」


「後、水源なのじゃが、それは北東方向に見えるかなり高い山の峰々、あれで間違い無いかや?」


「はい、あの辺りの山を源として川が生じ、この辺り一帯を潤すこととなっています」


「ふむ、成るほどの。次に瀬織姫、良いか?」


「はい、雨子様」


 それまで楽しそうに皆の会話を聞いていた瀬織姫様、雨子様に声を掛けられると、即座に居住まいを正すのだった。


「では瀬織姫にも尋ねるのじゃが、この地に雨が降る場合、その雨を降らせる雲は主にどちらの方向から流れてくるのかや?」


 瀬織姫様は、そうやって雨子様が自分に聞いてくれることが嬉しかったのか、喜ばしい思いを隠しきれない様子でありながらも、すっくと背を伸ばして、とびきり真面目な顔で受け答えするのだった。


「はい、普段この地一帯に雨を降らせる雲は、主に東に見える山々、あの山の峰を越えてくることが多いです」


「成るほどの、すまぬが祐二、其方の携帯を使って、この辺り一帯の地形を見せては貰えぬか?」


「ほい」


 軽い言葉でそう返事をし、急ぎ自らの携帯で所定のアプリを呼び出す祐二。


 祐二が思わず普段の付き合いのような感じで携帯を雨子様に見せていると、達彦が下を向いて頭を抱えている。


 ついうっかりと、普段のままの態度で雨子様と相対してしまった。拙かったかなと思いもするが後の祭りなのだった。


 雨子様もその様子に気がついたようで、達彦のことを見ながら苦笑している。


「達彦よ、我は普段、祐二の家族とともに普通に人として暮らして居るのじゃ、ここに居る間はなるたけ神らしゅうもするが、少しは目こぼしもしてたもう」


 雨子様の要望に、達彦は只笑いながらうんうんと頷いてみせるのだった。


「ところで達彦、あれは何じゃ?」


 そう言うと東の山の稜線を指差す雨子様。

その指し示す先に目を凝らした達彦、暫く何か考え込む風だったが、やがてに何事か思い出したようだった。


「そう言えば一昨年、山向こうで大雨が降りまして、その時に何処かで高圧送電線の塔が倒れたとかで、その線を引き直したのがあそこを通っているのでございます」


 達彦の説明を受けた雨子様、手庇を作って尚もその辺りを凝視していたかと思うと言うのだった。


「むう、どうやらその辺りの影響もありそうじゃのう」


 雨子様のその言葉を聞いた瀬織姫様は、不思議そうな顔をしてその訳を問うのだった。


「雨子様雨子様、それは一体どう言うことなので御座いますか?」


 そうやって自身のことを見上げながら、質問してくる瀬織姫様の頭をやわりと撫でると、雨子様は説明を始めるのだった。


「実を言うとの、我も最近になって知り得たことなのじゃが、ああ言う送電線、中でも高圧送電線と言うものはの、時として雲の流れるを妨げることが有るのじゃよ」


「え?そうなんだ!」


 そうやって驚きの声を上げたのは祐二なのだった。


「うむ、自然の気の流れを阻害するというか何と言うか、ほんの僅かな違いでしか無いのかも知れぬのじゃが、流れてきた雲が、その境界を越えられなくなってしまうようなのじゃ」


 そう説明する雨子様のことを、感心したかのように見つめる瀬織姫様、そして言う。


「それで私が雨乞いの儀をしても、雨を降らせることが出来なくなっていたのですね?」


「うむ、そうじゃの。斯様に山間の場所にあれば大気の安定性も低く、僅かな切っ掛けでも雨を降らすことが可能であろうに、それが出来なくなったという事は、結局は雲になるものが無くなった、そう言うことなのじゃろうな」


 詳しく説明してくれた雨子様のことを、瀬織姫様は悲しそうな目で見つめる。


「では私はこれからどうしたら良いのでしょうか?それで雨子様には、こんな状況でも雨を降らせることがお出来になるのですか?」


 それは瀬織姫様にとって非常に切実な問題なのだった。

少し涙ぐんでいる瀬織姫様の頭を、優しく撫で付けながら雨子様が言う。


「まず一つ、暫く前までならともかく、今の我にはそれなりの力がある故、今回執り行う雨乞いの儀で雨を降らすことは可能じゃの。ただこれより後、毎回我がこの地に赴くことが出来るかと言うとそう言う訳にも行かぬ。がしかし、そもそもこの土地自体、雨が降りにくい土地になってしまって居るが故、今後とも旱魃は頻繁に起こるであろうの」


「それでは困ります」

「それでは困る」


瀬織姫様が言葉を口にするのと、達彦が言葉を口にするのが同時になっていた。


「うむ、米を主な作物とし、農業を主な生業として居るこの地に於いて、雨が降らぬと言うのは致命的なことじゃからな」


 そう言うと考え込む雨子様、その雨子様に祐二もまた心配そうに声を掛ける。


「大丈夫、雨子さん?」


 不安げな表情で覗き込んでくる祐二に、雨子様は安心させるかのように微笑んでみせる。


「その様に心配顔をするで無い。我は雨の権能を持つ神ぞ、しかも今は宝珠も携えて居る」


 だがそう言いながらも雨子様は更に深く思索に沈むのだった。

その思索の時が余りに長いので、やはり皆が心配でたまらなくなって来たのだが、それが頂点に達しようかと言う時、漸く雨子様が顔を上げる。


 そして周りを見渡し、皆がとても心配そうな顔つきになっているのを見て苦笑いする。


「これはすまぬ。いらぬ心配をかけてしまったの。じゃが何とか解決策を見いだしたので安心するが良い」


「そうなのですか?」


 そう言う瀬織姫様は、今にも涙を零そうかというところなのだった。

雨子様は申し訳なさそうにまたその頭を撫でる。


「そもそもここの土地は大きな目で見るならば、本来天気は西から東に動くべきところなのじゃ。ところが周りに多く有る山々の影響で、何故かこの地だけは、東から雲が流れ込むという特異な状況になって居った。なので今回我は当たり前の雨乞いの儀を行うと共に、それが終わり次第雲の流れ道の変更を行おうと…いやいっそ最初から西の雲をそのまま持って来るかの…」


 その言葉に目を丸くした達彦が問う。


「その様なことが出来るのですか?」


「うむ、多少手間ではあるがな。だがそれに当たってこちらの者達の力を少し借りたい」


 そう言って真剣な顔で達彦の顔を見る雨子様、勿論達彦にとって否やの答えは無いのだった。


「何なりと仰って下さいますか?」


 すると雨子様は、自らの立って居る土地を指し示して言う。


「今この地は直径にして十メートルほど、平らな地に整えられて居るが、急ぎその径を倍の二十メートルほどにしては貰えぬかの?」


「それだけで良いのですか?」


 そう答える達彦の目は固い決意に満ちている。


「そうじゃ、ただ可能な限り平らにしてもらえるとありがたい。余分な力を使わずに済むでの」


 そこまで言うと雨子様は、携えていた小さなポーチから自分の携帯を出すと、何処かに電話を掛けているようだった。


「もしもし、お母さん?…」


 それはどうやら節子に向けて掛けられた電話のようだった。

だがお母さんという言葉に反応して達彦がぎょっとしている。


「…どうしてもこちらで必要なことがあっての、明日の正午から約一時間ほど、お母さんの守護に付けている無尽を借りたいのじゃ、かまわぬかの?ああ、助かる。ただその時間は家に居って外に出ぬ様にして貰えぬか?家の中ならば無尽の守護が無くとも、我の結界がある故、いかなる災いも及ばぬと思うのじゃ、あの、その…娘たっての願いじゃ、どうかその間は大人しゅう家に居ってくれ。うむ、頼んだぞ?」


 そうやって節子と話し終えた雨子様が気がついたのは、そんな雨子様のことを熱心に見つめる二対の目。祐二はと言うとにやにやとしながら雨子様のことを見つめている。


 その視線に気がついた雨子様、顔を赤くしながらも素知らぬふりをしているのだが、皆の沈黙が長くなる内に、とうとう耐えられなくなって噛みつくように言う。


「ええい、止めぬか?」


 そう言うなり祐二に向かい、指差しながら言う。


「祐二、其方がその様ににやにやと我を見居るから、こやつらも…」


 そう言ってぷりぷりと怒りながら皆に背を向けてしまう。

そうやって怒られた祐二のことを、なんだか気の毒に思いながら達彦が小さな声で問う。


「それで祐二君、雨子様の仰るお母さんって?」


 すると祐二もまた出来るだけ小さな声で返す。


「ああ、あれは僕の母さんなんです。なんて言うのかな、母さんが一番真っ先に雨子さんの孤独?を見抜いて、側に寄り添ったんです。だからだと思うのですが、雨子さんは母さんのことを本当の母親のように慕っているんです」


 小さな声ではあったのだけれども、その話を耳にした瀬織姫様が、同様に小さな声でぽつりと言う。


「良いなあ、私の母神様は、その様な形で私には構ってくれませんでした…」


 と、下唇を噛みしめつつ、ぷっくりと頬を膨らせながら雨子様が振り返る。


「もう、もうもうもう、そなたら、みんな聞こえて居るのじゃ!いくら我でも恥ずかしいものは恥ずかしいのじゃ!もう!」


 だがそんなことを言いながらも雨子様は、そっと瀬織姫様のことを手で引き寄せると、優しく抱きしめて上げるのだった。


 そうやって抱きしめながら雨子様は言う。


「瀬織姫よ、神々の機微と、人の機微は異なって居るのじゃ。そして其方、我の思うに好奇心で以て人を深く知り居る内に、どちらかと言うと心の在り様が、神よりも人に近うなってしもうたのかも知れん。成ればこそこの様に抱かれるという事を、好ましいと思えるのじゃろう…」


 そう言う雨子様に、瀬織姫様は目を赤くしながらうんうんと頷くのだった。


「ともあれその問題については、後に少し考えるが故、今は我慢するが良い、出来るの?」


 雨子様がそう言い含めると、分かったとばかりに確りと頭を振る瀬織姫様なのだった。


「さて。今ここで出来ることはもうやり尽くしたの。そろそろ戻るとするか?それに早う戻らぬと、人を集めてここの整地をせぬばならぬのだぞ?間に合うのかや?」


 いくら夏場とは言っても、終日々が照っている訳では無いのだ。事を成すのであれば日の光がある内と考えるのは当然のことだった。


「そ、そうだった!」


 そう言って青ざめる達彦。一体どうした物かとおろおろしているのを、見かねた雨子様が言う。


「ええい我らのことは良い、先に帰って皆に事情を話し、早うに段取りを整えるのじゃ」


 雨子様に活を入れられた達彦、はっと我に返って雨子様のことを見、その後これ以上無いと思えるくらいに丁寧に頭を下げたかと思うと、脱兎の如くの勢いで走り去っていくのだった。


「全くやれやれじゃの?」


 そう言ってぼやく雨子様なのだが、その表情は明るかった。その傍らでは瀬織姫様が、雨子様の手を取りながら、嬉しそうにぴょんぴょん跳びはねている。


 そんな中、雨子様が少し心配そうな顔をしながら祐二のことを見る。


「どうしたの、雨子さん?」


 折角事が上手く運びそうな状況になっているのにも拘わらず、またも雨子様の表情が冴えないのを、見かねた祐二が聞くのだった。


 すると雨子様が実に話しにくそうに、口を開き掛けては閉じるを何度か繰り返すのだった。


 祐二はそんな雨子様のことを安心させるかのように肩に手をやり、少し背を低くしながら視線を合わせつつ言う。


「ほら、何が有ったの?ちゃんと言ってごらんよ?」


 すると雨子様は柳眉を下げながら言う。


「すまぬ祐二…」


「…って、いきなり謝られても…。さて、一体何が起こるって言うの?」


 すると怒られた直ぐ後の子犬のようにしょんぼりしながら、ずと口を開く雨子様なのだった。


「明日の話になるのじゃが、我は雲の流れを変えるのに、無尽の力を借りて一部大地の龍脈を変えようと考えて居る。じゃがその様な力を行使すれば、今眠りについて居る物の怪の類いの目を、もしかすると覚まさせてしまうかも知れんのじゃ」


 そう言いながら目を逸らしてしまう雨子様。

だが祐二は落ち着いた声で問い返す。


「それってさ、僕が神威を使っても祓えないものなの?」


 すると雨子様が驚いたように言う。


「いいやいいや、一体どんな大妖が出るというのじゃ?いや、大妖であったとしても其方の神威に敵う訳が無い」


 そう言って沈み込む雨子様に祐二は笑いながら言う。


「なら何の心配もいらないじゃ無い?」


 そう朗らかに言う祐二の手を取り、両の手で包み込むようにして雨子様が言う。


「そうは言うが、そうは言うがな…。この我が其方のことを心配にならぬ訳が無いであろうに…」


 そう言いながら口元を歪ませる雨子様に、敢えて明るく言う祐二。


「神様でも取り越し苦労をすることが有るんだ?」


 その言葉に雨子様が切れる。


「馬鹿祐二!」


 そう言いながら祐二の胸に飛び込み、その胸板を手で打つ雨子様。


「ごめんごめん」と謝る祐二。と、胸打つ雨子様の肩越しに、瀬織姫様の目と目が合ってしまう。


 あっとばかりに何か言おうとした祐二に対して、急ぎ自身の口元に人差し指を押し当てる瀬織姫様。


 そんな彼女の姿に苦笑する祐二だったのだが、彼女はにっこりと笑みを浮かべると、祐二達にそっと背を向け、そのまま静かに一人先に山を下りていくのだった。




いいね大歓迎!


この下にある☆による評価も一杯下さいませ

ブックマークもどうかよろしくお願いします

そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き

楽しんでもらえたらなと思っております


そう願っています^^

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