「真面目な雨子様」
私も雨子様の走る姿、見てみたいなあ・・・
「はぁ~~い、一通りバトンパスの練習は出来た?そしたら今度はスタートの練習ね」
体育教師のかけ声で、今度はクラウチングスタートとスタンディングスタートの、二種のスタートの仕方を練習する。
もちろんそうは言っても専門に陸上を行う訳では無いので、ある程度きちんと形が出来る様になるというのが目標だった。
これまでの授業の中でも、何度か練習する機会があったことから、皆スムースに熟していく。
「まあそんなものだよねえ」
一通り皆の形をチェックし終わった教師は、そう独り言を言いながらうんうんと頷いている。今更何故こんな練習をしているかというと、月の終わりに体育祭が予定されているからなのだった。
リレーや徒競走、皆が皆出る訳では無いのだが、授業の一環として誰が出ても良いように、と言うことからなのだ。
そしてスタートの練習が終わった時点で、残りの時間は実際に走って身体を慣らしながら、フォームの矯正を行うことになるのだった。
数人ずつの集団に分かれ、よーいどんで走り始める。そしてそのランニングフォームをチェックしながら、必要で有れば声掛けをしていくのだった。
皆の走る姿を見ながら、手元の用紙に色々とチェックを入れていく教師。
「そこ~~、高橋。もっとしっかり手を振りなさい!」
「間宮、顎引いて!」
そうやって次々と指摘していく。まあ、そうは言っても走るのが得手な人も居れば、不得手な人も居る。ある程度のばらつきは仕方が無いと教師自身も思っている。
だが少しでも正しいフォームに近づけることで、身体を傷めにくくも成るし、折角走るのなら気持ちよく走って欲しい。
そんなことを願いつつ声を上げている教師を見て、なかなか良い教師だな等と、逆に教師のことを評価しながら見ていた雨子様、その教師から急に指名が入るのだった。
「吉村、ちょっと一人で走って見せてくれるか?」
何故に自分一人なのだと訝る雨子様。だがそうでありながらも素直に、はいと言って走ろうとするところあたり、真面目なんだなとくすりと笑う七瀨。
スタートラインに着くと教師の方へ振り返る。
「先生、どちらのスタートで走れば良いのじゃ」
「…じゃ、ねえ」
相変わらずの古風な喋り方、しかし雨子様はこの喋り方が気に入っていると見えて、一向に変えようとはしなかった。周りの者達も吉村『雨子様』ならまあ良いかと思うものも多く、いつの間にかそれが当たり前となっていた。
そしてそれは教師達の間でも公認となっている。
これが成績劣悪なものならともかく、何を置いても一、二を争う成績の雨子様なので、些か文句が付けにくいと言ったところか?
尤も祐二あたりは、神様と競争させられてもなと、苦笑いしている。
さて、そんな雨子様、教師の希望によってクラウチングスタートでの走りとなった。
「用意は良いか?」
そう言う教師に、雨子様は手をひょいと上げて肯定の意志を示す。
「よーい、どん!」
教師のかけ声に従ってすっと立ち上がりながら、瞬く間に加速していく雨子様。
「うわ、はやっ!」
「めっちゃ綺麗!」
「なんか一歩一歩に伸びがあるよねえ」
「ふわぁ~~~」
ほとんど皆その速さに呆れながら、見取れているというのが正しいだろう。
「なあ、皆、吉村の走り方、凄いだろう?私もあんなに綺麗な走り方、ほとんど見たこと無いよ」
体育大の出身で、自身も女子としては相当早く走れる方だと自負していた教師なのだったが、雨子様の走りを見て舌を巻いているのだった。
「なあ、吉村は陸上部に入っていたっけ?」
教師が問うと、幾人かの女子達が顔を見合わせる成り頭を横に振る。そして中の一人が教師に向かって話す。
「雨っち、たしか帰宅組だよ。家で習いたいこととか有るんだって?」
「家で?一体何習っているんだ?」
しかし聞かれた女子はその答えを知らず、周りを見回すも、誰も知らない。
そうなると自然全員の目が、普段から仲の良い七瀬へと向けられるのだった。
「あゆみは知ってるの?」
指名を受けた七瀨はさてどう答えたものかと一瞬悩む。彼女は雨子様が神様と言うことを知っている訳で、実際、彼女がどんなことに興味を持って、凡そどんなことをしているのかについて知っている。
だがまさか祐二の修行に付き合っているとか、ネットやそのほかの手段を通じて人間社会そのものを調べているとか、そんなことは言えないので、中でも尤も当たり障りの無いことを説明するのだった。
「雨子さんね、料理が好きで、祐二君のお母さんに家事を含めて色々習って居るみたい」
それを聞いていた面々、教師も含めて皆一様に溜息をつく。
「ふわ~、勉強や運動だけで無く、料理まで出来るのか~~~」
「おまけに性格も良いし…」
「嫁に欲しい…」
「せんせ、何それ?」
どっと笑い声に包まれる教師と生徒達。
そこへ雨子様がほとんど速度を落とすこと無く、グランドを一周走りきって戻ってきた。
さすがにそれだけ走ると肩で大きく息をしている。
「はぁはぁはぁ、何を皆その様に笑って居るのじゃ?」
そこで七瀨が雨子様に、先生が嫁に来て貰いたがっていると説明すると、大まじめにきょとんとする雨子様。
「はぁはぁ…先生…ずっと女子じゃと思うて居ったのじゃが、男じゃったのか?」
それを聞いた者達は、一瞬息を飲み、その後目を丸くしたかと思うと全員地面に突っ伏して笑いまくるのだった。
「あははははは」
「きゃはははは」
「ふははははは」
「しぬぅ~~」
十人十色の笑い方、だが笑われている本人は何が何やらで有る。
皆と同様に笑い転げている七瀨の肩に手を掛けると聞くのだった。
「あゆみあゆみ、皆はどうしてあの様に笑って居るのじゃ?」
そう聞かれた七瀨は、端から見ても分かるほど苦労しながら笑いを抑え、雨子様に説明して上げるのだった。
「言っとくけど先生は女性だからね?ただね、文武両道に優れる雨子さんが、性格が良い上に料理まで出来ると聞いて、お嫁さんに欲しいくらいだという思いで言った訳」
七瀨のその説明に成る程と頷いた雨子様は、すたすたと教師のもとに向かうと口を開くのだった。
「済まないが先生、我は祐二の嫁になると決めて居るのじゃ。じゃから先生の嫁にはなれん」
真剣にそう言って申し訳ながる雨子様に、教師は目を大きく見開きながらぎょろぎょろと辺りを見回す。挙げ句、頽れる様に地面に座り込み、再び大いに笑うのだった。
勿論周りの者も皆その笑いの渦に巻き込まれたことは、言うまでも無いことだった。
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