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天露の神  作者: ライトさん
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閑話「雨子様の朝」

雨子様の居る家庭のとある朝の風景です

彼らの日常がより身近に感じられるようになる、そんな礎にでもなればな有って思っています

 雨子様の朝は早い。早いと言ってもパン屋さんや新聞屋さんほど早い訳ではないが、ま、ちと早い。


 デジタル時計が五時五九分から六時00分に切り替わった丁度くらいに、パチリと目を覚ます。だが目を覚ましたと言うことが即ち、ちゃんと覚醒したかと言うこととは少し異なっている。


 九月ももう半ばであるが秋と言うにはほど遠く蒸し暑い。お陰でエアコンは入っているとは言うものの室温は高く、まだまだタオルケットが主役となっている。

雨子様は今、そのタオルケットの中でもそもそ動き、伸びをしている。ゴロゴロ転がり、枕をきゅうっと抱きしめたりもしている。


 それら全てを半分無意識でやっているようなので、何故と聞いてはいけない。

大体そんな事が五分ばかり続き、やがてひょっこり身を起こして来る。再び大きく伸びをしながら欠伸。


 もしかするとこの欠伸こそが雨子様の意識の切り替えスイッチになっているのかも知れない。その黒目がちな大きな目にキュンと火が灯る。


 布団の上に座ったままそっと祐二の方を伺う。祐二はまだまだしっかりと夢の中にいる。

そのことを確認した上で雨子様は布団の上から抜け出す。そして素早く布団を片付け、ついでに身支度をする。


 この時何かの拍子に祐二が起きているようなら、姉の部屋で着替えるのだが、大体において目を覚ますことはないので、ままよとさっと制服に着替えてしまう。


 脱いだパジャマを手に洗面所に向かい、洗濯カゴへ。そして歯磨き洗面を済ませ、本当で有るなら美少女は行かないと言われているトイレにも行って出すものを出す。


 もっとも、この肉の体を手に入れた当初は、そのようなことはなかったのだが、祐二達と暮らしを共にし、なんだかんだと自身の体に修正を加えている内に、何時しかこうなった。

これ以上は説明しない、こうなったで十分だと思うから。


 さて、朝の一連の作業を終わらせた後、雨子様はリビングに現れる。

その向こうに見えるダイニングキッチンでは、既に母が朝食や弁当の支度を始めている。


「おはよう」


 例え雨子様が神様であっても、挨拶は欠かせないのだ。


「おはようございます雨子様」


元気な声で返事が返ってくる。


「のう、母御よ、我はそなたらに養のうてもろうて居る立場じゃ、余りそのう、畏まられては何とも収まりが悪うてな」


でも母は雨子様のそんな言葉はまったく意を介さなかった。


「いいえ、雨子様。雨子様は我が家に幸せを齎して下さった神様ですもの。やっぱり大切にさせて頂きたいし、敬う気持ちを持たせて頂きたいですわ」


「むう」


そう言うと雨子様は少し居心地悪そうに頭を掻いた。


「もっともそうは言っても雨子様がお嫌なことをしてもいけませんよね。ほどほどにさせて頂くつもりですが、そのあたりはどうかよしなに」


 そう言うと彼女は一時料理の手を止め、雨子様の居るリビングへとやって来た。

そして雨子様の腰掛けているソファに向かうと、その髪を丁寧に梳ることを始めた。


「いつ見ても綺麗な御髪ですよね」


「そうなのかや」


「ええ、まったくです。とても羨ましいですわ」


 凡そ雨子様の髪は腰ぐらいまである。黒く滑らかで実に美しい髪なのだが、母のその日の気分で三つ編みにしたり、編み込んだりと様々なスタイルとなる。


 いつもそんな面倒を掛けるのが申し訳なくて、そのままで良いと雨子様は言うのだけれど、その身だしなみを綺麗に整えるのが楽しくて仕方ないらしい。

だから雨子様はいつも黙って彼女のするがままになっている。


 その髪のセットがほぼ終わるくらいの頃だろうか?まず父がやって来、次に祐二が寝惚け顔をそのままにやってくる。


「おはよう」


「おはようございまーす」


「「おはよう」」


雨子様と母がハモるように挨拶を返す。母はさっとキッチンに戻り、雨子様もその後に続く。


 男達はと言うと、さえ無い顔つきでのそのそとダイニングの席に向かっている。その様が余りに似通っているので、彼らが確かに親子であると雨子様は妙な所で認識してクスリと笑う。


 勿論母は、雨子様のお手伝いなど申し訳ないと遠慮していたのだが、是非にと言われれば受けるしか無く、今は雨子様の日課ともなっている。


 母が用意している料理や皿を盆に載せるとテーブルに運び、手早く配膳を済ませてしまう。父は未だ雨子様の配膳に慣れぬ思いをしているが、祐二はと言うともうすっかりと当たり前としている。


 七瀬が見れば何か言うかも知れないが、雨子様も既に日常のこととしている。

ほぼほぼ配膳が終わった所で、父、祐二に続き雨子様がテーブルに着き、皆で食事を始める。何でも母は後でのんびり頂くことが幸せなのだそうだ。


 因みに吉村家の朝は凡そ七三で洋食が多い。主にそれは父親の珈琲好きによるところが大きいのだが、それはさておき、雨子様の今のブームは、カリカリに焼いたトーストにたっぷりとオレンジのマーマレードを付けること。

嬉しそうに笑みを浮かべながら齧りつく様は、記念写真に撮っておこうかと思うくらいに良い表情、だが残念ながら誰もそれを撮ったことはない。


ん?撮れば良いのにと?雨子様はともかく、母の雷が怖くなくばどうぞと言いたい所。だがこの家にそう出来る者は一人も居ない。


 食事を終えた順に各々シンクに食器を運び、母の手づから弁当を受け取る。


「サンキュ母さん」


「ありがとう母さん」


「母御よ、感謝である」


とまあ、三者三様。でも表現はともかく、朝早くからこうして弁当を作ってくれる母に対して、しっかりと感謝の念を持っている。そう言うリスペクトがあらばこそ、母もまた美味しい食事を作りたくも思うものだ。


 最後にそれぞれ洗面所で身繕いをすると、次々玄関から出て行く。


「行ってきます」


「行ってきまぁーす」


「行ってくる」


 母の作ってくれた朝ご飯をお腹一杯に詰め込んだ三人は、元気よく家の玄関を飛び出して行く。


父はそのまま駅に向かい、祐二と雨子様は少し距離はあるが、徒歩で高校へと向かう。


 その後ろ姿を見送るのは母。ちゃんとまた元気で返ってくるのよと心の中で願っている。誰にも言わないのだけれども毎日そう思っている。

こんなことを願っているなんて、きっと誰も知らないわねと小さな声で独り言ちする。


 少し離れた所で振り返った雨子様は小さな声で言う。


「母御よ、その願いしかと聞いてるが故、安心するが良いぞ」


 もっとも、今の雨子様にそんなに大きな力は無いのだけれども、雨子様は自分に出来る精一杯で頑張るぞ、そんな風に思うのだった。


因みに筆者も珈琲が好きですね

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