海その二
そう言えばいつの間にか代表作としているものよりも沢山の方々に読んで頂いていました。
誠にありがとうございます。
これからも珍道中を続けるキャラ達ですが、どうか可愛がって応援してやって下さいませ。
お昼を食べ終え、お腹がくちくなった僕達は少し熟れるまではと、波打ち際で砂遊びをすることになった。
綺麗な砂をかき集めて防波堤を作り、海の波に逆らってみるのは、男の子なら誰しもやってことがあるのじゃ無いかな?
結構しっかりとしたのが出来て満足していると、海側から七瀨に大波を起こされあえなく決壊。
「なんてことするんだお前?」
「形有るものは全て壊れるのよ」
何とも訳知り顔でそんなことを言う。
「なら、七瀨たちが作ったお城も壊して良いんだな?」
だがその言葉を口にしたとたんに雨子様にきっと睨まれてしまった。
「男の子がさように尻の穴の小さいことをゆうてどうする?」
その台詞を聞いて僕と七瀨は小声で囁き合った。
「おい、雨子様が尻の穴って…」
「神様でも言うのね?」
だが小声で囁き合っているとは言っても、実は雨子様にはまる聞こえだった。
雨子様は顔を真っ赤にしながら地団駄を踏みしめつつ言う。
「ええい、うるさいうるさい!」
だがそうやって怒った振りをして見せながらも、余程おかしかったのだろう、へなへなと七瀨にしがみつくようにすると笑い転げていた。
しばらく笑った後雨子様は涙を拭いながら言う。
「文章にて知識として知る言葉と、こうやって人の口から生きたものとして生まれる言葉ではかくも感覚というかニュアンスが異なるものなのじゃな」
そう言うとまじめな顔に戻り小声で何事か呟いている。
「まさか尻という単語にこの様に笑いを生み出す要素が潜んでいるとはの…」
その言葉を聞いた僕と七瀨は、なんと返せば良いのか窮してしまった。
ただその時僕は、雨子様に落語や漫才を聞かせて上げたらどうだろう、そんなことを考えていた。
そうやって雨子様がどんな反応をするのだろうなどと考えていたら、七瀨につんつんと背中をつかれた。
「ん?どうした?」
すると七瀨はバッグの中から大きな黒い塊を出してきた。
「七瀨?まさかこれってあれじゃ無いよな?」
「あれよあれあれ!」
七瀨はとても嬉しそうにしているが、僕の立場からすると全くとんでもない。
その、あれというのは実は大きな大きなシャチの浮き袋だった。
「なあ、今度これを膨らませるのは、電動の空気入れを買ってからにしようよなって言わなかったっけ?」
僕はかつてのどうしようも無い苦労を思い出してげんなりとしながら言う。
「だって雨子さんのこと、楽しませて上げたいと思ったんだもの」
「なら昨日買い物に行った時にでも、買えば良かったじゃ無いか?」
「ごめん忘れてた!」
そこで七瀨、テヘペロするんじゃ無い!なんか余計に腹が立つから。
心の中で毒づきながらその黒い塊を受け取った。思いっきりうんざりしながら空気を吹き込むところを探す。
そんな僕のことを雨子様は興味津々と言った体で見ている。
仕方が無い、僕はそう覚悟すると必死になって空気を送り込み始めた。すぐに思った、やばい、半端じゃない。
そしてもう息も絶え絶えになった頃、かなり巨大な…普通の物の一倍半はあるかも…、シャチの浮きは無事膨らんだ。
「なんと?それは一体なんじゃ?」
目を丸くしている雨子様を尻目に、七瀨が鼻高々に浮きを受け取る。
「これもさっきの浮き輪と同じで、海に浮かべて遊ぶんですよ」
「おお、それにも乗れるのかや?」
「の、乗れるのかなあ?」
「ん?なんじゃそれは?」
「いやね、雨子様、こいつは乗るのがむちゃくちゃ大変なんですよ。特にこうやって空気をぱんぱんに入れてしまうと至難の業になってしまう?」
それを聞いた雨子様が小首を傾げる。
「何故にさように乗りにくい物を使うのじゃ?」
「だってなかなか乗れないのって面白いじゃ無いですか?それに乗れた時はもの凄く嬉しいし」
それを聞いた雨子様は暫し開いた口が閉まらないと言った感じだった。
「ほんにそなたら人はおかしな生き物じゃなあ、まともに乗れもせん物を作って、あまつさえそれに必死に乗って喜ぶというのじゃから、我には些か理解できんことじゃ」
「まあまあ雨子さん、物は試しだから乗ってみそ」
「味噌?」
何だかまた話が妙な方向に行きそうになったので、僕達三人は再び荷物をユウに任せて海に向かった。
そして七瀨と僕とで交互にそのシャチにチャレンジしてみせる。さすがというかなんと言うか一筋縄では全く乗れそうに無い。
だが幾度かに渡るチャレンジの後、僕は無事またがることに成功した。
「うぉ~!俺はやったぞ~~!」
雄叫びを上げたのも束の間、大きめの波の一発を食らってあっという間にバランスを崩して落ちてしまう。
「ゲホゲホ、雨子様もやってみられます?」
言われた雨子様はずずと少し後ずさったが、そこはしっかり七瀨に捕まえられてしまった。
「手伝うから乗ってみそ!」
「じゃからなんでそこで味噌の話が出てくるのじゃ?」
何だか相変わらず頓珍漢になっているが、それはもうしっかりと聞き流して二人して雨子様をシャチの上へと押し上げた。
「おおっ!おおおおっ?」
さすが雨子様って、僕達二人で頑張って載せて上げたのだけれども、それは置いておいてもかなりの長時間無事シャチの背に跨がっている。
波が次々押し寄せてくるのだが、絶妙な感じでバランスをとり続け、美味く乗り続けている。ある意味ロデオよろしくと言った感じか?
しかしその雨子様の名ロデオも、沖を大きな船が通るまでのことだった。
ザブンとひときわ大きな波が押し寄せると、ポーンと吹っ飛ばされるように落ちていく。
「むぐぐぐ、なんと言う事じゃ。じゃが我は諦めぬぞ!」
今度は雨子様、自分の力だけで乗ろうとする。だがこのじゃじゃ馬を乗りこなすことはそう簡単なことではなかった。それでも頑張る雨子様。正直こんなに向きになる雨子様の姿は初めて見たよ。
きっと雨子様にとって、この乗れそうで乗れないシャチを征服すると言うことは、案外とても意義の有ったことなのかもしれない。
途中から七瀬が手伝い始めたのだが、手伝っている側の方がバテ始めている始末。
「雨子さん…ダメもう、ギブアップ」
七瀬のその言葉にようやく雨子様も諦めが付いたのか、渋々シャチを手放して僕に寄越してきた。
「いやいや、僕はもう乗らないからね?」
雨子様が一心に期待した目で見るものだから、慌てて僕は否定したよ。
シャチとの激しい戦いを終えた僕たちは、体を休めるためにユウの待っている所へと向かった。
「雨子様、楽しい?」
「うむ、そなたら人らは斯様に楽しいことをしておったのか、しもうたことをしたのう」
「どう成されたので?」
「これだけ面白いことが色々あるのであれば、我はもっと早うに人の身を持てそなたらと関わるべきじゃった」
「あ~、そう言うことですか」
この台詞を聞けば、雨子様を海に連れてきた甲斐があったというものだった。
しかしそろそろ日が傾きつつあるし、本格的に疲れ切る前に帰り支度をした方が良いのかも知れない…。
そんな僕の思いは、雨子様の手伝いをしてバテきっている七瀬には、言葉にせずとも伝わっているようだった。
「十分に遊んだ?」
「遊んだぁ~~~」
それはもう気の抜けきったような返答だった。
「と言うことで雨子様、そろそろ引き上げましょう」
僕がそう言うと雨子様は一瞬とても残念そうな表情をしたのだけれども、そこは年長者らしく押さえ込んだようだ。
「む、むぅ。仕方あるまいな。七瀬も斯様にバテて居ることじゃしの」
七瀬に理由を押しつけるあたり、きっと雨子様自身としては後ろ髪を引かれる思いをしているのだろう。
でも何事にも潮時というものがある。
僕たちは三々五々片付けをし、その荷物を持って帰宅途上にあるスーパー銭湯に向かうこととする。
僕がこの海水浴場のことが特に気に入っているのは、一つは近いこと、もう一つは帰宅途上に銭湯があること、おまけに食事をする所もあると言うことからだった。本当にもうケチの付けようがない。
さておき水着のまま銭湯に向かい、そこで疲れを取ってから帰宅と言うことになるのだが、これはまた別の話というところだろう。
日々の中で疲れを感じたときとか、ワチャワチャしながら穏やかに時の流れる日常系の話がとても好きでした。適うなら自分もそういう感じのものが書けたら良いなあ、などと思い続けている今日この頃です




