再臨
ようやっと雨子様再登場
外はとっくに日が落ちて、辺りは真っ暗になっている。でも幸さんから聞いた話のせいだろうか、足取りはとても軽かった。
ただ一つ不思議だったのはあんな風に傘の精?が見えたこと。雨子様の時の事と言い、僕には何かそう言う才能が開花したのだろうか?
だとしたらこれから同じよな事が起こるのだろうか?余り妙なことが起こらなければいいのだけれど。
僕は胸の中に湧き起こった言いようのない居心地の悪さをどう表現すればいいのか分からないまま、やがて自宅に帰りついた。
「ただいま」
大きな声でそう言うと、胸の中のもやもやが抜けていく。
「おかえり」
台所の方から母の声が聞こえてきた。
家の中に漂う香りから察するに、今日のメニューはカレーだろう。
その香りと、頭の中のカレーのイメージのダブル攻撃にあってお腹が猛烈に空いていることが思い出される。
移行僕の頭の中には晩ご飯のことしかなくなってしまった。その程度で消えたことを考えると、先ほどの違和感なんてものは大したものでは無かったのかも知れない。
僕は自分の部屋に鞄を放り込むと、洗面所で手を洗った。洗いながら大きな声で
「腹減った!」
と猛烈なアッピール。
「全く祐ちゃんたら、家に帰るなりいきなりそうなんだからねえ」
母の半ば嬉しそうな、半ば呆れた声。僕の日常はそうやって普段と同じ流れの中に戻っていった。
喉元すぎれば何とやら、日本にはそう言う諺がある。その言葉がなぜこの国にあるのか、その辺りの事はとんと知らない。けれど実感として実に確かなものとして感じている。
食事を終え、のんびりとした時間の末に早々に寝床についた僕は、襲い来る睡魔に抗う
ことができずに、あっという間に夢の世界へと落ちていった。
翌日目を覚ました僕は、ぼうっとした頭で枕元の時計を見て驚いた。一瞬自分の目で見たことが信じられずに二度見をして時間を確認してしまった。呆れたことに時間は既に夕方近くになっている。
いったいどうしてこんなに長い時間眠ってしまったのだろう?例え前日に徹夜をしていたとしてもいくら何でもこれは寝すぎだ。
昨日何か特別なことでもあったっけ?だが頭がぼうっとしてうまく昨日のことが思い出せない。
時として人間の記憶と言うものは実にいい加減で、昨日の傘の事件のことなどこの時点ではほとんど忘れかけていた。
確かにあれだけ現実感に乏しい出来事であれば、そうなってしまうのも無理はないだろう。それだけじゃなくて、人の心には理不尽なものを理解できるものへと丸め込んでしまうような性質があるのだと思う。
ともあれ信じられないほど眠っていたおかげで、頭の奥底の方に眠りの芯のようなものが残っていて、なんだかちっとも目が覚めているような気がしない。
だがそんな僕でも階下から賑やかな声が聞こえてきているのだけは理解できた。
二階にある僕の部屋から一階のリビングダイニングまで、扉が二枚に階段が一つ。まあごく当たり前の構成なのだけれども、それだけのものを通しながらも声が聞こえてくる。
実に賑やかで母の声は分かるのだけれども、もう一つの声は誰のものだろう。
葉子ねえでも返ってきているのかな?いやそれにしては少し甲高い?言うならそう、近所でよく遊んでいる子供の声のようにも思える。
だとするとよその子でも何か用事があって我が家にやってきているのだろうか?
余り働かない頭を抱えたまま、空きっ腹を抱えて僕は部屋を出、階段を下りていった。
最後のリビングの扉をゆっくりと開ける。そこに居るであろう誰かの姿を予測しつつ。
「おはよう、一体いつまで眠っているのかと思ったわよ?」
とは母。ゆったりとしたソファにのんびりと腰かけている。
だがもう一人はどこなんだ?ざっと見てみてもその姿が見つからない。もしかしてテレビの音声だったのかな?
それにしては…そのテレビの電源は切れたままだ。
「…?」
狐に摘まれたような思いで辺りを見渡す。
何処にも人の姿はない。母はそんな僕の仕草をじっと見ていたが、やにわにぷっと吹き出しながら笑い始めた。
「祐ちゃんたら…」
と、それに呼応するかのように母の横から笑い声がして来るではないか。
「?」
母の横にいるのか?しかしいくら何でも…。
部屋に入って回り込んだとたんに、ぱかっと開いた口が塞がらなかった。
走馬燈のように思い出される記憶の話が良くあるが、僕にとってそんな悠長なものでは表現できなかった。それこそ稲妻のような勢いで場面場面がフラッシュバックし、脳裏を駆け抜けていく。
最初は何がなんだか分からなかったが、次第に合点が行き、目の焦点が目前にあるものに結ばれていく。
何がどういうことか分からないけれども、僕の心の中で何かがかちりとはまるのを感じた。
「雨子様?」
「うむ、そうじゃ」
と、当の神様は涼しい顔。
「いや、その…」
僕の口からそれ以上の言葉はでなかった。
その姿はいつぞやの時に見たそのままだった。ただどこか違和感がある。
それが一体何なのか?母と見比べていて合点が行った。
その縮尺がどうも人間サイズではなく、そう、例えるならば人形サイズなのだった。だが目鼻立ちは明らかに美しい人間の女性のそれで、人形のものとは全く異なっている。
だがそんなことはどうでも良い。雨子様が、神様が何でこんなところに?って言うか雨子様って本当にいたんだ?
今頃になってそんなことを考えていることに自分自身で驚いた。
何度も会って居る上、悪夢からも解放してもらっておいていくらなんでもそれはないんじゃないか?
多分誰でもそう思うだろう。実際僕もそう思った。
だがそうは言っても普段の生活から余りにかけ離れた存在であるだけに、知らぬ間にどこかでそれを否定していたのかも知れない。
「ふぅ~」
いつの間にか止めていた息をゆっくりと吐き出した。
「ともあれ説明が必要かの?」
とは雨子様のお言葉。僕は黙って頷いて見せた。すると母は、
「じゃあお茶を淹れなおすわね」
と席を立った。
なるほど見るに雨子様の前にもちゃんと湯呑みが置いてある。当たり前のことながら母にも雨子様が見えている訳だ。
僕は母が居なくなって空いた席にどかっと腰を下ろした。その反動でミニサイズの雨子様がぽんぽんと弾む。
「これ、乱暴にするでない」
そう言いながら雨子様は眉根を顰めた。だがそれも一瞬のことで、にっこりと満面の笑みを浮かべながら僕のことを見ている。
「で?」
僕が一言言うと雨子様はそっとその口を手で覆い隠した。
手に隠されていたところで十分に分かる。雨子様は笑っているのだ。でもそれを何とか押さえようとしている?しかしその努力は既に虚しくなっている。
「ああ、もうだめじゃ」
そう言うなり雨子様は実に賑やかに笑い始めた。ああ、そうだ。さっき二階にまで聞こえてきた声はこの声だった。
そこへ母が新たに入れたお茶を持って戻ってきた。
「あらまあ雨子様ったらそんなに笑われて。祐ちゃんがよほどおかしいことを言ったのね?」
いいえ、僕は何もおかしい事なんて言っていないから。腹の中ではそう言ったけれども、今は黙っていることにした。
すると母が話をし始めた。雨子様はと言うとまだ笑いの発作?が押さえられていないと見える。
「祐ちゃん、怖い夢を見ていたのを雨子様に治してもらったのだってね。そう言えばあちらの神社に行ってから急にあなたが怖い夢を見なくなって、葉子ちゃんとも不思議だねって話していたのよ。こう言うことならちゃんと説明してくれたら良かったのに」
僕は一つ大きくため息をついた。
「母さんはあの時、絵空事のお話におびえていた僕が、更にその上神様に会ったって言ったら信じてくれた?」
「ん…」
母はそう言うとちょっとの間思案していた。
「でも現にお会いしたのでしょう?」
「そりゃあそうだけれども…」
でもね、その実直接に会っている僕自身ですら、少し経つとそれが本当にあったことなのかどうか分からなくなってしまっていたんだよ。それにあの時は話そうと思っていてもなぜか話すことが出来なかった。
あれやこれやと心の中で愚痴ったのだけれどもそれは母の預かり知らないこと。
「それで一体雨子様とどんなことを話したのさ?」
僕がそう言うと母はきょとんとした表情で答えた。
「何って祐ちゃん、どうやってあなたに出会ったかって事と、これから祐ちゃんのところでお世話になるからよろしく御願い致しますって言うお話をちょうど雨子様から伺っていたところよ?」
僕は目を見開くと雨子様に視線を振り向けた。その視線の先では雨子様が美味しそうにお茶を飲んでいる。いや、そんな風に見えた。
「雨子様お茶飲めるの?」
「うむ、こうやって実体化しているときには飲むことも出来るし、味わうことも出来る。じゃが身にはならぬの。まあそれも追々変えていっても良いとは思うのじゃが。ちなみにこの茶は実に良い味をしておる」
「はぁ」
もう何がなんだか分からなくなった僕は深いため息を一つ吐いた。
「すまぬな」
いきなり雨子様がそう言った。
「?」
一体何がすまないのか?すまないの理由を思いつかなかった僕は目顔で雨子様に問うた。雨子様はそんな僕の思いをすぐに見抜いた。
さすがと言うべきなのか?それくらいは神様だから当たり前なのかな?
「すまぬと言うのは最初の時の事じゃ。そなたは一度母に我のことを話そうとしたことがあったであろう?」
「うん」
僕はその時のことを思い出しながらそう返事した。
「あの時話せなかったのは、我がそれを禁じたからなのじゃ」
「禁じた?」
僕は思わず問い返してしまった。どうしてそんなことを禁じなくてはいけなかったんだろう?
「そうじゃ」
そう言うとしばし僕の顔をまじまじと見た。何かを思い出しているようにも見える。
「そなたはあの頃自分がどんな状態であったか知っておるかの?」
「どんなって言われても?」
ふと視線を感じたので、その方向を見ると母がにこにこしながら僕たちの様子を見守っている。全く何も動じないのか?僕は母の許容量の大きさに少なからず驚いた。
「あの時のそなたは、その年頃の童に似合わず目の下に隈など作っておってな、線も細く、それこそ折れんばかりじゃった」
余り思い出したくもないことだったが、多分当時の僕は言われる通りだったのだと思う。
毎日眠ろうとすると恐ろしい悪夢が襲ってきた。しかしだからといって眠らないわけにはいかない。眠気に負けてつい微睡んでしまうのは当たり前のことだった。
だが夢の中の蜘蛛は僕の恐怖を極限まで増幅し、何度も叫び声を上げて飛び起きる始末だった。
おかげで食はどんどん細くなっていたから、がりがりに痩せていた。
「そんな状態のそなたが今度は神に会ったとでも言うてみ、そなたの母はますます心配するであろう?」
まさにその通りだったと思う。
「故にあの時は口を封じた。そして体調が快方に向かってからは、わざわざ我がしゃしゃり出るまでもない。童であったそなたは、瞬く間に我とのことを忘れていきおったしの」
それは全くの事実であったから申し開きようがなかった。喉元過ぎれば何とやら。悪夢から解放された安堵感で僕は暫くの間寝てばかり居たし、元気になったら元気になったで、遊ぶことに夢中になっていた。
ある意味ごく普通の男の子だと思う。しかしそうは言ってもこうして指摘されると何とも居心地が悪かった。
「ごめんなさい」
そう言うと僕は頭を下げた。ちらりと母を見ると、僕の方を見ながらなにやらうんうんと頷いている。何なんだ一体?
「殊勝じゃの?母御は良い育て方をされたと見える」
そう言うと雨子様は、母の方に向かってにっこりと微笑んで見せた。母はと言うと実に嬉しそうだ。そりゃそうだ、神様に誉められたのだとしたらそうだろう。
なんだか母と雨子様の間には、既にあうんの呼吸で何かの繋がりが出来ている。その様に感じさせられるやり取りだった。
「僕のいない間に一体どんな話をしていたのやら」
僕が不満げに少し口を尖らせながら言うと、雨子様はころころと笑った。代わりに母が言う。
「雨子様が話してくださったのは、さっき私が言った通りのことだけよ?もちろん内容は少しばかり詳しかったのだけれど。概ねあなたがどのようにして雨子様の神社に行ったかってことと、雨子様があなたの悪夢を追い払ってくださったってことだけよ」
僕は眉を顰めながら首を振った。
「それは雨子様から母さんに話した話だよね?僕が気になるのはその逆の話なんだけれどもな?」
今度は母がぷっと吹き出した。
「そうねえ、あなたがいつ頃までおねしょをしていたとか、幼稚園では誰のことが好きだったとか、そんな話だったかしら」
思うに多分そんな話は氷山の一角に違いない。雨子様と母の間にある微妙な一体感は、そう言う秘密を共有したものに特有の香りがあった。
僕は何事か言ってやろうとも思ったけれども諦めた。
相手は二人組の女性だし(そうは言っても一人は神様だった)母は少なくとも僕の弱点を悉く知っている。況や雨子様ときたら僕の知らないようなどんな弱点を知っていることやら。
くわばらくわばら、この言葉はこんな時のために特別誂えで作られた言葉に違いない。
僕が何事か言いかけた後、頭を振っているのを見た母達はなにやら小声で話し合ってはまた笑っている。
僕は仕方なく手を挙げた、降参の印。
さすがにそこまでやると気の毒に思ったのだろう、雨子様はそれ以上笑うのを止めた。でもその視線は限りなく優しかった。
「それで雨子様、これからどうされるのですか?」
本筋の戻って雨子様がなぜここで姿を現したのか、まずはその謎を解き明かそうかと思った。
すると雨子様はきょとんとしている。
「そなたは我が厄介になるがかまわぬかと尋ねた時、許すと言ってくれたのではなかったかえ?」
僕は当時のことを思い起こしながら返事した。
「ええ、それは間違い無く。ただあの時はこうやって姿を露わさられるとは思っていなかったものですから」
「ふむ、それも道理じゃの。じゃがそなたは未成年故、今後そなたの側で実体を持って過ごすとなればやはり母御にも許しを貰っておくべきじゃろ?」
「ええ、まあそれは…って、実体?今後ずっと?」
思わず僕が目を剥いていると、雨子様はクスリと笑いながら頷いた。
一体何だってそんな展開に?今の今まで僕には雨子様がこんな形で姿を現すなんて言うことは、想像すらできていなかった。
「それで母さんは?」
母に問いかけると満面の笑みで答えを貰った。
「それはもう是も非もないことですもの。言ってみればあなたの恩人なのですから喜んで我が家にお迎えするし、また迎えなかったらそれこそ罰が当たるわ」
「その様なことくらいで罰は当てたりはせぬ」
とは雨子様。神様が神妙な面もちをしていると表現すると、どうも妙な気がするのは気のせいか?
罰を当てるとか当てないとか、雨子様は実際神様なのだからそう言うこともあるのだろうけれど、何とも非現実的な感じがして仕方がない。
「ともあれそなたの許しが有ったおかげで我は命長らえ、更には余分の精も得ることが出来ておる。これは深く感謝しなくてはな」
そう言うと雨子様はソファーを降り、綺麗に正座すると深々と僕に向かって頭を下げた。
いやまさか、神様に頭を下げられるだなんて思っても居なかった僕は慌ててしまった。
「そ、そんな雨子様、止めて下さいよ」
「そうかの?」
そう言うと雨子様はゆっくりと頭を上げた。なんだか表情が妙ににやついている。一体何故?
「?」
すると母の「あーああ」との声。
「母殿、如何であったかな?我の言うた通り、そなたの御子は我の辞儀を良しとせなんだ。賭は我の勝ちであろ?」
何が良いって?賭って何だ?僕が目をぎょろつかせていると再び女性二人の笑いに包まれた。
「さすが神様、雨子様ね」
とは母。
「私よりも祐ちゃんのこと知っているんだもの、なんだか親として悔しいわ」
雨子様はまたひょいとソファーに腰掛けると笑いながら言った。
「母殿、そなたは祐二のことは良く知っておるかもしれんが、人のことはまだまだなのじゃ。百人千人の人を知れば自ずとそう言う事柄も分かってくるものなのじゃ」
言われてみればさすが神様の言葉と言えるかもしれない。
長い年月を生きているのでなければ、このような言葉は吐けないだろう。僕は今更ながら雨子様の神性を感じてしまった。
「それでじゃな」
そう言うと雨子様は居住まいを正した。
「あのままそなたの中に住まっていても良かったのじゃが、そなたにはそなたのその…なんと言うたかの?」
そう言うと雨子様は、母の方に救いを求めるかの様に視線を送った。
「プライバシー」
母は小さな声で助け船を出した。
「そう、その『ぷらいばしー』とやらがあるであろうからの」
僕は苦笑しながら頭を書いた。言われてみればまさにその通りだ。しかし今更そんなことを言われると逆に気恥ずかしかったし、雨子様からそんなことを言われるとは思っても見なかった。
「じゃが我がそなたから生きるための精をもらい続けるためには、出来るだけ側に居させて貰わねばならん。そう考えるとこうして母殿にきちんと了解を求めるのが筋じゃと思うた訳よ」
なるほど雨子様なりにいろいろ気を使っていてくれた訳だ。
「それでね」
とは母。
「雨子様には葉子ちゃんの部屋を使って頂こうかと思うの」
確かに葉子ねえの部屋なら、主がいないだけで一切がそろっているから便利かもしれない。
雨子様はちんまりと座り直すと母に向かって頭を下げ得た。
「では改めてお願い申し上げる」
母は慌てて雨子様の前に座り、同じように頭を下げる。
「とんでもない雨子様、こちらこそ宜しくお願いいたします」
交わされている言葉こそ杓子定規でかしこまっていた。しかし二人の間に流れているものは、明らかに既に分かり合っている者同士の何かだった。
「さあそしたらご飯にしなくっちゃね」
そう言いながら立ち上がる母。穏やかな表情で微笑む雨子様。
「そうそう、雨子様は食べられない物はないのかしら?生臭物が食べられないとか…」
「我に食べられない物はない。しかし別に食べなくともかまわないのじゃぞ?」
「でも食べられるし、美味しい物を食べたら美味しいと思うのでしょう?」
「うむ」
「なら食べなくっちゃ、美味しい物を食べることは人を幸せにするもの、もっとも雨子様は神様だけれども」
そう言われた雨子様はなんだかとても嬉しそうだった。
「うむ、そう言うことか。ならば相伴させていただく。ただ我の目の前で生き物の命を奪うことだけは避けてたもう」
雨子様のその願いに母は目顔で問うた。
「?」
雨子様はその問いにほんの少しだけ眉を顰めながら答えた。
「生きている物を食べるというのはこの世の定命の物の定め、あらがえぬ業であるからそれはどうこう出来るものでは無いし、またするべきものではない。ただの、さすがに目の前でやられると、そのものから絶え行く命の声が聞こえてくるのじゃ。もちろん離れていても聞こえはするのじゃが、視覚に結びつくのはどうもちと…」
好奇心を持った僕は更に聞いてみた。
「他の神様方もそうなのかな?」
「むぅ」
そう言うと雨子様はしばし視線を彷徨わせた。
「我の知る限りではいく人かはそうではない者も居るようじゃ。じゃがなこれは禁忌とまで言うものでは無いが、大切な気分の問題なのじゃ」
「そうなんだ」
僕は神様について一般に思われていることとは色々異なることが有るのかもしれない。そんなことを考えていた。
そこまで聞くと、母はきっと安心したのだろう。僕の肩をトンと叩くと台所へと去っていった。
これから雨子様は人間界でどんな生活をしていくのだろう?