表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天露の神  作者: ライトさん
497/672

「憧憬(しょうけい)」

お待たせしました


前回分の中の雨子様の持ち物、今後の流れを考えて変更しました


 普段より余り一人で出掛ける機会が無かった雨子様、今日、久々出掛けることでそのことに気がつき、ついつい苦笑してしまう。


 まあその必要性が無かったからに他ならないのだったが、もう少し一人だけで出掛ける時間を持っても良いのでは無いか?

 そんなことをふと考える雨子様なのだった。


 勝手知ったる住宅地の捷路しょうろを次々と通り抜け、最寄り駅へ難なく到着する雨子様。雨子様の記憶力を考えれば至極当然の結果なのであるが、むふんと少し自慢げな表情になってしまう。


 軽い足取りで駅に着いたのだが、今日は切符を購入すること無く、交通系のカードで改札口を通過する。


 もちろん雨子様のこと、こんな装置の原理などは、簡単にお見通しなのであるが、様々な物を組み合わせて便利な物を作り上げると言う、人間達の工夫には、いつもながら舌を巻くのだった、


 もっとも有る意味それは致し方の無いこと。なんと言っても本来の神の身であれば、そう言った工夫の一切合切が必要では無いのだから。


 余談はさておき、雨子様は滑らかな足取りで、体重が無いかのように階段を上がっていく。


 直ぐ横にエスカレーターが有るのだが、なるべくなら自分の体を使って上がり降りしたいのだ。多分雨子様自身、さほど意識はしていないのだろうが、自らの筋肉を使うことを、楽しんでいるところがあるのだった。


 ホームに上がると、直ぐに快速電車がやってき、偶々良く空いていたのでこれを利用することにした。


 すっと開く電車の扉、降りていく人並みの途切れるのを待ち、さっと乗り込んで周りを見渡す。すると四人掛けボックス席の中に二人しか座っていないところを見つける。


 人も疎らだったのでするりと通り抜け、そのボックス席の所に行き、空いていた窓際の席にさっとスカートを整えながら座る。


 まだまだ暑い季節なので、車内のエアコンが効いているのが何とも有り難く、そよ風を感じると、思わず笑みが漏れそうになる。


 前に座っているのは、若いお母さんと思しき女性と、その娘だろう。小学校低学年、多分令子よりも年下だと思われる。


 女性と目が合ったので軽く会釈を返しておいた。

こういう所あたり、雨子様も随分人の世のことに慣れてきたものだ。


 既に電車は動き始めており、車窓から外を眺めていると、きらきらと光る海が何とも美しい。時折釣りをしている人を見かけるのだが、一体何を釣っているのかしらん?

雨子様はそんなことを思いながら、近々祐二と釣りに行ってみたいなと考えるのだった。


 住んでいる場所の近くに漁港があり、そこで上がってくる様々な魚が皆新鮮で、節子の料理の腕と相まってとても美味しいので、昨今の雨子様は魚料理の大ファンに成っていたのだった。


 お店で買ってきた魚ですらそうなのである、況んや自分で釣って帰った魚ならもっと美味しいのではないか?そんなことを思うと、思わずお腹が鳴りそうな気がして、はっとする雨子様なのだった。


 と、その時である、外の景色を見ていたので気がつかなかったのだが、自身に対する視線を感じるので、誰なのかなとふと見てみれば、それはすぐ前に座っている女の子からのものだった。


 まあ、子供のことだからと思い、敢えて気にすること無く再び視線を外の景色へと移すのだが、何と言えば良いのだろう?穴が空くほど見つめている?一体どうしてと、雨子様が悩み始めていた頃、何やら会話が聞こえてくるのだった。


「お母さんお母さん」


 この頃の女の子特有と言っても良いのでは無いだろうか、もの凄く可愛らしい声で隣の女性の問いかけている。


「なあに美咲ちゃん?」


 娘の問いかけに丁寧に返す女性、どうやらこの女の子の名前は美咲と言うらしい。


「前のお姉さん、凄く綺麗ね?」


「!!!」


 女の子の声でいきなりそんな言葉が聞こえてきたものだから、思わず焦ってしまう雨子様。身内の者から、有り体に言えば主に祐二からなのだが、時折容姿を褒める様な言葉を貰うことがあるのだが、話半分、残りの半分は身内ならではなのだろうくらいに思っていたので有る。


 だから見ず知らずのいたいけな少女に、いきなりこの様に賛辞の言葉を貰うというのはある意味衝撃的で、一気に胸の鼓動が跳ね上がっていく。


 お陰で急速に顔が赤らんでいくのを感じているのだが、こうなってはもうどうしようも無いのだった。


 女の子の母親は、そんな雨子様の反応を見ていたのだろう、優しくたしなめる様に女の子に言う。

 

「美咲ちゃん、他所様のことは、例え褒め言葉でも大きな声で言わないものなの。大切なことよ?」


 娘に対してそう言ったかと思うと、今度は雨子様に向かって謝罪の言葉を述べてくる。


「ごめんなさい、娘が大きな声で失礼なことを」


 まさかその様に丁寧に謝られるとは、思っても見なかった雨子様、慌てて手を振り振りその言葉に応える。


「いやいやとんでもない、怒らないで上げて欲しいのじゃ」


 恐らく雨子様の古風なしゃべりに気がついたのだろう、おやという感じで僅かに眉を動かすが何も言わないその女性。そのことに気がつきつつも雨子様は、今度はその子に対して話しかける。


「美咲ちゃんと言うたかの?我のことを褒めてくれてありがとうの…我…お姉さんはとても嬉しかったのじゃ…のよ」


 いつもなにげに使っている言葉を、その子にとって分かりやすいようにと言い直すのだが、いきなりのことで上手く行かずに冷や汗が出てしまう。


 母親に窘められた直後は、少し口元をへの字にしていたその子は、雨子様に礼を言われると顔中を笑みにしながら言う。


「だってお姉さん、本当に綺麗なんだもの、美咲も何時かお姉さんみたいに綺麗に成れるかなあ?」


 女の子のその問いにどう答えたものかと悩む雨子様。余り間を空けて答える問いでは無いと考えると、珍しく雨子様の全知性がフル回転する。


「あーそのなんじゃ。お母さんの言うことを素直に聞いて、人に優しい女性に成れたら、きっと綺麗に成ると思うの」


 女の子の問いに答えるのが、これ程難しいとは思っても見なかった雨子様。帰ったらどう答えるのが正解なのか、必ず節子に聞いてみようと、心のメモに書き留めるのだった。


 しかし必死に成って考え、そして答えたお陰か、女の子はうんうんと頭を振りながら満足そうに笑みを浮かべている。


 そんな女の子のことを、愛おしそうに見つめていた女性は、今度は雨子様の方に向き直るとそっと頭を下げる。


「ありがとう御座います、丁寧に答えていただいて。好奇心の旺盛な子で、何でも口にして聞いてしまったりするのですが、時に失礼な事も言ってしまうので、いつもはらはらしているんです」


 そう言うと苦笑する女性。

その言葉を聞いて成るほどと思う雨子様。けれどもその女性の対応を見て思うことも有ったのでそのことを話すことにする。


「確かにそれは心配で有ろうの?じゃが其方の様に、直ぐに子の言ったことを正しく補っていけるのであれば、我は何の心配も要らぬのでは無いかと思うの」


 もう言葉を改めるのは諦めつつ、思ったことを素直に述べる雨子様。

だが雨子様のその言葉、思いの外嬉しかった様だ。女性は少し顔を歪め、涙を堪えるかの様な顔をしたかと思うと、込み上げる思いをぐっと飲み込んだ様だった。


「ありがとう御座います、そう言って貰えるとほっとします。色々な本を読んだり、情報を見聞きしたりしてしているんですが、この子が初めての子と言うこともあって、自分の判断にちっとも自信が持てなくって…」


 そこまで話していて、はっと気がついたかの様に言う。


「ごめんなさいね、あなたの言葉を聞いていたら、私よりもずっとずっと年上の女性の様な気がして、ついつい…」


 だが雨子様は、そんな女性の言葉を聞きながら、節子のことを思い起こす。


「むう、我の知る者の中にそう言ったことに長けた者が居っての、その者が言うには、相手のことを良く見るのが大切とのことじゃ。尤も、ただ見て居るだけでは駄目で、正しく見ることが必要なのじゃろうがな。しかし少なくとも我には、其方が正しく見ようとして居る様に思えるの?」


 そんなことを話し始める雨子様のことを、女性は不思議そうな顔をしながら問う。


「ねえ、あなた本当のところはおいくつなの?」


 確かに老成したところの見える雨子様のこと、その女性がそう言うのも仕方の無いことだった。だが雨子様としてはまさか自分が神で在るとも言えず、大いに苦笑しながら応えるのだった。


「我は十七歳じゃ」


 すると女性は頷きながら言う。


「そうよねえ、見掛けから言ったらそれ位で間違い無いもの。でも目を瞑って話を聞いていたら、もっと年上の方と間違えてしまいそう…」


 と、それまで黙って隣で話を聞いていた女の子が急に口を利く。


「お婆ちゃん?」


 これには女性も大慌て。


「これ美咲!」


 そう言うとその子の頭を手で押さえながら、自らも頭を下げる。


「ごめんなさい、またとんでもないことを…」


 確かに雨子様も一瞬ぎょっとして目を虚ろにさせたのだが、気を取り直してその子に問う。


「のう美咲とやら、どうして我のことをお婆ちゃんと思うたのじゃ?」


 怒ること無く優しくそう聞くと、子供はにこにこしながらその問いに答えるのだった。


「だってね、お姉ちゃん。何々じゃ、何々じゃって、お婆ちゃんみたいなお喋りするんだもの」


 さすがにこれは女の子が悪いとは言えない。そう思った雨子様は、優しくその子の頭を撫でながら言う。


「うむ、確かにそうかも知れぬの。我はこう言う話しを皆がする様な田舎から出て参ったのじゃ。美咲にとっては可笑しいかも知れぬが、勘弁してくれの?」


 雨子様のその言葉に、間髪入れず問い返す女の子。


「勘弁ってなあに?」


 誠に利発な子だなと思いつつもその言葉に応える雨子様。


「許してくれと言う意味じゃ」


「そっかあ」


 直ぐに納得したかに見える女の子。そして女の子は嬉しそうな表情になりながら言う。


「でもねお姉ちゃん、美咲はお姉ちゃんのそのお喋り、好きだな!」


 女の子の言に思わず顔を綻ばせてしまう雨子様。


「くふふ、ありがとうの美咲」


 そう答えながら、何だか胸の奥がきゅうっとする雨子様なのだった。


 そうやって話しをする内に、何時しか目的の駅に到着してしまった雨子様は、親子に頭を下げ、美咲には笑みを浮かべながら、手を振って見せつつ列車を降りていく。


 そんな雨子様を見ながら女の子が言う。


「ねえお母さん」


「なあに美咲ちゃん?」


「私も何時かあんなお姉さんみたいになりたいなあ」


 そんなことを言う娘に、そう成れますようにと言う思いを込めながら言う母親。


「きっと成れるわよ」


 母のそんな言葉を耳に、未だ駅のホームに居る雨子様の姿を目で追いながら、何時までも何時までも見つめている女の子。強い強い憧れとして、女の子の胸に深く焼き付けられる雨子様なのだった。




いいね大歓迎!


この下にある☆による評価も一杯下さいませ

ブックマークもどうかよろしくお願いします

そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き

楽しんでもらえたらなと思っております


そう願っています^^

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ