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天露の神  作者: ライトさん
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第五百話記念「ゆめ」

 大変遅くなりました。

第五百話目という一つの節目でしたので、少しばかり頑張ってみましたが

その分多くの時間が掛かってしまいました(^^ゞ


 小さな小さな社の中、その中にある更に小さな神域で、とある神様が半分眠るようにして静かに過ごしていた。


 そんな神様であるが、勿論斯様に過ごすことを良しとしていた訳では無い。

けれども、人より与えられる精が途絶えて早幾歳はやいくとせ、既に残り僅かになった今、少しでも節約しようとすると、そう成らざるを得ないのだった。


 うつらうつら、半睡とは言っても、それはもう寝ているも同然だった。

神域の中には既に光とて無く、真っ暗闇の中にふわりと丸まって浮いているような、そんな過ごし方をしているのだった。


 時間の感覚はもう無く、自分が今此所でどれだけの時を過ごしてきたのか、はたまた神域の外でどれだけの時間が流れたのかも分からない。そんな状態で、いずれ来るであろう終わりの時を思うのだった。


 静かな、静かな夕まずめのような終末。願わくはそんな穏やかな終わりを迎えられたら…。神様はそんなことを考えながら、ゆっくり、ゆっくりと隅っこの方から削り取られていくようにして、己の存在を失っていくのだった。


 ところが、時がその存在意義を既に失いつつ有るような中、自らを包む平穏の中に、微かに響いてくる、不協和音のようなものが有ることに気がつくのだった。


『これは一体何なのだ?』


 訝しんだ神様は、その正体を知ろうと心の耳を澄ませる。


 しかし直ぐにはその正体は分からない。余りにもか細くぼんやりとして、未だ情報として捉えようがないのだった。


 だがそれも時間をかけて調べていく内に少しつつ理解が進む。


 それは、何者かの心の内から湧き起こる、恐れ?恐怖の様なものでは無いのか?

あくまで現時点では推測でしかないのだが、神様にはその様に感じられるのだった。

 

 不協和音は生まれては消え、生まれては消えを繰り返し、繰り返す度にその間隔を狭め、で有りながらその強度は、少しずつ弱められて行くように感じられるのだった。


 だが弱められたと言っても、その恐怖が無くなって行く訳では無い。発信される力が少なくなってきただけと言うだけで、その色足るや以前より遙かに濃くなりつつ有るのだった。


『不思議なものだ』


 神様はそう思うのだが、力なき今の状態ではそれ以上探ることも出来ず、ただ捨て置くことしか出来ないのだった。


 だがそんな無為なところが有る出来事では有ったが、神様の心を少しずつ波立たせて行く。適うならそれが何で有るのか知りたい、そう思う心が胸の内でゆっくり静かに成長していくのを感じるのだった。


 そして有る時、その状態に劇的な変化が起こるのだった。


『怖いよ、怖いよ…』


 その不協和音の発生源が、神域の傍らまでやって来て、心中の恐怖を明らかな形にし、これでもかとばかりに盛大に撒き散らしているのだった。


『これは一体何事か?』


 そう思った神様は、この先生き長らえるためにも必要な精の蓄え、それすらも消費して外の状況を探ることにするのだった。


 神域の外は正に真っ暗な闇の世界、にも拘わらず、小さな人の子が必死になって手を合わせ、願い事を唱えている。


 その願いが、まるで当たり前であるかのように神様の中に、すっと染み込んでくる。

それは、その子の願いで有り、希望であり、今此所に存在している神様自身に対する、祈願なのだった。


『あの恐ろしい毒蜘蛛にこれ以上追いかけられることがありません様に。これ以上母に心配をかけることがありません様に。もうおねしょをしなくても良くなります様に。一人でまた眠ることができます様に』


 必ずしもこの様な文章で明確に唱えられた訳では無いのだが、だが伝えられてくる意思を読み解いたところ、概ね内容はこの様な物だった。


 見掛け幼気いたいけわらべであるのだが、存外にしっかりとしていて、自分の願いをはっきりと相手に伝えられる、利発な子なのだなと言うのが、神様の第一印象なのであった。


 そして繰り返し願う様は、神様の心を打つほど必死であり、真摯であった。


 それを聞いていた神様はいつしか、我が身の苦境も忘れ、その子の願いを聞いてやりたいと思うのだった。


 躊躇いもあったが、やがてに思い切った神様は、子の心の奥底深く、魂へと話しかける。


「…案ずるでは無い、もう家に帰りそして今日より一人で眠るが良い』


 神様はそう語り掛けながら、急ぎその子の心を見渡した。


『これは酷い…』


 この幼子の心、引いては魂そのものまでもが、黒く嫌な気配を持つ、物の怪の様な蜘蛛に食い荒らされているのだった。


 尤もこの蜘蛛自体、本当のところは物の怪などでは無く、この子自身の心が生み出した、ある意味恐怖の固まりの様なものなのだった。しかしここまで強固に形を得ていれば、もはや自らの力では如何ともし難かったであろう。


 神様は呪を組んで身を転じると、この子の心内を疾風はやての様に駆け、当たるを幸い、全ての恐怖を微塵に砕きながら移動する、


 神速を以て子の心の中を駆け抜けた神様、その神様へ、声無き声が不安そうに問いかけてくる。


「でもそうしたら、また蜘蛛が僕のことを追いかけてくるよ?」


 これまでの恐怖の支配により、この子の心は深く暗く、そして冷たく小さく固まりきっていた。


 既に神様は大方の恐怖を蹴散けちらしてしまっていたのだが、この子の魂の底に残る澱は消えることはなかった。


 自らそれを感じている神様は、おのが存在そのものを消費しながら、神力の暖かな光を発し、子の心を、そして体中をゆっくりと満たしていくのだった。


 そして愛でる様に子に伝える。


「その時は我が通力を以てその身を守って遣わそう」


 驚き、困惑、不安、猜疑、安堵…数え切れないほどの様々な感情が心の内に押し寄せ、それはもうカオスを生み出しながら、中に一筋の光を見いだした子供は神様に問いかける。


「本当に?助けてくれるの?」


 この時既に恐怖の根源は皆打ち払われていたのだが、この子にそのことを知る術は無い。故に神を疑うといった、有るまじきこともあっさりと口にしてしまう。


 しかし、藁をも掴むその気持ちが理解出来る神様は、何も拘ることなくその思いを飲み込んでしまう。そして安心させるかの様に暖かな笑いで以て、子の心を包み込んでいくのだった。


 その笑い声のお陰か、子の心がゆっくりと潤びていくのが感じられる。信頼の思いが芽生え、育ち、それが安心感を伴って神様に向けられていく。


 神様は少しでも労る気持ちが伝わるよう、優しい響きを持たせて思いを伝える。


「約束してしんぜよう」


 神様のその言葉に、子からは当初千々に乱れた思いが伝わってくる。しかしその思いは次第に形を成し、やがてに一つに集約される、それは感謝の念だった。


 神様はその思いの必死さ、健気さ、可愛らしさに堪らず、思わず笑いを漏らしてしまう。

既に恐怖が全て打ち払われたことは確かめているので、暖かな笑いを残しながらゆっくりと引き上げ様とするのだった。


 するとそんな神様に向けて声が追いかけてくる。


「待って!」


 子の願いは全て聞き届けられていると言うのに、これ以上何の願いが有ると言うのだろう?その様なことを思いながら神様はその場に留まり、そして問う。


「まだ何か用があるというのか?」


 果たしてこの子はこの後、一体何を言ってくるのだろう?神様はその答えを楽しみにしつつ、僅かに胸を躍らせているのだった。


 その神様の元に返ってきたのは、子の躊躇いながらも、これだけは聞かなくてはと言う強い思いが伴うものだった。


「あの…名前は何と言うの?」


 自分のことを助けてくれた存在、その存在が何であるか、どうしても知りたいという事なのらしい。


 子の心の中では、恐怖が打ち払われたという思いが、次第に確信に近づいて行きつつあるのだが、それでも未だ拭えぬ一抹の不安もあるのかも知れない。


 そう考えれば、救い主の名を知りたいと思うのも、自然なことなのではないか?神様はそう考えつつ、利発なこの子の心の動きを楽しそうに見つめるのだった。


「我の名を問うか…」


 本来ならこの様なたった一度きりの関わり、名を教えるなど以ての外のことなのだが、何故か神様はこの子の心そのもの、そして魂に心引かれるのを覚えていた。


 だが既に力の大半を無くしつつあると言っても、我は神。神に問うからにはそれなりのことがあるであろう?そんな事を思いながら子に問い返す。


「名を問う時にはまずどうせよと教えられた?」


 心の在り様を見るに、この子が親元ですべからく木賃きちんと育てられていることは、既に理解している神様。なので更に子を育てる様なつもりで問い返したのだった。


 するとちゃんと、打てば響く様に答えを返してくる。


「あ、そうか…」


 子はそう言うと何やら少し考え、その後出来る範囲でと言う但し書きが付くのであろうが、居住まいを正し、そして言うのだった。


「僕は祐二、吉村祐二と…」





「雨子さん、雨子さん。起きて…」


「うううん」


 雨子様は眠い目を擦りながら、ゆっくりと意識を浮上させた。思いも掛けず深く眠りの世界に入り込んでいたらしい。


 しっかりと目を覚まし辺りを見回すと、そこには成長した祐二の顔。

此所は祐二の部屋、雨子様はその祐二のベッドに身体をも垂れかけ、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


「なんだか随分気持ち良さそうに眠っていたのだけれども、何か良い夢でも見たの?」


 すると雨子様は、問いかけてくる祐二の顔をじっと見つめる。


 余りにもじっくりと見てくるので、些か居心地の悪くなった祐二は苦笑しながら言う。


「なんなのそれは?そんなに僕のことを見つめるほど何か有ったの?」


 雨子様は、たった今見ていた夢のことを、祐二に話したものかどうかと少し悩むのだが、やはり話すことにする。


「実を言うとの祐二、其方と初めて逢うた時の夢を見て居ったのじゃ」


「僕と初めて会った時の夢?」


照れ臭そうに言う祐二。


「それって何の初めての時?雨子さんがその姿を顕現した時のこと?」


 その言葉に雨子様はゆっくりと頭を横に振る。

その後、今一度雨子様は祐二のことをしげしげと見つめる。


「我が夢見て居ったのは、祐二が我が社に来て、悪夢から解放してくれと祈った時のものじゃ」


「ああその時のこと…小さすぎてもう余り良く覚えていないのだけれども…」


 そう言う祐二に、雨子様は包み込む様な優しい目をしながら言う。


「ひょろひょろのがりがりで、今にも消え入りそうな童じゃった。自らの安寧を願いつつも、母への気遣いなどしおって、ある意味年不相応なほど確りして居ったのかもしれぬ。その必死に願う様はなんとも可愛ゆうての、我が心を打ったものじゃ」


 そこまで言うと雨子様はそっと祐二を手招きして寄せる。

そしてその頭を両の手で挟む様にすると言う。


「それがこの様に大きゅう、しっかりと大人に成りおっての?くふふ…」


 雨子様はそう言うなりその頭をきゅうっと胸に抱き寄せ、思うのだった。


 嘗ては守りたい、守らねばと思った存在が、斯様に大きゅうなり、今や傍らに並び立ち、時に我を守ろうとするまでになっている。


 生活を共にし、互いに心を交わし、委ねあっている内に、他に比べるものが無いほど大きな存在になった祐二と、いつしか心から愛し愛されたいと思う雨子様。


 雨子様はほっと静かに甘い吐息を吐く。


 今は未だ…、しかしそう遠くない未来に必ずや、この者を受け入れられる存在になる。

そう思いながら、ほんの少しずつではあるが、ゆっくりと、永続的に心と体を変化させ続けている雨子様。


 だがそうで有りながらも、大きな期待と共に、今以て僅かではあるが不安が拭いきれない、そんな所も有る雨子様なのだった。

いいね大歓迎!


この下にある☆による評価も一杯下さいませ

ブックマークもどうかよろしくお願いします

そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き

楽しんでもらえたらなと思っております


そう願っています^^

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