閑話「雨乞い五」
遅くなりました、遅々とした進行で申し訳ありません(^^ゞ
走る列車の車窓から、流れる景色をのんびり眺め見ているのは大人でも楽しい。
況んや今まで列車と名のつく物に乗ったことが無く、都市部はおろか、町の風景すら見たことが無い瀬織姫様にとって、目に入る物何もかもが皆珍しく、何度も振り返っては今目にしたものが何かと、度々真剣に聞いてくるのだった。
そんな瀬織姫様の質問に、何一つ嫌な顔をすること無く、丁寧に答えを返し続ける雨子様。
それを見ていた祐二は、つい先達て雨子様が母に成ることや母性について、何も分からないとぼやいていたことを思い起こしながら、十分に出来て居るじゃ無いかと思ってしまうのだった。
さて、瀬織姫様にとって、例えようも無く楽しい時間ではあったのだが、始まりが有る物には須く終わりというものが有る。
「瀬織姫、靴を履くが良い」
そう言う雨子様の言葉に、瀬織姫様が不思議そうな顔で何故にと問うてくる。
「我らの家の最寄り駅に間もなく着くのじゃ、其方であろ?家に来たいと申して居ったのは?」
そう言われて初めて思い出すことが出来たのか、慌てて前を向くと靴を履こうとする。
が、慣れないのかなかなか上手く履けない、勿論それを見た雨子様が素早く助けに入ってやるのだが…。
「祐二よ、何をにやにやと我を見て居るのじゃ?」
そう問う雨子様に、祐二はまたもバカ正直に思ったことを言おうとして、はたと口を噤んだ。何もかも思ったことを口にすることが、良いことで有るのかどうか、つい先ほど学んだばかりでは無いのかと、自問しているのだった。
そんな祐二は、「いや別に」などと言って、一応ではあるが誤魔化そうとする。
だが懸命なる雨子様のこと、その程度の祐二の思いなど端からお見通しで、そのこと自体よりも、そうやって自分の為に色々考えてくれる、そのこと自体を嬉しいと思ってしまうのだった。
密やかに、口から外に出ることが無い位の声でそっと呟く。
「良いのじゃ祐二、お前のその真っ直ぐで優しいところ、そこが好きなのじゃから」
ところが雨子様、独り言のようなつもりで言っていたにも拘わらず、一番側に居た瀬織姫様には、残念ながらしっかりと聞こえてしまったようで…。
「ねえねえ、雨子様。雨子様は本当にあの方がお好きなのですね?」
と、車内に響くような声で言ってしまうのだった。
ぎょっとしながら目と目を見合わせる雨子様と祐二。
どちらも今や相手の気持ちは良く知っているから、今更そのことを知ったからと言って、何かが変わる物でも無い。
けれどもそう言うことと、こうやって他の者の口からそれを直に聞くのでは、少しばかり意味合いが異なるようにも思うのだった。
「降りますよ瀬織姫様」
そう言うと祐二はさっと瀬織姫様のことを抱きかかえる。
丁度降りる駅に来ていて、列車の扉が開いたところなのだった。それを良きタイミングとばかりに、顔を赤くしつつ瀬織姫様を抱きかかえ、そのまま急ぎ列車から降りる祐二。
その後を、瀬織姫様が上手く履き切れなかった靴を抱えた雨子様が、これまた顔を赤らめ、動揺を隠せないままにそそくさと降りていく。
「青春よねえ…」
そう小さな声で、とある年配のご婦人が囁くように言うと、その場に居合わせた人達が皆微笑みながら小さく頷くのだった。
勿論自分達のことを表してその様なことを言われているなど、雨子様達は知る訳が無い。
急ぎ列車を降りた二柱と一人は慌ただしく駅の外に出て、そのまま瀬織姫様を背負ったまま家へと向かうことにするのだった。
「重くは無いのかえ?」
またも瀬織姫様を背にした祐二、そのことを気遣った雨子様が、声がけして心配するのだが、幸いなことのこの童神様はとても軽かった。
「ええ、大丈夫ですよ」
そう言いながら、雨子様に笑顔を返す祐二。こんな風に自然に思いやってくれる雨子様の思いが嬉しくて仕方が無いのだった。
加えて、瀬織姫様が居ることで涼しくなると言う恩寵があるので、祐二としてはそれだけでも余り文句を言う気にもなれないのだった。
宇気田神社自体はともかく、その位置する市街中央部とは異なり、吉村家の有る地区近辺は緑も多く、その分僅かではあるが気温も低い。おかげで何となくでは有ったが、目から涼しさを感じるようなところが有った。
「ここは良いところですね」
そう呟くように言う瀬織姫様。
雨子様にとって、この辺りはほぼ地元とも言えるような所でも有るので、そう言われることはまんざらでも無かった。
「であろ?」
そう言いながら雨子様は、心の中で少しばかり時を遡るのだった。
「この辺りも昔は一面の田畑での、田を渡る風の踊る姿を楽しめたものじゃ」
「そうなのですか?」
「うむ、然程大きな村では無かったが、収穫を終えた後の祭りはなんとも賑々しくて、幸せな思いに満たされたものじゃったよ」
気がつけば祐二もまた、雨子様のその言葉に耳を傾けているのだった。
自ら発した言葉を切っ掛けとし、雨子様の胸中では次から次へと。嘗ての光景が思い出されていく。あの頃はただ田舎の何処にでもある風景と思っていたのだが、今思うにその何もかもが懐かしいと思えてしまう、不思議な郷愁に満たされて行く雨子様なのだった。
「雨が降れば蛙どもがうるさいほど鳴き、時に満天の星ほどもホタルが舞う。さわさわとそよぐ風が水田を渡れば、揺れる稲の軌跡が、田渡の風の精の足取りを表し居った。そして圧巻は秋の晴天の日、何処までも続く黄金の穂を、歓声を上げて取り込む村人達の、喜びに満ちた歌声の楽しきこと。今もこうして目を閉じれば、全てありありと思い出し居るの」
そうやって言葉を零しながらつと立ち止まり、そっと目を閉じたかと思うと、その時の思い出そのものを抱きしめるように、ゆっくりと胸に手を回す雨子様。
「雨子さん…」
静かな声でそう声を掛ける祐二。祐二はポケットからゆっくりとハンカチを取り出すと、そっと雨子様の眦に押し当てるのだった。
つと目を開き、そんな祐二を優しく見つめる雨子様。
「我は泣いて居ったのかえ?」
その問いに祐二は優しく答える。
「分からない、でも涙が溢れて…」
「くふふ、本当に優しいの祐二は」
そう言うと雨子様は、祐二の胸板にこてんと顔を押し当てる。
幸いなことに辺りに余り人通りは無い。だがそんなことは今の二人にとって余り意味のあることでは無いのだった。
自分の心中を、何も言わずとも推し量り、出過ぎず控えめに成り過ぎず、丁度良い、本当に丁度良い間合いで慰め、癒やしてくれる。
雨子様はそんな存在で有る祐二に巡り会えたこと、心より嬉しく、幸いなことと思うのだった。
静かに立ち尽くす一人の人間と、一柱の神様。
その在り様を間近に見ながら、その間に通う何かを肌で感じている瀬織姫様。
彼女は今そこに、自身が求めていた在り様の、一つの形が存在している、そう感じているのだった。
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