閑話「雨乞い七」
お待たせしました
吉村の家を出ると、車は榊さんの運転で軽快に目的に向かって走って行く。
運転が趣味と言うだけ有って、実に滑らかな走りで。ついつい眠気を呼び起こしてしまうのだが、丁度良いとばかりに雨子様が小和香様に質問をし始める。
勿論その内容とは瀬織姫様についてのことだった。
そして小和香様曰く、瀬織姫様が何にでも興味を持って、ふらふらとあちこちに行ってしまうのは、その筋では有名なことだったらしい。
家に連れて帰る途中に何度も困った話しをすると、注意事項として申し伝えることを忘れていたと何度も謝られてしまった。
もっとも、この話しを言い漏れていたのは和香様なのであって、小和香様は雑事をこなす為に走り回っていたのだから、謝らなければならないことなど一つも無かったのであるが。
だがこれを良い機会とばかりに道中、小和香様は瀬織姫様の背景について、事細かに説明してくれたのだった。
何でも瀬織姫様を分け御霊として生みだした、母神に当たる神様をして、その放浪癖には匙を投げているとのこと。
結果彼女、つまり瀬織姫様は、その好奇心を満たす為という名目で、人里の小さな祠の神に成ることを押しつけられていたらしい。
ただ瀬織姫様にとって幸いだったのは、その祠の治むる地元の村人達の信心が、他に類を見ないくらいに篤かったこと。
お陰で瀬織姫様がその御姿を人々の前に現したりしても、何の不思議も感じられること無く、姫神様、姫神様と尊ばれ、持てなされていたとのこと。
その様に村人達に慕われていた瀬織姫様、ならば少しでもとその祈りに応える為、色々と頑張っていたらしい。そして時に応じて雨乞いなどもしていたようなのだが、最近になってから、どうにも雨を呼ぶことが出来無くなったとのこと。
山間部と言うことも有り、気象の変動が激しいこともあって、平地の雨乞いの儀に比べて、ごく僅かの精を使うだけでも十分に雨を呼ぶことが出来る、本来はそんなところなのだった。
ところがここ暫く、瀬織姫様がどう頑張っても雨を呼ぶことが出来ないのだった。
それが水源に未だ余裕がある間は良かった、しかし雨が遠のいて日にちが経つ内に、いよいよ二進も三進もいかなくなってきたのだ。
村人は真剣に祈り、瀬織姫様も必死になって応えようとする。
にもかかわらず雨はおろか、雲すらやって来ようとしない。
だが村人達は、小さな可愛い姫神様が、それはもう必死になって雨を呼ぼうと頑張っているところを、それこそ何度も目撃しているので、誰一人として文句を言おうとしないのだった。
しかし時が経ち、雨が降らない日が続くほどに、人々の顔は暗く曇っていく。
これ以上雨が降らなければ、稲そのものが駄目になってしまう、そう言うぎりぎりの瀬戸際にまで、何時しか彼らは追い詰められてしまっていたのだった。
ことここに至って瀬織姫様は、もう自分の力だけではどうしようも無いことを知ってしまう。そこでまず最初に頼ったのは母神の所なのだった。
しかし母神の所でも日照りは深刻で、今受け持ちの地域に雨を降らせるので精一杯と、にべもなく断られてしまうことになった。
ではどうするのか?焦る瀬織姫様が次に頼ることを選んだのは、この国の神々の長たる和香様の所なのだった。しかし残念ながら和香様の立場で、一地方に過ぎない土地に格別の恩寵を施すのは非常に難しいことなのだ。
此処でもまた駄目かと大きく肩を落とす瀬織姫様。だが和香様はそんな瀬織姫様に代替案を提示するのだった。そしてそれこそが雨子様への雨乞いの儀の依頼なのだった。
かつては雨を司る神で在りながら、今は放浪神に近い形で祐二の家の人となっている雨子様。一時ではあるが瀬織姫様の地元に、客人神として向かい、雨を降らせて上げて欲しいと言うことなのだった。
そうやって全ての話を耳にした雨子様は、腕を組みながら暫しの間考える。
「雨乞いをしてやってくれと言われて、嘗て雨を司っていたことも有り、気軽に是とは申したものの、どうやら周りとの取り合いも取らねばならぬようで、なかなかに難儀な案件じゃの…」
そう零す雨子様に、思わず不安そうになってしまう瀬織姫様。
そんな瀬織姫様に向かって祐二が優しい言葉を掛ける。
「大丈夫ですよ、瀬織姫様。雨子さんが言われたのは難儀と言うことだけで、無理だと言うことを言われた訳では無いですから。無理で無いなら雨子様は、必ずなんとかしてくれますから」
だがそんな台詞を、離れたところでならともかく、真剣にあれこれと思索を巡らせている、その横で言われる雨子様もたまったものでは無い。
色々と難しきことをしっかと考えているが故に、それなりの顔つきになっているはずの雨子様。にもかかわらず祐二のせいでどうにも顔に緩みが生じてしまい、何とも格好が付かなくなってしまう。
「祐二ぃ~~~~」
辛抱たまらずそう声を上げる雨子様。
恨めしそうな顔をしながら、当の祐二のことを睨め付けはするのだが、残念ながら祐二自身は丸で何のことやら分かっていない。
お陰でますます恨めしそうな顔になってしまう雨子様。
「ぷふぅっ!」
一連の出来事を全て目で見、耳で聞いていた小和香様が、とうとう我慢出来なくなって吹き出してしまう。遅ればせながら瀬織姫様も少しずつ事態を理解すると、おかしそうに口元を抑えながら笑い始めてしまうのだった。
そんな二柱のことを、何が何やらの様子で見る祐二、そして一転雨子様に視線を移し、その状況を確認したところで、言いにくそうに言うのだった。
「ねえこれって僕のせい?」
対してゆっくりと頷いて見せる雨子様。
「う~~~ん、何だかごめん」
その言葉を聞いた雨子様、大きな溜息をつくと言う。
「じゃが今一その理由は分かって居らぬのであろ?」
雨子様の問いに、祐二は頭を掻き掻き頷いて見せる。
「でもま、雨子さんを困らせたのには違いないみたいだし、非と言うほどのものでは無くとも誰かを困らせたら謝るよ」
その言葉を聞いていた瀬織姫様が、大きく目を見開く。
「ねえねえ小和香様。祐二は自分が悪くなくとも、悪いと思って居なくとも謝るの?」
すると小和香様は、そんな瀬織姫様に優しく諭すように言うのだった。
「そうで御座いますね、世の中の様々な価値を決めまする時に、人だけで無く神もまた、得てして役に立つ、立たない。良い、悪い。○と×等で区分してしまいがちですが、全ての事象を完全に意味づけ出来るならともかく、そうで無ければ相互の関わり合いの中で齟齬が生じるのは自明の理。そう言った齟齬の中で、影響を与えた側が、影響を受けた側に対して、何らかの思いを込めた言葉を掛けるというのは、関係性の調整手段として、とても良い方法なのでは無いかと思います」
「もしかしてそれが今はごめんと言う言葉だったの?」
きらきらとした目をしながら素直にそう問いかける瀬織姫様。
「はい、今の場合に於いて恐らく祐二さんは、その言葉を選択することが正しい、とお思いに成られたのでしょう」
「そうなんだ」
と独り言ちするように言いながら、雨子様と祐二の両者を、じっと瞳に収める瀬織姫様。
さてそんな瞳に見つめられて、何とも居心地の悪い思いをしているのは、雨子様と祐二だった。
「祐二よ、この顛末をどうするつもりじゃ?」
小声で言いながら祐二の脇腹を突く雨子様。
「そんなことを言われても…」
まさか自分の言った言葉でこの様な展開が起こるなど、まったく考えても見なかった祐二、はてさてどうしたものなのやら。
とそこへ、「こほん」と咳払い。
見ると既に車は駅の車止めで停止しており、車外に出た榊さんが降りるための扉を開いて苦笑している。
「駅に着きまして御座います」
当然それまでの話しは躊躇半端にでは有るがうち切りと成り、いそいそと荷物を手に車を降りる雨子様と祐二、そして瀬織姫様。
その瀬織姫様に向かって、小さな紙袋を渡しながら小和香様が言う。
「瀬織姫様、これは和香様からの手土産で御座います。あちらにお戻りに成られてからお召し上がり下さいませ」
そう言い終えると今度は、小さめのボストンバックを手に雨子様に向かって言う。
「誠に済みませんが、これは瀬織姫様の衣類でございます。余り何もお持ちで無かったようなのでいくつか揃えてお持ちしました。雨子様のお手を煩わせて申し訳ありませんが、どうかよしなに」
人間の女性として、今やその有り難みを良く理解出来る雨子様は、二つ返事でそのバックを受け取るのだった。
「あい分かったのじゃ、それでは榊殿、世話になったの」
「お世話になりました」
祐二も合わせて礼を言う。瀬織姫様はと言うと、にこっと笑顔を浮かべながら、ひょいと頭を下げて見せるのだった。可愛いは正義などと言う俗言があるが、相好を崩す榊にとって、その言葉は正に真だったようだ。
「小和香さんも色々ありがとう御座いました。和香様にもよろしく」
そう言う祐二の言葉に、微かに頬を染めながらも嬉しそうに笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げて見せる小和香様。
後に並ぶ榊と小和香様に見送られながら、瀬織姫様を真ん中に、両側で手を繋ぎながら駅の構内に消えていく雨子様と祐二。
その後ろ姿を見ながら、くすりと笑い声を漏らして独り言ちする小和香様。
「ああやってみると丸で親子みたい…」
その様なことを言いながら、片方が自分であればとふと思い、はぁっと溜息を吐く小和香様。これもまた、神で在ったとしても思い通りには行かない、そんな出来事の一つなのだった。
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