「紅」
お待たせしました
それはとある土曜日の午後のこと、所用があると言うことで、珍しく雨子様は一人で宇気田神社へと出掛けて行くことになる。
「今回はあちらで泊まってくるが故、今宵の夕飯から明日の昼までの食事は要らぬ故よしなに頼むの?」
と、ダイニングに居る節子に話しかけている雨子様。
ただ雨子様、そうやって節子に話しかけているのだが、どうにも落ち着かない様子で、傍らで椅子に座って麦茶を飲んでいる祐二のことを、ちらりちらりと盗み見ている。
「どうしたの?何か有った?雨子さん?」
本人は盗み見ているつもりでも、祐二にすれば余りにもあからさまと言うか、気になって仕方が無い。そこでそう問うのだが、問うたら問うたでさっと目をあらぬ方向に逸らす雨子様。
「何だ、ちらちら見てくるから、何か有るのかと思って聞いてみたら、素知らぬ顔を装うのだから、一体どうなっているのだか…」
そう零す祐二の頭を、節子が軽い力でぽかりと叩く。
「馬鹿ね祐ちゃん、雨子ちゃんは一人で行くのが寂しいのよ」
そうあっさりと雨子様の本音を見通して、祐二に告げてしまうから始末が悪い。
「節子ぉ~~」
情けなさそうな顔をしながら節子の所に行き、その影に隠れて赤くなった顔色を冷まそうとしている。
節子はと言うと、そんな雨子様を捉えて頭を撫でながら言う。
「はいはい、雨子ちゃん。寂しいならちゃんと面と向かって、寂しいって言いなさいよ?」
すると雨子様は尚更顔を赤くしながら言う。
「そ、そうは言うがの節子。恥ずかしいものは恥ずかしいのじゃ…」
そう言う雨子様に、節子はくっくと笑う。
「本当に雨子ちゃんは乙女なんだから…。ま、実際乙女なんだけれども」
節子のその台詞に、雨子様は既にこれ以上無いくらいに赤くなりながら、降参と手を万歳している。
「そんなに寂しいのなら、祐ちゃんにも行って貰ったら良いじゃ無い?」
すると雨子様はぷっくりと頬を膨らませながら言う。
「いくら何でもそこまで甘えては、我の沽券にも関わるのじゃ。元より此度の会議は、多くの神々を招く予定もあり、事情を知らぬ神が多い中、祐二という存在を連れ行く訳にも行かぬのじゃ」
それを聞いていた祐二はふと言葉を漏らす。
「丸で神無月の出雲みたいだなあ」
「それは人間達の作り話で、実際には縁を繋げる為になぞ、集まったりはせぬのじゃがな」
節子の背に隠れたまま、何やらもそもそ雨子様がそんなことを言っている。
「そうなんだ…」
祐二は自身の中での神様についての情報を更新しながら、そう独り言ちする様に言う。
「後、お正月もじゃな」
ぼそりと雨子様がそう言うと、祐二は頭を抱える様にして耳を塞ぐ。
「わーわーわー、もう勘弁雨子さん。人間には人間の夢があるんだから。そう言うのはそのままにして置いてよ?」
そんな祐二の姿に苦笑する。
「じゃがこの家は別では無いか?ちゃんと我が居るのじゃから、ある意味毎日お正月と同じじゃぞ?」
それを聞いた祐二と節子は二人して吹き出してしまう。
「毎日お正月って…」
そう言う祐二に、節子が笑いながら言う。
「何だったらこれから毎日、朝はお雑煮にしましょうか?」
それを聞いて一瞬悩む祐二だったが、直ぐにぶるると頭を振りながら言う。
「いや、確かにお雑煮は好きだけれどもさ、いくら何でもそれが毎日続いたら、きっと嫌いになってしまうから勘弁!」
そしてそれに合わせる様に雨子様も言う。
「うむ、我も雑煮は好きじゃが、やはり毎日は嫌じゃのう」
二人のそんな言葉を聞きながら、やれやれと言ったそぶりを為つつ節子は、雨子様に言う。
「もう戯れ言はそれ位にして早く行ってきなさいな」
節子にそう急かされて雨子様は、渋々と言った感じで玄関に向かい、お洒落なトートバックを肩から掛けて出て行こうとする。
その見送りに節子と祐二も共に出て来ているのだが、未だ少しぶーたれた表情の雨子様に、苦笑しながら節子が言う。
「なあに?そんな顔でお出かけするの?ちょっとこちらに来なさいな」
そう言いつつ手招きをするのである。
その手に誘われ、もそもそと節子の側に歩み寄る雨子様。
節子は、側に寄ってきた雨子様の服の皺を軽く伸ばし、手ぐしで髪を整えてやる。
その上でエプロンのポケットから取り出したルージュを使って、雨子様の唇にきゅっと紅を引いてやる。
淡いピンクで、確りと見ないと紅を付けているのか居ないのか、良く分からないようにも思うのだが、だが付けると付けないのでは明らかに趣が異なっている。
その口元のお陰で、全体的な雰囲気がきゅっと締まって見えるのだった。
「…!」
突然のことに、びっくり眼で節子のことを見る雨子様。
そのままの視線で祐二のこともちらりと見てしまう。
「うん、よく似合っているよ」
その一言で耳まで赤くなってしまう雨子様。
「普通に当たり前に考えると、高校二年生とも成れば、もう大人の仲間入りしているのよね。だからそろそろお化粧道具なんかも一式、上げなくっちゃって思って居たのだけれども、良い機会だからまずこのルージュを上げるわね?」
そう言うと、綺麗な装飾の為された可愛らしいルージュを、雨子様の手に押し込む節子。
「節子…」
何とも言えず嬉しそうな表情をしながら、そう一言言う雨子様。
「大人になった女性にとって、外の世界というのは常に戦場なのよ?そしてお化粧って言うのは女性にとっての戦道具も同然。気を引き締めていってらっしゃいな」
そう言いながら雨子様の身体を引き寄せ、ぎゅうっと抱きしめた後、玄関から外へ押しやる節子。お陰で少し元気が無かった雨子様は、もう元気一杯と言った感じか?
「うむ、言ってくるの、そして頑張ってくるの!」
そう言いながら、足取りも軽く出掛けて行く雨子様のことを見つつ、節子はにこやかに笑みを浮かべ、その姿が見えなくなるまで見送るのだった。
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