「思いの色」
ちょこっと遅くなりました。
「小和香さん、どうぞこちらに」
そう言うと節子は聡美と共に、小和香様を皆の居ない場所へ誘っていく。
こう言う時は、斯様に広い外湯で有ることがなんともありがたい。
そして皆から十分離れた所に連れて行くと、その両脇でのんびりと湯に浸かる節子と聡美。
連れてこられて何を言われるでも無く、傍らで寛がれるのに、どうしたものかと落ち着かない小和香様。
そんな小和香様に笑いかけながら節子が言う。
「小和香さん、何も取って食おうと言うんじゃ無いのですから、まずはゆったりお湯を楽しみません?」
見ると反対側で、聡美もうんうんと頷きながら微笑んでいる。
最初の内こそ落ち着かなかったものの、そんな二人ののんびりとした様子に感化されたのか、次第に心のざわつきが収まっていく小和香様。
「はぁ…」
小さく吐息をつくと、一陣の風が吹いてその息を吹き払っていく。
「少しは落ち着いた?」
小和香様のことを見ようともせずに、満天の星を見続けている節子が言う。
節子の落ち着いた声音を聞いた小和香様は、肩の力を抜き、安心したかのように言葉を返すのだった。
「はい…」
「綺麗な夜空ね、これが本物じゃ無いなんて信じられないくらい」
そう言う節子に、小和香様がくすりと笑いながら言う。
「これは本物じゃないのですけれども、本物なのですよ?」
するとそれまで黙って聞いていた聡美が参加してきた。
「ええ?そうなの?」
そう問うてくる聡美に、嬉しそうに解説してみせる小和香様。
「はい、ニーが言うのですけれども、なんでも此所の星空は今、日本アルプスのとある山の、山頂のものを映し出しているんだそうです」
その言葉に感心するように聡美が言う。
「それはまた何とも凄いところの映像なのね?」
「周りに光源が無くって、より美しいんだそうですよ?」
それを聞いた聡美は、湯の縁を模る丸石に頭をもたげると、改めてその星々に注意を向ける。
それはもう凄まじいまでの星また星。普段、都会などでは目にすることが出来ない天の河までもが、くっきりと見える。
「こうやって見上げていると、なんだかあそこに吸い込まれていきそう…」
そうやって見蕩れている聡美を習い、小和香様と節子も同じように石に頭を載せて枕とする。
「ほんと!凄いわね!」
そう言葉にせずには居られない節子なのだった。
「私はこの地球の生まれなのですが、和香様達はあの星々の海を越えて、この地に来られたんだそうですよ」
「ん、雨子ちゃんもそんな事言ってたっけ?」
そう言う節子に「え?そうなの」と言う聡美。
そうやって他事に心を向けることで、いつしか平静の心を取り戻しつつある小和香様に、節子が静かに話しかける。
「誰かを好きになると、色々なことが違って見えるのよね」
その言葉を聞いた途端に、心の中の色々な思いがカチリと、パズルのように組み合わされるのを感じる小和香様。
「節子さん?」
自分でも驚いている小和香様は、ただそうとしか言葉に出来なかった。
節子の言葉に納得しているのは小和香様だけでは無いのだった。
「なるほど、やっぱりそう言うことなのかあ」
とは聡美。
「私、私、そうなんですか?」
自身のことなのに、何故か良く分からないで居る小和香様が、そう節子に問いかける。
「うん…」
言葉少なにそう返事をする節子。
「でもでも、どうして今になって?」
言われてみれば何となくでは有るが、自分の胸の奥に有る無色無形だったこの思いに、いつしか意味という色がつき始めて居る。そこまでは何とか分かるのだが、それでもどうにも合点が行かないと言ったところだろうか?
「元々、それとなく好いては居たのでしょう?」
余り攻め込まずに、ほわりとした感じで会話を進める節子。
「…はい…そうだったのだと思います…」
そう言いつつ顔が赤いのは思いのせいなのか、はたまた湯に逆上せたせいなのか。こればかりは当人にしか分からない。
けれども少しばかり逆上せを感じていた節子は、皆を湯の浅いところへ誘う。
そして言う。
「きっと少しずつその思いが溜まっていって、とある瞬間に溢れちゃったのよ」
小和香様は節子の言葉に首を傾げる。
「溢れた?」
「そう、心の中、余り意識していないところで思いが溜まっていって、やがて溢れて意識せざるを得なくなったということかしら?」
節子の言葉がその口から零れ、小和香様の耳から入って、その胸に落ち着いた途端に声が漏れる。
「あっ…」
小和香様の胸の中では、この時全ての思いに色が付き、意味が持たれたのだった。
思わず自らの身体をぎゅうっと抱きしめる小和香様。
「私、私どうしたら…」
そんな小和香様の頭に恐る恐る手を伸ばし、やがて決心したかのように優しく撫でて上げる聡美。
彼方で祐二と談笑している娘の姿を目に捉えながら言う。
「好きになってしまう、そのことは仕方無いのよ…」
そう言って撫で続ける聡美に、涙を一杯浮かべた小和香様が言う。
「でもでも、あの方には…」
何とも悲しそうに、そして苦しそうな表情でそう言う小和香様、聡美は堪らずぎゅうっと抱きしめてしまう。
節子がそんな小和香様に更に言葉を継げる。
「好きになってしまうのは仕方無いのよ、それが誰であっても。心というのは誰しも自由なのだから…」
「でも…でもそんな、私は一体どうすれば良いというのでしょうか…」
切なく振り絞るようにそう言葉を吐く小和香様。聡美にしがみ付いたまま身を震わせている。
「さてねえ…」
小和香様の言葉に、何とも言えずやるせなさを込めながらそう言う節子。
そして節子は、静かに気配を消しながら近づいてきていた、と有る者に声を掛ける。
「でも和香様、おそらくあなたはご存じなのでは無いですか?」
和香様の名を聞き、一瞬身を硬くする小和香様。
「ん、なんや知らへんけど、こう言うのは節子さんにかなわへんなあ」
そう言うと苦笑する和香様。
「けどそうかあ、小和香もそうなってしもうたんやなあ…」
そう言う和香様の言葉に身を竦めるようにする小和香様。しかしその言葉の中に気になるものを見つけ、そっと面を上げる。
「小和香様、…も…とは?」
そう問いかけてくる小和香様に、物凄く照れ臭そうな表情をする和香様。
「うわぁ~~、なんやめっちゃ恥ずかしいんですけど?」
そう言いつつもなんだか子供のような表情になる和香様。
「言わなあかへんやろか?」
節子に向うと、なんとも心細そうな顔をしながらそう言う和香様。
対して節子は、何も言わずに静かに頷いてみせるのだった。
「はぁ~~~」
これまたとても大きな溜息を吐く和香様。だがやがて決心したかのように口を開くのだった。
「あのな小和香、実を言うとうちもな、小和香とおんなじようになってん…」
その和香様の言葉に、小和香様が驚いたような顔をしつつ、信じられないと言った視線を注ぐ。
「ひゃあ~~、そないな目で見んといて」
そう言うと、慌てて節子の背後に回り込む和香様。
そんな和香様の背を力づけるようにそっとぽんぽんと叩くと、ゆっくりと小和香様の方へと押し出す節子。
そんな節子の方へ、心細そうにちらりと視線を向ける和香様。だが和香様に向かってゆっくりと頷いてみせる節子の所作に励まされ、思い切って言葉を紡いでいくのだった。
「あのな小和香、も一回言うけど、うちもな今の小和香と同じように、小和香と同じ人を好きになってしもうてん」
「そんな…」
驚いた小和香様は、きゅうっと固めた拳を口元に押し当てる。
「けどな、今、小和香が困っているように、その相手にはもう好い人が居るやん?」
そう言う和香様の言葉に、小和香様はほろほろと涙を零しながら頷く。
「うちも随分悩んでんで?でもこればっかりはなあ、相手があの子やなかったらまだしも、さすがに今のあの子にちょっかい掛ける訳にはいかへん」
そう言う和香様に、小和香様の涙は溢れっぱなしだった。
「そやから頑張って一端この肉の身を解いて、神の身体に戻ったんよ」
だが今一つその意味するところが分からない小和香様が、こてんと首を傾げる。
「あのな小和香、今、小和香が感じている、その何と言うたらええのんかな?焼け付くような思い?それはな、ある意味その肉の体が有るからこそ感じる、幻影みたいなもんやねん。そやから…」
その和香様の言葉をお終いまで聞いた小和香様は、身体をガクガクと震わせながら我が身を抱きしめるのだった。
「では、では私は、一度この肉の体を解かなくては成らないのですね?」
黙って頷く和香様。
「そうすればこの思い、この感覚から解き放たれると仰るのですね?」
再び頷く和香様。
くぐもった泣き声を抑えつつ、小さく身体を縮め、止めどなく涙を溢れさせる小和香様。
彼方で家族の者達と会話している祐二の方へ、なんとも切ない目をしながら視線を伸ばし、じっとその姿を見つめている。
一瞬何か言おうとしながら手を伸ばしかけるのだが、いやいやをしつつその手を留める。
「分かりました。私はこの身を神のものへと戻します」
そこで小和香様は叫ぶように言う。
「でもでも、和香様。私はあの方を好きだったことさえも忘れてしまうのですか?」
そう言う小和香様に、優しい笑みを浮かべながら和香様は言う。
「いいや、それについては大丈夫や。小和香が祐二君のことを好きだったという思いは、いつまでもちゃんと残るで…」
すると小和香様は決心したように顔を引き締め、そして言うのだった。
「分かりました。私も神でございます、和香様の眷属で有ると言う誇りを持っております。神化するように致しますね…」
その場に居る誰よりも良く小和香様の思いが分かる和香様は、静かに重々しく頷いてみせると、湯をすくってパシャリと顔を洗う。
そして言う。
「ともあれ小和香、今宵だけはその思いを胸に、祐二君の側に居ったらええ!ほら行ってき!」
そう言うと小和香様の元に歩み寄り、強く強くその身を抱きしめて上げる和香様。
小和香様の涙が止まるまで待った和香様は、一つの決心をし終えたその背を押し、元居た方へと送り出して上げるのだった。
背を押された小和香様は、束の間振り返り、力をくれた者達に深々と頭を下げる。
それから和香様のように湯で顔を洗い、笑みを浮かべて祐二達の元へと向かうのだった。
多分その目は真っ赤なはず。けれども大いなる夜の暗闇がきっと、その目の赤さを覆い隠してくれるに違いないのだった。
余談ですが、最近AIを使ってのお絵かきで楽しんでいます。
そしてそれを使って雨子様の普段御生活の色々なシチュエーションを再現してみています
これがなかなか面白い。楽しいでですねえ(^^ゞ
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ブックマークもどうかよろしくお願いします
そしてそれらをきっかけに少しでも多くの方に物語りの存在を知って頂き
楽しんでもらえたらなと思っております
そう願っています^^




