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天露の神  作者: ライトさん
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閑話「雨乞い九」

お待たせしました


 無事新幹線を降りた雨子様達一行、一時間に二本しか無い在来線に乗り換えることに成功すると、後はもう目的地まで驀地まっしぐらだった。


 だがここから先、終着地まで果たして後どれくらい掛かるのだろう?

既にそこそこ良い時間になってきたので、当面の虫押さえの為、先程買っておいたコンビニのお握りをもそもそと口にする二柱と一人。


 長距離を走る列車ならともかく、在来線の車中故、そうやってお握りを口にすることには抵抗もあった。しかし背を腹に替えられないという事と、幸いなことに同じ車両に他に人影が無かったという事も有り、ほんの少し罪悪感に駆られながらも、いそいそと隠れるように齧り付くのだった。


「これはこれで、なかなかに美味い物なのじゃな?」


 とは雨子様。その傍らで瀬織姫様も口をもぐもぐさせながら頷いている。


 日本全国どこで買っても、それなりに美味しいと言うのは、さすがコンビニと言ったところなのだろうか?


 特に瀬織姫様は、普段の供え物とはまた異なった人間の食べ物に、随分と興味を示し、食べることそのものに喜びを示す様に成ってきていた。


 既に夕方という時刻は過ぎつつあるのだが、夏のこの時期と言うことも有り、外はまだまだ明るいのだった。車窓の外は一面の田畑だったり森だったりと、祐二達が住んでいる都市近郊とは、全く異なった景色を作り出していた。


「ところで祐二よ、目的地の鮒川までもう後半時ほどになって居るのじゃが、そこから先どうするのか分かって居るのかや?」


 祐二が平然と構えているのに、神で在る自分が不安に駆られるなど、もってのほかと思いつつも、矢張り口にして聞いてみずには居られなくなった雨子様なのだった。


「えっと、それなんですが…」


 そう言うと祐二は切符や現金などが入れられていた封筒を、ごそごそと引っ張り出した。

そして中から二つ折りにされた便せんを引っ張り出すと、その内容を雨子様に見せる。


「この字、小和香様のものなんだと思うのですが…」


 差し出された便せんの紙面を覗き込んだ雨子様、直ぐに頷きながら返事をする。


「うむ、そうに相違あるまい。何々?既にあちらの村長と連絡が取れて居るのか?」


「はい、どうやら迎えを寄越してくれるようですね。ねえ瀬織姫様?」


 少しつまらなさそうに車窓の外を眺めていた瀬織姫様が、矢庭に嬉しそうにしながら答えてくれる。


「はい、何でしょう?祐二さん」


 そう言いながら目をきらきらとさせている瀬織姫様に、随分好かれたものだと苦笑しながら祐二は質問する。


「瀬織姫様の住まって居られる村には、僕達の泊まれる宿のようなところは在るのでしょうか?」


 問われて瀬織姫様、実にあっけらかんと答える。


「無いぞ?」


 その言葉を聞いて思わず顔を見合わせる雨子様と祐二。

そして不安そうに言う雨子様。


「まさかとは思うが野宿かや?」


 その余りに情けなさそうな顔を見てしまった祐二は、思わず吹き出してしまう。


「ぷっふぅ!」


「何じゃ祐二、何がおかしいのじゃ?」


 柳眉を逆立てて怒りを露わにする雨子様。尤もその半分は振りでしか無かったのだが…。


「ごめんごめん、ごめんたら」


 見掛けほど本気では無いにせよ、ぽかりぽかりとおつむを叩きに来る雨子様の腕を、巧みに右に左に避けながらひたすら謝る祐二。


 そんな二人の様子を目にしながら、何故だか羨ましいと感じ、そう感じてしまうこと自体を不思議に思う瀬織姫様。自分が今目にしていることの意味を、一生懸命に考えながら、真剣に二人の様を見守るのだった。


 さすがにそんな視線を向けられ続ければ、雨子様達二人も長くは惚けていられないのだった。


「こほん、それでどうなると考えて居るのじゃ?」


 取り繕いながら祐二に聞く雨子様。

対する祐二も真面目な顔をしながら答える。


「そう言う場所ならば、おそらくどちらかのお宅…、多分村長さんのお宅のご厄介にでもなるのでは無いでしょうか?」


 それを聞いた雨子様は、成る程と納得したような表情になる。

そんな雨子様の手を頻りと引く瀬織姫様。


「ん?如何したのじゃ瀬織姫」


「あのう、私も村長の家に行けるのでしょうか?」


 不安そうな顔をする瀬織姫様に、身を屈め視線を合わせた雨子様が聞く。


「何をその様に不安がって居るのじゃ?」


 そう言う雨子様に、縋り付くような目をしながら瀬織姫様が言う。


「私の住まって居る祠は、村長宅と目の鼻の距離のあるのです。ですから戻れば私だけ祠に戻されるのでは無いかと…」


 その話を聞いた雨子様、自分達を連れ帰った立役者は瀬織姫様なのだから、よもやその様なことは有るまいとは思った。しかし同じ説明を受けるのなら、人の口からの方が良いのではと思い、祐二に話を振るのだった。


「祐二はどう思う?」


 問われた祐二は、雨子様の思惑など知るよしも無く、ただ、ただ真面目に自らの考えを語るのだった。


「あくまで僕の考えなのですが、僕達を連れ帰ることに成功した瀬織姫様を労う為にも、僕達同様村長宅に留め置かれ、持てなされるのでは無いでしょうか?それに恐らくあちらも、気心の分からぬ他所の神様に直接相対するより、間に瀬織姫様に居て頂きたいと思うのが筋なのでは無いでしょうか?」


 他ならぬ人間自身の祐二から、その様に語られた瀬織姫様は、俄にほっとした表情になりながら言う。


「本当に、本当にそう思われますか?」


 そう問われた祐二は、瀬織姫様を安心させるかのように、笑みを浮かべながら応える。


「はい、まず間違い無いと思いますよ?」


 それを傍らで見ていた雨子様が口を挟む。


「何じゃ瀬織姫、小和香の話に寄れば其方、随分とその村の為に尽くし、そうであるが故に村人達の信頼も篤いと聞いて居ったが、そうでは無いのかや?」


 すると瀬織姫様は目に涙を浮かべながら言う。


「私はそうあろうと努力し、そう有ったと思っておりました。けれども、何度も何度も雨乞いに失敗してしまって…」


 そう言う瀬織姫様の頭を、雨子様は優しく撫でて上げながら言うのだった。


「むう、成るほどの。己に自信が無くなり、それが為に人からの思いにも、自信がのうなってしもうたのじゃな、詮無きことよの。じゃが我の見立てるに、其方を信奉してきたその者達は、其方自身が思うよりもずっと其方のことを信頼して居ると思うぞ?」


「そうなのでしょうか?」


 唇を震わせながら不安そうにそう言う瀬織姫様。そんな彼女のことをきゅうっと優しく抱き締めて上げる雨子様。


「不思議です、何故かこうされると本当に落ち着くのですね…」


 自分からも雨子様の身体に手を回し、きゅっとしがみつく様にしている瀬織姫様は、ほっこりとした表情に成りながら言うのだった。


母神ははがみとは言うても、神と分け御霊みたまの関係は人間のそれとは異なる。況んや例えどんなに慈しまれようとも其方は神、村人達としては斯様に其方を抱くことなど出来まいて。ならばこそ今は我が教えてやるのじゃ…」


 そう言うと丸で、母の様な優しい笑みを浮かべながらの抱擁の元、瀬織姫様のことを慈しむ雨子様なのだった。


 その二柱の様子を見守っていた祐二、雨子様の語られた言葉に成る程なと思うのだった。


 今でこそ雨子様も、こう言った人の言葉に出来ない思いの伝え方に、随分と慣れ親しんできている。がしかしそれも何度も心を通わせ、相手の好意を信じた上で幾度も繰り返し経験してこそ、その意味を身を持って知ることが出来るのだ。


 瀬織姫様がそう言った思いの伝え方を知らないのも、無理からぬことだなと思えるのだった。そしてそのことを真っ先に見抜き、あろう事か神様に対して迷うこと無く実践し始めた節子の先見の明を、何とも凄いものだなと思ってしまうのだった。


 今その薫陶を得た雨子様が、今度はそのことを瀬織姫様に伝えようとしている。

上手く伝わっていけば良いのになと、心から思う祐二なのだった。






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そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き

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