「帰りの時」
お待たせ、今日は神様が一柱も出てこなかったなあ
教室の掃除が終わり、じゃんけんの末、運の悪さを嘆く者がゴミを捨てに行き終えると、新学期最初の一日は解散の運びとなった。
皆がそれぞれ、未だ夏休みの気分が抜けない足取りで、三々五々教室を後にしていく。
「令子ちゃん、また明日ね?」
初めて出来た同世代?の女友達のかすみが、明るい声で令子に別れを告げていく。
そんな彼女に令子もまた大きく手を振りながら答える。
「またね、かすみちゃん!」
傍らで節子が手で顔を隠しながら、小さな声で笑っている。でもその目はとても穏やかだった。
「なあにお母さん?」
令子は危うく節子さんと言うところを、何とか抑えきってお母さんと問うた。
「ん~~、良かったなって思って…」
そう言う節子はなんだかとても嬉しそうだった。
そんな節子の様子に、令子は不思議そうにこてんと首を傾げる。
「何がそんなに良かったと思ったの?」
二人は互いに寄り添いながら、静かに教室から離れていく。
「だってね、やっぱり心配だったのよ。あなたがこの環境に馴染めるかどうか」
令子はそう話してくれる節子の手をそっと握り締める。
「ありがとう…お母さん」
本当のことを言えば、節子は令子の母でも親戚でもない。
だが、彼女はまず令子のことを家族として受け入れることを認めてくれ、そして今は本当に子供として、純粋に愛情を注いでくれている。
果たして世の女性の内のどれほどが、この様な形で令子の存在を愛してくれるものだろうか?
見かけはいたいけな少女でしか無いが、その中味は既にしっかりと成人した女性でもある令子には、彼女の持つ愛情の凄さが、有る意味真に理解出来る様に思うのだった。
そして、令子は思う。自分もまた今一度、大人を目指していきながら、節子の様な人に成れたら良いな、そんなことを考えているのだった。
出入り口のところで外履きに履き替え、明るい日差しの元に出る二人。
日の光の眩しさに、一瞬めまいを起こしてしまいそうに成る。
室内から出てくると、そのまま蜘蛛の子を散らす様に走り去っていく子供達。
その中に一人に、令子はぽんと肩を叩かれた。
「吉村、この間はごめんな?」
それは件の少年、修太だった。
彼はちらちらと節子のことを見ながら、令子にそう言って頭を下げるのだった。
「良いよ、修汰くんには何か用があったのでしょう?」
真っ直ぐに謝る修太のことを、咎める様なことは何も無いと思う令子は、素直にその謝罪を受け入れる。
「父さんが出張でさ、田舎って言っても直ぐ近くなんだけど、じいちゃんの所に行っていたんだよ」
修太の話を聞いた令子は、あることを悟って節子の顔を見る。節子はそんな令子の顔を見ながら、ほんの少し唇を歪ませつつ、微かに頷いてみせる。
令子は胸に湧き上がる感情を、そっと抑え込みながら修太に聞く。
「お父さん、出張多いの?」
修太は父親のことを聞いて貰えるのが嬉しいのか、笑みを浮かべながら話をする。
「うん、大抵はそんなに長くは無いのだけれど、大体月に三、四回は出張してるなあ」
なんとも屈託無く、明るくそう話をすることが出来る修太のことを見、令子は密かに感心してしまう。
「ねえ修汰くん」
不意に節子がしゃがみ込んだかと思うと、修太と目線を合わせながら静かに尋ね始めるのだった。
「学校の有る時にお父さんが出張に行ったらどうしているの?家で一人で困らない?」
だが意外にも修太は平気な顔をして、いや、むしろ胸を張る様にして話してくる。
「もう四年生に成ったから全然大丈夫だよ?父さんがご飯食べられる様にって、ちゃんとお金置いて行ってくれるし、火を使わんかったら、料理もして良いって言ってくれてるんだ」
健気にも、料理が出来ることを誇る様に言う修太。
そんな修太に節子は穏やかな口調で言う。
「そう?偉いのね!あなたが令子の友達になって呉れて嬉しいわ、ありがとうね。令子はさみしがり屋だから仲良くして上げてね?」
別にそんなにさみしがり屋ってことは無いと思うのだけれどもな、令子はそんな事を思いながらも、もしかすると節子には、何か別に思惑があるのかなと考え、口を噤んだままで居た。
「おう、蝉を採る時色々教えて貰ったし、仲良くしてやっても良いぞ?」
そう言って偉そうに胸を張る修太に、にこやかに笑いかけながら節子は言う。
「じゃあ、お願いね修汰くん」
そう言ってすっくと立ち上がる節子に対し、少し照れながら修太が言う。
「任せろ!」
修太はそう言ったかと思うと、満面に笑みを浮かべながら更に話をする。
「今日は父さん早く帰ってきて、晩ご飯も一緒に食べられるんだ!だから早く帰って家の掃除しないと!じゃあな令子、おばさん!」
そう言うと二人の元を元気に走り去っていく修太、それを見送る二人。
「良い子ねぇ」
そう呟く様に言う節子、その節子に令子が静かに問いかける。
「ところでお母さん、どうして修汰くんに私と仲良くしてくれと頼んだの?」
すると節子は、少し申し訳なさそうな表情をしながら令子に言う。
「令子ちゃんも直ぐに気がついていたみたいだけれども、あの子父子家庭でしょう?何気に元気に頑張っている様に見えるのだけれど、空元気というか、少しばかり無理しているところもありそうなのよね…」
そんな節子の言葉に、令子は不思議そうに尋ねる。
「確かに父子家庭って言うことは私も気づけたのだけれども、それ以外のこと、どうしてそうだって思えるの?」
そう話す令子の手を、優しく握り締めながら、節子はゆっくりと歩き始める、そして歩きながら静かな声で言うのだった。
「あの子の服ね、よく見たら解れていたところがあったし、食べこぼしの染みとか、綺麗に取れていない跡があるのよ」
ほとんど自分と同じ時間、同じ場面でしか彼と会っていないはずなのに、どうしてそこまで気がつけるのだろう?
令子は節子の観察力の鋭さに舌を巻いてしまった。
「ねえ節子さん」
すると間髪入れずに訂正が入る。
「お母さん…」
そう言う節子と令子は、互いに顔を見合わせると、思わずぷっと吹き出してしまう。
「それでなぁに、令子ちゃん?」
にこにこしながら問うてくるのを待つ節子。
「どうしてそんなに細かいことにまで気づけるのです?」
実際令子には不思議で堪らなかった。節子は令子自身のことについても、良く、どうしてそこまでと言うくらいに理解してくれる。
すると節子はそんな令子のことを、真っ直ぐに見つめながら言うのだった。
「別にそう大したことをしている訳では無いのよ?私がしているのは、関わっている相手の人のことを大切に思うってことかしら?」
それを聞いた令子は呟く様に言う。
「大切に…?それは彼、修汰くんのことも?」
節子は少し納得が行か無い感じの令子に、優しく笑いかけながら言う。
「修汰くん…は未だね。でも令子ちゃん、令子ちゃんにとって修汰くんは、大切な存在になりつつ有るわよね?」
令子は、あっと思いながらその意味を考える。成るほど節子にとって今大切に思えるのは令子と言うことで、その令子にとって大事な関わり合いに成ると、既に修太もそのカテゴリーに含めつつ有ると言うことなのだ。
「ちょっと意味合いは異なるけれども、昔から言うじゃ無い?好きこそ物の上手なれって。人と言うのは好きって思うと、そのことに凄く良く目が向いて、細かいことにも気がつく様になるんだけれども、大切に思うって言うことも、それと似た様なことなのじゃ無いかなって思うのよね」
そう言葉を続ける節子のことを、未だ未だ全然適わないなあって思いながら見つめる令子。そうやってまじまじと自分のことを見つめる令子のことに気がつく節子。
「なあに令子ちゃん?」
そう問う節子に、思わず
「大好き!」
と言ってしがみ付いてしまう令子なのだった。
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