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天露の神  作者: ライトさん
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閑話「雨乞い十」

 所用があり遅れてしまい申し訳ありませんでした。

所用が無くとも遅れること屡々なのはご愛敬


もう後少し、もう後少しで雨乞いの儀であります


 定刻通りに目的の鮒川駅に到着し、降車した一人と二柱は改札を抜けると、迎えの者はと人影を求めて目を凝らすのだった。


 すると小さな駅舎という事も有って、直ぐに目的の人物を見つけることが出来たのだ。


 年の頃なら三十代の半ばと言ったところだろうか?駅舎内から雨子様達が抜け出るのを見るや否や、車から降り、手を振りながら駆け寄ってくるのだった。


「姫神様!姫神様!」


 そう言いながら満面に笑みを浮かべながら、急ぎ駆け寄ってくる男に向かって、瀬織姫様も嬉しそうにぴょんぴょん跳びはねながら答えるのだった。


「達彦、達彦では無いか?」


 そう言って大喜びしている瀬織姫の直ぐ側まで来ると、その達彦と呼ばれた男は、居並ぶ皆の前で片膝をつくのだった。


「遠路はるばるのお越し誠にありがとうございます。私は瀬織姫様の御座す深見村々長が長男、八尋田達彦と申します」


 そう言ったかと思うと、深々と頭を下げるのだった。

対して皆を代表して応ずるのは雨子様だった。


「これは態々(わざわざ)のご足労感謝じゃ。我は瀬織姫の助力要請に従い当地に参った、天露神社主神の雨子と言う、よしなにの」


 その言葉に達彦と名乗る男は、更に頭を低くしながら言う。


「これはこれは客人神としていらっしゃった雨子様で御座いますか、此度は我らの切なる願いの雨乞いの儀、何卒よろしくお願い致します」


 そこまで言うとすっくと立ち上がる達彦。だが一瞬ちらりと視線を祐二の方へと向ける。


 残念ながら彼には、祐二が普通の男の子にしか見えていない、しかしあくまで達彦の方から問うことはしないのである。


 さすがというか、当然というか、勿論雨子様に抜かりは無い。すっと祐二の隣に並ぶと、その肩に手を掛けながら少しばかり厳めしげに言葉を吐く。


「これなるは吉村祐二、我が今厄介になっている家の長男坊であり、我の守人もりびとの役を果たして居る」


 達彦は少し目を大きくしながら言う。


「守人様で御座いますか?」


 神の身であるならばともかく、只人ただひとならばこの見掛け、おそらく高校生くらいと見定めたのだが、果たして守人足る力を持っているのだろうか?


 もしかすると彼のその目には、疑念の思いが僅かながら表れていたのだろう。


 祐二の年齢のことを考えると、それは止む無きこととは思いながらも、何となくでは有るが、どうにも面白くないと思ってしまう雨子様。


「祐二よ、幸い辺りには誰も居らぬ。神威を手に一舞して、守人の手前を見せてやるが良い」


 今まで一度として人前で、神威を振るったことの無い祐二は、こんなところで技を披露しても良いのだろうかと、命じた雨子様に目顔で問うのだが、当の雨子様、とっととやれとばかりに顎で指し示す。


 仕方無く祐二は今一度周りを見回して、人の居ないことを確認すると言う。


「出て、神威」


 祐二がそう言うや否や、彼の手近の空が裂け、真黒き意匠の神威がその内より、しずしずとゆっくり浮かび上がってくる。


 そのつや消しの黒き外観は、まるでそこだけ光が抜け落ちた様に感じてしまう。しかし良く良く目をこらしてみれば、鏤められたる小さな銀がきらきらと小さく光り、まるで満点の夜空の星のように見えるのだった。


 その柄を、祐二がゆうるりと愛おしむように掴むと、丸で濡れ光る水銀のような刃を、一瞬の閃光の本にすらりと抜き放つ。


「鞘を寄越すのじゃ」


 そう言う雨子様の両の手にふわりと手渡すと、その場の自然に溶け込むようにすっと立ち尽くす。そして僅かに腰を下げると正眼の構えを取るのだった。


 だが正直、達彦の目で刃を追えたのはそこまでだった。

呼気を操り、吸気を従え、一瞬を無限に引き伸ばしながら、空を飛び、風を切り、大地を滑る。


 達彦にはもう何が何やらだった。ただそんな彼にも、祐二が途轍もない達人であることだけは感じられたようだった。


 そしてものの数分も経たないうちか、すっと祐二の動きが穏やかになると、最初のように自然の空気の中に溶け込んでしまい、その存在すらも不確かに思えるようになる。


 そんな祐二にゆっくりと雨子様が近づいていくと、その手に持った鞘をそっと捧げ渡す。


「ありがとう、雨子さん」


 祐二はそう言うと鞘を受け取り、音も無く刃を収めてしまうと、再び神威に向かって声を掛ける。


「ありがとう神威、もう戻って」


 神威が了解の意思を示したのだろうか?一瞬光ったかと思うと再び空を裂き、その身を沈めていく。そしてその後何事も無かったかのように、その場の空気が和らいでいく。


「ふぅ~~~」


 達彦はその瞬間まで、ほとんど息をすることを忘れていたことに気付くのだった。


「どうじゃ?我が守人の実力は?」


 そう言う雨子様はどこか嬉しそうで、かつ少し鼻が高くも見えていた?


 そんな雨子様の言葉に、達彦は祐二に向かって丁寧に頭を下げると、先程の無礼を詫びる。尤も祐二にはその無礼が何なのか、毛ほども分かって居なかったのだが、敢えてそれを言うことは無かった。


「全く以てお見それしました祐二さん、正に守人として疑いなき実力の一端をお見せ頂き、感謝申し上げます」


 その言葉を聞いた雨子様、さらに嬉しそうである。

そしてその傍らに居た瀬織姫様が、胸を張って大きな声で言う。


「しかもね達彦、この祐二さんは雨子様の御夫君なのですよ!」


 驚愕の余り口をぽかりと開けたまま、何も言えなくなってしまう達彦。


 だがそれ以上に慌て戸惑っているのは雨子様、そして祐二なのだった。


「しもうた、口止めしておくのを忘れて居ったわ!」


 そう言ったかと思うと頭を抱える雨子様。

その傍らでは、へなへなと大地の上に頽れた祐二が、蚊の鳴くような声で言っている。


「雨子さぁ~~ん」


 その姿、先程までの守人の自信溢れたものとはうって変わって、なんとも頼りなげな様子であったことは、ここだけの内緒の話と成るのだった。




いいね大歓迎!


この下にある☆による評価も一杯下さいませ

ブックマークもどうかよろしくお願いします

そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き

楽しんでもらえたらなと思っております


そう願っています^^

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