約束
お待たせしました
すこ~~し、悩ましいシーンが有ります
ご注意下さい
それは夕食時のこと、母さんが僕に声を掛けてきた。
「ねえ祐ちゃん、確か雨子ちゃん、夕食までには帰るって言っていたわよね?」
そこで僕はその時のことを思い起こしながら、キッチンで忙しくしている母さんに返事を返した。
「うん、確かそう言っていたと思うよ」
その母さんの周りで、ちょこまかと忙しく動き回っていた令子さんも言う。
「今日は雨子さんの好きな唐揚げ三種だから、早く帰って来ると良いわね」
そう言う会話をしたのが、夕方五時を回るか回らないかの頃のことだった。
ところが実際、夕食を食べる時間にも音沙汰が無く、仕方無く雨子様の料理は別に取り置いて、ラップを掛けて冷蔵庫へ。
そうやって冷蔵庫にしまい込みながら、母さんが訝しそうに僕に言う。
「ねえ、あなたの所にレインで連絡来ていないの?」
だがそう言ったものが一切来ていなかったので黙って、首を横に振る。多分僕にこんな事を言うからには、母さんの所にも何も来ていないのだろう…
僕への連絡ならまだしも、母さんへの連絡が無いというのはさすがに気に掛かってしまった。
普段から母さんと一緒に料理することの多い雨子様は、作る側の人間の苦労を一番良く分かっている。だから何か突発事項があって食事を取れない時には、必ず母さんに連絡を入れていたのだ。
何か連絡を入れることが出来無い様な、そんな異常事態でも起こったのかと、思案し始めたのだが直ぐに止める。
言っても雨子様は神様、しかも今の雨子様は強力な力を使うことが出来るのだ。
おまけに今出掛けて行っているのは和香様の所なのだ、何か有ろうはずが無いのだった。
しかしそう頭で理解していることと、心情的に不安を感じるというのは全くの別物だった。
当初申告していた時間を過ぎてから以降、刻々と時は流れ夜は更けていく。
「もう九時過ぎているわよ?大丈夫なのかしら?」
さすがに母さんも心配そうな表情だ。そこで僕は母さんに言う。
「僕の方から一度レインを入れる様にしておくよ」
その言葉を聞いた母さんは、小さな笑みを浮かべながら、うんうんと頷いて見せるのだった。
それから部屋に戻った僕は、早速携帯を取り出してレインの画面を開き、大丈夫?とか何時頃帰るのかなとか言ったことを文にして送った。
しかしそれから待つこと十時を回り、十一時になっても既読の印が付かないのだ。
これにはさすがに心配になってしまう。
いくら何でもこれはもう待てないと思った僕は、外出着に着替えて玄関に向かった。 するとその物音に気がついたのか、リビングから母さんが顔を出した。
「迎えに行くの?」
心配そうな顔をしてそう問うてくる。
「うん、今の時間なら宇気田神社まで行って帰ってこれると思うから…」
僕がそう言うと、母さんの表情に少し影が増す。だがそれを言葉に出そうとはせずに、僕の背中を押してくれるのだった。
「分かった、でも気をつけてね?」
「それはもちろん」
そう言うと僕は、少しでも心配させないと笑って見せた。
まあ実際、驕る気持ちはさらさら無いのだけれども、薙刀を持った雨子様に相当鍛えられてきているから、少々のことで後れを取ることは無いだろう。
尤もそう言う意味でなら雨子様は、僕以上なのであるが…。
ただそれとこれとは別なのだ、今の思いは心配の一言に尽きるのだった。
と、その時である。僕のポケットの中の携帯が震えた。
急ぎ取り出して画面を見ると雨子様からだった。
「なんて?」
間髪を入れず母さんが問いかけてくる。
「何だか携帯を見る暇も無いくらいに大変だったみたいだよ。あちらは未だ色々と大変みたいで、送ると言われたのだけれども電車で帰ると言って、今出て来た所って書いてあったよ」
「そう…」
そう返事を返しながら母さんは安堵した表情になる。大丈夫とは思って居ても、やはり実際に無事と知れるのはほっとするのだった。
「じゃあ僕は駅まで迎えに行ってくるよ」
そう言う僕に、母さんはにっこりと微笑んでみせる。
「そうね、それが良いわ」
それを背中で聞きながら靴を履き始める僕。そんな僕に更に母さんから声が掛かる。
「一応鍵は持って行きなさいよ?私はもう休むから…。もし雨子ちゃんがお腹空いているようなら、冷蔵庫の物を出して上げてね?」
「うん、分かった。鍵ならいつも財布に入れてるから大丈夫だよ」
そう言いながら念のため、僕はズボンの尻ポケットを叩く、うん大丈夫だ。
そうやって僕は母さんの見送りを受けながら、夜の街に足を踏み出すのだった。
さすがにこの時刻とも成れば、夜の街並みも静かなもので、明日が月曜と有ればそれは尚更かも知れない。
まだまだ夏という季節が残した熱気は冷めやらず、少しむっとした大気の中、どこかでしりりと虫の鳴く声がするのだった。
ひたひたと自分の足音だけを耳にしながら、駅への道を急ぐ僕。
別にさほど急がなくとも、雨子様からレインを送られた時刻を考えれば、余裕で僕の方が早く着くはずだった。
しかしそうではあっても、自然足取りが速くなってしまうのは何故なんだろう。
静まりかえった街を足早に歩いた結果、少し汗を滴らせながら駅前に着いた。時間を見ると未だ二十分くらいは時間がありそうだった。
なので近くのコンビニに入り、冷えた水のボトルを買って外に出、一気に呷る。
冷たい水が体の中を駆け抜けていく様で気持ちが良い。その心地良さにほうっ吐息を吐いてしまう。
さすがに全量は飲みきることが出来なかったが、それで十分だった。
それから待つこと二十分余、駅に電車が到着して、三々五々に乗客が降りてくる。
やはりこんな時間ともなると、酔っている人も居るので、大丈夫かなと少し心配になる。
だがそれは杞憂だった様で、改札の向こう、奥の階段の方から、雨子様が降りてくるのが見えたのだった。
少し疲れているのか、ゆっくりとした足取りで階段を降りると、徐々にこちらに向かって歩いて来る。その姿を僕はずっと目で追っていた。
その内そんな僕の視線に気がついたのだろう、すっと目を見開くと僕のことを見つけ、何故だか急に口をへの字に曲げながら、小走りに改札を抜けてくるのだった。
息を切らしながら側へやって来た雨子様が、小さな声で僕に問う。
「む、迎えに来てくれたのかや…」
そう言いながら雨子様は、僕の手に有るペットボトルに気がつく。
少し飲み残している水を見るなり、こてんと僕の胸に頭を押しつける雨子様。
「わざわざ来てくれたのかや…」
僕はその問いにどう答えたものかと考えながら返事をした。
「わざわざって言う言い方はどうかと思うけど、うん、来ちゃったよ」
すると雨子様は、僕の来ている服をきゅっと掴みながら、頭を押しつけたまま言う。
「来ちゃった…。何をおかしな言い方をして居るのじゃ、もうもう。じゃが嬉しいのじゃ」
そこまで言うと雨子様はそっと顔を上げた、少し泣きそうに顔を歪めつつ、でも本当に嬉しそうな笑顔で言う。
「ありがとうなのじゃ、祐二…」
そう言いきると顔を真っ赤にして、また頭をぐりぐりと胸に押しつけるのだった。
傍らを幾人もの人が通り過ぎていく。大抵の人は携帯を見るなどして、知らぬ振りして通り過ぎていくのだが、中には僕達のことに気がつく人も居る。彼らは皆一様ににこやかな笑みを残して去って行った。
一頻りそうしていて、やがてに顔の赤みが取れたと思ったのか、恐る恐るといった感じで顔を上げる雨子様。その上目遣いの視線に見つめられた僕の心臓は、どきどきしっぱなしだった。
思わず声が上ずりそうになるのを、必死になって押さえ込みながら言う。
「もう大丈夫?」
大丈夫って、何が大丈夫なんだと自ら心の中で突っ込みながら、心中、身悶えしていると、雨子様はこっくりと頷くのだった。
「じゃあそろそろ帰ろうか…」
うんと頷くのを待って歩き始めると、雨子様は僕の二の腕にそっと手を掛けながら、並ぶ様にして歩き始めるのだった。
先程まで鳴いていた虫の声がもう聞こえない。しんと静まりかえり、街全体が眠りに入りつつある様だった。
僕達は隘路を抜けながら、最短コースで家へ向かった。
得てしてそう言った道は街灯も少なく、暗がりが多いのだったが、見上げるとその分星が見えやすく、ちょっと嬉しいかも。
そんなことを思っていたら、雨子様もまた時折空を見上げている。
「星が美しいの?」
僕が星々を見るのが好きだと知っているからこそ、そう言ってくれたのだろう。嬉しくなった僕が脇をそっと締めると、そこを掴んでいた雨子様の手がきゅっと力を強める。
別に言葉にせずとも、そんなちょっとしたことで互いの思いが伝わるのが、例えようも無く嬉しい。
なのでまたぎゅっと締めると、きゅっと掴まれる。それが嬉しく、調子に乗って繰り返していると、その内
「ばか…」
と言われてしまった。でも限りなく優しく甘い馬鹿という言葉だった様に思う。
そうやって二人で無言でじゃれ合い?ながら歩いていると、駅からそこそこ在る道のりなのに、あっと言う間に家の直ぐ側までやって来てしまう。
「晩ご飯は食べたの?」
僕がそう尋ねると雨子様は小さくこくりと頷く。そして僕の前に回り込むとつと立ち止まる。
「しかし軽くじゃ。ただ、これから食べると身体が疲れるから、もう今宵は良いかの…」
そう言うと少し疲れた顔になる雨子様。
「和香様の所、余程大変だったんだね?」
「うむ、じゃがそれはまた明日話すとするの。それより今は…」
そう言うと雨子様は、その両の手で優しく僕の顔を捉える。
そしてほんの僅かだけ伸びをすると、優しくその唇を僕の口元へと押しつけてくるのだった。
熱く柔らかく甘美で、蕩ける様な雨子様の唇。その隙間からほんの僅かな間だけ、彼女の繊細な舌先が紛れ込んできたかと思うと、瞬きする間、絡まり、去って行った。
僕は何だか頭の奥が痺れる様な感覚を味わい、ぎゅっと雨子様の身体を抱きしめてしまった。
同様に力を込めて、僕の身体を抱きしめ返す雨子様。彼女の熱い吐息と共に、囁く様な声がそっと耳に入ってくる。
「今少し、今少し時間を賜われ、その時は必ず…」
僕はその言葉を聞きながら、思わず激情に走りそうになる自分を抑え、少し時間を掛けて息が整うのを待った。
やがて穏やかな気持ちになれたところで、僕達はその身を離し、最後に軽く唇を触れあわせた後、仲良く手を繋いで家へと帰り着くのだった。
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