閑話「雨乞い八」
遅くなりました。後もう少しで雨乞い?
世間でも旱魃気味で心配です
雨が適度に降りますように!
さて、無事新幹線に乗り込んだ雨子様達、賢明なる小和香様が用意してくれたのは、三人掛けの座席なのだった。
勿論一番窓側が瀬織姫様で、その隣が雨子様、更にその隣が祐二となっている。
その布陣のお陰で、瀬織姫様がふらふらとどこかに行ってしまう危険性は、大幅に軽減されているのだった。
もっとも、そうは言っても本来は神のこと、人の化身を解いてしまえば、何処へ成りもと言ってしまうことが出来るのではあるが、いくら何でもそれは控えていたようだった。
また、その様なことはせずとも、窓の外をそれこそ飛ぶように行き過ぎる周りの風景を見ていれば、十二分に瀬織姫様の好奇心を満たすことが出来るのだった。
が、しかし、目に付いたもの何でもかんでも、それこそ全てに近しいような状態で、あれは何?これは何と尋ね続けられている隣席の雨子様はたまったものでは無い。
それでも一時間と少しばかりは頑張ったのだ。頑張りはしたのだがもう心が折れた。
新幹線に乗り込んで、心地好い揺れに何時しか半分夢の世界へ入りかけていた、そんな祐二の肩を誰かが頻りと揺さぶってくる。
「祐二祐二ぃ…」
そうやって彼が起きるまで働きかけていたのは雨子様だった。
「ん、雨子様、何か有った?」
すると雨子様が、何とも言えず情けなげな表情で言うのだった。
「もう我にはあれをお守りすることは無理なのじゃ…。明けても暮れてもあれは何あれは何故…。いくら答えようとも尽きること無く、無限に何故何を繰り返してくるのじゃ。心の安まる時が無いのじゃ、どうか、どうか席を替わってたもれ…」
未だ少しぼうっとした頭でも、雨子様が如何に尾羽打ち枯らしているかくらいは直ぐに分かる。一方、瀬織姫様は目をきらきらさせながら窓の外を眺めている。
これまでの流れから大凡のことを掴んだ祐二は、苦笑しながら雨子様と席を替わるのだった。
替われば早速に祐二は、瀬織姫様の問いに受け答えし始める。
そして思うのだった、恐らく雨子様は真面目すぎるのだと、そして知識がありすぎるのだと。
その為、瀬織姫様の質問に対して、過剰なまでに質の高い答えを返しているのだろう。それは手間も掛かれば、時間も取られる。そんなことをしていたら、一つの質問に答えきる前に、更に次の質問を貰ってしまうことにもなりかねない。
そんなことを思った祐二は、次々と発せられる瀬織姫様の質問に対して、出来るだけ簡便な答えのみで返していくようにするのだった。それでもし不足であるなら、その時点でまた聞き返してくるに違いないのだった。
ある意味祐二の目論見は当たったのではあるが、がしかし、それでも押し寄せてくる質問の量は半端ないものだった。
さてそんな瀬織姫様の治むる村の、最寄り新幹線駅まで掛かる時間は何と七時間強。
最初の一時間は雨子様が受け持ち、間のお昼を食べた時にも一時間取られた。だが残りの約五時間というとてつもなく長い時間、祐二はその質問に答え続けることになるのだった。
いやはや、質問する側も質問する側なら、答える側も答える側なのだ。
当初辛抱強く答える祐二のことを、半ば尊敬の念を持って見つめていた雨子様なのであるが、やがてに呆れ、その内余りのことにもう好きにしろと、半ば無視して居眠りをするように成っていた。
そしてたっぷり寝たと気持ち良く目を覚ました時に、未だそのやり取りの続いているのを見た雨子様の目には、恐怖すら宿るのだった。
「瀬織姫…」
そう静かに声を掛ける雨子様。
「何でしょうか雨子様?」
沢山質問に答えて貰って、嬉しくて仕方の無いと言った感の瀬織姫様は、にっこり笑みを浮かべながらそう返してくるのだった。
「其方質問をする時に、祐二の顔を見ながらして居るかや?」
「……」
質問の意味が分からないと言った感じの瀬織姫様は、こてんと首を傾げながらただ雨子様のことを見つめる。
そこで雨子様はぐっと目を閉じると、少し苦しそうな顔つきに成りながら言うのだった。
「では一度しっかと見てみるが良い。彼の者が如何につらっとした顔つきをして居るかを」
言われて改めて祐二の顔を見て驚く瀬織姫様。
何と言うか、丸でその顔に生気が無いので有る。
「どうしてこの様な?」
未だ自分の為したことのせいとは知らない瀬織姫様、何とも爛漫な態度でそう雨子様に聞いてくる。
答える雨子様は眉間を揉みながら、自らの迂闊を後悔しつつ言うのだった。
「戯け、どうしてこの様なも何も有ったものでは無いわ。其方一体どれだけの時間、どれだけの質問をし続けたのじゃ?」
問われた瀬織姫様は実に無邪気に言う。
「それは雨子様の後を継いで、色々お答え下さる様になってからずっとですが…」
雨子様はその答えを聞くや、携帯の時間を見、指折り数えてぞっとする。
その後深い溜息をついたかと思うと、祐二の両肩に手を掛けながら、心配そうにその目の奥を覗き込む。そして何度も祐二の名を呼び掛けるのだった。
「祐二、祐二、祐二…」
凡そ五六度位は呼びかけただろうか、祐二の目に生気が宿り、ゆっくりとその顔に表情が戻ってくるのだった。
「あ、雨子さん…それで次の質問は何?」
そんな祐二の姿に、半分べそでもかきそうな顔つきで雨子様が言う。
「次の質問はでは無いわ。其方も其方じゃ、好い加減なところで切り上げぬか?加減も分からぬ童相手に、しかも相手は神じゃぞ?其方の気力が持つ訳が無いでは無いか?」
そう言いながら雨子様は次第に、目を釣り上げ、口調も怒った物になっていく。
だがその実怒りは、祐二に向けられたものでは無く、はたまた瀬織姫様に向けられたものでも無かった。
敢えて言うなら子のことを予見出来なかった、自分自身に向けられたものなのだろうか。
「ごめんね雨子さん、何だか心配を掛けてしまったみたいで。ただ何と言うかもう途中から、心を無にしながら答えていたというか…」
そう言うと祐二は頭を掻きながら苦笑するのだった。
「もしや無我の境地で答えて居ったと?」
呆れながら雨子様がそう聞くと、申し訳なさそうな顔をしながら謝る祐二なのだった。
「ほんとごめん」
傍らで何が何やらといった感じで、この二人のやり取りを見聞きしていた瀬織姫様、此処でまた今一度大きく目を見開く。
そして暫しの間、心の奥底深くで色々と案じた挙げ句、口を開いたのだった。
「雨子様に祐二」
「何じゃ?瀬織姫」
「何でしょう?瀬織姫様」
そう言いながら自分の方を向く二人に、かつて無いような表情をしながら瀬織姫様は言うのだった。
「私の無思慮な数多くの質問のせいで、祐二や雨子様には多くの迷惑を掛けていたようです」
そこまで言うと深々と頭を下げる。
「ごめんなさい」
そう言うとぐっと歯を食いしばりながら、頭を下げたままで居るのだった。そして何故だか自然に目から涙が溢れ、ほたりほたりと床に滴るのだった。
対して雨子様が静かに口を開く。
「成る程、瀬織姫は今正に理解したという訳じゃな…」
そう言うと雨子様はそっと瀬織姫様を引き寄せ、その胸にて抱きしめて上げるのだった。
「良い良い、良いのじゃ」などと言いながら。
と、そんな雨子様のことを、涙で一杯の目で見上げながら
「どうしてこうやって抱きしめて下さるので?……あ!」
うっかりまた質問しかけて失敗した、と思ったのか瀬織姫様は更に涙を溢れさせる。
それを見た雨子様は、どうしようも無いなと苦笑しながら応えてやる。
「此度は良い、許す。それでその答えなのじゃが、どうじゃ瀬織姫、こうして抱きしめられ居るとどこか安心して、自然に涙が引いて来はせぬか?」
雨子様にそう言われた瀬織姫様は、一瞬あっと口を作ったかと思うと、そのままうんうんと頷くのだった。
「仰るとおりで御座います、何故かその様に感じるのです」
そう言う瀬織姫様に笑いかける雨子様。
「ならばそれで良い、そう言う物なのじゃ」
「それは…あ~う~あ~~」
破顔した雨子様が言う。
「今だけ特別としてやるのじゃ、聞くが良い」
その言葉に照れ臭そうに笑いながら瀬織姫様は言うのだった。
「もしやこれは人の流儀のようなもので御座いますか?」
「まあそうじゃの、大凡その様なものかも知れぬの。我も自らそうされることで知った手管よ」
そう言って笑う雨子様に、そして祐二に、改めて頭を下げ様とする瀬織姫様。
だがそれを制して雨子様が言う。
「もう良いのじゃ瀬織姫、其方の見掛けは女童であるが、その中味も童じゃと言う事じゃ。勿論通り一遍、人の童と同じゅうするものでは無いが、それでも童は学ぶものじゃ。これからもいくらでも失敗しながら学ぶが良いよ」
そう言う雨子様に嬉しそうに笑みを浮かべながら
「はい!」と明るく返事をする瀬織姫様。
どうやら一件落着と、祐二が胸を撫で下ろしていると、車内アナウンスが流れるのだった。それに耳を傾けていた祐二は二柱に向かって言う。
「間もなく在来線に乗り換えです」
長い長い列車の旅も、もう後小一時間ほどで終わりを迎えるのだった。
神変すれば一瞬の距離も、こうやって人の手段を使えば思いの外長く掛かる。けれどもそうやって時が掛かることも決して無駄では無いことを、沢山学ぶことが出来た、そう考える瀬織姫様なのだった。
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