「照れる」
お待たせしましたぁ~~~
「あゆみちゃん、ご飯には未だ間があるから、良かったらお風呂入ってらっしゃいな」
とは節子。料理を作るのに忙しくしているにも拘わらず、ちゃんとその場の状況を把握しているのはさすがだった。
「はぁーい、そしたら頂いてきます」
元々七瀬は自宅でシャワーを浴びてから吉村家に来るつもりだったのだが、泊まりになるのならと、着替えを持ってきて、結果大正解だった。
昔から第二の我が家のように、慣れ親しんでいる家だけ有って、余所の家に来ている気がしない。こうやって安心して寛げるのは、正に節子のお陰と言っても良いのかも知れない。
いそいそと着替えを持って浴室へと向かう七瀬に、雨子様が声を掛ける。
「時間の節約じゃ、あゆみ、我も一緒に入っても良いかや?」
七瀬の家に比べてかなり広い浴室、二人で入ったとしても未だ十分に広い。だから七瀬にとって雨子様の願いに否やは無かった。
いやむしろ、仲の良い雨子様と楽しくお喋りをしながら入ることが出来る、というのは逆に楽しみでもあることなのだった。
「勿論よ、背中の洗いっこしようか?」
そう言う七瀬に雨子様は嬉しそうに頭を振るのだった。
と、それを見ていた和香様が羨ましそうに、指を咥えて二人を見つめている。
「何じゃ和香?其方も入りたいのかえ?」
そう言う雨子様の言葉に、何とも嬉しそうに答える和香様。
「うんうん」
だが和香様の期待は残念ながら裏切られることとなる。
雨子様のにべもない言葉が和香様に向けられるのだった。
「だが断るのじゃ和香」
「ええ~~~~っ!」
まさか即答で断られることになるとは、思っても見なかった和香様。悲鳴のような声を上げる。
「考えてもみるのじゃ和香、確かにこの家の浴室はそこそこに広い。じゃがそれも二人までならの話じゃ。体育祭で疲れて帰ってきた我ら、せめてものんびり風呂に入れるようにと言う、気遣いがあっても良かろう?」
それは確かに雨子様の言うことももっともだと、直ぐに納得してしまう和香様。
だが頭の中で理知的にそのことを理解することと、感情的に何かを望むというのは別のことである。
雨子様の言葉に小さく頭を振りながらも、その目は恨めしそうに二人のことを見つめてしまうのだった。
そんな和香様の様子に、雨子様は七瀬のことを気遣って「了」の言葉は吐かないつもりだったのだが、当の七瀬が気の毒がって助け船を出してしまう。
「もう良いじゃん雨子さん、雨子さんが嫌で無かったら私は和香様も一緒で良いよ?」
それを聞いた雨子様がほんの少し口元をへの字に曲げる。
「あゆみよ、そこで我が嫌ならとか、そう言う聞き方は少し狡いのじゃ。拒んだ我も和香のことを嫌だと思って断ったわけでは無いのじゃ。そう言う言い方をされたら否と言い得る訳が無いであろう…」
そう言うと僅かに頬を膨らませる雨子様に、七瀬はきゅっと抱きつく。
「ごめんごめん雨子さん。言われてみたら私の言葉の選択、ちょっと嫌らしかったね、ごめんなさい」
素直にそうやって謝る七瀬に、直ぐに雨子様も機嫌を直す。勿論雨子様にしても、七瀬が態とああ言う言葉使いをした訳では無く、偶々の流れで口にしたこと、十分に理解しているのだった。
そんな風に二人の言葉を掛け合う様子を見ていた和香様、優しい笑みを浮かべつつ目を細めながら言葉を紡ぐ。
「自分ら本当に仲ええんやなあ。なんや羨ましい思えるくらいやで」
そう言う和香様に、七瀬が言う。
「何言ってるんですか和香様。和香様だって人も羨むくらいに、小和香さんと仲が良いなって、皆思って居ますよ?」
そう言う七瀬に、和香様は少し物思うように言葉を返す。
「そやけどあゆみちゃん、小和香はうちの分霊なんやで?分け身、言ってみれば分身や…」
そう言う和香様に、七瀬は首を傾げながら言う。
「確かに一部ではそうなのかも知れないけど、それが全てって言う訳では無いのじゃ無いですか?」
どう答えたものかと言った表情で雨子様のことを見る和香様。
そんな和香様に対して、雨子様もまた七瀬と同じようなことを言うのだった。
「のう和香よ、我もあゆみの言うことに賛成じゃぞ?確かに大本を思えば、小和香は其方の枝でしか無いかも知れん。しかしの、その枝は今は大きく育ち、既に其方とは全く異なる花も咲かせて居るのじゃ。そしてその小和香は打算とかならいで其方を慕って居るのでは無いと思うぞ?それに其方もまた、枝葉を思うが如く小和香のことを思って居る訳では無く、今や全く別の思いで大切に思って居るのであろ?」
雨子様の言葉に、和香様は暫し黙りこくって物思いに沈む。そしてふと気がつくと、いつの間にかキッチンから出て来た小和香様が、眉をへの字に曲げながら、心配そうな顔で和香様のことを見守っているのだった。
「お出で小和香…」
和香様はそう言うと小和香様を手招きする。そして彼女が手近にやって来ると、その身をそっと抱きしめながら言う。
「ほんまやね、確かに元は我が身から生まれ出でたる枝葉かも知れへんけど、今やうちと並び立つ、それはもう立派な若木や…。そのこと…、うちかてちゃんと知って居ったはずやのに、理解してへんかったんかもね」
そう言うと和香様は、そっと小和香様から身体を放し、その目を見つめながら言う。
「汝小和香、我は其方をこれより我が枝葉、分け御霊としてでは無く、全き新たなる神として認めるもの成り」
畏まった口調はそこまでで、和香様は再びいつものおちゃらけた口調に戻る。
「小和香、今更なんやけど、これからも宜しゅうにな…。あと、そうやな、新たな神となったらいつまでも、「小」を付けた和香という名もおかしなもんや。新しい名前を付けようかと尾もうんやけど、何かこれと思う名前有ったら言うてみ?」
だが小和香様は、そんな和香様の言葉を聞くと、目に一杯涙を溜めながらも嬉しそうに言う。
「いいえ和香様。私は和香様から頂いたこの『小和香』という名前がどのような名前よりも好きで御座います。和香様さえ、和香様さえ宜しければどうか今後ともこの名を使って行くこと、お許し頂けますでしょうか?」
そう言う小和香様の健気な言葉に、和香様は目を潤ませながら言う。
「当たり前やん小和香。うちにとって『小和香』言う名前は、それはもう誰よりも愛おしく可愛い名前なんや、許すも何もあらへん…」
「和香様…」
そう言うと和香様に飛びつく小和香様、そして大きく腕を広げ、その身を抱きしめる和香様。
「うむ、善哉」
二柱の様子を見ながら、はらりと零れた涙を拭う雨子様。
するとそんな雨子様の傍らに、いつの間にやって来たのか節子が静かに口を開く。
「ねえ雨子ちゃん、これって小和香さんが今日、新たな神様として生まれたって言うことでも有るのよね?」
そう言う節子のことを、驚いた顔で見つめる雨子様。
「成る程の、確かにそれは節子の言う通りかも知れんの…。いや正しくそうで有るの」
それを聞いた節子は目をきらきらさせながら言う。
「ならお祝いしなくっちゃね。小和香様神生記念のお祝い?」
そう言うと矢庭に腕まくりをし始める節子。体育祭お疲れ様ということと、二柱の神々をお招きしているということで、それなりにご馳走を作っていた節子なのだが、どうやら更に料理を作り増しするつもりのようだった。
「今日は串カツだけの予定だったのだけれども、これはやっぱり小和香さん達の一番好きな唐揚げも作らないとね…」
そう言うと祐二に手招きする節子。
「なあに母さん?」
そう言う祐二に申し訳なさそうに言う節子。
「ごめんね祐二、冷凍の鶏肉なら有るんだけど、折角なら小和香さんの好きな唐揚げ、そうじゃ無いお肉で作って上げたいのよね…」
祐二はこう言う何気の無いところで、少しでも喜ばせて上げたいと工夫する節子のことが、昔から大好きだった。だから二つ返事で買いに行くことにする。
「それでどれくらい買ってきたら良い?」
にこやかに笑みを浮かべながらそう聞く祐二に、感謝の意を込めて手を合わせながら言う節子。
「ごめんね、なら八百グラムもあったら良いかしら?」
「了解」
そう言うとさっとで掛けていく祐二。その後ろ姿を見ながらぽかんと口を開ける三柱の神々、それを見ながら口を押さえて笑っている七瀬。
「さすがよね、おばさま」
七瀬のその言葉にはっと我に返る神様方。
中でも小和香様が慌てたように言う。
「節子さん、今でもご馳走なのにこの上そんなに…」
そう言う小和香様の手を握りながら、とりわけ嬉しそうに笑みを浮かべながら言う節子。
「おめでとう小和香さん、良かったわね?」
節子のその言葉に、ここに来てはじめて実感でも湧いたのか、ぶわっと涙を溢れさせた小和香様。節子はそんな小和香様のことをそっと抱きしめると、まるで幼子の頭を撫でるかのように、優しく撫で付けて上げるのだった。
それを見ていた和香様が小さな声で言う。
「何と言えばええのかな?母性?あの母性は見習いたい言うか、ええなあ、欲しいなあ…」
するとそんな和香様の言葉を聞いていた雨子様、にやっと笑いながら言う。
「ならば和香、子を作れば良いのじゃ」
雨子様のその言葉に怪訝な顔をしながら和香様が言う。
「何言うてんの雨子ちゃん、今その子供が巣立ったんやんか?」
だが雨子様はその言葉に対して首を大きく横に振る。
「そうでは無いのじゃ、言うても小和香は其方の枝として生じて居るのじゃろう?そうでは無くて、腹に子を宿し、女として産み育ててみるかということなのじゃ?」
ぎょっとして雨子様のことを見つめる和香様。だがなかなかにその言葉の真の意味が染みてこない。その辺り、今は大分、人のことが良く分かるようになってきたとは言うものの、未だ彼女が神たる所以だった。
だがそれでもきちんと理解するための知識は有るので、やがてにすとんと言葉が胸の奥に落ちる。
「あのな雨子ちゃん、言うても子を宿すには相手がおらなあかんねんで?」
そこまで言うと和香様は、急に悪戯っぽそうな笑みを浮かべる。
「それとも雨子ちゃんは、祐二君をうちに…もがががが…」
残念ながら和香様はその言葉を最後まで言うことは出来なかった。
何故なら言葉を発しているその口に、雨子様が両手の親指を差し込んで、思いっきり両側に引っ張り開いていたからだった。
「いひゃい、いひゃい!」
悲鳴のように不明瞭な言葉を告げる和香様。
そんな二柱のことを見ながら、そっと小和香様のところに近づいた七瀬が言う。
「小和香さんも、いつもながら大変ね?」
だが小和香様はゆっくりと頭を横に振りながら、嬉しそうに言う。
「いいえ、あれでいいんです。私はあんな和香様のことだ誰よりも大好きなんです」
そう言う小和香様の言葉、結構大きな声だったらしい。わいわいと雨子様と二人で漫才のようなことを繰り広げている和香様の耳にも、しっかりと聞こえていたようだ。
「小和香ぁ~…」
和香様は一言そう言うと、真っ赤になりながら下を向き、ひたすら恥ずかしそうに照れまくるのだった。
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