閑話「聡美の休日」
お待たせしました、ここ暫く頭の痛くなる様なことばかりだったので
今日は少しのんびりです
お楽しみ下さい
「お母さん行ってきます!」
玄関からあゆみの元気な声が響き渡ってくる。その後ガチャリと鍵を掛ける音がしてくるのだが、それら全てを夢現で聞いている聡美なのだった。
ここ暫く、殺人的な忙しさに振り回されていたところ、平日ながらようやっと休みを取ることの出来た聡美は、久々に心ゆくまで睡眠を貪っている、それが現在の状況なのだった。
そうやってあゆみのことを半睡状態で送り出した?聡美は、それから更に三時間ほど夢も見ない様な感じでしっかりと眠っていたのだった。
しかし人間、如何に疲れていて爆睡することこそ至上、と言った状態になっていたとしても、それでもいつしかトイレに行くことを忘れる訳には行かない。
それこそまるで、泥の中から這い上がる様な感じで身を起こし、ゆっくりとベッドから足を踏み出すと、フラフラしながらトイレに向かう。
ぎりぎりの、本当にぎりぎりのところでトイレに入り、腹圧を解放していくと、ほっとしてまた眠気が襲ってくる。このままではいけないとは思うのだが、結局また眠気に負けてしまうのだった。
「こんこんこん…」
誰かが扉を叩いている。誰なんだろう?そんな事を思いながらゆっくりと、混沌の様な夢の中から浮上していく聡美。
ぼうっとした頭を抱えながら、ゆっくりと重い瞼を見開いてみれば。
「え?ここ何処?」
何処も何も有ったものでは無い。腹圧に負けて何とか目を覚まし、トイレに駆け込んで解放した後、そのまま寝てしまっていたのだった。
「うわぁ~~、なんてこと…」
自らの行動に呆れかえりながら、更に頭の中の霧が、ゆっくりでは有るが晴れていく。
「こんこんこん…」
また扉を叩く音がする。誰かが外から扉を叩いているのだ。そのことに気がついた聡美は、慌てて身なりを整えて扉を開く。
「あれ?誰も居ない?」
扉の向こうを見渡すに、そこには誰も居ないのだった。何でと思いながら不思議がっていると、足下から声が響いてきた。
「大丈夫ですかぁ?」
あっと思って見ると、それは普段いつもあゆみに付き従っているユウなのだった。
「あのう~~、トイレに入られて随分長いこと時間が経ったので、心配していたのですけど、大丈夫でしたかぁ?」
ぽやんとした熊のドロイド人形のユウが、心配そうな顔をして聡美のことを見上げていた。
元々とっても愛くるしい見掛けのユウなのだが、そうやって誰かを心配しているユウは、輪を掛けて可愛いというか、胸の中をきゅうっとさせる力を持っていた。
聡美は思わずユウのことを手で拾い上げると、ぐっと抱きしめながら言う。
「ありがとう、ユウ。心配してくれて」
そんな聡美にユウから返ってきた言葉は「もがががが」。
一体何事と思ってみれば、些か強く抱きしめすぎていた様だった。
「ごめんごめん」
そう言いながらそっと抱擁から解放すると、床の上にぱったりと倒れ伏すユウ。
これは拙いと思う間にも、ユウはもそもそと身体を起こしてきたので、やれやれとほっとしてしまった聡美。
そんな聡美に向かって、起き上がって腰に手を当てたユウが、反っくり返る様に見上げながら言う。
「駄目ですよ聡美さん、僕でなかったら潰れていましたよ?」
等と言うユウのことを、にへらと口元を緩めながら見ている聡美なのだが、僕でなかったらって、一体他に誰を想定しているのだろう?そんなことを思うと、自然に口から笑い声が零れるのを押さえることが出来なかった。
そんな聡美のことを見上げながら、ユウがやれやれと言ったそぶりで肩をすくめると、仕方無いなとばかりに頭を振るのだった。
そんなユウが、話題を変えて未だ笑いを引きずっている聡美に話しかけてくる。
「ところで聡美さん、お腹は空いていませんか?」
普段いつもお腹が空いたと喚いている様なユウから、よもやこちらに問いかける言葉を聞くとは思ってもみなかった聡美、思わずユウのことを二度見してしまった。
「あのう…ユウ?それってどう言うことか聞いても良いかしら?」
ちょっと怖々とした思いでユウに問いかける聡美。そんな聡美に、聞かれたことが余程嬉しいのか、喜びを隠そうともせずに満面の笑みで答えるユウ。
「いえね、なんでも出来る僕は、丁度ご飯を炊こうと思っていたところなんですよ。未だお米を研ぐ前だったので、一人分を研ぐのも、二人分を研ぐのも一緒かなって…」
そう言ってまたも反っくり返る様にして胸を張るユウ。
いつもならあゆみが学校に行く前に、ユウにお握りを用意していくのだけれど、今日は私が居るからと思って、用意していかなかったのかしら?
そんな事を思いながら、未だ反っくり返ったまま歩くユウの後について台所に向かう。
そして目が点になる思いを味わうことになった。
蓋が開きっぱなしの炊飯器、それはまあ良い。だが戸開きの奥から引き出されたと思しき米びつは、無残にひっくり返り、計量カップと共に、そこいら中に米が撒き散らされている。おまけに水道の蛇口からは水が流れっぱなしだし、冷蔵庫の扉も開いて警報音が鳴っている。
「こ…これは?」
今まで以上の疲れを感じながら辛うじてそう問う聡美。だがユウはあっけらかんとしながら答えてくれる。
「米びつは僕には少し重すぎるなあ。それにお米を研ごうにも水がどうにも出すぎてしまって…」
恐る恐る流しを覗くと、そこにはボールに入って研ぎかけ?の米が、勢いよく流れ込む水の力でどんどん流れ出して行っている。
「キュッ…」
蛇口を閉めると残った米をそのまま鍋に移す。研げているかどうか分からないのだが、少しふやけかけているので、もうこのままおかゆにでもするしか無いかと思われた。
それから冷蔵庫に向かうと、隙間が開いているだけと思いきや、色々と中の容器がひっくり返って汁まみれ。
「何かおかずが有ればと思ったのだけど、僕にはどうも上手く取り出せませんでした」
そんな説明をしながら、ユウの目がどんどん虚ろになっていく。
聡美には分かるのだ、ユウには何の悪気も無いことが。元より普段から自分に出来る手伝いは、何でも進んでやってくれようとする良い子なのだ。
床に散らばった米を集めかけるが、さすがにこの状況では食用に供する訳には行かなさそうだ。米びつを元の位置に戻すと、物置から掃除機を引っ張り出し、勿体ないと思いながらも手早く吸い込んでいくのだった。
更には冷蔵庫の中も綺麗に拭き、ようやっと普段の台所の状態に戻して、やれやれと思っていると、何やら悲しそうな泣き声が聞こえてくるのだった。
見ると台所の隅っこに小さくなってユウが泣いている。
「ごめんなさい、ごめんなさい…僕、ご飯を炊こうと思って、聡美さんにお昼を作って上げようと思って…」
そんなことを言いながら、大粒の涙をボロボロと溢れさせている。
そんなユウの前に静かに腰を下ろすと、聡美は優しく彼の頭を撫でる。
「ありがとうね、ユウ…」
聡美には小さなユウが、見事に失敗だらけの結果しか残せなかったものの、精一杯尽くしてくれようとした思いが、染みて染みて、胸が痛くなって、それ以上言葉を作ることが出来なかったのだ。
「わぁ~~~ん」
ユウがとうとう大きな声を上げて泣く。
そのユウをそっと抱え上げ胸に抱き、聡美もまた涙を溢れさせる。
多分、きっと、おそらく、ここしばらくの過激なまでの仕事が、彼女の心の鍵を緩くしていたのかも知れない。
「うっうっうっうっ、ユウ…ありがとう~~」
そして大人の女性の聡美と、ドロイドの熊のユウと、二人で一頻りわんわん泣いて、泣き終わった後、それぞれげしげし涙を拭きながら言う。
「ユウ、お昼作ろうか?」
「うん、お手伝いします、聡美さん」
それから一人と一匹、休日の時間がゆっくりと流れていくのだった。
いいね大歓迎!
この下にある☆による評価も一杯下さいませ
ブックマークもどうかよろしくお願いします
そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き
楽しんでもらえたらなと思っております
そう願っています^^




