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天露の神  作者: ライトさん
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閑話「雨乞い一」

 遅くなりました



 それは未だ夏の盛り、祐二達にとっての夏休みの真っ只中のことだった。


 宇気田神社におわす和香様からの呼び出しを受けた雨子様は、祐二を伴って出掛けて行くことにする。


 真夏のこととて、未だ午前中の早い時間であるにも係わらず、既に例えようも無く暑い日になると言う予感が、しっかりと辺りを支配していた。


「行ってきます」


 と言いながら出掛けようとする雨子様に、寸前に節子が待ったを掛ける。


「駄目よ雨子ちゃん、ちゃんと日傘を持って行きなさい」


 女の子としてはほんの少しなのだけれども、面倒くさがりなところが有る雨子様、日焼けなら大丈夫よと少しばかり抵抗を試みるのだが、あっさりと駄目出しを喰らう。


「何言ってるの、日焼けだけじゃ無いわよ?熱射病にならない為にも持って行きなさい。それと、今やもうこれは女の子の嗜みよ?」


 雨子様としては、多少の無理はしたとしても、なんとか出来るだけの色々な手立てを持っているのである。けれども嗜みと言われてしまうと、あっさりと降参することになってしまう。


「はいこれ、持って行きなさい」


 そう言って節子から手渡された日傘を、有り難く受け取ることにするのだった。


「本当なら黒が良いらしいのだけれども、いくら何でも雨子ちゃんに黒はねえ?少しだけ紫外線防御には劣るかも知れないけれども、日よけには成るし、可愛いでしょう?」


 勧められるがままに傘を広げると、生成り地にパステルカラーの可愛い花々が散らしてある。成る程可愛いと自然笑みが浮かぶ雨子様。


 身につけているのが涼やかなコットン地のワンピースでもあったので、とてもよく似合っているのだった。


「それから祐二も、帽子くらい被って行きなさい」


「はぁ~い」


 祐二は一瞬たりとも抵抗する様子を見せること無く、さっさと節子の指図に従う。

何だかその様が雨子様には、少しばかり狡いように感じられてしまって、思わずその脇腹を突っついてしまう。


「何?」


 訳も分からず突かれた祐二は、そうやって雨子様に聞くのだが、雨子様は素知らぬ顔をして明後日の方を向いてしまう。仕方なしにまあ良いかと独り言ちする祐二。


「それでは行ってきます」


 そんな言葉を残しながら、家の玄関を出、そろそろ蝉の鳴き声が途絶え始める街中へ、徐に歩を進め始めるのだった。


 吉村家近郊は比較的緑も多く、通りを歩いていても陰が結構あるのだが、それでもそこを抜け、時折晒される日の光は暴力的だ。


 少し先を行く祐二に、急ぎ追いついた雨子様がすっと傘を差しだし、祐二も影に入れようとする。


「え?ああ、良いよ雨子さん、これくらいの日射し何でも無いから…」


 祐二はそう言うのだが、側に居たいなと思ってしまう雨子様、ほんの僅かに口を尖らせながら言う。


「我の側に居るのが嫌じゃと言うのかえ?」


 別にそんな憎まれ口を叩くつもりでは無かったのだが、口から出た言葉に潜む棘に気づいてしまった雨子様は、少ししゅんとしてしまう。


 側に居たいと暗に言っておきながら、その途端に歩を遅くして後ろに遅れる雨子様に、苦笑した祐二が言う。


「別に嫌じゃ無いですから、傘に入れてくれます?」


 途端に顔色を明るくして、すすっと祐二の傍らに並ぶ雨子様。

雨子様も女の子としてはまあまあ背があるのだけれども、ここのところ成長著しい祐二の方がかなり高い。


 だから二人して傘を差すとなると…、ひょいっと祐二が受け取り、結局、彼が差して歩くことで解決策となる。


「あ…」


 雨子様が声にならぬ声を漏らすが、祐二の好意に甘んずることとした。


 雨傘と違って、女性用の日傘となると余り大きくは無い。

だから本当のところ、傘を持った祐二が常にその位置を調節し、雨子様を影に入れることを仕事としている、そんな感じなのだったが、彼はまったく気にすることは無かった。


 そのことに気がついた雨子様、なんとも気術なげな表情をしながら祐二に言う。


「なんじゃ祐二、其方自身は全然影になって居らぬでは無いか?」


 けれども祐二はあっけらかんとした表情をしながら言う。


「良いよ、こうして雨子さんの側で歩けるんだし」


 その答えに思わず顔を背ける雨子様。

生憎と祐二の方からは見えないのだが、背けられた雨子様の顔は真っ赤になっていた。


「そうかや?まあなんじゃ?我も同じなのじゃがな…」


 なるたけ素っ気なくそう言ったつもりなのだが、雨子様自身には、自分の声が僅かに上ずり、震えているのが分かる。そのことで何だか負けたような気になりもするのだが、肝心の祐二がまったく分かった風で無いので、敢えて何か言うのもおかしいと思え、一人ぷっくりと膨れてしまう雨子様なのだった。


 だが変わったことと言ったらそのことくらいで、彼ら二人はかつて知ったる道を、のんびりとではあるが目的地へと向かった。


 そして宇気田神社に着くと、既に小和香様が待ち構えており、早速の奥の院に居る和香様の所へ案内されるのだった。


「暑い中堪忍な、二人とも。小和香、冷たいお茶でも入れたって」


 そう言う和香様の要望に、直ちにその場から出ていく小和香様。

かんかん照りの中を歩いてきた二人にとって、この部屋の良く効いたエアコンの風は本当に有り難い。


 和香様に勧められるままに、手近のソファーにぽふんと勢いよく腰を下ろす二人。


「ほんまやったら電話で話すだけでもええのかしらへんねんけど、そうはいかん部分があってな…」


 そう言うと和香様はぽんぽんと手を打った。

すると隣室からなんとも可愛らしい女の子が入ってきた。


「む?人では無いのか?」


 人に有らざる波動を感じた雨子様が、早速核心を突く。


「瀬織姫と申します」


 ちんまりと可愛らしい女童めわらべの挨拶に、思わず相好を崩しながら雨子様も返す。


「我は雨子と申す、そしてこちらは…」


 雨子様の言葉を継いだ祐二は、さっと立ち上がったかと思うと、丁寧に頭を下げながら名乗るのだった。


「吉村祐二と申します」


 それを聞いた瀬織姫様、こてんと首を傾げると和香様に尋ねるのだった。


「和香様、和香様、この方は只人のようですが、この場に宜しいのですか?」


 そう尋ねる瀬織姫様の言葉に、和香様はくっくと笑いながら答える。


「ああ、かまへんねんで、この祐二君は雨子ちゃんの旦那さんやねん」


 その説明に大いに慌てたのは雨子様。祐二はと言うとただもう呆れてぽかんと口を開けたっきり。


「わ、和香、何を言うて居るのじゃ?それはまだまだ当分先の話しでは無いかえ?」


 だが和香様は飄々とした面持ちで言う。


「そやけどもう決定事項やろ?ならもうそれでええやん?」


 和香様の余りの言いように、言葉が詰まって直ぐに出てこない雨子様。

だが思わぬ所から加勢が来るのだった。


「和香様、それはいくら何でも端折りすぎです。結果がそうであるからと言って、未だそうでは無いものを皆、結果扱いするのであれば、和香様のお茶は無しですからね」


 手にした盆に人数分の冷えたお茶を用意してきた小和香様の、唐突な言いように和香様は目をぱちくり。


「ちょちょっと待ってんか小和香、なんで途中を端折ったらうちのお茶が無くなるん?」


 すると小和香様はくすりと笑いながら言う。


「だって和香様、どうせ飲んでしまって無くなるのでしたら、はじめっから無くとも同じで御座いますでしょう?」


 さすがの和香様も、小和香様のその言葉にはぐうの音も出ず、即座に頭を下げることになるのだった。


「むぅうう、うちが悪う御座いました。せやけど祐二君が雨子ちゃんのお婿さん候補というのは間違いあらへんねんで」


 そう言う和香様の言葉に瀬織姫様は、静かに笑みを浮かべ納得したようだった。


「そう言うことでしたら…」


 そう言うと、改めて祐二に対して丁寧に頭を下げる瀬織姫様。

そして暫し祐二のことをみつめると、末に、実ににこやかに笑みを浮かべながら雨子様に向かって口を開く。


「雨子様、良い方を見つけられたのですね?」


「うむ、まあの」


 そう返事をしながら、なんとも自分のペースが掴めない雨子様なのだった。


「ところで和香よ、この瀬織姫とやらは、もしかして其方と並ぶ海の大神、彼の者の関係者なのかえ?」


 そう問う雨子様に、和香様はあっさりとした口調で言う。


「そうやで、あの子の末の分け御霊や。何でも人の暮らしに興味ある言うて、自分とこの宮飛び出して、田舎の小さな祠に居を定めやってん」


「ほう…」


 そう言うと雨子様は、それまでとはまた違った目で、その瀬織姫と名乗る童神のことを見つめるのだった。


「それでその瀬織姫とやらは、何故のその祠から、わざわざ和香の所へ参ったのじゃ?」


 そう問われた途端に瀬織姫様は顔をくしゃっとさせながら、いきなり雨子様の手に縋り付くのだった。




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ブックマークもどうかよろしくお願いします

そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き

楽しんでもらえたらなと思っております


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