「追求」
大変遅くなってしまいました
「ところで…」
そう言ったところで和香様は少し声を潜める。
「自分、なんかうちらに言うこと無いんかな?」
そう言いながら、まじまじと雨子様のことを見つめる和香様。その傍らでうんうんと頷きながら、同じく雨子様のことを穴の空くように見ている小和香様。
「な、な、何を言うて居るのか分からんのじゃが?」
二柱の勢いに若干押されながら、そう答える雨子様。
そんな雨子様のことを覗き込んでいた和香様は、小和香様に向かうと言う。
「あかん、小和香。これほんまに自覚あらへんで?」
そう言う和香様の言葉を受けた小和香様が、驚いたような表情で言う。
「ええ?そうなので御座いますか?この破壊力にもかかわらず、ご本人自身が気がついておられない?その様なことがあるのでしょうか?」
そう言った後、小和香様は少し不思議そうな顔をする。
さすがにここまで言われると、雨子様自身も気になってしまうのは当然のことだろう。
「ちょっと待つのじゃ、一体何をしてそなたらはその様なことを申して居るのか、今一度我にも分かるように教えてくれまいか?」
雨子様のその台詞に、二柱は顔を見合わせるとはぁっと溜息をついた。
そして和香様がつんと、指先で雨子様の唇を差して言う。
「うちらが言うとるのはこれや?自分、分かってへんのか?」
「ふへ?」
まさか雨子様から、これほど間の抜けた言葉が出てくるとは、思ってもみなかった二柱は、思わずその場に突っ伏してしまう。
「なんやのんそれは?」
「そうは言われるがの、そなたら一体何を?」
ことここに至って和香様は仕方無しとばかりに言う。
「そやからその唇のことや」
「唇?」
丸っきり理解が進まない雨子様の様子に、小和香様は下を向いて笑い始める。
「うふふふ、雨子様、そのお口元を染めているのは何なのですか?」
「あ!」
はたと思い当たる雨子様。
「あ!や無いで雨子ちゃん、それで自分一体どないしたん?」
「これかや?」
そう言うと雨子様は、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「うわこれ何?凄い破壊力やな?」
仰け反りながらそう言う和香様に、蹲ってしまう小和香様。
いや別にお腹が痛い訳では無い、いや、痛いのか?少しばかり笑いを堪えるのに苦労している様子なのだった。
「これはその、なんじゃ、出掛けに節子がの、もうそろそろ大人なんだからと、女にとって外出は戦も同じと言いつつ、紅を差してくれたのじゃ」
そう言うと雨子様は、トートバックの内ポケットの中から、節子の呉れたルージュを取り出す。
「なるほどそれやねんな?」
和香様は、雨子様の手越にそれをまじまじと見つめ、何やら妙に納得するのだった。
「雨子ちゃん、自分、よう気をつけや?下手したらそれのせいで戦が起こるで?」
さすがの雨子様もその言葉は信じることが出来ず、笑いながら言葉を発する。
「たかだか我の口元を染めたくらいで戦とは、何を大げさな…」
だがそれに応える和香様は至極真剣だった。
「何言うてるねん、人の世には傾国という言葉が有ってやな…」
少し憮然とした顔の雨子様がそれに応える。
「傾国という言葉くらい知って居るわ。じゃが到底我がそれに値するとは思わぬぞ?」
そう言う雨子様に、和香様が嫌々するように頭を振りつつ言う。
「あのな、雨子ちゃん。普段の自分は何でかしらんねんけど、不思議と人目を引かへんねん。それが何でなんかはよう分からん。うちから見て贔屓目に見てもごっつう綺麗な女子やと思うのに、ちぃーっとも目立てへんねん。それが何でか知らんけど、その口紅、今風に言うたらルージュかいな?それを付けたら一遍に雨子ちゃんのその顔に、目が行くようになるんよ。それはもう吃驚するくらいやで?」
和香様の説明を聞き、未だ信じられないと言った表情をしている雨子様なのだが、ふと何事かに思い当たったらしい。
「そう言えば…」
和香様と小和香様がその言葉に飛びつく。
「そう言えば何やねん?勿体ぶらんと早よ言い!」
傍らで小和香様がぶんぶんと首肯している。
「来がけの電車の中で、幼気な女童に「お姉さん綺麗」と声を掛けられたのじゃ。わざわざ声掛けしてその様なことを言われたのは初めて故、随分と戸惑ったのじゃが…」
「それや!」
大きな声を上げてそう言う和香様。
「もうすっかりと効果が出とるやあらへんの。あかん、雨子ちゃん。大勢の前でそれ付けるのは少し考えた方がええかもしれんで?」
その言葉を聞いた雨子様、なんだか少し泣きそうな顔になっている。
「何をそないに泣きそうな顔しとるんよ?」
その表情に気がついた和香様が問うと、口許を少しへの字に曲げながら雨子様が言う。
「これは節子が初めて呉れた、我に初めて呉れた化粧具の一つぞ?それを付けるなと言われて悲しくない訳が無いであろ?」
雨子様のその台詞を聞いた小和香様、ふとと有ることに気がついたのか、一旦部屋から姿を消し、直ぐに戻ってきた。その手には可愛らしい化粧ポーチがあるのだった。
昨今の小和香様は、同じ巫女役の女の子達との交流もあり、自然そう言った化粧ということに詳しくなりつつあった。
なので自身でもいくつかルージュを買って持って居たのだが、その内の一つを取りだして言う。
「雨子様、この色合いですと、今お持ちのルージュと極めて色が似て御座います。それで、試しなのですが、一度そのお口元の紅を拭き取った上で、これを引き直しては下さいませんか?」
「?」
そう願い出る小和香様の言葉に、一体どう言う意味があるのか分からない雨子様、ともあれまずは言うことを聞いてみようと思うのだった。
「どうやって落とせば良いのじゃ?」
こと化粧に関する限り、丸っきり素人の雨子様は、まずそこからだった。
そこで小和香様はポーチからクレンジングオイルの含浸されたコットンを引きだし、優しくそっと雨子様の口元を拭う。
「痛くはないですか?」
そう雨子様に尋ねて不快で無いことを確認する小和香様。一方和香様は、小和香様が既にその様な手練を知っていることに興味津々、目を丸くして覗き込んでいるのだった。
「むぐぅ」
口元を抑えられているので返事の出来ない雨子様は、目を伏せてその問いに答える。
やがてに綺麗に拭い取ることが出来た小和香様は、自分のルージュを手に持つと雨子様に言う。
「こちらは私が私用に使って居る物なのですが、雨子様のお口元に使っても差し支えないですか?」
小和香の使う物であればと、何の抵抗感も持たずに雨子様はあっさりと首肯する。
許しの出た小和香様は丁寧に、出来るだけ形美しく紅を引いてみせる。
引き終わった後、一歩下がって和香様に問う小和香様。
「どうでしょう和香様?」
問われた和香様は、改めて紅を引かれた雨子様の顔に集中する。
「ああっ!」
驚いた和香様はあんぐりと口を開ける。
「これは驚いた、こないなことが有るとは思わなんだわ」
そう言いながら和香様はくわっと目を見開きながら、雨子様の手にあるルージュに注目する。
「もしかしてこれか?」
和香様のその言葉に、小和香様は静かに頷いてみせるのだった。
そこで和香様は雨子様に頼むのだった。
「なあ雨子ちゃん、うちにそのルージュ、一遍見せてくれへん?」
先程からの事態の変遷に、全く以て何が何やらの状態の雨子様、怪訝な顔をしながら手に持ったルージュをそっと和香様に手渡す。
受け取った和香様は、目を細めながらしげしげとそのルージュを見つめ、やがてにぽんと膝を打つのだった。
「これや!これに間違いあらへん!」
蚊帳の外に置かれている感じの雨子様は、少し機嫌を悪くしながら問う。
「いい加減にせぬかそなたら、我にもちゃんと意味が分かるように説明せぬか?ことと次第によっては我はもう帰るのじゃ!」
帰ると言う言葉に驚いたのは和香様に小和香様
「何を阿呆なこと言うてんの、ちゃんと説明するからまずは自分のこれ、しっかり見てみ?」
そう言うと和香様は手に持ったルージュを雨子様に返却した。そこで雨子様は言われるがままにしっかとルージュに目を凝らす。すると…
「おお?なんじゃこれは?極小ではあるが、珍妙ではあるが、なんとも美しい呪よの?」
雨子様のその言葉を聞いた和香様、我が意を得たりと些か威張りながら言う。
「やろ?やろ?それってめっちゃめだたへんけど、えろう効果的で、それで化粧しとる人間に、えげつのう衆目を集める力もっとるで」
呆れながらも更にしげしげと見つめる雨子様。
「全くじゃな、極小故、我も気がつかなんだのじゃが、これほどの物とはの…。となると節子はやはり…」
雨子様と和香様は二人目と目を見合わせた。
「前も言うとったけど節子さんは間違い無く有力な…」
和香様の言葉を引き継ぐように雨子様が言う。
「有力な社家の系譜であろうな」
そこまで言うと和香様、雨子様、そして小和香様と、それぞれ目を見合わせた後大きく息を吐く。
「「「ふぅ~~~」」」
「なんや雨子ちゃん」
なんともしみじみとした調子でそう雨子様に話しかける和香様。
「自分、偉いとこと結びついたもんやなあ?おまけにその総領息子と結婚?吃驚やで?」
「確かにの、元より人の間に自然に呪を編む力を持つ者は珍しい、それこそ希有と言っても間違いでは無い。しかも当の節子はおそらく無意識じゃぞ?」
「うわたぁ!言われてみたらそうやんな?無意識でこれだけの呪?これはほんまにそのまま放っておくんは、勿体ないなあ…」
そう話す和香様のことを雨子様は厳しい目つきで見る。
「それで和香は節子のことをどうするつもりなのじゃ?」
和香様は、雨子様の胸中に沸き起こる疑念を払拭するために、慌てて手を振り振り言う。
「ああもう、変なことはせえへんて。言うても節子さんの意思優先や。ただな雨子ちゃん、このことについて話だけはさせてくれる?」
そう控えめな思いを述べる和香様に、雨子様もさすがに首を縦に振るしか無いのだった。
「むう、それくらいは仕方無かろう。じゃが適うなら家族の者の意見も、ように聞いてやってくれの?特に拓也と葉子じゃの」
その雨子様の台詞に、和香様は少し驚く。
「あれ?その中に祐二君は入ってへんの?」
対して雨子様は少し顔を赤らめて言う。
「あやつには我が居るでは無いか?例えどうであれ我がちゃんと補うのじゃ」
そう言う雨子様に和香様は苦笑しながら言う。
「ご馳走様」
そんな二柱の会話を聞いていた小和香様、此所に来て急に後ろを向いたかと思うと、小さくなって身を震わせている。
さすがに笑いを堪えきれなくなったようだった。
「まあとにもかくにも、節子さんのことはもちっと後やなあ」
そう言う和香様に頷いてみせる雨子様。
「ではまず何から始めるのじゃ?」
そう言う雨子様に和香様がにやりと笑いかける。
「まずはおやつじゃな?」
一気に気の抜けた雨子様が言う。
「なんじゃ和香?急におやつとはどう言うことじゃ?」
そうやって呆れたように言う雨子様に、和香様は笑いながら言う。
「そやかてわいわいやっとったら疲れてへん?和菓子の美味しいの頂いたんよ。雨子ちゃんはいらへんのかなあ?」
苦笑しながら雨子様は言う。
「馬鹿者、要るに決まって居るであろうが?」
二柱のその会話を聞いた小和香様、
「では美味しいお茶を淹れてきますね?」
そう言うとその場から、ばたばたと足音を残して走り去っていくのだった。
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